第35話 突入

「おいおい。あんたも、俺らに負けず貧相な格好だけど、大丈夫かよ」


 片方の勇者が言った。


「はは。とうとう、1回も魔物と戦わないまま、ここまで来ちゃったよ」


 言いながら、ミキモトは城門を押し開ける。レイジィ達も、ミキモトの横に並び、ともに城門を押す。続いて、マサムネ達も。


「気をつけて行けよ! って、おい! その、でけえ半裸の人間はなんだ!」


 ここでようやく、2人の勇者達は、マサムネ達の存在に気づいたらしい。


「サイクロプスだよ。ちょっとわけありでね。あ、彼らには手出ししないでね。攻撃してくる勇者には、容赦なく反撃しちゃうから」


「おっと」


 2組の勇者パーティは、ひるんだ表情を見せて、後ずさりしていく。


「しかし、魔王城の魔物は、おそらく桁違いの強さだ。そのサイクロプス3体くらいで、どうこうなるもんじゃないと思うぞ」


「別に、サイクロプスで、どこうするつもりはないよ」


 そう言って、ミキモトは魔王城の内部へと入っていった。


 魔王城の内部は、真新しさを感じさせる、白い石壁で構成されており、一定間隔ごとに設置された壁掛けのたいまつが、青白い炎で道を照らしている。


「なんだか、予想以上に明るいね」


「わたくしも、もっと禍々まがまがしいものを想像しておりましたが、どこか清潔感すらありますね」

「新築って感じ、する」

「これが魔王城? そこらの神殿より綺麗なんじゃねえか?」


「やけに天井が高いな。おかげで、マサムネ達も楽に入れて助かったけど」


 歩き出したミキモトは、間もなく、通路の脇に、何かが書かれた立て札があることに気づいた。

 ミキモトは顔を近づけて、それを読む。


【魔王城へようこそ!】


「……なんだ、これ」

「歓迎の立て札、でしょうか」


「魔王は、勇者を歓迎してるのか?」


 その後、しばらくの間、通路は曲がりくねってはいたが、一本道だった。

 ミキモト達が、あるかどを曲がると、目の前の通路は、2つ並んだ巨大な足に、ほぼふさがれていた。

 その足は、白い皮膚に、赤い血管のような線が無数に走る、まだら模様におおわれていた。


 ミキモトが、その足を数秒、見つめたあと、視線をゆっくりと上にずらしていくと、たいまつの光が届かない、はるか上方で、2つの目が、自分を見下ろしているのがかろうじて見えた。


「でかいな。マサムネの倍くらいありそうだ」

「これは、タイタンです! 巨人族の中でも、最大の魔物で……ああ、ようやく新しい魔物に出会えました」


「レイジィ。嬉しそうだね」

「だって、わたくし、ミキモト様と一緒に旅をすれば、世界中の魔物と触れ合えるはずと、わくわくしておりましたのに、ここに来るまで、マサムネ様ご一家以外の魔物には、とうとう会えずじまいで」


 興奮を抑えきれない様子で、レイジィは続ける。


「ああ、ようやく魔物が、わたくしの目の前に。ミキモト様! わたくし、ちょっと、このタイタン様のおみ足に登ってみてもよろしいでしょうか」


 言いながら、レイジィはすでに、タイタンの巨大な足の甲を駆け上がり、極太のスネ毛をロープ代わりに、クライミングを開始しようとしていた。


「よろしくないです!」


 ミキモトはレイジィを制する。


「あ、それ、地味に痛いからやめて」


「ほら。タイタンさんも迷惑してるし」

「はっ。わたくしとしたことが。タイタン様! 申し訳ございません!」


「いや、別にいいんだけど、お前達、誰だ」


 はるか上方の薄明かりの中、タイタンは困惑顔でたずねた。


「俺、ミキモトって言います。魔王さんはこの奥?」

「ああ。魔王様に会いたかったら、この奥の突き当りを右に行って、あとはひたすら上を目指せ」


 タイタンは当然のように答えた。


「ありがとう。ちょっと通るね」


 そう言いながら、ミキモトはタイタンの足の隙間を抜けていき、レイジィ達もそれに続いた。


「ちょ、ちょっと通してくれでさあ」


 通るにはスペースが足りず、マサムネが言った。


「お、こいつぁすまねえ」


 タイタンは、片足をひょいと上げて、マサムネ達を通してやった。


「……」


 タイタンは遠ざかっていくミキモト達の背中を、肩越しに見ながら、少しの間、何か考えているようだった。


「ん、あれ? まあ、いいか」


 が、細かいことは気にしないようだった。


「レイジィ。新しい魔物に会えて嬉しい気持ちは分かるが、俺ら、そこそこ急いでるんだ。フレークよりも早く、魔王に会って、逃げるなりなんなりしてもらわないと」

「そうでしたわ。申し訳ございません」


 突き当りまで来ると、また、立て札が立っていた。


【左:宝箱】【右:順路】


「急いじゃあいるが、当然、左だろう!」


 アイドラが力強く言い放った。どっちに行くか迷ったミキモト達が、ふと左を見ると、通路の先に、すでに開けられた宝箱が見えた。


「がー! もう開けられてるじゃねえか。まあ、そりゃそうか。最初に来たやつが持っていっちまうよな、そりゃ」


 落胆するアイドラに、ミキモトが言う。


「よし、じゃあ右な」


 ミキモト達が右に進むと、間もなく、通路は右に折れ、その先に上り階段が見えてきた。

 階段の前には立て札がある。


【全60階 準備はいい?】


「さっきから、立て札に書かれた文字が、やけに丸っこくて可愛らしいんだけど、一体、誰がこれを書いてるんだろうな」


「それは、やはり魔王様じゃないでしょうか」

「まさかの、魔王自著。プレミア」

「いやあ、下っ端だろ下っ端。魔王はそんなもん書かねえって」


「まあ、いいか。急ごう」


 ミキモト達は、早足で階段を上がった。上がりきったところに、また立て札がある。


【2階】


「なんだろう。この微妙に、ホスピタリティがある感じ」

「愛嬌のある魔王様ですね」


「ストラリア上空に出たときも、なんか憎めない感じだったもんな。ますます、フレークに倒させるわけにはいかないな」


 ミキモト達は、急いで通路を進み出したが、2階以降は、各階が迷路になっており、探索たんさくは難航した。

 その途中途中に、様々な魔物が居て、レイジィの後ろ髪を引く。


「あれは、ケルベロス! 地獄の番犬と言われてますが、実は――」

「どこの番犬でも構わん。行くぞ!」


「ダークドラゴン! 別に、暗いところが好きなドラゴンって意味じゃないんですよ」

「言われなくても分かる!」


「ヘルミスト! 地獄で発生したきりだと言われていて、あらゆる物理攻撃が効きません!」

「どうせ戦うつもりはない!」


「ブラックデーモン! あの髭面ひげづらに似合わず、意外と繊細せんさいで、遊び心もたっぷり――」

「分かった! あとでたっぷり遊んでもらおうな!」


 ミキモト達は、当然のように、魔物達の股下やら、腹の下やらをすり抜けて、急いで最上階を目指した。


 階段を上がり終えたミキモトの脇に、立て札がある。


【60階 やったね! この階に魔王が居るよ】


「ようやくだ」


 視線を前方に向けたミキモトは、そこに巨大な扉を見つけ、さらに幅の広い紫色の絨毯jじゅうたんが、自分の足元から、その扉のほうへと伸びていることに気づく。

 そして、扉の前には、漆黒しっこくよろいに身を包んだ、巨大なドクロの騎士が立っていた。


「いかにも、あの扉の向こうに魔王が、ってな雰囲気だな。まだ魔王は健在のようだが、フレークは来てないんだろうか」


 独り言のように漏らすミキモト。


「あれは、デスナイト! 魔物の中でも、剣の腕はピカイチ。その剣撃は、まさに神速。一撃で敵をほふってしまうため、二撃目を見たものは居ないとの説も……」


「いやあ、そこまで言われると照れるデス。あなた達は、何者デスか?」


「俺はミキモト。一応勇者」

「私は、デスナイトのデスデスデス!」


「……デスデスが名前?」

「そうデス! 一発で理解するなんて、ミキモトはフルグラ様より頭の回転が早いデス!これは、フルグラ様、ピンチデス!」


 デスデスは、ミキモトのはるか頭上で、下顎したあごの骨をカクカクと動かしながらしゃべった。


「ちょっと、そのフルグラ様と話がしたいんだけど、通ってもいいかな」

「フルグラ様と話がしたいなんて、怪しい勇者デス! その、よく回る頭で、フルグラ様をやりこめようとしてるに違いないデス! やっぱり、フルグラ様、絶体絶命のピンチです!」


「その通り。まさに今、フルグラ様がピンチなんだ。俺を通してくれないと、ますますピンチ度が増すぞ!」

「あれ、通さないとピンチなのデスか?」


「そうなんだ。通っていいかな」

「立場上、通っていいとは言えないデス!」


「そこをなんとか」

「ただ、勝手に通られる分には仕方がないデス」


 そう言って、デスデスは、自分の口の前で、人差し指を立てた。


「ありがとう」


 ミキモト達は、デスデスの股下を通り、扉へと近づいた。扉の横には、立て札がある。


【玉座の間 魔王フルグラ様に失礼のないように】


 扉を開けて中に入ったミキモトの目の前には、巨大な玉座に座った、魔王フルグラの姿があった。それは、ミキモト達が、ストラリア上空で見た姿そのものだった。

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