第25話 的中
「勇者が殺し合いって、なんでですか?」
「理由までは分からないが、とにかく、今、町に入るのはおすすめしない。あんたらみたいに弱そうなパーティは、いの一番に狙われるんじゃないか? それでも入るっていうなら、止めはしないが」
町に入るのか否か、兵士が、目で問うてきた。
勇者同士が殺し合う、その理由もさることながら、別のことが気にかかる。町に入って、自分の目で確かめてみたほうがよさそうだ。
それに、チョーシは、勇者の順路からすると、魔王城からは、そこそこ離れていると思われる。この町に滞在している勇者達に、それほどの危険はないだろう。
俺は、ザクロ達のほうへと顔を向ける。
「せっかくここまで来たんだ。入ってみよう」
「そうね。フレークのことは、お母さんが守るから、心配しないで」
両手で握り
いろいろな意味で、なんとも言えない気分になる。
俺は、苦笑いを浮かべた。
兵士は、複雑な表情でこちらを見つめている。
俺達4人が町に入ると、兵士が門を閉め、振り向いて言う。
「忠告はしたからな」
兵士に向けて無言で
目の前には、大通りと思われる、幅広の石畳が真っ直ぐに伸び、その両側には、レンガ造りの建物が、
石畳の途中は、広場のようになっているらしく、噴水と、それを取り囲むように、木のベンチと花壇が、
噴水のさらに向こうには、
町のメインストリートのように見える、この華やかな大通りは、その見た目に似つかわしくなく、昼間だというのに、人通りが少ない。
ストラリアでさえ、大通りは、多くの人でごった返していたのだ。この規模の町であれば、もっと人が居ても良さそうなものなのだが。
勇者が殺し合いをしているせいか。
俺ら4人は、明確な目的地もないまま、先ほど見えた、噴水のある広場に向かって歩いていた。
途中、1人の中年男性が居たので、声をかけてみる。
「すみません」
男性は、明らかに警戒した顔つきになる。
「なんだ?」
「ここは、普段から、こんなに人が少ないんですか? こんなに大きな町なのに、変に活気がない気がしてしまって」
「あんた、この町は初めてか?」
警戒を解かずに、男性が言った。
「はい。さっき着いたばかりで」
「今すぐ出てったほうがいいぜ。あんたらのその格好じゃ、真っ先にカモにされちまう。いや、逆に狙われねえかもしれねえけどな。ふんっ」
男性は、自分で言った言葉を、鼻で笑ったようだった。
「何が起きてるんですか?」
「ゴールド目当てに、勇者達が殺し合ってんだよ」
「なんで、ゴールド目当てに、そんなことを――」
「おいおい、本気で言ってんのか? あんたらだって、そんな格好のまま、ここまで旅してきたんだ。分かってんだろ?」
この言葉を聞いて、ようやく、状況が少し分かった気がした。
「なるほど。そうですね」
話を合わせて、適当な肯定をしておいた。
「世も末だね。あんたらは、ゴールド持ってなさそうだから、逆に安心かもな。だが、油断してると、
「気をつけます」
「武器屋には近づくなよ。あそこが一番危険だ」
そう言い残して、男性は去っていった。
俺らは、その後も、広場を目指して、大通りを直進した。
武器屋に行ってみようかとも思ったが、場所が分からないのだ。まずは、広場まで行ってみて、そのあとで、適当に武器屋を探してみよう。
広場に着く直前で、唐突に声をかけられた。
「おい、お前ら!」
声の主を探して辺りを見回すと、建物の間の細い路地で、男が手招きをしているのが見えた。
俺は、ザクロ達と目を見合わせてから、その路地へと入る。
「おいおい、そんな格好で、堂々と大通りを歩いてんなよ」
そう言う男の格好も、俺らと大差はなかった。
「あなたは?」
「俺はトーマス。つい昨日まで、勇者をやってた」
トーマスは、力なく笑いながら言った。
「俺らに、なんか用ですか?」
「おせっかいかもしれねえが、つい、声をかけちまった。この町は、今、危険なんだよ。知らねえのか?」
「いえ、知ってます。勇者が、殺し合ってると聞きました」
「知っててやってんのかよ。いい度胸だな。だが、殺し合いってのは、今となっては正確な表現じゃない」
「どういうことですか?」
「少し前までは、たしかに、殺し合いだった。ひどい
トーマスの顔に緊張が走る。
「一方的な、狩りだ」
「一体、何が起きてるんですか?」
「マックっていう勇者が、武器屋の前に陣取ってやがるんだ」
いまいち話が見えてこない。
そんな思いが顔に出ていたのか、トーマスが続ける。
「装備を買いにきたパーティを狩ってるんだよ」
トーマスは、真剣な顔で、なおも続ける。
「お前らも知ってると思うが、少し前に、魔物達が一斉に居なくなったんだ。俺の村の周辺からも居なくなった。おかげで、旅は快適でね。世界は平和になったのかと思ったよ。俺も、この、チョーシまでは、ピクニック気分だった。だが、ここから先は、強力な魔物だらけで進めたもんじゃねえ」
なんとなく予想は付いていたが、やはりそうだ。
ここは、境目なのだ。魔物が出る地域と、出ない地域の境目。
俺は、弱い魔物を引き上げさせただけで、その後、魔物の再配置は行っていない。なので、現在は、魔王城から一定以上、離れた地域には、魔物が居ない状態なのだ。
たしかに、俺らがチョーシに来るときも、少し離れた林に降り立ってから、町まで歩いたが、周囲に魔物の姿はなかった。
「で、この町に、何十、いや、何百かもしれねえ、すげえ数の勇者パーティが来たんだが、みんな、ここで足止めだ。先に進もうにも、魔物に勝てねえ。強くなろうにも、適当な魔物が居ねえ。経験値もゴールドも稼げねえってわけだ」
俺は、黙って話の続きを促す。
「本当に、打つ手なしって感じだったぜ。俺も含め、勇者達の間に、絶望感が広がっていった。その時点で、勇者をやめるやつらも、10や20じゃなかったぜ。そして、突然、始まったんだ」
「殺し合いが?」
「ああ。誰が最初だったのかは分からねえ。町の中で悲鳴が上がったと思ったら、そこら中のパーティ同士が、次々と、殺し合いを始めたんだ。全滅させちまうと、死体が消えちまうからな。残り1人まで追い込んで、そいつを虫の息にしてから、所持ゴールドを全部奪うんだよ」
「地獄ですね」
「ああ、まさに地獄だったよ。そんな中で、一番上手く立ち回ったのが、マックだ。あいつは、いち早くゴールドを稼ぎ、この町の武器屋で、いくつか装備を買ったんだ。他の勇者達は、ゴールド不足で、ろくな装備を着けてなかったからな。数ランク上の装備を着けたマックに、敵うやつはいなかった」
なるほど。考えたな。
先に、いい装備を着けてしまえば、戦力差は歴然だ。そして、仮に、他パーティがゴールドを稼げたとしても、そいつらに装備を買わせず、さらには、そいつらのゴールドまで奪い、自分達の装備をさらに強化しようって魂胆か。
「あなたも、他のパーティを殺したんですか?」
別に、責めるつもりはない。確認したいことがあったのだ。
「……ああ、殺したよ。いつの間にか、戦いが始まって、無我夢中だった。気づいたら、2,000ゴールド貯まっててね、俺は間抜けにも、これで新しい装備を買おうって、武器屋に走ったんだ」
「そこで、マックに殺された、と」
「そういうこった。俺は、そのときに心が折れちまってね。勇者をやめちまった」
「ひとつ、聞きたいんですが」
「おう」
「勇者同士が殺し合うなんて、できるんですか?」
「ああ? よく分からねえ質問だな。できるから、こうなってるんだろうが」
「どう聞いたらいいのか、難しいんですが、チョーシでの殺し合いよりも前に、勇者が勇者を襲うなんてことがあったんでしょうか」
トーマスは、アゴに手を当てて考える。
「……俺の知る限りは、ねえな。って言っても、俺の見聞なんて、たかが知れてるが」
「変な聞き方をしますが、怒らないでくださいね。トーマスさんは、以前に、他のパーティを襲おうとか、殺そうと思ったことがありますか?」
「いや、そんなことは考えもしなかったな」
やはりこれは、嫌な予感が的中した気がする。確証はないが、おそらく、ゲームの仕様が変わったのではないだろうか。
この町に入るとき、勇者が殺し合ってる理由以上に、気になっていたのはこれだった。勇者が殺し合いをできること自体に驚いたのだ。
ブランが言っていた。いくら、完璧な守りを敷いても、勇者達は、必ずそれを打ち破る策を編み出す、と。
それを聞いて、俺は、物理的にクリア不可能な状態を作ることは、得策ではないと考え、ゲームバランスを極端に悪くする方向に舵を切ったのだ。
クリアするのは不可能ではないが、あまりに難度が高く、面倒くさく、運任せ――いわゆるクソゲーを目指したのだ。
弱い魔物引き上げ作戦は、クソゲー化の第一歩だったのだが、それですら、仕様変更で対抗されるとなると、この勝負、分が悪い。何か別の手も考えなければならない。
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