第26話 翻弄
「なんで、俺らを助けようとしてくれたんですか?」
俺は、疑問をぶつけた。
「なんでって……。俺が、あんたらを助けちゃ駄目なのかい?」
不思議そうな顔で、トーマスは答えた。
「もしかしたら、その、マックという勇者が、今、世界で一番強い勇者かもしれません。それであれば、むしろマックの後押しをすることが、魔王討伐への近道かもしれないじゃないですか」
「そのために、他の勇者を、全員、マックに殺させろっていうのか?」
「まあ、殺させはしないまでも、みんなのゴールドを、マックに集約させるのが効率的かもしれません。あ、いえ。そうしたほうがいいと言ってるのではなく、そういう考え方もある中で、どうして、トーマスさんは、俺らを助けようとしてくれたのかなと」
これは、俺の本心だ。
勇者達が、魔王討伐を最優先に考えるならば、現時点で、最も強いと思われる勇者を後押しするのが、効率的で確実性の高い方法ではないだろうか。
その勇者が、どんなに嫌なやつであったとしてもだ。
トーマスは、自分を殺してゴールドを奪ったマックに、今も敵対心を持っており、それを、魔王討伐よりも優先したのだろうか。
それとも、何も知らずにやってきた勇者を、同じ目に遭わせたくないというだけの人情か。
「変わった勇者だな、あんたは。たしかに、あんたの言うことにも一理ある。このまま、マックが魔王を討伐してくれるなら、あんたのことを見殺しにして、マックに協力するべきなのかもしれねえ。だが……」
トーマスは、目を伏せた。
「俺は、あいつが、魔王を倒す伝説の勇者だとは思えねえ」
「なぜですか?」
「あんなやつが、伝説の勇者であってほしくねえっていう、俺の願望かもしれねえ。たしかに、あいつは、強くて、頭もキレる。殺し合いが始まって、ほとんどのパーティが混乱している中、いち早く、武器屋を押さえた、その頭の回転もみごとだ」
「だったら――」
「だがな! あいつには、不屈の精神ってやつが、ねえ気がするんだ。早々に勇者をやめた、俺が言えた義理じゃねえけどな」
「突如始まった殺し合いを制することができたのは、不屈の精神があったからではないんですか?」
「違うな。あの状況は、あいつにとって、把握可能な状況だった、というだけだろう。その点は、さっきも言った通り、やつの頭の回転の速さを認めざるを得ない。だが、もっと、とんでもないこと――あいつですら、把握不可能な事態が起きたらどうなるか」
そこまで言って、トーマスは、俺の目を見据えた。
「あいつは、簡単に勇者をやめちまう気がする。もちろん、俺の勝手な思い込みかもしれねえけどな」
なるほど。そういうことか。
どんなにいい装備を着けていようと、どんなに強かろうと、勇者は、あきらめたらそこで終わりなのだ。
戦闘能力が高い勇者を後押しすることが、必ずしも最善とは限らないということらしい。トーマスの場合は、そこに私情も入っていそうだが。
「そんな勇者のために、他の勇者が犠牲になるのは、しのびない、ということですか」
「まあ、俺が、あいつを信用してねえってのはたしかだ。それに、純粋に、あんたらには、俺みたいな目に
「では、もし、マックが信用に足る勇者であった場合、あなたは、黙って、俺をマックに差し出したんですか?」
少しの間、トーマスは、片方の眉を上げたまま、何も言わなかったが、やがて、肩をすくめて、鼻で笑った。
「ふん。どうだかね」
勇者達は、決して一枚岩というわけではなく、各々が、各々の思いや理想を持って、戦っているらしいということを、改めて感じた。
勇者達もまた、人間臭い。勇者は、元々が人間なので、人間臭くても何も不思議はないのだが。
そう考えると、勇者もまた、何か強大な力に
まあ、現在、もっとも勇者を
だが、元勇者はともかく、現役勇者に遠慮はしていられない。こちらにも守るものがあるのだ。
ここで俺は、あることが気になった。
「勇者同士で殺し合っても、経験値は獲得できないんですか?」
「ああ、経験値は入らなかったな。瀕死の相手からゴールドを奪えただけだ」
経験値が獲得できないなら、一安心だろう。もし経験値が獲得できてしまえば、生き返った勇者を、繰り返し殺すことで、無限にレベルアップができてしまう。
しかし、ゴールドを奪えるだけ、というのは、仕様変更にしても、少し中途半端な気がする。もしかすると、自由自在に変更ができる、というものではないのかもしれない。
「勇者パーティが襲えたのは、他の勇者パーティのみですか? 町の人々は、被害に
「いや、多分、それはねえと思うぜ。少なくとも、俺の見える範囲では、そんなことは起きてねえし、俺も、町の人間を襲おうって気にはならなかった」
「大通りに、全然、人が居ないのは? 襲われないなら、もうちょっと町の人達が居てもよさそうなもんなのに」
「そりゃ、つい昨日まで、あちこちで勇者パーティが殺し合ってたんだ。みんな巻き添えくらうのが嫌なんだろうよ」
ストラリアでのマサムネの戦闘を見る限り、エンカウント式のターン制バトルなので、通行人が巻き添えをくう、ということはなさそうなのだが、町の人間からすると、その恐れを感じるということだろうか。
「武器屋の主人を殺して、装備品を強奪するってのは、できるんでしょうか」
「な!? あんた、とんでもねえことを考えるな。とても、勇者の発想じゃねえぜ。そんな話は聞いたこともねえ。もしかして、あんた、勇者の皮をかぶった悪魔じゃねえだろうな」
勇者同士で殺し合うのと、そう大差はない気がするが。
「いやいや、まさか。少し気になっただけです」
あまりこういう質問をすると、正体を疑われるらしいので、適当に否定をしてごまかしておく。
大体、聞きたいことは聞けた。そろそろ、行くとしよう。
「ところで、武器屋は、どこにあるんでしょう」
「場所を知らなきゃ、
「ああ、だから、俺らが広場に着く前に、止めてくれたんですね」
「おめえが、そんな初期装備丸出しの格好で、堂々と歩いてっからだよ!」
「ありがとうございます。これから、ちょっとその武器屋に行ってみようかと思います」
「はあ? お前、俺の話、聞いてたか? 間違いなく、ゴールド奪われて殺されるぞ」
俺は、右手の親指を立てる。
「まあ、その点はご心配なく。俺ら、1ゴールドたりとも持ってませんから」
「ゴールド持ってねえなんて、言ったって通用しねえぞ。武器屋に近づけば、問答無用だ」
「なあに、あたしの孫には、指1本、触れさせやしないよ」
ザクロが、右手をぷるぷると震わせながら言う。
「おいおい。全然説得力ないぜ」
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
俺らは、路地から大通りへと戻り、広場を目指した。
トーマスは、俺らのことが心配らしく、少し離れて、ついてきている。
広場には、すぐに着いた。
中央では噴水が、心地よい水音をたてており、ここで殺し合いがあったことなど感じさせない、のどかさだ。
周囲の花壇には、色とりどりの花が咲き乱れ、春を感じさせる。本来であれば、多くの人で賑わっているであろう、真っ昼間の、この広場が、こんなに閑散としてしまっているのは、なんだか悲しい。
こうなってるのも、俺のせいなんだけど。
さて、広場の北に武器屋があると言っていたが、どこだろう。
俺は、辺りを見回した。
そもそも、どっちの方角から歩いてきたのかも分かっていないのだ。
左を見ると、それらしい看板が見えた。
盾の手前で、2本の
武器屋は、広場に面して建っているわけではなく、店に入るには、広場から北に伸びる通りから行かなければいけないようだ。
早速、北の通りへと歩を進める。振り返ると、トーマスが、とても心配そうな表情でこちらを見ていた。
なんだか申し訳ない。少しでも彼の心配を和らげられればと、俺は、右手の親指を立てて、自信ありげに笑ってみせた。が、大した効果はなかったようだ。
北の通りに入って、数歩進んだ左側に、武器屋は、その入り口を開けていた。
「はーい。またカモが4匹、ご到着ー」
その声とともに、武器屋の中から、4人の男が姿を現した。
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