第20話 卵殻
「答えになってないな。以前、勇者だったからといって、なぜ、俺が、魔物であることが分かるんだ」
「まあ、そこは、いろいろとね」
そう言って、クレナイの口元が微笑む。
どうも、こいつは、あまり多くを語る気はないらしい。
「あの、ミキモトという勇者を、どうするつもりだ?」
クレナイが、改まった口調で問いかけてきた。
真正面から、そう問われると、どうするつもりなのかは、俺にも分からない。
「どうするつもりもない。ただ、少し、気になっただけでね」
クレナイは、少しの間、思考を巡らせるかのように黙り込み、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「そうか。もし……いや、いい」
次の瞬間、視界の端で、ようやく、ミキモト達が動き出したのが見えた。
「あんたの好奇心は、満たされたか? これ以上、用がないようなら、俺はもう行くぜ」
「ああ、楽しかったよ。ありがとう」
「魔物である俺を、このまま、見逃していいのか?」
「構わんさ。今の俺は、ただの無職だぜ? 縁があったら、また会おう」
言いながら、クレナイは、俺の横を通り過ぎ、町の奥へと消えていった。
あいつは、一体、何者だったんだろう。
油断させておいて、実は、衛兵に通報して、俺を捕まえようとしているんじゃないだろうか。
俺は、周囲を警戒し、何かあったら、いつでも飛んで逃げられるようにしつつ、ミキモト達を尾行した。
ありがたいことに、やつらは、どこにも寄り道することなく、早々に町を出てくれた。
ミキモト達の少しあとに、俺も町を出た。北に向かう、やつらを目視しつつ、俺は近くの森へと入り、ワープし、変身を解き、影を
「あれで、よかったでさあ?」
何も分かっていない様子のマサムネが、やや不安げに言った。
「ああ、助かった。もっと言えば、お前のおかげで、ミキモトの命が助かった」
「ええ!? どういうことでさあ! ミキモトに、なんかあったでさあ?」
マサミとマサオの顔にも、驚きの色が浮かんだ。
マサムネの質問を、わざと無視して、俺は問う。
「お前、いや、お前ら全員、ミキモトとは親しいのか?」
3体とも、答えづらそうに、大きな1つ目を見合わせ、なかなか口を開かなかった。
「私は、魔王だぞ。魔王の前で、隠しごとをするのか? もっとも、まったく、隠せてないが」
「……面目ないでさあ」
「なにゆえ、謝る」
「あっしら魔物は、勇者と戦って、倒すのが使命でさあ。にもかかわらず、あっしら、ミキモト達と仲良くなっちまったでさあ。一緒に、酒を酌み交わし、あっしに至っては、第2の目まで見られちまったでさあ」
マサムネは、恥ずかしそうに、下に向けた顔を、両手で
第2の目など見なくとも、感情は丸わかりだ。
こうなってくると、俺も、第2の目を見てみたいという衝動にかられたが、冷静に考えると、サイクロプスの股間を見る、という行為の異常さを、改めて実感する。あの、レイジィという女は、ただものではない。
「ミキモトは、もう、あっしらの家族みたいなもんでさあ」
顔の
「勇者を倒すのが、使命だと言ったな。その使命、誰に与えられたものなのだ。私か?」
「いえ、フルグラ様じゃないでさあ。もっともっと、ずっと大昔に与えられた使命でさあ。なんていう魔王様だったかは覚えてないでさあ」
最初の魔王が与えた使命が、脈々と受け継がれているということだろうか。
「もし私が、お前に、ミキモトを殺せ、と命じたら、お前は殺せるのか?」
「……正直なところ、分からないでさあ。自信がないでさあ」
「では、ミキモトと仲良く、今後、一緒に旅をしろ、と命じたら、どうする?」
「へ? ミキモト達さえよければ、喜んで、そうするでさあ」
「では、そうしろ。ミキモト達の言うことをよくきき、迷惑をかけぬようにな」
マサムネ達の笑顔を見た俺は、超空間へと入った。
あの命令が正しかったのかは、正直、よく分からない。ミキモト達が、これから先の旅路でも、魔物と戦うことがないのであれば、マサムネを同行させたところで、役には立たないかもしれない。
むしろ、マサムネを連れていることで、先ほどのような疑いをかけられる可能性もある。
しかし、先ほどの、ストラリアの町での熱演により、マサムネは、魔王の命令よりも、ミキモトの言うことを優先する魔物という設定になった。であれば、マサムネは、ミキモトとともに旅をするほうが自然かという気もした。
何より、人間と魔物が、平和に暮らせる世界の、その先駆けとなってくれれば――そんな思いがあったのかもしれない。
俺は、魔王城へと戻り、超空間を抜けた。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
玉座に腰掛けた俺に、ブランが言う。
一応、無事は無事だが、なかなか、えらい目に遭ったことは、ブランには言うまい。
「早かったのね。ストラリアはどうだった?」
ブランの声を聞いてか、アキナが、隣室から玉座の間に来て言った。
「ああ、よいところであったぞ。お前の父にも、よろしく言っておいた」
「あれ? いち冒険者として行くから、言えないとか言ってなかったっけ?」
「あ」
「フルグラ様! もしや、ストラリアで、そのお姿を、お
こう聞かれてしまっては、答えるしかあるまい。
「
「おお、そのようなことをされるのであれば、事前に、ご相談いただきたかったです。しっかり、演出をしませんと、人間どもに示しが付きませんからな。して、人間ども反応はいかがでしたか」
まさか、魔王だと信じてもらえなかったとも言えまい。
「人間どもは、何が起きたのかも分からず、まぬけ
「おお、さすがはフルグラ様。要らぬ心配でしたな。しかし、なんでまた、急に、そのようなことをされたのですか。人間に化けて、少し情報収集をするだけだと、おっしゃっていたと記憶しておりますが」
「んん、あれだ。私が、人間に化けた魔物であることを、
「おお、そのような事態が……」
「なにゆえ、
「それでしたら、人間に化けての潜入が得意な魔物に、聞いてみるとよいかもしれません。むしろ、フルグラ様が、町に行かれる際、事前にその魔物に確認を取るべきでした。配慮が至らず、申し訳ございません」
俺のように、自ら変身して、人間の町に潜入しようなどという魔王は、今まで居なかっただろうから、配慮できなかったとしても、ブランを責めることはできん。
「いや、よい。早速、その魔物と話をしてみたい。ここに呼べるか?」
「やや遠方に居りますゆえ、呼ぶとなると、少々お時間がかかりますが、よろしいですか」
「いや、こちらから出向こう」
「では、超空間へと参りましょう」
俺は、ブランとともに、ミズーキ地方へと飛んだ。
超空間を抜けた、俺の目の前には、まばらに木が生えた草原が広がり、そこには、ほぼ人間サイズの、卵に白い手足と尾が生えたような、奇妙な生き物が、数十匹、群れていた。
「ノッペランという魔物です。人間に化けて、町に潜入する諜報活動を得意としております」
ブランが説明する。
この造形と、名前から察するに、のっぺらぼうにインスパイアされた魔物なのだろう。真っ白な卵型の
まあ、魔物に、そのような人間の身体的分類をあてはめること自体が、間違っているのだろう。
手足は、短めで、だいぶデフォルメされたイメージだ。二足方向で、よちよちと歩く卵は、ややコミカルに見える。
「私は、魔王フルグラ! お前達に聞きたいことがあって来た!」
「え、魔王様?」
「フルグラ様だって?」
「初めて見た」
「変な、長靴履いてる」
ノッペラン達は、口がなくとも、ちゃんと話すことはできるらしい。
話をしやすくするため、俺は、先ほど町に潜り込んだときの人間の姿に変身した。ちゃんと、サイズも人間サイズだ。
目の前に居た、適当なノッペランを捕まえて、話を聞くことにした。
「名前は?」
「シロポンでちゅ」
シロポンは、男性とも女性ともつかない、不思議な声質で答えた。
どこから声を出してるんだ。
この至近距離で、口のない生き物に喋られると、とんでもない違和感に襲われる。
「シロポン。聞きたいことがある」
「なんでちゅか」
俺は、先ほどの、クレナイとのやりとりの一部始終を説明した。
「なにゆえ、私の変身が
「くすくす」
シロポンは笑いだした。それにつられて、周りのノッペランも笑いだした。一帯は、くすくすの大合唱だ。
おそらく、ノッペランは、
子ども相手に、腹を立ててはいけないぞ。
「そろそろ、教えてもらえないか?」
「フルグラ様。通りすがりの冒険者だなんて、そんな設定は通らないでちゅよ」
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