第19話 無職

 俺は、しばらく、広場周辺を、回ってみることにした。

 町の人々の話を聞いてみたい、ということもあるのだが、ミキモト達のことが心配だったという理由もある。


 考え過ぎかもしれないが、やはり、王の態度が気になる。

 先ほど、公開裁判で、無罪放免になったばかりのもの達を、すぐさま、町中まちなかで再捕縛するようなことは、ないだろうとは思うが、何かを仕掛けてくる可能性がないとは言えない。

 できれば、ミキモト達が、町を出るところくらいまでは、見届けたい。


 ミキモト達を視界から外さないようにしつつ、手近なところに居る人々と話をすることにした。

 

「旅の途中で、初めて、この町に立ち寄ったものなんだが、ここは、どんなところなんだ?」

「ようこそ、ストラリアへ! あそこに見えるのが、ストラリア城。で、ここは、その城下町ってわけだ」


「ストラリアの王ってのは、どんな人なんだ?」

「立派なかただよ。あのかたは、われわれ、庶民のことをちゃんと考えてくださってる。おかげで、税金も安くて、ここは、暮らしやすい町だよ。ま、俺は、働いてないから、税金も払ってないけどな。ししししし」


「働かなければ、税金を払わなくていいのか?」

「そりゃそうだろ。収入がないんだから、払えるものがない」


「あんたは、どうして働かないんだ?」

「どうして? むしろ、こっちが聞きたいね。なんで、働くんだい?」


「そりゃ、ゴールドがほしいからじゃないのか」

「ゴールドを何に使うんだ?」


「武器や防具を買ったり」

「俺は、冒険する気はないからな。そんなもんいらない」


「食い物や酒を買ったり」

「まあ、飲み食いはしてえが、別に、そのために働く気にはならんなあ。たまに、誰かのおこぼれにあずかれれば、それで充分だ」


 そうだ。ブランが言っていた。この世界では、人間も魔物も、食べることは必須ではないのだ。


「いい家に住むとか」

「それはいいなあ。広い家、豪華な風呂、ふかふかのベッド、たしかに魅力的だ。だが、なくてもいいものばかりだ。そんなもんのために、働く気にはならないね」


「じゃあ、あんたは、家に住んでないのか?」

「ああ、家に住んでるのなんて、一握りの人間だけさ。俺は、その辺の地べたで充分だ」


 ううむ。たしかに、食わなくても生きていけるなら、ゴールドは不要かもしれない。この世界の、人生観や勤労観は、俺のイメージとは、だいぶ異なりそうだ。


 ということは、もしや。


 俺は、談笑するミキモトパーティから、目を離さないよう留意しながら、広場に居た人間、10人ほどと話してみた。

 結果、全員、住所不定の無職だった。


 この町は、無職だらけじゃないか。いや、もしかしたら、世界中が、無職だらけなのかもしれない。

 いいじゃないか! 俺も、魔王という立場でなかったなら、ここで延々と、無職生活を楽しみたい。


 そんな誘惑にかられるが、意識的に、それを打ち消す。俺の両肩には、可愛い魔物達の運命がかかっているのだ。あいつらは、俺が守ってやらねば、あっという間に、勇者どもに駆逐されてしまうだろう。


 俺は、こんなところで、のんびり暮らしているわけにはいかんのだ。

 ミキモト。お前もだよ。いつまで、そこで歓談しているつもりだ。さっさと、旅立たんかい!


 念じれば、ミキモトが旅立ったりしないだろうか。

 俺は、両腕を上げ、手の平を、ミキモトのほうへと向けて、念を送ろうとした。


「あんた、なにもんだ?」


「ひゃあっ!」


 不意に、横から声をかけられて、飛び上がりそうになった。

 危ないところだ。下手をしたら、飛び上がって、そのまま空まで飛んでいってしまいかねない。


「いや、俺は、別に怪しいものではなくて」


 しなくていい言い訳をして、自らの怪しさを増幅させながら、俺は、声をかけてきた男のほうを見やった。

 そいつは、黄土色の薄汚いローブで全身を包んでいた。フードを深々とかぶっているため、顔は、鼻と口くらいしか、見ることができなかった。


 なんだ、こいつは。まるで、浮浪者ではないか。

 しかし、よく考えたら、この町の人間の大半は、浮浪者みたいなもんだ。だが、その中でも、こいつは、あまりに浮浪者然としている。

 怪しさなら、こいつも、いい勝負だ。


「どう考えたって、怪しいだろ。あんた、あの、ミキモトって勇者に、呪いでもかけようとしてたのか?」


「いやいや。俺は、ただの、通りすがりの冒険者だよ」

「通りすがりの冒険者が、なんでまた、勇者に呪いを?」


「いや、だから、呪いはかけてないって」

「はははは。あんた、嘘が下手だな」


「本当に、呪いはかけてないんだが」

「あんた、通りすがりの冒険者なんかじゃないだろ?」


 俺は、ぎくりとした。

 なんだ、こいつは。何を根拠に、このような言いがかりを。いや、言いがかりではないか。


「俺は、本当に、旅の途中で、たまたま、ここを訪れた冒険者で――」

「どこから来たんだい?」


 まずい。俺は、ストラリア以外に、町の名前を知らない。


「……あっちのほうから」


 俺は、明後日の方向を指差しながら答えた。


「へえ。なんてところだ?」


 言いながら、男の口角が上がる。

 くそ。こいつ、分かってて、楽しんでやがる。


「忘れちまった。あまり、記憶力がいいほうじゃなくてね」


 男は、唐突に、俺の足元を指差した。


「あんた、尻尾出てるぜ」


「え!?」


 俺は、慌てて、自分の尻を確認した。そして、すぐに、自分が、単純な罠に引っかかったことに気づいた。

 

「あーはっはっはっは」


 男は、腹を抱えて大笑いしている。


「はっはっは。い、息が、できない。し、死ぬ」


 俺は、男の笑いが収まるまで、1分ほど待った。


「いやあ、あんた、本当に嘘が下手だな」


 ここで、気後きおくれしてはいけない。

 俺は、魔王なのだ。こんな、浮浪者の王様のようなやつに、なめられるわけにはいかない。


「で、俺に、何か用か?」

「人間に化けた魔物が、何をやってるのか、興味があってね」


「ほう。魔物と分かっていながら、声をかけるとは、いい度胸じゃないか」

「こんな町中まちなかで、変身を解いて、襲ってくるような、バカな真似はしないだろ? さっきの、フルグラじゃあるまいし」


 バカめ! 俺が、そのフルグラだ! いや、バカは俺なのか?


「で、こんなところで、何をしてるんだ?」


 男は、改めて問いかけてくる。

 こいつは、何者なんだろう。何を、どこまで言うべきか。


「あの、ミキモトって勇者に興味があってね。サイクロプスを手懐けちまう勇者なんて、今まで、聞いたこともない」

「たしかに、ああいうタイプの勇者ってのは、あんたら魔物からすると、珍しいだろうな」


 この言い回しには、何か、引っかかるものがある。


「お前らからすると、珍しくはないのか」


 男は、少しだけ、間を置いた。


「多分、あんたが思ってるほど、珍しくはない」


「どういう意味だ」

「まあ、人間側にもいろいろあってね」


 男は、軽く肩をすくめながら答えた。


「お前は、何者なんだ?」

「俺は……クレナイ」


「今の、絶対、偽名だよな」

「はは。悪いな。会ったばかりの魔物に、本名を伝えるわけにもいかなくてな。そういう、あんたは、何ていうんだ?」


「俺は……フレークだ」

「あんたのそれも、偽名だろ」


「ああ。ただ、正直、本名がなんなのか、俺にもよく分からないんだ」

「そうか。魔物も、いろいろ大変なんだな」


 なぜ、俺は、こんなところで、素性の知れないやつと、いい雰囲気で話しているんだ。


「クレナイさんよ――」

「さん、は要らん」


「名前は、クレナイでいいとして、結局、あんたは何者なんだ。見た目は、住所不定無職にしか見えんが」

「ま、そんなところだ」


「その、住所不定無職さんが、なぜ、俺を魔物だと見破ったんだ?」

「昔、勇者をやってたことがあってね」


 クレナイは、穏やかな口調で、そう言った。

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