第18話 違和
「お前は、俺のことを嫌ってたんじゃないのか?」
「まあ、正直なところ、そうだな」
「だったら、一体、なんで」
モヘジは、一度、視線を落とし、ため息をついてから、再び、ミキモトの目を見た。
「……もっと言うとな、俺が勇者をやってた頃は、俺以外の勇者なんて、全員、居なくなっちまえって思ってた。俺が、魔王を倒すんだ、俺こそが、伝説の勇者なんだって、
そこまで言うと、モヘジは、
「なのに、お前ときたら、のんびりやればいい、みてえなこと、言いやがって。聞いてて、こっちが、イラッとしたぜ」
「はは。わるいね」
ミキモトは、しまりのない笑みを浮かべつつ、モヘジに、答えを促す。
「そんな俺を、なんで助けてくれたんだ?」
「まず、お前は、やってねえ。そう思った」
「なんで、そう思ったんだ? 証拠なんか、何もなかっただろ」
「証拠の有無でいうなら、お前がやった証拠もなかっただろ」
「はは。たしかにな」
「だいたい、お前は、そんなキャラじゃねえだろ。勇者になる前は、家で、だらだらしてやがって、勇者になってからも、町で、だらだらしてやがって、そんな、やる気も、
ミキモトを指差しながら、モヘジが、まくし立てると、ミキモトは、真剣な表情を作った。
「それは、どうかな? お前の知ってる俺は、世を忍ぶ、仮の姿かもしれないぞ?」
ミキモトは、仮面を被せるように、右手で、自分の顔を覆って、言った。
「言ってろ」
「しかし、俺がやってないって、思ったとしてもだ。嫌いな俺のために、ずいぶんと頑張ってくれたじゃないか」
「お前は……まだ、勇者だからな」
「え?」
「お前は、勇者で、俺は、勇者じゃねえ」
ミキモトは、無言のまま、次の言葉を待った。
「いくら、お前のことが気に入らなくても、お前は、まだ、勇者を続けている。一方、お前に、えらそうなことをほざいた俺は、勇者をやめちまった」
モヘジは、顔に悔しさを
「俺だって、そこそこ、自信も、やる気もあったんだぜ。でもな、あの、サイクロプスに負け続けている内に、自信も、やる気も、砕かれちまった。思い知ったよ。俺のは、偽物だったんだって」
「それを言われると、俺には、そもそも自信がないんだけど」
「もしかしたら、それが、お前の強みかもしれねえな」
「え?」
「お前は、空っぽなんだ! 砕けるものがない!」
「ええ!? いや、多少は、なんか入ってると思うんだけど」
「まったく、お前は、なんで、勇者をやってるのか、不思議なくらいだぜ」
「褒められてるんだか、けなされてるんだか」
「とにかくだ、俺には、もう、魔王を倒すことはできねえし、世界平和のために、戦うこともできねえ。俺にできることは、今、勇者である誰かを、助けることだけだ。そう思ったんだ。別に、お前を助けたかったわけじゃねえぞ。世界のことを思えば、勇者は、1人でも多いほうがいいと思っただけだ」
その言葉を聞いて、ミキモトは、穏やかな笑みを浮かべた。
「そっか……。助かったよ。ありがとな」
「礼はいらねえよ。結局、俺は、助けられなかったみてえだからな。あの、フルグラとかいうやつが出てこなかったら、お前は死刑だったんじゃないか?」
「分からないが、お前が、俺を助けようと、行動してくれたことは事実だろ? それに対しては、礼を言わせてくれよ」
「礼なら、フルグラに言ってやれ」
「はは。そうだな。もし、今度、会ったら、フルグラにも礼を言っておくよ」
「おかしな勇者だな、お前はよ」
吐き捨てるように言って、モヘジは、ミキモトに背を向けた。そして、顔だけを、後方に向け、言った。
「お前は、やめるなよ」
「自信はないが、お前の分まで頑張るよ」
「けっ。お前なんぞに、俺の期待を背負ってほしくねえな」
そう言いながら、モヘジは歩き出し、背を向けたまま、右手を振った。遠ざかっていった、その背中は、やがて、人混みに
ミキモトとモヘジが、話している間に、王の一団は、城に向けて移動を開始しており、広場で、壁役を務めていた兵士達も、みな、それに続いた。
広場の周りを囲んでいた人々は、緩やかに散開し、あるものは、大通りのほうへと向かい、あるものは、広場の中に入り、ミキモト達に労いの声をかけた。
ミキモトが、四方八方から、頭や肩を叩かれ、様々な言葉をかけられる中、ふと、耳元で、聞き覚えのある声がした。
「礼は、不要だ」
ミキモトは、声のしたほうを振り返ったが、声の主が誰なのかは、分からなかった。不思議に思っていたミキモトの耳に、再び、聞き覚えのある声が届く。
「あんたは、私に、どれだけ心配かけたら、気が済むんだい!」
「げっ! 母さん!」
「ようやく、働き出してくれたと思ったら、今度は、反逆罪だなんて」
「ご、ごめん」
「それに、なんだい。べっぴんさんばかり、はべらせて。どうせ、酒場で、女の子ばっかり指名したんでしょ。まったく――」
「やめてくれよ。いいじゃないか、その話は」
「うちの子が、いつもお世話になっております」
パーティメンバーに向けて、頭を下げる母。
「母さん。もう、いいから、そういうの!」
どっと、疲れた。
俺は、ミキモトの母親が、レイジィ達と談笑しているのを見ながら、思った。
なんとか、上手くいった。
マサムネを、城の陰に待機させておいて、よかった。名前を呼んだら、出てきて、俺の命令を無視して、森に帰ってくれればいい、とだけ言ってあったのだ。
しかし、魔王の姿を
やはり、通路には
少し、人間の町の様子を、見ようと思っただけなのだが、こんなことになるとは思わなかった。
俺は、改めて、今回の裁判の、一連の流れを、思い返した。
客観的に見て、ミキモトには、たしかに、疑われる要因はあった。
しかし、モヘジの弁護は、悪くなかったように思う。形勢は、ミキモト無罪に、傾いたように見えた。
たしかに、ミキモトとレイジィの発言だけ聞けば、
あのまま、もし、俺が、魔王として姿を現して、熱演をしなかったら、王は、ミキモトを処刑するつもりだったのだろうか。王の口調に、嫌なものを感じ、つい、飛び出してしまったが、俺の早とちりだったのかもしれない。
しかし、モヘジも、途中で言っていたが、あの裁判は、ミキモトを処刑するという、結論ありきで進められていたような印象がある。
何かが、妙だ。
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