第17話 熱演

 広場の上に浮かぶそれは、ドラゴンを思わせる、たくましい尾と、脚を持ち、足先には、黒い長靴を履いていた。

 真昼の太陽を背負っているため、顔は、影になって、よく見えないが、4本のツノが生えているらしき、頭の造形は確認できる。


「私は、魔王フルグラ! 小賢こざかしい人間どもめ。サイクロプスで、町の出入り口をふさぐという作戦が、そこの、ミキモトという勇者のおかげで、台無しだ!」


 フルグラは、身振り手振りを交えながら、情感たっぷりに言った。

 広場の人間達は、状況が把握できずに、口を開けたまま、ただ、フルグラを見上げるだけだった。


「かくなる上は! いでよ、マサムネ!」


 フルグラが、左腕を、ストラリア城のほうへと振りながら言うと、重低音が、地を震わせ、城の陰から、マサムネが現れた。

 マサムネは、町の外壁沿いに、ゆっくりと西へ進んだかと思うと、ぐるりと、身体からだを、広場のほうへ回し、そこに集まっている人間達に向けて、咆哮した。


 ここへ来て、広場の人々は、ようやく現状を認識し始めた。


「おい! サイクロプスだぞ!」

「ひぃぃぃぃぃ」

「あれがマサムネか!」

「あいつが、レイジィに股間を見られたやつだ!」


「クックックッ。人間どもよ、怯えるがよい。さあ、マサムネよ。遊びは終わりだ。この町の人間を、皆殺しにせよ!」


 フルグラが、大げさな動きで、右腕を振り下ろしながら言い、3本しかない指の1本で、広場を指差した。


 しかし、マサムネは動かない。


 広場の人々は、パニックに陥り、口々に、好き勝手な言葉を並べ立てる。


「ミキモト! あんた、あいつと仲良くなったんだろ! なんとかしてくれよ」

「早く、追い返してくれ!」

「俺にも、白涙しらなみだとやらを飲ませろ!」

「腰ミノをはげー!」


 ミキモトは、やや遠方にたたずむ、マサムネの目を、真っ直ぐに見据えた。


「駄目だ、マサムネ! 森に帰ってくれ!」


 人々の喧騒にかき消され、ミキモトの声が、マサムネの耳に届いたとは思えなかった。

何より、マサムネが居るところまでは、だいぶ距離がある。声が、聞こえるはずがなかった。


 しかし、マサムネは、少しの間、広場を見つめたかと思うと、ゆっくりときびすを返し、北の森へと帰っていった。


 それを見たフルグラが、上体をのけ反らせた。


「バ、バカなー! マサムネが、私の命令を無視しただと!? ミキモト! 貴様、マサムネに、一体、何をした!」

「え、何をって言われ――」


「ははははははは! 面白い! ミキモトよ。貴様は、何か特別な力を持っているらしいな。だが! 私の軍勢に、その力、どこまで通用するかな。魔王城で、貴様と相まみえる日を、楽しみにしているぞ!」


 そう言って、フルグラは、町の上空から飛び去った――かと思いきや、ぐるりと方向転換をして、戻ってきた。


「そうそう、ストラリア王よ! 貴様の娘――アキナは、我が魔王城で、厚くもてなしている。数多あまたの魔物に囲まれ、毎日、楽しそうにしているぞ! 安心するがよい」

「ほう……」


 王は、無表情なまま、静かに、それだけ言った。


「では、さらばだ!」


 そう言って、今度こそ、フルグラは、飛び去った。人々が、行き先を目で追うと、町の外に出た辺りの上空で、ふっ、とその姿が消えた。


 いつの間にか、広場は、静寂に包まれていた。

 少しして、人々が、口々に、何かを囁き合い、それは、少しずつ音量を増し、どよめきとなった。


「ミキモトの力が、魔王の支配力を上回ったのか?」

「あれが魔王だって? 本当か?」

「あいつが魔王である確証はあるのか」


 不意に、大音声だいおんじょうが、群衆のどよめきを貫いた。


「俺は、あいつと戦ったことがある!」

「誰だ、あんたは」


 誰かが問うた。


「俺は、勇者 いいいい。俺は、魔王城に攻め込んだとき、あいつと戦ったことがる。惨敗したがな」

「おお! じゃあ、あれは魔王なのか?」


「分からない。魔王は、普通、玉座に座っているものだが、あいつは、魔王城の通路いっぱいに、ぎゅうぎゅうに詰まっていたんだ」

「通路に、詰まっていただって? じゃあ、魔王じゃないんじゃないか? 魔王は、通路に詰まらねえだろ」


「あと、俺が、アキナ姫を返せ、と言ったら、『ここには居ない』と言っていたんだ。それが、今は、アキナ姫を預かっている、と言う。どうにも、あいつは胡散臭い」

「じゃあ、偽魔王じゃないのか!」


 どよめきは、大きくなる一方だ。


「しかしだ――」


 広場を取り囲む観衆の、外側のほうから、誰かが、大声で言った。


「少なくとも、魔王城内に出現する、極めて魔王に近い魔物であることに間違いはないわけだろ? ミキモトの力が、そいつを上回ったのは確かだぜ」

「おおー! たしかに!」


 少しして、誰かが叫んだ。


「ミキモトの力は本物だ!」


 せきを切ったように、人々は、大声を発し、広場は、ミキモトをたたえる声で、満たされた。

 人々の、興奮覚めやらぬ中、眉根を寄せた小太りが、王のもとへと駆け寄り、何かを耳打ちすると、王は笑みを浮かべ、耳打ちを返した。


 小太りは、ミキモト達の前へと駆け戻り、数回、手を叩いた。


「ミキモト達の疑いは晴れた! よって、この場にて、無罪放免とする!」


 人々の興奮は、再び、最高潮に達した。


 兵士達が駆け寄り、ミキモト達の、手かせ足かせを解錠し、取り外した。


「なんだか分からないけど、助かったな」


「一時は、どうなることかと思いました」

「レイジィの潔白も、証明された」

「ああ、よかったよかった。しかし、レイジィ。お前、ただの変態じゃなかったんだな」


「まあ。どういう意味ですか?」

「魔物好きの、ド変態だ。ミキモトが言ってたぜ。レイジィは、うちのパーティで一番まともだと思ってたのに、実は一番のド変態でショックだって」

「ミキモト様! そ、そんな」


「いや、そうは言ってない。アイドラの言い方には、悪意があるぞ!」


「ニュアンスに、大差なし」


「ニュアンスは、微妙な差が大事なんだよ! でも、あのとき、レイジィは、マサムネの第2の目を見てたんだな。すっかり、誤解してたよ」


「どう、誤解されてたんですか?」

「どうって、そりゃ、腰ミノに潜り込んでんだから、サイクロプスのチ――」

「アイドラ! そこまで!」


 めずらしく、リージュが、鋭い声を上げた。


「ミ、ミキモト様達まで、わたくしを、そのような女だと、お思いになっていたなんて」


「でも、まあ、ほら。あのときは酔ってたし、股間に第2の目があるなんて、普通、知らないし、今は、誤解は解けたし。めでたしめでたし」


「うう。わたくしに、なんら、後悔はありません。でも、あの目を見られて、わたくしは、幸せです! 今後も、魔物という魔物を、心ゆくまで、堪能たんのうする所存です」


 右手で、握りこぶしを作り、熱く語るレイジィ。


「こ、心ゆくまで、ね」


「こりゃ、魔王の軍勢は、地獄を見るかもしれねえな」

「レイジィ、無双」


「レイジィの読んでた、魔物図鑑に、魔王フルグラは載ってたの?」


「いいえ。載ってませんでしたわ。わたくし、先ほど、初めて見て、感動しました。ああ、あの魔王様も、いつか、わたくしの手で――」


 レイジィの目が、狂気にゆがみ始める。


「そ、そう言えばさ、フルグラの声って、どこかで――」


 そう言いかけたミキモトは、自分のところへ、ひとつの足音が近づいて来るのを耳にした。


「おうおう! ずいぶん楽しそうじゃねえか」


 振り返ったミキモトの、目の前に立っていたのは、モヘジだった。


「モヘジ。お前、どうして、俺のことをかばってくれたんだ?」


 モヘジは、右手の人差し指で、自分の右頬を、数回、かいた。

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