第16話 反証

「モヘジ。お前……」


 ミキモトは、驚いた顔で言った。


「それでは、モヘジよ。君の考えを聞かせてもらえるかね」


 小太りが、目を細めながら、モヘジにたずねた。


「ああ。まず、ミキモトが、サイクロプスと戦わなかった原因の一部は、俺にある。俺が、こいつに、『お前は戦うな。引っ込んでろ』って言ったんだ」

「なぜかね?」


「まるで勝ち目がないと思ったからさ。この、ミキモトって勇者は、あのとき、初期装備のままだった。おそらく、レベルも1のままだっただろう」


「正解!」


 突然、口をはさんだミキモトを、小太りが、不機嫌そうににらみつける。


「質問されたとき以外、余計な発言をしないよう」


「こんなやつがサイクロプスと戦っても、どうにもならない、と考えたんだ。結局、俺も含め、他の勇者でも、どうにもならなかったんだけどな」

「しかし、だからと言って、その後、まったく戦わなくていい理由にはならないだろう」


「それに関しては、おそらくなんだが、ミキモトが、サイクロプスの前に、突っ立ったまんまだったからだろうな」

「どういう意味かね?」


「俺ら勇者ってのは、町の人間から『助けてくれ』『サイクロプスを倒してくれ』と言われれば、それをせずにはいられないもんなんだ。だが、ミキモトは、サイクロプスが現れて以降、町の人間と話をしてないんじゃないか」

「しかし、あの状況で、戦いもせず、町の人間と話もせずに、サイクロプスの前で、突っ立ってる勇者というのは、どうなのかね。人々を救ってこその、勇者だろう」


「まあ、それに関しては同感だが、人々を救うって点においては、ミキモトは立派に仕事をしただろう」

「……分かるように話してくれるかね」


「昨日、ミキモトが話しかけたら、サイクロプスは、町から去ったんだろう? それなら、結局、人々を救ったのは、ミキモトだったということなんじゃないか」

「しかし、それは、元々、ミキモトが、サイクロプスと共謀しており、何かの時期を見計らって、サイクロプスを撤退させただけだろう。そもそも、町の出入り口を、サイクロプスでふさいだのが、ミキモトなのだ」


「その可能性は低いだろう」

「なぜかね?」


「ミキモトがやったと考えると、不自然な点が多すぎる」

「ほう。どのようなところかね」


 モヘジは、ミキモトを一瞥いちべつして、続ける。


「まず、ミキモトは、勇者になってから、サイクロプスが現れるまでの間、ほとんど、町の外に出ていないと思われる。ちょっと町の人間に聞けば、こいつが、サイクロプスが現れる前に、どれだけ、町の中でだらだらしていたか、分かるはずだぜ」


 広場の周囲を取り囲む、観衆から、口々に声が上がる。


「ああ、あいつか! 買いもしないのに、何回も、うちの店に来て、武器を、ずっとジロジロ見てやがったんだ」

「泊まりもせずに、客室を物色したり、ベッドの上に乗ったりするから、迷惑してたのよ」

「芝生の上で、半日以上、寝転んでたのを見たぞ!」


「よかったな。俺達、覚えられてるぞ」


 ミキモトは、小声でパーティメンバーに言った。


「こ、これは、喜んでよいのでしょうか」


「静粛に!」


 小太りが手を叩き、騒ぎ出した観衆を制し、続ける。


「で、それが、なんだと言うのかね?」


「ずっと、町の中に居たのに、いつ、魔物とやり取りをする暇があったのかね?」

「1度も町の外に出ていないと、断言できるのかね?」


「まあ、そう言われると弱いんだが。じゃあ、数回、町の外に出てたとしてだ、それで、どうやってサイクロプスを呼ぶんだ? サイクロプスだぜ? 普通、この辺には居ない魔物だ」

「その辺の魔物に、伝言を頼んだり、どこかにサイクロプスを隠していたのではないか?」


「サイクロプスを隠してただって? それは、さすがに無理があるだろ。サイクロプスが現れるまで、多くの勇者達が、この近辺をくまなく歩き回ってるはずだ。サイクロプスが居たなんて、報告があったか?」

「いや」


「そして、ここが一番重要なところなんだが、仮に、ミキモトが魔物と内通していたとしてだ、ミキモトの役割は一体、なんだ?」

「なんだとは?」


「普通、内通者ってのは、内部の人間にしかできないことをやって、敵方に協力するものだろう。たとえば、内部の人間しか知らない情報を流したり、内部からしか開かない城門を開けたり。じゃあ、ミキモトは、何をしたんだ」

「そ、それは……」


「サイクロプスは、ただ、町の出入り口をふさいだだけだ。それだけのことに、ミキモトの協力が必要なのか」

「陽動作戦ということはないかね? サイクロプス騒動の騒ぎにまぎれて、なにか、別の目的を果たそうとしたということは」


「そうであるなら、その、別の目的とやらを明らかにして、そこにミキモトが関与していたことを証明するべきだろう」

「くっ……。しかし、先ほど、君も言ったであろう。サイクロプスは、この辺に居る魔物ではない、と。ミキモトの協力のもと、こちらに移動してきたのではないかね」


「無理があるな。あんた、ミキモトを反逆罪にしたい理由でもあるのか?」

「何を、バカな! 私は、真実を追求しているだけだ」


「へえ。まあ、いいが。情けないことに、サイクロプスが、普段、どこに出現する魔物なのか、俺は分からない。だが、出現地が、ここと地続きなら、歩いてやってくりゃいいだけの話だ。ミキモトの協力は不要だろ。地続きじゃないとしたら、それこそ、ミキモトに、何ができるんだ? サイクロプスを乗せる、巨大船でも貸し出したってのか?」

「……」


「しかし、俺も、サイクロプスが単体で、今回の行動を取ったとは考えていない。サイクロプスに詳しくない俺が言っても、説得力がないと思うが、突然やってきて、町の出入り口をふさぐってのは、普通の魔物の行動とは異なる」

「どういうことだ?」


「俺の考えはこうだ。サイクロプスに指示を出したやつが居る。そいつの指示で、サイクロプスが、町の出入り口をふさいだ。しかし、ミキモトが、サイクロプスを説得して、町から引き上げさせたんだ」

「な、なんだと!」


 観衆が、大きくどよめく。


「ミキモトは、戦わずして、魔物を無力化することに成功したんだ。今までの勇者には、できなかったことだろ?」


 ミキモトの目には、その言葉を聞いた王様が、少しだけ目を細めたように見えた。


「で、では、この、レイジィという女の行動は、どう説明する? サイクロプスの腰ミノに入り、いかがわしい行為をした疑いがあるのだぞ。ミキモトが説得したという、その日の夜にだぞ」


 この質問に、モヘジの顔が、引き締まる。


「サイクロプスの貞操観念について、俺は詳しくないが、場合によっては、ミキモトは、それを条件に、サイクロプスを引き上げさせたのかもしれないぜ?」

「な、なんと」


 小太りが、目を見開いて、レイジィのほうへと向き直った。


「レイジィ。まさか、そなた、ストラリアのために、その身をていして……」

「あの、発言してもよろしいでしょうか」


 レイジィが許可を求めた。


「もちろんだ」


 レイジィは、1歩、前に出て、語りだした。


「少し、誤解があると言いますか、わたくし、決して、いかがわしい行為をしていたわけではないのです」

「しかし、腰ミノに潜り込んだという証言があるのだぞ」


「たしかに、腰ミノには潜り込みました」

「では、一体、そこで何をやっていたのかね」


 レイジィは、少し目を伏せてから、口を開いた。


「実は、サイクロプスの、第2の目を見ていたのです」

「第2の目? それは何かね」


「サイクロプスは、股の間に、第2の目を持っているのです。第2の目は、視力はほとんどないのですが、感情を、非常によく表すと言われています。サイクロプスは、感情を読まれることを嫌い、普段は、腰ミノで第2の目を隠しているのです」

「ほ、ほう……」


 突然、押し寄せた、新情報の波に、小太りも、動揺を隠せないようだ。それと対照的に、得意分野を話し始めたレイジィは、どんどん調子に乗っている。


おすサイクロプスの第2の目から流れた涙を、めすサイクロプスがトックリに入れて、醗酵はっこうさせると、白涙しらなみだ、というお酒になるのです。あの晩、わたくし達が、いただいていたのは、それです。その味わい、喉越しは、とても素晴らしく――」


 観衆がどよめく。

 ミキモト達は、青ざめる。


「あ、あの酒、マサムネの体液だったのか」

「体液って言うの、やめて。まだ、涙のほうが、響きがいい」

「げええ。まあ、美味かったからなんでもいいや」


 レイジィの後ろで、ミキモト達も、どよめいた。


「ちょ、ちょっと待ちたまえ。今、話している内容は、この裁判と、何か関係があるのかね?」


 レイジィは、はっとした表情を浮かべる。


「申し訳ありません。わたくし、魔物のこととなると、つい、止まらなくなってしまって。ええと、何でしたっけ」

「なぜ、そなたが、腰ミノに潜ったのか、という話だったが」


「わたくし、魔物の研究をするのが大好きなのです。サイクロプスは、本来、夫婦の間でしか、第2の目を見せないのですが、あの晩は、酔った勢いもありまして、どうしても、この目で、第2の目を見たくなり、つい、腰ミノに潜り込んでしまったのです」

「そ、その、夫婦間でしか見せないはずの、第2の目を、どうして、そなたは、見ることができたのかね?」


「それは、きっと、ミキモト様が、あの、マサムネ様ご家族と、仲良くなったからだと思います」

「マ、マサムネというのは?」


「あ、町の出入り口をふさいでいた、サイクロプスのお名前が、マサムネ様です。奥様がマサミ様、お子様がマサオ様。マサミ様が、わたくしに、第2の目を見ることを、許してくださったのです」

「な、なんと」


 小太りは、しばしの間、驚きのためか、固まっていたが、ミキモトのほうへ、向き直った。


「では、ミキモト、改めて問おう。そなたが、魔物と通じ合える能力があるとして、町の出入り口に、サイクロプスを呼んだのは、そなたではないのか?」

「俺は呼んでない」


「では、そなたが説得して、町の出入り口から、引き上げさせたというのは、事実なのか?」

「うーん。事実は、ちょっと違うんだよね」


「どういうことかね」

「たしかに、俺は、マサムネに言ったんだ。奥さんと子どもが待ってるみたいだから、そろそろ、戻ったらどうかって。でも、マサムネは、これは仕事だからとか言って、断ったんだ」

「ほう。では、なぜ、その、マサムネは町から去ったのかね」


「マサムネの横に、モヤモヤした影みたいなのが出てきて、そいつが、マサムネに、もう戻っていいって言ったんだ。ああ、ちょうど、そのときだったかな。そこの勇者が、マサムネに返り討ちにあってたのは。それで、戦闘が終わったマサムネは、引き上げていったんだ。俺は、そのときに、マサムネに誘われて、一緒に、メルボン北東の森までついていって、うたげをしてた、という経緯 《いきさつ》で」

「ううむ。しかし、そのような話、にわかには信じられん。どう思われますか」


 小太りが、王に意見を求めた。


「論外じゃ。ミキモトの発言は、荒唐無稽こうとうむけいに過ぎる。証拠もなしに、このような発言を信じることはできぬ。残念じゃが――」


 その瞬間、広場が、瞬時にして暗くなった。何か、巨大なものが、上空をおおい、影を落としたのだ。

 人々が、空を見上げると、銅色あかがねいろうろこまとった存在が、中空から、広場を見下ろしていた。

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