第15話 証言

 ミキモトが捕まっただと?

 一体、なぜ、と思わなくもないが、少し、予想はついてしまう。


 おおかた、マサムネと話をしているところを見られ、魔物との内通を疑われた、とか、そのあたりだろう。

 町の出入り口で、堂々と話をしていれば、目撃者の1人や2人、居てもおかしくない。実際、ミキモトと俺が話をしているとき、勇者パーティが、マサムネに殺されてたし。


 通りがかりの冒険者をよそおい、噂話うわさばなしをしている男達に、話しかけてみることにする。


「その、ミキモトってやつは、何をしでかしたんだ?」

「ん? 誰だあんた」


「通りがかりのもんさ。たまたま、あんたらの会話が聞こえたもんでね。ミキモトって名前に、聞き覚えがある気がして、少し、気になっちまったんだ。教えてくれないか」

「あ、ああ。なんか、反逆罪とか言われてたぜ。先日の、町の出入り口をふさいだサイクロプスの件が、そいつの仕業しわざだったらしい」


 やはりだ。


「なるほど。その勇者の処分はどうなるのか、知ってるか?」

「早ければ、今日の昼にでも、町の広場で公開裁判をするらしい。あんたの知り合いだってんなら、見に行ってみたらどうだ? いや、知り合いなら、逆に、行かないほうがいいかもな」


「どういう意味だ?」

「反逆罪が確定したら、まず間違いなく、死刑だからさ。あんたの知り合いだったなら、お気の毒だな」


「死刑、だと?」

「ああ」


「勇者が死刑になった場合、どうなるんだ? どうせ、すぐ生き返るんじゃないのか?」

「ああ? あんた、そんなことも知らねえのかよ。処刑と同時に、王様が、勇者を解任するんだよ。だから、処刑された勇者は、そこで終わりだ。生き返ることもできねえ」


 なるほど。不要になった勇者は、王の権限で消すことができるというわけらしい。

 

 ミキモトめ。

 戦わずに世界平和などと、大言たいげんを吐いておいて、その翌日には、処刑されかかっているとは、なにごとだ。

 しかし、しかしだ。その根本原因を作ったのは、まぎれもなく俺だ。俺が、なんとかしなければいけない。


 しかも、その裁判は今日の昼だと? ずいぶんと急な話じゃないか。


 俺は、男達に礼を言い、その場を後にした。


 さて、どうするべきだろう。時間的な猶予も、あまりない。


 ゲーム的に考えるなら、こういうときは、牢屋に行って、ミキモト本人に話を聞きに行くのが定石だろう。

 大抵の場合、牢屋は、見学自由であり、なんなら、鉄格子越しに、囚人との会話も自由に行えるようになっているものだ。牢屋のセキュリティが、そんなことで大丈夫なのかと、常々思っていたが、今は、その、ゆるさがありがたい。


 そのへんの人達に、たずねると、牢屋の場所は、すぐに分かった。城の東側の壁沿いを行けばあるらしい。


 早速行ってみる。が、地下牢へと続く階段は、兵士ががっちりとふさいでおり、入れそうにない。

 駄目元で、話しかけてみる。


「あの、牢屋を見学させてほしいんだけど」


 兵士は、こちらをギロリとにらむ。


「駄目だ。裁判前は、立入禁止だ」


 くそが! こんなときだけ、きっちりしやがって。

 無理矢理、入るか? いや、やめておこう。ブランからも、密室に入ることは、避けるよう言われている。

 もし、俺が、牢にでも入れられたら、面倒なことになる。それでも、勇者が、玉座の間に来れば、強制ワープで、帰れはするんだろうが。


 俺は、ミキモトとの会話をあきらめ、町のほうへと戻った。

 その後、町の中を回り、多くの人間と話をしたが、目新しい情報は得られず、無為に時間が過ぎていく。


 このまま、町の中に居ても、有益な情報は得られそうにない。役に立つか分からんが、手は打っておこう。


 俺は、全速力で町の外まで出て、森の木々の中に身を隠し、メルボン北東の森へとワープした。もちろん、超空間では、全速力で平泳ぎをして、だ。


 この森に、マサムネ一家が、まだ居る保証はなかったが、居る可能性は高いと踏んでいた。


「フルグラ様! どうしたんでさあ」

 

 やはり、居た。


「ちょっと、協力してほしいことがある」


 俺は、マサムネと、いくつかのやりとりをした。


「そんなことでいいでさあ?」

「ああ、頼んだぞ」


 ここで、俺は考えた。魔王城に戻って、ブランと相談をするべきか。

 しかし、なんとなく、勇者を助けるために協力してくれ、とは言いづらい。それに、特に、ブランに聞きたいこともない、か。


 俺は、再び、ワープをして、ストラリアへと戻った。


 町に入った直後、あたりの雰囲気が、にわかに変わり始めた。先ほどまでの、活気あふれる喧騒は、徐々に、どよめきへと変わり、民衆が色めき立つのを感じる。


 辺りを見回すと、城門から、多数の兵士が、行進して出てくるのが見えた。兵士達は、四角形に隊列を組み、橋を渡り、民衆を押し分けながら、南へと進んでいく。

 どうやら、隊列の中央に、ミキモト達が居るようだ。


 兵士達は、歩道に沿って進み、広場の中央まで来ると、隊列を押し広げていく。民衆は、兵士達に押され、広場の外側へと追いやられた。

 兵士達の壁の内側、広場には、ぽかりと空間が空き、その空間の中央に、手かせ足かせを付けられたミキモト達4人が立っていた。


 しばらくすると、別の一団が、兵士に守られながら、城門から現れ、民衆を押し分け、広場まで進んできた。ストラリアの王と、その他、数名の男達だ。


「これより、勇者ミキモトの公開裁判を、執り行う!」


 黒い口ひげを生やした、小太りの男が、ミキモトの前に立ち、言った。

 民衆達の間に、どよめきが起こる。


 結局、大した情報収集もできないまま、裁判が始まってしまった。

 しかし、公開裁判を、屋外でやってくれるのはありがたい。いざとなれば、ミキモト達をさらって、飛んで逃げてしまえばいい。処刑をまぬかれることはできるだろう。

 問題は、ただにがしただけでは、容疑が晴れない、ということだ。それでは、今回は助かっても、いつ、再捕縛され、処刑されないとも限らない。

 何か、手を考えなければ。


「ミキモトよ。貴様には、魔物との内通による、反逆罪の疑いがかかっている。証人、前へ!」


 その声が響くと、数人の男達が、小太りの男の後ろで、横に列を作った。


 この世界の裁判のことだ。どうせ、科学的証拠など関係なく、目撃証言と、自白をもって、印象だけで罪を決するのであろう。

 だとすると、状況は、ミキモトにとって、圧倒的不利と言える。


 1人目の証人が、口を開く。


「サイクロプスが、町の出入り口をふさいだとき、多数の勇者達が、果敢かかんに挑み、散っていく中、ミキモトのパーティは、戦うこともせず、ただ、それを眺めていました。これは、ミキモトが、サイクロプスと共謀していたことを示していると思います」


 そう言われても、仕方がない。俺から言わせれば、列を作って、殺され待ちをするほうが、どうかしてると思うが、この世界の人間からすれば、ミキモトのほうが異常なのだろう。


 2人目の証人。


「昨日、ミキモトがサイクロプスに話しかけ、その直後に、サイクロプスが町の出入り口から立ち去るところを、目撃しました。これは、ミキモトが、サイクロプスに対し、何かしらの指示を出していたものと思われます」


 俺は、影になっていたから、遠目には、ミキモトとマサムネの2人が、会話をしているうようにしか見えなかっただろう。ミキモトの指示で、マサムネが帰ったと思われても、無理はない。


 3人目の証人。

 おや、こいつの顔には、見覚えがある。俺とミキモトが話をしているときに、マサムネに、殺されていた勇者だ。


「ミキモトは、私が、サイクロプスに、引きちぎられ、まさに断末魔の只中ただなかに居るのを、薄ら笑いを浮かべながら、見ておりました。まるで、私が殺されるのを、楽しんでいるかのようでした」


 最後の一文は、こいつの、個人的な感想だが、笑みを浮かべて見ていたのは事実だ。おそらく、ミキモトは、魔物と平和的解決ができることを想像し、笑みを浮かべたのだろうが、そのかたわらでは、マサムネが勇者をちぎっているのだ。状況がまずかった。


 4人目の証人。


「ミキモトと、そのパーティメンバーは、町から引き上げるサイクロプスと一緒に、北の森まで行き、そこでサイクロプスの群れとうたげを開いていたのです」


 え、何その話。俺、知らない。


 証人は、さらに続ける。


「ミキモト達は、サイクロプス数体と、親しげに酒を酌み交わし、さらに、そこのレイジィという女は、サイクロプスの腰ミノの中へと潜り込み、なにか、けしからん行為に及んでいた疑いがあります。サイクロプスが、身体からだを許したのです! これはもう、完全に、ミキモト達とサイクロプスが親密であったという証拠と思われます」


 ええー! ちょっと、何してるの、この人達。

 魔物と仲良くなるのは結構だけど。いや、実にけしからん。


 民衆のどよめきが大きくなる。


 小太りが、数回、手を叩き、言う。


「静粛に!」


 そう言って、小太りはミキモトに向き直る。


「勇者ミキモト。今の証言に対し、何か反論はあるか?」


 ミキモトは、特に緊張した様子もなく、答える。


「俺が、サイクロプスと戦わなかったのは事実だ。でも、俺は、サイクロプスと共謀したりはしてないし、そこの勇者が殺されるのを楽しんでいたわけではない」

「サイクロプスと話をしていた、という点に関しては?」


「それも、事実だよ。たしかに、話はした」

「そこが、おかしくないかね。勇者が、魔物と戦わずに、話をするなど言語道断だ」


 小太りは、王のほうへと向き直り、自信たっぷりに言う。


「以上の事実だけをもってしても、ミキモトには勇者の資質がないのは明らかであり、魔物と共謀していたと判断せざるをえません」


 おいおい。ずいぶんと乱暴に、話を進めるじゃないか。

 もう少し、ミキモトの話を聞いてやってもいいだろうに。


「ううむ」


 王が、思案顔でうなる。


 まさか、王も、こんな証言と、適当な印象だけで、判決を下すわけじゃないだろうな。誰か、この裁判に、腕利うでききの弁護人は、居ないのか。


 俺が、どうにかするしかないか、と思ったその時――。


「待ってくれ!」


 民衆の中から、1人の男が声を上げた。

 その男は、群衆をかき分けて進み、兵士の壁までやってくる。


 小太りが、目で合図をすると、兵士達は、その男を、中へと入れてやった。


「何か、言いたいことがあるのかね?」

「ミキモトは、反逆などしていないと思うぜ」


 おお、いいぞ。ここへ来て、ようやく、ミキモトの味方が!

 しかし、こいつの顔も、どこかで見たことがあるような。


「ほう。君は誰かね?」


 たずねた小太りに、男は答えた。


「元勇者の、モヘジっていうもんだ」

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