第14話 潜入

 俺は、魔王城の外の平原に、ブラックデーモン達を集めて、言った。


「魔王城改築の計画を変更したいと考えている。少し、試したいことがあるのだ。幾度か、細かい変更や、やり直しを指示することになるだろう。手間をかけさせてすまないが、よろしく頼む」


 アキナの放った、あの言葉。

 玉座の間の移動はできるのか。

 その答えは、ブランにも分からなかった。


 玉座の間の移動が可能となれば、選択の幅は大きく広がる気がする。その確認のために、いくつかの実験をしたいと考えている。そのためには、いろいろと、条件を変えての試行錯誤が必要となるのだ。


「フハハハハ! 何を言うんですか」


 そう言って、前に出てきたのは、ブラックデーモンのカッカだ。


吾輩わがはい達に、遠慮は無用です。何なりと、ご指示ください」


 カッカは、ブラックデーモンの中でも、建築の腕が良く、魔王城改築に関しては、実質のリーダー格といえる存在である。


 俺は、現在、考えている改築の計画を話した。すると、カッカは、にやりと笑い言う。


「かしこまりました。なるほど、それは面白そうですな。吾輩わがはい達に、お任せあれ」

「頼んだぞ」


 早速、作業に取りかかるブラックデーモン達を、上空から見下ろしながら、俺は、考えていた。


 まずは、マサムネを、ストラリアの町から引き上げさせよう。

 すでに、ストラリア周辺地域からの、弱い魔物の撤退は済んでおり、勇者達を、ストラリアの町に封じ込めておく理由がなくなったためだ。

 現在、低レベルの勇者達は、レベルアップの手段がないまま旅を続け、いずれ、格上の魔物と戦い、その戦力差に絶望してくれるだろう。




 マサムネのところから、ワープで帰る途中、俺は、超空間で考えていた。


 あの、ミキモトという勇者、おかしなことを言っていた。

 魔物と戦う気がしない、さらには、魔王とも話してみたい、仲良くなれるかも、などと。

 魔王である俺を目の前にして、だ。


 もっとも、俺は影をまとっていたこともあり、向こうからは、おぼろげな影にしか見えず、こちらが魔王であることは分かっていなかったのだろうが。

 しかし、だからこそ、ミキモトの、あの言葉は、本心なのだろうという気もする。


 もし、あいつが、玉座の間に来た時、俺とあいつは、戦うことになるのだろうか。


 今まで、俺は、世界中に居る勇者を、1人残らず消し去れば、それが、魔物の勝利なのだと考えていた。しかし、本当に、そうなのだろうか。


 魔王城に戻った俺は、改築の様子を見守りながら、1日、考えた。


 翌日、上空から魔王城を見下ろす、俺のところへ、カッカが、やってきて言う。


「フルグラ様。吾輩わがはい達も、だいぶ、改築に慣れてきました。今後は、フルグラ様に、監督をしていただかなくても大丈夫です。フルグラ様には、魔王様としての務めもございましょう。もちろん、ご覧いただく分には、問題ありませぬが」


 さすがカッカだ。頼りになる。実際のところ、彼らの手際は良くなってきており、俺が、つきっきりで見ている必要はないと思い始めていたところだ。

 改築を進めながら、その間に、他のことができるのであれば効率的だ。


「助かる。では、私は、私の仕事をすることとしよう」


 俺は、玉座の間へと戻ってから、ブランを呼び出し、超空間へと移った。


「少し、人間の町の様子を見てこようと思う」


 そう言って俺は、心の中で、あることを念じた。すると、俺の身体からだが、みるみる、変形してゆく。


 以前、俺が通路にはさまっていたとき、ブランが言った。俺やブランは身体からだの縮小や、ある程度の変身が可能、だと。

 俺は、この言葉を聞き逃していなかった。


 念じることで、変身ができるのだ。


「どうだ? 人間の男に見えるか?」


 突然、俺が変身したものだから、ブランは、少々驚いていたが、すぐに答えた。


「ええ。造形は完璧かと」


 よし。


「この姿で、人間の町に潜入してこようかと思う。勇者達の状況や、人間達の様子を、個の目で、じかに見てみたい」

「しかし、危険です。フルグラ様に、もしものことがあったら、われわれは終わりなのですよ」


「分かっている。しかし、実際に、自分の目で見て、話をしてみたいのだ」

「フルグラ様が、行く、とおっしゃるのであれば、私には止めることはできません。しかし、くれぐれも、町の人間と、戦闘はしないよう、お願いいたします」


 ブランが、こう言った理由は分かっている。

 町の中に居る人間は、その辺の勇者よりも、よっぽど強い場合があるらしいのだ。


 俺は、この世界で目覚めた初日に、ブランから、この話を聞いていた。


 世界中に、多数の勇者が居る、と聞いた俺が、真っ先に思いついたのは、世界中にある町や村を、全て滅ぼしてしまえば良い、ということだった。

 装備や道具の購入、回復、復活の拠点をなくしてしまえば、勇者達に大打撃を与えられるだろうと思ったのだ。


 しかし、その作戦は、あまりにリスクが高く、費用対効果も良くない、とブランに止められた。


 かつて、実際に、町を襲った魔王も居たらしいが、成功したケースもあれば、強力な魔物達が返り討ちにあったケースもあるという。しかも、厄介なことに、どの人間が強いのかは、見た目では判断がつかないらしい。


 なぜ、その、勇者よりも強い人間達が、町や村の外に出ず、魔王討伐を勇者任せにしているのかは、分からない。


 しかし、この事実がある以上、町の中では、おとなしくしていたほうが無難だろう。


「普通の冒険者の振りをして、少し、情報収集をするだけだ。危険な真似はしない。この変身が、人間達にバレる可能性はあるか」

「……そのままでは、町の入り口にお立ちになっただけで、バレるかと」


「おや、どこかおかしいか」

「あの、大きさが……」


「ああ……」


 また、すっかり忘れてた。俺は、身長30メートルのまま、人間の姿に変身していた。変身の際には、サイズも意識せねば。


「では、サイズは調整するとして、変身がバレる危険はあるか」

「人間達が特殊なアイテムを使ったり、もしくは、フルグラ様が、よほど、おかしなことをされない限りは、大丈夫かと思います」


「特殊なアイテムはともかく、おかしなこというのは、具体的にはどのようなことだ」

「フルグラ様が、ご自分のことを魔王だとおっしゃったり、人前で何回も変身を繰り返されたり、といったことです」


 ブランは、俺のことを、ホームラン級のバカだと思ってるのだろうか。しかし、通路にはさまっていた前歴があるので、このような念を押されるのも、やむをえまい。


「安心しろ。そのあたりは、わきまえている」

「はい。では、あとは、相手の真の姿を映す、『トゥルーの鏡』にはお気をつけください。とは言っても、私も、実物を見たことがないので、どのような形の鏡なのかは分かりません。ですので、それらしい鏡にはお気をつけください、としか言えないのですが」


「それらしい鏡と言われてもな」

「魔物達に、を探らせてみます。もし、見つかった際には、お知らせします」


「分かった。他に、何か気をつける点はあるか」

「町や村の中では、ワープが使えません。いざというときは、飛んでお逃げください。なるべく、密室には入らないよう、ご注意ください」


「気をつけよう」


 そうか。ワープが使えないというのは、少し不安だな。注意することとしよう。

 変身の精度を確かめるため、俺は、一度、超空間を抜けた。


 元の空間に戻ると、アキナや魔物達が、俺のほうを見て驚いている。


「だ、誰?」

「人間だ! 人間だ!」

「あんなでっかい人間が居るか!」


 アキナの身長を参考に、俺は、自分の身体からだの縮小してみた。相対的に、玉座が、大きくなっていき、気づくと、俺は、巨大な玉座の座面のふちに座り、はるか眼下の、アキナ達を見下ろしていた。


 地面までの高さに、肝を冷やし、瞬時に思った。

 やばい。高くて、下りられない。


 しかし、すぐに思い出す。俺は、飛べるのだった。


 俺は、宙に浮かび、ゆったりと、アキナの目の前に降下し、着地した。


「俺、人間に見える?」

「あなた、フルグラなの? 変身してるの?」


「イエス! 人間に見えるかな? おかしなところない?」

「へー、すごい。見える見える。空さえ飛ばなきゃ、バレないんじゃないかな。でも、人間に化けて、どうするの?」


「ま、ちょっと、人間の町の様子を見てこようと思ってね」

「へー」


 アキナは、何かを思いついたように、手を叩いた。


「じゃあさ、ストラリアに行ったら、わたしのお父さんに、よろしく言っておいてよ。アキナは、魔物達に囲まれて、幸せに暮らしてますよ、って」

「いや、それ、俺が魔王である前提で話さなきゃ無理じゃないか。いち冒険者として、行くつもりなんで」


「あ、そっか」

「まあ、伝えられたら伝えておくよ」


 どこまで本気なのか分からない、アキナとの会話を打ち切り、俺は、ワープを開始した。


 とりあえずは、ストラリアに行ってみることにしよう。

 アキナに、ああ言われたから、というのもあるが、マサムネの一件で、ストラリアの町が、現在どうなっているのかに興味があったのだ。


 町の中へ直接ワープすることはできないので、近くの森までワープし、誰にも姿を見られていないことを確認してから、町へと向かった。


 マサムネが居なくなったためか、町の大通りには、大勢おおぜいの人々が行き交い、活気が感じられた。

 人々の様子を見ながら、大通りを歩いていると、ある噂話が、俺の耳に飛び込んできた。


「ミキモトっていう勇者が、捕まって牢に入れられたらしいぞ」

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