第21話 収穫

「ちょっと考えてみてほしいでちゅ。勇者パーティ以外の人間は、死んだら、そこでおしまいなんでちゅよ。それなのに、勇者パーティにも属さず、1人で冒険するやつなんて、その時点で相当不審でちゅ」


「なるほど」

「あと、自己紹介をするときには、ちゃんと職業を言うべきでちゅ。さすらいの戦士とか、旅の武闘家とかのほうが、まだましでちゅね。冒険者 だなんて、自分は不審者だと宣伝してるようなもんでちゅ。フルグラ様も、少しは頭を使ってほしいでちゅ」


 この卵野郎。口調のせいも相まって、なかなかに腹が立つじゃないか。

 礼儀が、まるでなっとらん。歴代の魔王も、こういう魔物を相手に、腹を立てていたんだろうか、などという思いが頭をよぎる。しかし、歴代の魔王は、人間に化けて町に潜り込んだりしないし、ノッペランに助言を求めに来ることもなかったのだ。


 魔物の無礼に腹を立てていても仕方がない。今から教育するにも、手がかかりすぎる。気にしないのが一番だ。そう考えると、ブランは本当にしっかりしているな。


「あと、フルグラ様の、その格好は、綺麗すぎまちゅ。まったく冒険してきた感じがないでちゅね。ちょっと手本を見せてあげまちゅ」


 シロポンの、卵型の身体からだに、縦長のヒビが入ったかと思うと、そのままぱっくりと、ふたつに割れた。


 真っ二つになったシロポンの身体からだの中から、体格の良い、男性が姿を現した。

 男性の足元に落ちていた、文字通り、抜け殻となった卵殻と、手足と尾は、ちゅるん、と男性の足先に吸い込まれ、吸収されていった。


 その男性は、歳は40前後、口の周りには無精髭ぶしょうひげが生え、短く刈り上げた頭髪には、白髪が目立つ。


 薄汚れた、袖なしの革鎧かわよろいは、だいぶ年季が入っており、見ているだけで、こちらまで臭ってきそうだ。


 むき出しになった上腕には、刀傷のようなあとが、数箇所あり、これまでの戦いの歴史をうかがわせた。


 ごつごつした手には、無数の傷痕きずあとがあり、手の平には、長年、つるぎを振るってきたことを思わせる、マメがあった。


 圧倒的リアリティだ。

 たしかに、この圧倒的リアリティに比べたら、俺の変身など、子どもだましに過ぎないことを痛感させられる。


「お前は、シロポンなのか?」

「いや。俺は、はぐれ戦士のマシュー。数年前に、パーティメンバーとはぐれちまってね。それ以来、ずっと、あいつらを探して、旅をしてる」


 そう言って、マシューは遠い目をした。


「あのとき、俺らは、お宝を探しに、砂の宮殿に入ったんだ。地下2階を探索してる途中、目当てのお宝まで、あと少しかってところで、突然、パーティメンバーが目の前から消えちまった。落とし穴だよ。あいつらとは、それっきりだ。生きてるのかどうかも分からねえ。それ以来、俺は、ずっと1人で戦ってきた」


 マシューは、目を細め、左腕の傷痕きずあとを右手で撫でた。


「その傷は?」


 俺は、つい聞いてしまった。


「サンドソルジャーに斬られたのさ。知ってんだろ? あの、骨のばけもんだ」


 言われて、俺は、ついうなずいてしまう。


 次の瞬間、マシューの顔にヒビが入ったかと思うと、そのヒビは、胸、腹にまで伸びていき、マシューの身体からだが真っ二つに割れた。

 中から現れたのは、卵の形をしたノッペランだった。抜け殻となったマシューの身体からだは、ちゅるんと、ノッペランの足先に吸い込まれた。


「とまあ、1人キャラでいくなら、これくらいはやってもらわないと困るでちゅ」


「お前は、シロポンなのか」

「そうでちゅ。言うまでもなく、さっきのマシューもシロポンでちゅ」


「でも、さっきたずねたときは、否定したじゃないか」

「変身してるときは、そのものに、なり切ること。これ、基本でちゅ。間違っても、本当の名前を呼ばれて、振り向くようなバカは、やっちゃいけないでちゅ」


 ぐぅ。俺、やりそうだ。

 悲しいことに、本名を思い出せない上に、フルグラという名前も、自分の中で定着しつつある。


 黙っている俺をよそに、シロポンは続ける。


「変身するときは、そのものの、年齢、背景、生い立ち、くせ、なんかを全て、自分のものにしておかないといけないでちゅ。形だけ似せればいいってもんじゃないでちゅよ」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


 すると、次の瞬間、シロポンの身体からだが、瞬時にマシューへと変化した。


「それと、サンドソルジャーなんて魔物は居ねえよ。安易にうなずくのは、関心しねえな」


 それだけ言うと、マシューは、すぐさまシロポンへと戻った。


「切り替えは瞬時にできるのが理想でちゅ」

 

「お前、そんな、瞬時に変身できたのか」

「できるでちゅ」


「さっき、お前の身体からだが割れたのはなんだったんだ」

「演出でちゅよ。フルグラ様は、純粋過ぎて心配になるでちゅ」


 くそ。こいつには翻弄ほんろうされっぱなしだ。


「お前、マシューに変身したときは、普通に喋ってたのに、なんで普段は、でちゅでちゅ言ってんだ」

「赤ん坊だからでちゅ。赤ん坊は、どんなものにもなれるでちゅ。無限の可能性があるでちゅ。なので、普段は、自分の可能性を広げるために、赤ん坊になってるんでちゅ」


「それを自覚しちゃってる時点で、赤ん坊としては失格じゃないか?」

「難しいことは分からないでちゅー」


 シロポンは、小刻みに身体からだを揺らしながら言った。


 こいつ、急に、バカの振りしだしやがった。


 しかし、収穫はあった。シロポンは、むかつくやつだが、変身の技術は本物だ。ノッペラン達が、みんな、同等の技術を有しているなら、これらを上手く使わない手はない。

 問題は、俺が、上手く使えるのかどうか、だが。


「お前達は、戦ったら、どれくらい強いんだ?」

「戦いのほうは、それほど得意じゃないでちゅ。さすがに、ドラキャットとかよりは、戦えるでちゅが」


「変身しても、戦闘の能力は変わらないのか?」

「変わらないでちゅ」


「弱い魔物は、全て引き上げさせたのではなかったのか?」


 俺はブランに問うた。


「ノッペランは少々特殊でして、その変身能力のおかげで、そうそう、勇者達と戦闘になることもないので、引き上げさせませんでした」


 なるほど。あの作戦は、勇者達に経験値を稼がせない、というのが意図だったからな。


「フルグラ様は、口調が定まってないでちゅね。魔王なのか、人間なのか、キャラ設定をはっきりしてほしいでちゅ」


「今は、魔王だ。注意しよう」


 俺は、ため息混じりに応えた。


「ブランよ。ノッペラン以外にも、変身ができる魔物は居るのか」

「居ります。潜入技術という点では、ノッペランには及ばないかも知れませんが、変身を得意とする魔物は、いくつか心当たりがあります」


「その中に、そこそこ戦闘能力が高いものは?」

「2~3 居ります」


 よし。


 その後、俺は、ノッペラン達と、ある作戦について打ち合わせをした。


 超空間に入った俺は、ブランに言う。


「変身能力を持ち、かつ戦闘能力が高い魔物が3体欲しい」

「どのような目的で?」


「決まっているであろう。4人パーティを組んで、再び、人間の町に潜入してくる」

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