第12話 邂逅

「ミキモト様! お聞きになりましたか?」


「うん。今のは聞いてた」


「北東の森かあ。いっちょ、行ってみるか?」

「嫌な、予感」

「大きい人影と言うと、ストラリアの町を襲った、サイクロプスではないでしょうか」


「もしサイクロプスだとしたら、俺らが行っても、まるで歯が立たないんじゃないか。でも、もし、その、北東の森に居る人影がサイクロプスだとしたら、ストラリアの町の出入り口には、もう居なくなったってことかね」


 ミキモト達は、まず、ストラリアの町へと向かってみた。

 町の出入り口では、相変わらず、サイクロプスが、その豪腕を振るって、勇者パーティを血祭りに上げている。しかし、遠くから見た限り、サイクロプスの前に、死の行列はできていなかった。


「どうやら、サイクロプスに挑む勇者が、だいぶ減ったみたいだな」


「みなさま、勇者をやめてしまったのでしょうか」

「分からないが、その可能性が高い気がする」


「あそこにサイクロプスが居るってことは、メルボンの北東の森に居るのは、なにもんなんだ?」

「サイクロプス、2号」


「一応、確かめに行ってみるか」


 ミキモト達は、来た道を戻り、メルボン近くへと北上してから、そのまま北東の森を目指した。

 森は、メルボンから、そう遠くないところにあり、程なくして、ミキモト達の視界に、その姿を現した。


 ミキモト達は、恐る恐る、森に近づき、その少し手前で足を止めた。

 鬱蒼うっそうと生い茂った木々が、日の光を遮断し、森の中は薄暗い。加えて、人間の背丈ほどの下草が、あちらこちらに群生しており、奥のほうまでは見通せなかった。


「なんか、やばい雰囲気がするけど」


「せっかく、ここまで来たんだ。入ってみようぜ!」


 威勢のいいアイドラの返事に促され、ミキモト達は、背の高い下草をかき分けながら、森の中へと足を踏み入れた。


「しかし、こんな森の中で、どうやって人影なんか見えたんだ? 草が邪魔で、数メートル先も見えないってのに」


 言いながら、ミキモトが進んでいくと、どこからか、声が聞こえてきた。


「父ちゃん、頑張ってるかなあ」

「決まってるじゃないか。お父ちゃん、張り切ってたからね」


「ちょっとだけでいいから、父ちゃんの頑張ってるところ、見に行きたい」

「でも、ここで待ってろって、言われたろ?」


 ミキモトは、パーティメンバーのほうへ振り返り、声が聞こえてきたと思われるほうを指差しながら、無言で、小首をかしげた。


 ミキモト達が進むにつれて、声は大きくなり、やがて、人間の声とは思えないほどの大きさになってきた。しかし、会話の内容を聞く限り、それは、ほのぼのとした、親子の会話に聞こえた。


 下草をかき分けながら進んでいたミキモトは、ふと、前方が明るくなった気がした。


「あれ? 森はここで終わりかな?」


 草をかき分けて、前に踏み出すと、そこだけ、木々がなぎ倒されて、森の中の広場のようになっており、1つ目の魔物が2体、ひざをかかえて座っていた。


 ミキモトは、魔物の1体と目が合ってしまった。その頭の半分ほどはあろうかという、巨大な1つ目と。


「あ」


 ミキモトと魔物が、同時に声を上げた


「あれは、サイクロプスです! とても大きな身体からだを持った、1つ目の魔物です!」

「見れば分かる!」


「とても力が強く、人間の身体からだを、紙のように、たやすく引き裂いてしまいます!」

「知ってる! 散々見たよ!」


「それから、えーと、とても視力がいいのと、あと、家族愛が強くて、温かい家庭を持つと言われてます!」

「どこから得てるの、その情報!」


 身体からだの大きいほうのサイクロプスが立ち上がり、大地を揺るがしながら、ミキモト達に近づいてくる。


「絶体、絶命」

「おいおい、やべえんじゃねえか?」


 サイクロプスは、ミキモトの前に立つと、威嚇いかくするかのように咆哮ほうこうした。


「ひっ!」


 パーティメンバー達が、恐怖で固まる中、ミキモトは、サイクロプスの目を真っ直ぐ見つめて言う。


「あっちで戦ってるのが、お父さんなの?」


 ミキモトの指は、ストラリアの方角を指している。


「そうさ」


 サイクロプスが答えた。


「ついさっきも、ストラリアのほうへ、様子を見に行ったんだけどさ、お父さん、すごかったよ。こうして、こうして、勇者達をぐっちゃぐちゃにしてた」


 ミキモトは、身振り手振りを交えて、その活躍ぶりを伝えた。


「え、本当に!?」


 身体からだの小さいサイクロプスも立ち上がり、ミキモトのほうへと歩み寄ってくる。


「本当だよ。もう、勇者パーティを何ダース殺してるか分からないね」

「そうかいそうかい」


 大きいサイクロプスが、口元をほころばせて言った。


「よーし、そこまでだ」


 アイドラが、言いながら、ミキモトを木の陰に引っ張っていき、胸ぐらを掴んだ。


「おめえは、なに、魔物と普通に話してんだよ!」

「だ、だって、戦う気が起きないというか、戦う理由もないというか。あの会話聞いただろ? 父親の帰りを待つ、母親と子どもだぞ。戦う気なんて起きないじゃないか」


「まあ、戦ったところで、殺されるのは、あたい達だけどな」


 そう言って、アイドラはミキモトを離し、2人は木陰から姿を現した。


「あんた、勇者なのかい?」


 ミキモトに対して、サイクロプスが問うた。


「まあ、一応、そうなんだけど」

「不思議だねえ。あたしらは、勇者達を見ると戦わずにはいられないはずなんだけど、あんたを見てても、まったく戦う気が起きないよ」


「奇遇だね。俺もなんだ。あなただけじゃなくて、魔物全般と戦う気が起きなくて」

「あんたみたいな勇者が居るんだねえ」


 その後も、ミキモトとサイクロプス達は、いくつかの会話を交わした。


「じゃあ、俺らは、そろそろ行こうかな」

「あいよ。よかったら、うちの人にも、挨拶しにいってやっとくれ」


「帰るなら、こっちから行くといいよ」


 マサオが指差した先は、木々が倒れ、外まで続く、1本の道ができていた。


「ありがとう、マサオ君。これは、お父さんが通った跡かな?」

「うん。ここを通れば、楽に外までいけると思うよ」


 ミキモト達は、言われた通り、その道をたどって帰ることにした。


「しかし、ミキモト様が、魔物とあんなに親しくなるとは、思ってもいませんでしたわ」


 歩きながら、レイジィが言った。


「俺も、ちょっとびっくりしてる」

「少々、うらやましいです……」


「え?」

「い、いえ。なんでもありません」


 森を抜けたところで、ミキモトは、後ろを振り返って、言った。


「なるほど。ここから森の中を見れば、大きな人影が見えるかも知れないね」


 ミキモトが視線を戻すと、前方には、ストラリア城の裏側が見える。


「せっかくだし、マサムネさんに挨拶に行ってみようか」


「ええー、大丈夫かよ? 話しかけた途端に踏み潰されて、ペチャンコに――」

「戦慄の右フックで、二つ折り」

「全身雑巾絞りで、臓物ぞうもつを引きずりだされて……。ああ、ミキモト様。おいたわしい」


 レイジィが、両手で顔をおおいながら、嘆声たんせいらした。


「みんな、見てきたように、嫌なこと言うなあ」


「だって、そうなった勇者達を、目の前で散々見てきただろうが」


「まあ、そうだけど。多分、大丈夫だと思う。もし不安なら、1度、パーティを解散して、俺だけで行ってこようか」


 柔らかい表情を浮かべながら、ミキモトは提案した。


「いいえ。危険があるからといって解散していては、パーティとは呼べない気がいたします」

「ぼくも、一緒に行く」

「パーティは、勇者と一蓮托生いちれんたくしょうだぜ!」


「ありがとう」


 ミキモト達が、ストラリア城の西側へと回り込むと、遠目に、マサムネの姿を捉えることができた。今は、何もせずに、静かに佇んでいる。


「どうやら、今は、挑む勇者も居なくて、小休止という感じらしい」


 歩を進めたミキモト達は、とうとう、マサムネの左側、すぐのところまで、やってきた。

 ミキモト達に気づいたマサムネは、大きく、身体からだを左に回転させ、ミキモト達に向き直ると、両腕を大きく広げて、咆哮ほうこうした。


「ぐおおおおおぉぉぉ!」


 今度は、ミキモトパーティの4人、全員が、気後きおくれすることなく、真っ直ぐに、マサムネの目を見つめていた。


「ついさっき、マサミさんにも同じように、えられたよ」

「あれ? マサミに会ったんでさあ?」


「うん。マサミさんもマサオ君も、マサムネさんの帰りを待ってるみたいだったよ。そろそろ、戻ってあげたら?」

「あっしも、できたら戻りたいでさあ。でも、重要な仕事だから、ここから動くわけにはいかないでさあ」


「戻ってよいぞ」

「あれ? 戻っていいんでさあ?」


「ん?」


 いつの間にか、マサムネの右側に現れた巨大な影が、声を発していることに、ミキモトが気が付くまで、少しの時間を要した。

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