第11話 閑話

 ストラリアの町から脱出したミキモト達は、木陰で、のんびりと相談をしていた。


「さて、とりあえず、ストラリアの町からは出られたけど、これから、どうしようかね」

「やはり、別の町を目指すのがよろしいかと。武器屋や、宿屋がないと困りますし」


 レイジィは、人差し指をほほに当てながら答えた。


「ストラリア、いろいろ見て回ったけど、結局、何も、買ってないし」


 リージュが、くちびるとがらせて、それに続く。


「あたいら、1ゴールドたりとも持ってねえからな。旅の準備なんて、なんもできてねえぜ」


 アイドラが、自分の胸を、ドン、と叩いて自信ありげに言う。

 ミキモトは、顔を引き締めて言う。


「よし。じゃあ、まずは町を目指そう! で、近くに、別の町ってあるんだっけ?」


 パーティメンバー達が、怪訝けげんな顔になる。


「北に、町があるって……誰か言ってた気がする」

「たしか、メルボンって町だったはずだぜ」


「おおー。みんな、よく覚えてるな」


「町の人の話は、よく覚えておいてください。冒険の基本ですよ。……と町のかたがおっしゃっていたではないですか」


 レイジィに言われたミキモトは、何かを思い出そうと、左斜め上を見ながら言う。


「んー、そんなこと言ってたっけか」

「それも、覚えていらっしゃらないのですか……」


「まあ、みんなが覚えてくれてるからいいじゃん」


「うう……。ぼく、次からは、もっと真剣に聞いておくようにする。不安」

「あたいが、しっかり聞いておくから、任せておきな!」


 ミキモトは、再び、ストラリアの町のほうへと目をやり、上空に影がないことを確認してから、言った。


「ストラリアの、あの出口は、町の西側のはずだから、北は、だいたいこっちだな」


 目見当めけんとうで北を確認し、移動を開始したミキモト達は、間もなく、慌ただしい足音が、南から迫ってくるのを耳にした。


 その足音は、赤茶の虎縞とらじま模様を、うねらせながら疾走する、巨大なネコ、2匹が立てている音であった。


 その姿を捉えたレイジィが、落ち着き払った声で言う。


「あれは、ドラキャットという魔物ですわ。比較的おとなしくて、頭を撫でると、ゴロゴロと音を鳴らしたりするのです」

「なんだ。まるっきり、でかいネコじゃないか。危険はないのか?」


「首にみついて、人間を殺すのを得意としている魔物ですわ」

「そっちの情報を、先に言ってくれ!」


 ドラキャット達は、一目散に、ミキモト達のほうへと走り寄ってくる。


「くっ。戦闘か」


 ミキモトは、腰に指した棒に、手を伸ばしかけたが、結局、棒を抜くことはなかった。ドラキャット達は、襲いかかってくることなく、ミキモト達のそばを通り過ぎ、そのまま北に走り去ってしまったからだ。


 ぽかんとして、ドラキャット達の背中を見送る4人。


「なんだったんだ、今のは」

「不思議ですね。わたくし達が、美味しそうに見えなかったのでしょうか」


「っていうか、レイジィは、なんで、あの魔物の情報を知ってるんだ」


「レイジィ、物知り」

「あたいも、あんなネコ、初めて見たぜ」


「じ、実は、わたくし、多少は、魔物についての知識がございまして」


「いいね。頼りになる」


 言いながら、ミキモトが辺りを見回すと、あちらこちらで、魔物らしきものが、みな、先ほどのドラキャット達と、同じ方角に向けて移動している様子が見えた。


「あれは、何が起きてるんだ?」


 ミキモトがレイジィに問うと、リージュとアイドラも、期待を込めた目でレイジィを見る。


「そ、そんな目で見られても困ります。それほど、詳しいわけではございませんので」


「そっか。俺らは、とりあえず、メルボンの町へ向かおう」



 数時間後、ミキモト達は、無事、メルボンの町に着いていた。


「いやー、着いた着いた」


「びっくりするくらい、何も起こりませんでしたわね」

「結局、1回も、戦闘してない」

「まあ、何も起きないに、こしたことはねえじゃねえか」


 ミキモトは、町の入り口に立っている男性に話しかけてみた。


「あの、すみません」

「ここは、メルボンの町だぜ!」


「あ、ありがとうございます」

「いいってことよ!」


 ミキモトは、パーティメンバーに向けて言った。


「ちゃんと、メルボンの町であることが確認できた」


「おつとめ、ご苦労様です」


「では、これより、俺の独断により、武器屋に行きたいと思う!」

「な、なぜ武器屋なのでございますか」


「やっぱり、武器は男のロマンじゃん?」


 町の入り口からすぐのところにある、木造の建物の1階に武器屋があった。店内には、武器だけでなく、防具も展示されており、武器屋とはいうものの、装備品全般を扱っているようだ。

 ミキモト達は、武器屋に着くと、店内の装備品を見て回った。

 鉄のつるぎを見ながら、ミキモトが言う。


「モヘジが使っていたのは、このつるぎかあ」


 ミキモトは、値札に、ちらりと目をやる。


「うげ。800ゴールドか。モヘジのやつ、頑張って貯めたんだなあ」


 ふと、ミキモトが視線を横にやると、リージュが、つまらなそうにしているのが見えた。


「リージュ、どうした?」

「ぼく、武器防具、あまり使えないから……」


「あ、ごめん。リージュには退屈だったか」


 言いながら、ミキモトは店内の装備品を見回した。


「でも、ほら。あそこにある、拳法着けんぽうぎはリージュ用じゃないか?」

「え……」


 拳法着けんぽうぎを見つけたリージュの目は、みるみる、輝きを増した。


「カッコいい……。あれ、欲しい。着てみたい」


 ミキモトは値札を見る。


「500ゴールドかあ。あれ? 俺ら、今、なんゴールド持って――」

「1ゴールドも持ってねえってば!」


 言いかけたミキモトを、アイドラが鋭く遮った。


「あたい達は、まだ、魔物1匹、倒してねえんだぜ」


 ミキモトは、アゴに手を当てて、少し考えるような仕草をしてから言った。


「よし。じゃあ、ゴールドが貯まったら、最初に、リージュの拳法着けんぽうぎを買おうな」


「……いいの?」

「まあ、ミキモト様が、そうおっしゃるのでしたら」

「あたいの装備は、後回しで良いぜ。主力じゃねえからな」


「約束だ。リージュ」

「忘れちゃ、嫌だよ」


「俺が、約束を忘れるわけないだろう」


 その後、ミキモト達は、町の中をひと通り回ると、ゴールドを稼ぐために、外に出た。


「さて、気は進まないけど、魔物を倒すか」

「気を引き締めてまいりましょう」


「さっきのドラキャットとは、戦いたくないな」

「なぜですか?」


「あんな、かわいい魔物を、棒で殴る気にはなれない。向こうから襲ってくるならともかく、積極的に戦いたくはないなあ」

「……ぼくも」

「おいおい。そんな甘いこと言ってて大丈夫かよ」


 ミキモト達は、数日かけて、メルボンの周りを歩き回った。


「魔物、1匹も出ないけど、どうなってるんだ?」

「わたくしにも、分かりません」


「もう一回、町の人に話を聞いてみるか」


 町の中に入り、ミキモトは、そこら中の人に声をかけて回った。


「最近、町の周りから、魔物がいなくなったんだ」

「平和になって助かったよ」

「これなら、俺らでも、気軽に外に出られるぜ」


 人々は、みな、魔物が居なくなったことを、口々に喜んだ。しかし、武器屋の主人は違った。


「ここ数日、全然、装備が売れねえんだよ」


 荒ぶる主人に、ミキモトは言う。


「魔物が出ないんじゃ、ゴールドも稼げないし、そもそも、装備を買う必要がないもんね」

「そうなんだよ! 武器屋なんて商売上がったりだぜ!」


 怒りの収まらない主人を、レイジィがなだめようと、言う。


「し、しかし、魔物が居なくなったこと自体は、素晴らしいことではないでしょうか。町のみなさまも、平和になった、と喜んでおられましたし」

「おい、お嬢さん。知ったふうな口、くなよ。俺はな、装備が売れれば、なんだっていいんだよ。魔物、大歓迎だね!」


「おお、この人、危険思想の持ち主……」

「おいおい、おっさん。そういうことは、思ってても、口に出さないほうがいいぜ」


 ミキモト達は、武器屋を後にし、道具屋と宿屋を訪ねてみたが、両店とも、武器屋と同じような状況で、同じような文句を言っていた。


「魔物は、居なくなったら居なくなったで、大変なのですね」

「魔物も、役立つ、のかな」

「平和を喜べないってのは、なんだか悲しいねえ」


「アイドラの言う通りだと思う。店の主人達は、なんで、そんなにゴールドがほしいのかね」


 きょとんとするパーティメンバー達に対して、ミキモトは続ける。


「だって、別に、ゴールドなんて、なくたって生きていけるじゃないか。平和よりも、ゴールドを優先する理由ってなんだろう」


「それは、仕入れの際に使ったゴールドを回収する必要があったりですとか、そういった事情があるのではないでしょうか」

拳法着けんぽうぎが、欲しい、とか」

元手もとでを稼いでから、カジノで一発勝負だろ!」


「うーん。そんなもんかね」


 その後も、ミキモト達は、しばらくの間、メルボンの周辺を探索してみたが、やはり、魔物1匹おらず、1ゴールドたりとも稼ぐことができなかった。


 数日ぶりに、メルボンの町へと戻ると、町の人間がこんなことを言っていた。


「北東の森で、すごく大きい人影が動いてるのを見たんだ」

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