第7話 横臥

 何が起きたんだ。


 俺は、魔王らしく威厳いげんのある姿勢で玉座に座りながら、4人の勇者パーティを見下ろしていた。

 間近で見る勇者達は、本当に小さく、俺の指1本ほどの大きさしかない。気のせいか、装備も貧弱で、弱々しく見える。


 とりあえず、質問してみるか。


「貴様は誰だ。ここに何をしに来た」

「俺は勇者 ああああ」


 うわ。ずいぶんと適当な名前を付けられてるな。と、心の中で、ああああを哀れんでいた俺は、次の言葉に耳を疑った。


「姫を返してもらおう」


 ああああの勇ましい声が、広大な玉座の間に響き渡る。

 が、いくら響き渡られても、俺には、なんの話なのかが分からない。


「ん? 姫?」


 つい、素で返してしまった俺に、ああああが怒声を飛ばす。


「とぼけるな! 姫はどこにいる!」


 すごい剣幕だ。これはもう、何を言っても無駄だろう。

 ああああ達が剣を構えて、臨戦態勢に入る。


「貴様を倒して、姫を取り戻す!」


 問答無用か。もはや、戦いは避けられまい。であれば、俺は魔王としての務めを果たそう。

 俺は、玉座から立ち上がり、即興で考えたセリフを吐いた。


「貴様らを八つ裂きにして、魔物達のエサにしてくれるわ!」


 戦闘開始。

 そういえば、これが初めての戦いだ。自分に、どんな攻撃方法があるのかも分からない。しかし、なんとなく、身体からだが自然と動く。


 俺は、ああああ達に狙いを定め、右手の爪でくうを切り裂いた。すると、爪の軌跡に沿って、真空波が発生した。


 特大の真空波は、またたく間に、地上近くまで疾走したかと思うと、ああああのパーティ、4人全員の身体からだをズタズタに切り裂いた。


「ぎゃん……」


 と、短い悲鳴を残し、ああああのパーティは全滅した。

 一撃で4人全員が片付いた。おそらく、真空波は全体攻撃なのだろう。

 考えていると、すぐさま、俺の目の前で、4人の死体は消えさった。おそらく、どこかにワープし、今頃は復活しているのだろう。


 魔物のエサにしてくれるわ、と豪語したものの、実際には死体は消えてしまうんだった。これでは、さまにならないな。次は、もう少し気の利いたセリフを考えよう。


 気づくと、すぐ横にブランが立っていた。


「いつから居た」

「フルグラ様が、真空波をお出しになったあたりからです。ストラリア上空で、フルグラ様が、突如とつじょお消えになったので、私も、急ぎ、こちらに戻りました。思い当たるのに時間を要してしまい、少々遅くなってしまいましたが」


 この口ぶりからすると、ブランは何か知っているらしい。


「一体、何が起きたのだ?」

「強制ワープです。勇者が、魔王城の玉座の間に侵入すると、フルグラ様は強制的にワープし、玉座に座らされてしまうのです」


「それも、ルール、か」

「さようです。さらに、勇者が玉座の間に居る間は、ワープが使えなくなります。勇者に攻め込まれた場合、フルグラ様は、必ず戦わなければならないのです」


 なるほど。このルールがある以上、勇者から延々と逃げ続けて時間を稼ぐ手は使えないってわけか。


「しかし、それにしても、勇者が来るのが早すぎやしないか。しかも、えらく弱かったが」

「ちょくちょく居るのです、ああいう勇者が。魔王様が誕生された後に、ろくにレベルも上げず、装備も揃えないまま、乗り込んでくるのです。大抵の場合は、問題ないのですが、過去には、ああいったたぐいの勇者に倒されてしまった魔王様もいらっしゃいます」


 おそらく、低レベルクリアやタイムアタック系のやつらだろう。だとすると、今回は簡単に返り討ちにできたとはいえ、ああいう勇者と、繰り返し戦闘するのはまずい。こちらの攻撃パターンを読まれて、攻略法を見つけられてしまうかもしれない。

 こっちはまだ、ゲーム内のルールも把握しきれてないってのに、なんて迷惑なやつらだ。


 まずは、玉座の間に、辿たどり着けないようにするのが先決か。


「ブラン。魔王城の改築はできるのであったな」

「できます。過去の魔王様も、趣向を凝らした迷路を作っていらっしゃいました」


「ひとつ聞きたいのだが、例えば、玉座の間を、物理的に隔離してしまうというのは可能なのか? 玉座の間へ続く道の途中を、壁でふさいでしまうとか、玉座の間の扉部分を壁で埋めてしまう、といったように。どうせ、私やお前は、ワープで移動ができるのだ。玉座の間が、物理的に外につながっている必要はない」

「隔離することは可能です。しかし、おそらく、思ったほどの効果は上げられません。全くの無意味とは申しませんが」


「どういうことだ?」

「あくまで過去の経験上なのですが、こちらがどのような手段を講じても、勇者達は必ず、その上をゆくのです」


 俺は、目で、ブランに続きを促す。


「例えば、壁をふさぐと、勇者達は、その壁を破壊する道具を生み出します。かつての魔王様が、魔王城の周りを絶壁の高山で囲んだこともありました。今度こそ勇者達は近寄れまいと思ったのですが、なんと、勇者達は空から魔王城に侵入したのです。勇者達は、まるで、取ってつけたような手段で、こちらの策を破ってくるのです」


 勇者の侵入を、完全に防ぐことは、どうやら不可能らしい。おそらくは、これもルールだろう。あくまでもゲームの世界である以上、勇者側には、常に何かしらの手段が提供されるようにできている可能性が高い。

 こちらの策に合わせて、それを突破する手段が生まれてしまうということであれば、言いかえれば、こちら側の行動が、世界に対して、なんらかの影響を与えるということだ。


 ふと、マサムネのことが脳裏によぎった。

 ストラリアの入口にマサムネを置いたことで、あそこの勇者達は完封したと思っていたが、場合によっては、あそこでも、何か変化が起き、マサムネを倒すための手段が生まれてしまうのだろうか。


 マサムネの様子は、ときどき、見に行くことにしよう。

 しかし今は、魔王城の改築が先だ。そして、他にもやっておきたいことがある。


「ブランよ。ひとつ、頼みたいことがある」

「はい。なんなりと」


 俺は、ブランに、頼みごとの内容を伝えた。


「では、頼んだぞ。私は、そのあいだに、魔王城の現状を確認し、改築の計画を立てようと思う」

「かしこまりました」


 ブランが、目の前から瞬時に消え去る。


 俺は、玉座の、はるか前方にある扉に向かって歩き出した。

 最初に外出するときは、ワープを使ってしまったので、歩いて玉座の間から出るのは、これが初めてだ。この扉の向こうは、一体、どうなっているのか。


 扉に向かって歩いている最中さなか、俺は、嫌な予感に襲われた。それは、壁が近づくにつれて、強く、大きくなってゆく。


 ついに、扉の前に立ったとき、俺は、愕然がくぜんとした。


 扉が小さい。


 玉座から見たときは、遠くにあったので、サイズが分からなかったが、高さは、俺の胸のあたりといったところだ。かがめばなんとかなるかもしれんが、幅が厳しい。


 これはどうしたものだろう。相談したくても、ブランはいない。

 いや、いい加減、俺も一人立ちしなければいかん。自分の力で、この危機を乗り越えなければ。


 俺は魔王だ。

 ブランが、ここに戻ってきた際に、「扉から出られなかったので、何もせず、待っていた」などとは言えん。


 俺が、魔王城の現状を確認する、と言ったことに対して、ブランは特に何も言わなかった。ということは、俺には、それができるということだ。何かあるのだ、手段が。


 俺は、身をかがめて、小さめの扉を開くと、その向こう側を覗き込んだ。

 そこには、通路が伸びており、両側の壁には、青白い炎のたいまつが架けられているおかげで、比較的明るい。壁は、玉座の間と同様、苔むした岩壁だ。


 この通路も、広いとはいえない。しゃがみ歩きで通るのは無理そうだ。

 かくなる上は――。


 俺は、頭を通路に向け、右肩を下にして、身体からだを横たえると、尻尾で器用に地面を押して、通路の中に、ずりずりと入っていった。


 これなら通れる。尻尾があると、こういうときに便利だな。


 たいまつの炎が、微妙に、俺の身体からだを焼いているが、魔王は、そんなことではダメージを受けない。


 少し進むと、向こうから、黒いよろいを着たドクロの魔物――デスナイトが歩いてきた。デスナイトは、俺を見て、口を大きく開けている。骨しかないので、表情が分からないが、びっくりしているようだ。

 俺は、魔王らしさを損なわないように、しかつめらしく誰何すいかすることにした。


「お前、名はなんという」


 マサムネのときも、あえてそうしたのだが、やはり、名前を覚えるということは、コミュニケーションの基本だと思うのだ。

 実際、名前を聞かれたときのマサムネは、少し嬉しそうに見えた。おそらく、今までの魔王は、魔物1匹1匹の名前など、たずねなかったのだろう。


「デスデスデス!」


 デスデスデスは嬉しそうに言った。

 見ろ、この嬉しそうな顔を。もっとも、相変わらず、表情は分からないが、嬉しそうに見えるのだ。


「デスデスデスよ」

「いえ、デスデスデスじゃないデス! デスデスデス」


 俺は、ひととき、考えてから言った。


「デスデス、が名前ということか」

「そうデス!」


「デスデスよ、見回りご苦労」

「何を言うデスか! これが、わたしの仕事デス!」


 そう言って、デスデスは、右手に持ったつるぎを胸に当てて、敬礼した。


「フルグラ様は、こんなところで、何をしてるんデスか?」

「少し魔王城の内部を視察しようと思ってな」


「すごいデス! 通路に詰まりながら、視察をする魔王様は初めてデス! フルグラ様は、ユニークデス!」


 魔王が視察をするのが初めてなのだろうか。それとも、もっと別の、スマートな視察方法があるということだろうか。

 そう思いながらも、応える。


「うむ。勇者の侵入を防ぐために改築しようと思うのだが、その前に現状を見ておきたくてな」

「それは楽しみデス! でも、勇者なんて、わたしが1人も通さないデスから、安心してほしいデス!」


「さきほど、早速、1パーティ、玉座の間まで来たんだが」

「あれ!? おかしいデスね!」


「まあよい。これからも、警備にはげんでくれ」

「了解デス!」


 デスデスは、再び、つるぎを胸に当てて敬礼し、引き返すと、通路奥の曲がり角を、右へと折れていった。


 それを見た俺の胸に、うすら寒いものがよぎった。一本道の通路は、まっすぐと伸び、つきあたりで右にしかいけない。

 もし俺が右に曲がろうと思ったら、背中側に90度折れなければいけないのだが、それは無理な相談というものだ。


 通路に入る前に、最初の曲がり角くらい確認しておくんだった。自分の計画性のなさが嫌になる。しかし、それを言うなら、そもそも、こんな姿勢で入ること自体に無理があったのだ。


 今回の視察はこれにて終了だ。引き返すことにしよう。

 そう思って、俺が、尻尾の先端を地面に引っかけて、身体からだを引き、来た道を戻ろうと思ったとき、通路の奥から複数人の足音と、デスデスの声が聞こえた。


「あ、コラ! 待つデス!」


 慌ただしい足音が、通路内に反響しながら迫ってくる。

 俺は、曲がり角の向こうから、勇者パーティ4人が、おどり出てくるのを、緩やかに後退しながら、ただ見ていた。

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