第6話 観察

 俺は、サイクロプスの群れを見下ろして、言った。


「……ずいぶん、小さいな。これで巨人族だと?」


 ブランがフォローする。


「フルグラ様と比べられてしまっては、サイクロプスがあわれというものです。たしかに、サイクロプスは巨人族の中では小さいほうですが、これでも、身長で言えば、普通の人間の5~6倍はあるのです」


 そう言われても、実感が湧かなかった。

 俺は、なんとなく、自分を、普通の人間のサイズだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 今まで、比較するものがなかったので分からなかったが、今の話が本当だとすると、俺の身長は、30メートル前後というところか。まるで怪獣だ。


 ここで、また気になったことがある。


「ブラン。お前も、私と同じくらいでかいな」

「はっ。私、曲がりなりにも大魔道ですので」


「大魔道の大は、物理的な大きさなのか?」

「もちろん、魔力もビッグにございます」


 まあ、そんなことはどうでもいいか。

 さっさとストラリアを押さえなければ。


「サイクロプスよ! お前達の中から1名、勇者討伐のためにストラリアに行ってほしい! われこそはというものは、名乗りをあげよ」


「ウオオオォォォォ!」


 その場に居る、全てのサイクロプスが雄叫びあげた。


 素晴らしい。みんな、やる気に満ちあふれてるじゃないか。

 俺は、群れの中ほどに、活きがよさそうな個体を見つけ、指さした。


「そこのお前! 前へ」


 サイクロプスの群れが左右に割れ、指された1体が、群れの前に歩み出た。

 俺は、そのサイクロプスに問う。


「お前、名はなんという」


 そのサイクロプスは、一瞬、驚いたような顔をしてから、嬉しそうに言った。


「マサムネでさあ」


 独眼……だからか、命名者はどんなセンスをしているのか、と思ったが、今はそれを考えても始まらない。


「よい名だな」

「光栄でさあ」


 なんだか言葉遣いがおかしい気がするが、相手は魔物だ。気にしないことにする。


「マサムネよ。ストラリアに行ってくれるか」

「もちろんでさあ」


 マサムネは、快諾の意を表してから、群れのほうへと振り返って言った。


「マサミ! マサオ! ちょっくら行ってきまさあ。留守を頼みまさあ」


 群れの中から、2体のサイクロプスが出てきた。1体はマサムネと同サイズだが、もう1体はマサムネの半分ほどの大きさしかない。


「お前さん、気をつけるんだよ」

「父ちゃん、かっこいい!」


 どうやら、マサムネの奥さんと子どものようだ。そう言われれば、奥さんらしきサイクロプスは、少し女性的な身体からだをしているように見えなくもない。

 俺は、驚いてマサムネに言った。


「お前、家庭持ちなのか」

「そうでさあ」


「家族を残して、ストラリアに行くのか? 死ぬ危険もあるんだぞ」

「覚悟の上でさあ。それに、ここに残ってても死ぬ危険はありまさあ」


 言われて、はっとした。

 そうだ。勇者達はここにもやってくるのだ。魔物に安息の地などない。それであれば、低レベルの勇者を相手にするストラリアのほうが、まだ安全かもしれない。


 俺は、ブランに確認をした。


「ここから、ストラリアにはどうやって移動するのだ?」

「海を渡ります。ストラリアは徒歩で行くには、少々遠いのですが、海を突っ切って行けば、すぐに着きますので」


「海は、どのように渡る?」

「クラーケンあたりの力を借りようかと」


「私も、ストラリアに行き、マサムネの戦いを直接見たいと思っているのだが、私もクラーケンに乗れるか?」

「さすがに、クラーケンが沈むでしょうね」


「何かよい手はあるか?」

「フルグラ様は、空を飛んで行かれるのがよろしいかと」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……私は、飛べるのか?」

「もちろんでございます。こう、空を飛ぶことを念じてみてください」


 またか。念じるだけで、色んなことができるんだな。

 俺は、言われるまま念じてみると、身体からだが宙に浮かび、思うままに飛ぶことができた。

 こちらの空間で自由に飛べるのに、さっき、超空間で喜んで平泳ぎをしていたのがバカみたいだ。


「超空間では、同じように飛べないのか?」

「あちらはまた、特殊な空間でございますから」


 やはり、超空間では泳ぐしかないらしい。


 では、ストラリアには飛んで行くことにしよう。

 そこで俺は、あることを思いつき、それが可能かどうかをブランにたずねてみた。


「可能ではございますが、しかし、そのような」


 俺は、ブランを手でさえぎって、マサムネ一家に声をかけた。


「家族全員でストラリアに行く気はあるか? 安全である保証はないが、ここよりはむしろ安全であろう」


 マサムネは驚いた様子だったが、マサミとマサオは、なんの迷いもなく答えた。


「連れていってちょうだい」

「父ちゃんと一緒がいいー」


 俺は、両手でマサムネ夫婦を抱きかかえ、背中にマサオを乗せて飛び上がった。上空で待機していると、ブランがすぐに追いついてきた。


「では、ストラリアに行くとしよう。ブラン、案内を頼む」

「はっ」


 ブランは、俺の前を飛び先導してくれた。俺は、ブランのすぐ後ろについて飛んだ。

移動を始めて間もなく、海の上に出た。


 海上を飛行している最中に、ブランが言った。


「フルグラ様。人間が多い場所に行かれる際には、お姿をお隠しになったほうがいいかと存じます」

「姿を隠す?」


「影をまとうことで、お姿をお隠しになることができるのです」

「……念じればよいのか?」


「さようです」


 ほんとうに、念じればなんでもできるんだな。

 頭の中で念じてみると、身体からだの周りに黒い影が現れた。そのさまを見たブランが、にやりとして言う。


「それで、人間どもからは、おぼろげな影にしか見えません」


 たしかに、一応、俺、ラスボスなんで、あまり姿をさらさないほうがいいかもしれないな。


 俺の右腕に抱えられたマサムネが言った。


「まさか、フルグラ様に運んでいただけるなんて、夢にも思わなかったでさあ。フルグラ様は、今までの魔王様と違う感じがしまさあ」


 マサミとマサオは単純に楽しんでいるようだ。


「すごい。こんな景色初めて見るねえ」

「すごい! すごい! フルグラ様、ありがとう!」


 喜んでくれているようで何よりだが、実は、ずっと気になっていることがある。


 魔物達が、思った以上に人間臭いのだ。ブランに対しても思っていたが、このサイクロプス達もそうだ。魔物は、みんな、こんなに人間臭いのか。

 なんというか、感性が人間に近い気がする。喜怒哀楽もあれば、家族愛のような感情もあるように見えた。だが、それであれば、人間と魔物は分かり合えるのではないか。


 なぜ、人間と魔物は戦っているんだろう。魔物が人間を殺すからか? それとも、その逆か?


 そんな疑問が頭をよぎったが、俺は、意識的にそれを打ち消した。

 もう戦いは始まってしまっているのだ。俺は、勇者を倒すことに集中しなければ。


 気を引き締めて、俺は海の上を飛び続けた。



 海岸近くの森の中に降り立ち、マサムネ達を下ろしてやった。

 ブランが、ある方角を指して言う。


「ストラリアは、あちらです。サイクロプスの足なら、ものの数分で着くでしょう」


 マサムネが言った。


「では、行ってきまさあ。マサミとマサオは、ここで待ってるでさあ」


「頑張ってくるんだよ」

「待ってるからね」


 マサミが、マサムネの腰ミノを見ながら言った。


「よく似合ってるよ」

「へへ。これを着けての初陣ういじんでさあ」

「壊れたら、また編んでやるから、思いっきり戦ってくるんだよ」


 マサミに向かって、にかっと笑ってみせたマサムネに、俺は、声をかけた。


「お前の戦いを、上から見ている。気を抜くな」

「がってんでさあ」


 マサムネは、自信ありげに、右腕で力こぶを作り、左手でそれを叩いた。

 俺は、一度、うなずくと、空へと浮かび、ストラリア上空へ向かった。ブランもそれに続く。


 空から見下ろすと、ストラリアの町は、たくさんの人間で賑わっているようだった。勇者のパーティも、そこそこの数がいるらしい。魔王は視力も良いらしく、かなり高い場所からでも、町中まちなかの様子は、つぶさに見てとることができた。


 視線を、少し横にらすと、森の中からマサムネが出てくるところが見えた。俺は、マサムネが、城の向こう側から近づいてくるのを、しばらく見ていた。


 視線を町に戻すと、あるパーティが、ゆったりと町の出入り口に向っているところだった。しかし、そのパーティは、ひたと動きを止める。どうやら、マサムネの足音に驚いているらしい。町中まちじゅうの人間が、しきりに辺りを見回している。


 マサムネが、城の陰から姿を現した時、町はパニックになったようだ。マサムネが、町の出入り口をふさいで、一声、えると、多くの人間が、おびえながら町の奥へと逃げていった。


 出入り口付近に居たパーティは、一向に動く気配がなく、マサムネを見上げていた。マサムネと比較すると、人間はほんとうに小さかった。きっと、あのパーティは、勝てる見込みがないと判断し、尻込みしているのだろう。


 しかし、少し経つと、町の奥から、ぞろぞろと、いくつかのパーティがやってきて、マサムネの前で列を作り始めた。


 間もなく、最初のパーティが、マサムネに戦いを挑んだ。しかし、全く勝負にならなかった。魔法使いのファイアーボールが、腰ミノを燃やしたのが、逆鱗げきりんに触れたのか、マサムネの攻撃は苛烈かれつを極め、人間どもは次々と、つぶされ、折られ、砕かれ、千切られ、紙くずのように殺されていった。


 うーむ。想像以上にグロい。とてもじゃないが、よい子のみんなには見せられない。通常の RPG では、こういう余計な描写がカットされているんだな。

 しかしまあ、実際のところ、巨人と人間が戦ったら、ああなるだろうなと納得できる光景ではあった。

 あの体格差を、剣やよろいでどうしろというのか。わずかながら、勇者達への同情の念も湧く。


 ひとつのパーティが全滅したあとに、マサムネの傷がえたのが見えた。


「マサムネが回復したようだが」

「それがなにか?」


「回復魔法でも使ったのか?」

「いえいえ。我々魔物は、1戦が終わるごとに全回復するのです」


 なるほど。ということは、多数のパーティが順々に挑んで、少しずつダメージを与えて倒す、という戦い方はできないわけだ。


 そこで、またひとつ疑問が生じた。

 町の中で行列を作っているパーティを指して、俺はブランに問うた。


「あいつらは、何をしているのだ?」

「何を、と言いますと?」


「なにゆえ、列を作って、黙って見ているのだ? 全員が協力し合って、一斉にマサムネを攻撃すればよいではないか。むしろ、それがあやつらの唯一の勝機といってもよい」

「な、なんということを! よくもそんなことを思いつかれますな。戦闘は、1パーティ 対 1パーティと決まっているのです。そして、勇者どもの1パーティは最大4人と決まっております。まったく、フルグラ様のアイデアは、規格外ですな」


 となると、勇者が100人のパーティを組んでやってきて、俺を袋叩きにするような事態は発生しないわけだ。


「魔物は、1パーティに最大何体なんだ?」

「厳密には決まっておりませんが、魔物の大きさに応じて、3 ~ 8体といったところです」


 これは、おそらく、サイズの問題なのだろう。一画面内に、でかい魔物だと3体しか入らず、小さな魔物なら8体まで入れる、と。


 これらの事実から想像するに、この世界は、エンカウント制バトルの RPG の世界であるように思われる。


 しかしまあ、この光景はシュールというほかない。他者が惨殺ざんさつされるのを目の当たりにしながら、自分らも殺されるべく、列を作って順番待ちしているのだ。


 しばらく、様子を見ていると、列の後方に、ひつぎを引きずった勇者が現れた。そいつは、地面に膝をつき、何やらわめいたかと思うと、町民のような格好になり、町の奥へと消えていった。


「フルグラ様。ご覧になりましたか」

「ああ」


「あの者は、勇者をやめました」


 事前に、ブランから聞いていた。


 勇者は殺しても殺しても生き返る、不死身の存在だ。しかし、肉体は不死身でも、心は不死身ではないらしい。完全に心をくじかれると、勇者は勇者でいられなくなるという。


 今、目の前で、勇者が1人減ったのを見た。

 これなら、こちらにも勝機はある。全ての勇者の心をくじけば、我々の勝ちだ。


 しかし、ここで、また、ひとつの疑問が浮かんだ。


「あいつらは、なにゆえ、繰り返しマサムネに戦いを挑むのだ? 勝ち目がないことは明らかではないか。繰り返し挑んで絶望するくらいなら、レベル上げでもしてから、挑めばよかろう」

「これは、おそらくですが、マサムネが、町の唯一の出入り口をふさいでいるからというのがひとつ。そして、もうひとつ、あの勇者どもは、町の民から、マサムネを倒すよう依頼されたのではないかと」


 あの勇者達にとっては、マサムネとの対戦が、いわば、強制イベントになっているということだろうか。

 そのときにふと、町の出入り口付近で、列に加わることなく、ずっとマサムネの戦いを見ているパーティが居ることに気づいた。


 となると、あいつらは、町民からの頼みを聞いていないのか、または、聞いたのに無視しているのか。


 俺が疑いの眼差まなざしを向けている間に、そのパーティは、戦っているマサムネの横を走り抜け、まんまと、町から脱出することに成功した。


 俺は、そのパーティを、その勇者を、ずっと目で追っていた。


 あの勇者、運がよかっただけなのか、それとも……。


 次の瞬間、俺の目には、極彩色ごくさいしきのマーブル模様が見えていた。猛烈なスピードで、身体からだが移動していくのを感じる。


 おほー! なにこれー! すっごい引っ張られるー!


 気づくと、俺は、魔王城の玉座に座り、どこぞの勇者と相対あいたいしていた。

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