第5話 移動
苔むした石壁と、青白い炎の
まずは、これをやっておこう。
「今後はお前のことを、ブラン、と呼ぶことにする」
「ブラン……ですか」
ブランデンブルクの顔に、戸惑いの色が浮かんだ。
「理由を、伺ってもよろしいですか?」
「ニックネームで呼んだほうが、一体感が出るからだ。名前を変えるのは無理でも、呼び名を変えるだけなら、構わないだろう?」
「たしかに。かしこまりました。今後は、ブランとお呼びください」
これでよし。
ブランデンブルクという名前は、響きに
あと、正直、毎回毎回、ブランデンブルクと口にするのは
こういうことは早い内にやっておかないと、タイミングを逸してしまい、ニックネームへの切り替えがどんどん難しくなるのだ。
次にやるべきことは、やはりモンスターの配置だろう。
「ブランよ。早速だが、実験も兼ねて、ストラリアに、強めの魔物を配置したいと思う」
「しかし、ストラリアに戦力を割けば、その分、魔王城付近の防衛が手薄になります」
「まずは1体でよい。低レベルの勇者ではまず勝てないであろう、手頃な強さの魔物を1体、ストラリアへ配置したい」
「なるほど。それであれば、大きな影響なく実行が可能かと存じます」
「私はまだ、魔物達の名前や能力が把握できていない。どの魔物が適任か、お前の意見を聞かせてほしい」
「でしたら、サイクロプスあたりがよろしいかと。巨人族の中では弱いほうですが、低レベルの勇者相手であれば、圧倒できるはずです。現在、ストラリアに比較的近い場所に配置されているので、移動にもそれほど時間がかかりません」
「では、それで進めよう」
「かしこまりました。すぐに指示を出して参ります」
ここで俺は考えた。この世界の状況を知るためにも、色々なものを自分の目で、
「私も行こう」
「フルグラ様が、
「何か、問題があるか?」
「いえ。しかし、わざわざフルグラ様がお
「魔王である私、
「フルグラ様は、まことに、魔物想いで……うう」
ブランの、3つの白目から、緑色の液体がほとばしった。
どうやら、今までの魔王は、魔物達を、あまり大事に扱ってこなかったらしい。しかし、俺は違う。俺は、魔物達に愛される魔王になろうじゃないか。
「泣くでない、ブランよ。私は、私にできることであれば、なんでもやるつもりだ。労を惜しんでいては、勝利は掴めん」
「承知しました。では早速、サイクロプスの居る、ターリア地方へと参りましょう」
来た、これが俺の望んでいたものだ。
俺やブランは、いわゆるワープ――瞬間移動ができるらしい。ブランにこの話を聞いたときから、俺はもうワープがしたくてしたくて、しょうがなかったのだ。
ワープ未経験者である私に、ブランが言う。
「では、フルグラ様。まずは、ワープをしたい、と強く念じてください」
言葉で念じればいいのだろうか。よく分からないながらも、俺は、言われるままに念じた。
すると、ヴーン、という音とともに、視界にノイズが走り、石壁と青白い炎の像が乱れ、7色の
気づくと、俺は、灰色っぽい大陸を見下ろしながら、宙に浮いていた。地上には、天高くそびえる光の柱が、まばらに存在しており、地上のあちこちで発生した小さな光が、放物線を描きながら、流れ星のように尾を引いて、光の柱の根本へと吸い込まれていった。
視線を前にやると、空があるべき場所には、
「ここは超空間――先ほど我々がいた空間より、高次の空間です」
言われて振り返ると、ブランも、すぐ側 《そば》に浮いていた。
「超空間に居る間は、時間が経過しません。ですので、この超空間で移動をし、元の空間に戻ればワープの完了というわけです」
少し想像と違った。もっと、手軽に、一瞬で目的地に着くものだと思っていた。
「なぜ、私は空に浮いているのだ。玉座の間の中でワープをしたはずではないか」
「超空間に入る際に、少し座標がずれたのでしょう。慣れれば、座標のずれはなくなりますよ。逆に、意図的にずらすこともできるようになります」
なるほど。そういうものなのか。
「ここでの移動は、どうすればよいのだ?」
「なんと言いましょうか。こう、空間を押して移動します」
ブランが、開いた状態の右手を前に突き出すと、その
俺も真似をしようと、右手を動かしてみると、やや抵抗を感じた。どうも、水中に居る時のような感覚だった。
張り手をするように、右手を突き出すと、確かに、
俺は、色んな方向に手を動かして、感触を確かめた。すると、手とは反対の方向に、
これなら、泳ぐのと同じ要領で、容易に移動ができそうだ。
試しに平泳ぎをしてみると、驚くほどのスピードが出た。
「おお、お上手ですぞ! フルグラ様」
俺は、空を
やっぱり、尻尾があると違うな。
って、あれ? 俺、尻尾があるのか? そう言えば、自分がどんな形なのかを、まだ知らないな。
泳ぎながら、視線を足元のほうへ下げると、自分の
背中側は見えないが、どうやら、全身、
脚は、巨大な鳥類――恐竜を思わせる形をしており、
脚の間からは、太くて立派な尾が生えており、自分の
あー、俺、裸じゃん。
裸系魔王か。化物系の魔王って、大抵、服を着てないんだよな。俺も、そっち系ってことか。まあいいけど、ちょっと恥ずかしいな。
そして、なんで、長靴だけ履いてるんだろう。なんか、すごく変態っぽい。
いや、それよりも、俺はどんな顔をしてるんだろう。
両手で、自分の顔を触ってみたが、4本のツノが生えていることくらいしか分からなかった。
今は、外見を気にしていてもしかたない。
俺は、ブランのもとへと戻った。
「コツは掴んだ。行くとしよう」
「では、私についてきてください」
そう言うと、ブランは、両腕で
バタ足で移動するブランを、平泳ぎで追う。泳ぎながら下を見ると、やはり、陸地の上で、光が生まれては、放物線状の軌跡を描いて、光の柱へと吸い込まれていく。
「あの光はなんだ?」
「柱状の光が、人間どもの城や町です。光の壁が、城や町の外周を囲んでおり、ガードしているんです。私達は、あの光の中に入ることができません」
「つまり、城や町の中にワープすることはできない、ということか」
「さようです。特殊な条件が揃うと、あの光を打ち破ることができるらしいのですが、私にも詳細は分かりません」
「光の柱に吸い込まれる、小さな光は?」
「全滅した勇者のパーティが、復活ポイントに、強制ワープさせられているのが見えているのです」
なるほど。全滅した勇者は、超空間を通って城や町にワープし、次の瞬間には生き返るということか。
しかし、勇者が
この、地上を飛び交う光が全て勇者なのだとしたら、相当な数だ。しかも、今見えているのは、この瞬間に全滅したパーティのみなのだ。
生きている勇者の数は、この数倍か、数十倍か。いやでも、その数の多さを感じずにはいられなかった。
ん、待てよ? 何かがおかしいぞ。
「ブラン。お前、さっき、超空間では時間が経過しないと言ったな」
「はい」
「であれば、なにゆえ、あの光は、次々に生まれては光の柱に吸い込まれるのだ? これは、時間が経過しているということではないのか?」
「さすがフルグラ様。いいところにお気づきになりました」
俺は、平泳ぎをしながら、少し得意げな顔をしてみせた。
「私にも全てを説明できるわけではないのですが、この超空間には時間のゆらぎがあるのです」
ゆらぎ? どういうことだ。
俺は、黙って、ブランに続きを促した。
「この超空間は、ある一瞬を切り取った空間というわけではなく、むしろ、その前後の時間や、事象が、多元的に並列して存在していると言いましょうか」
うーむ。何を言ってるのか分からん。
ブランは、この手の話が好きなのか、引き続き、難解な単語を駆使して、意味不明な講釈をたれていた。このまま放っておくと、永遠に終わらなそうなので、あえて
「つまり、近い過去や未来の現象も含めて見えているということか?」
「そのような理解で、
「この超空間を利用すれば、過去や未来への移動も可能なのか?」
「早くもそこに目をつけられるとは。フルグラ様は、一味違いますな」
ブランは、少し驚いた顔を見せた後、考え込むような表情で続けた。
「可能か不可能かで言えば、可能です。しかし、それをするためには、特殊な条件を揃える必要があるはずです。もう、はっきりとは覚えておりませんが、かつて、時間を操作しようとした魔王様もいらっしゃいました。はて、あのときは、結局、成功したんでしたか」
ふむ。歴代の RPG の中に、時間を操作したり、時間を行き来する魔王は確かに存在した。 時間操作系は、一見万能に思えるが、勇者側も同じような能力を身に付けた場合、なんだかんだで魔王が負けるのだ。あまり、
「到着です。そちらに着地しましょう」
そう言って、ブランは、目の前に迫っていた岩に、ふわりと足から降り立った。
考え事をしていた俺は、岩が迫ってきているのに気づいておらず、反応が遅れ、爆音を立てながら、腹からハードランディングする形となった。
「フルグラ様! 大丈夫ですか!?」
「問題ない」
俺は、何ごともなかったかのように、すっくと立ち上がった。魔王の腹は、あの程度の衝撃ではダメージを受けないのだ。
ブランは、安堵したような表情を見せて言った。
「では、元の空間に戻りましょう。先ほどと同じように念じてみてください」
先ほどと同じように、と言われても、まだよく分かっていないが、模索しながら念じてみた。
上空を覆っている、
足元の岩は、先ほどよりも黄色味を増し、より岩らしい色味になった。周囲のもの全てが、急激に色付いていった。
美しい。
そうだ。俺は、この世界に来て、初めて外の世界を見たのだ。先ほどまで、色味のおかしな空間に居たためか、自然の景色がやたらと美しく感じる。
気づくと、目の前には、先ほどまで居なかったはずの、魔物の群れが現れていた。
「フルグラ様。ここがターリアです。そして、こやつらがサイクロプスです」
目の前で、まるで人間の子どものようなサイズのサイクロプス達が、こちらを見上げていた。
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