第8話 混入

 勇者達は、俺の顔の、目の前までやってきた。こいつらも、貧相な装備を身に着けており、弱そうに見える。顔を見ると、ああああとは違う勇者のようだ。


 勇者は、声を張り上げて言った。


「俺は勇者 いいいい! アキナ姫を返してもらおう」


 またか。勇者達の間では、俺が、姫をさらったことになっているのか。

 とりあえず、俺は、冷静になるようつとめ、ドスをかせた声で言った。


「ここには居ない」


 勇者は目を細め、少し考えたような顔を見せてから言った。


「この奥に居るに違いない! 貴様を倒して、姫を取り戻す! あと、世界平和も」


 勇者達が身構えて襲いかかってくる。


「バカ者どもめ! おのれの愚かさを、地獄で悔やむがいい!」


 俺の胸の内に、熱いものが込み上げてくる。うう、急になんだろう、この感じ。吐きそうだ。

 俺は我慢ができなくなり、口を大きく開けて、喉の奥にあるものを解き放った。


「ぼええええええ!」


 情けない声とともに、俺の口から、青い炎が流れ出た。炎は、通路内を埋め尽くし、勇者達の身体からだを焦がす。


「あっ……」


 短い声が聞こえ、炎が消えた後には、消し炭のようになった死体が4つ、転がっていた。程なくして、死体は消えた。


 ふふ。あの程度の勇者、通路にはさまっていても勝てるわ。

 しかし、炎を吐くときって、あんな感じなのか。もう少し、自在に操れるようにせねば。


 そして、今回も、決めゼリフがいまいちだった。あいつらは、どうせ生き返るから地獄にはいかないのだ。焦ると、定型文のようなセリフしか出てこない。もっと、あいつらの心に響く、実践的なセリフを考えておかねば。


 考え込んでしまい、後退するのを忘れていると、玉座の間から声が響いた。


「フルグラ様!」


 ブランの声だ。

 次の瞬間には、俺の目の前に、ブランが現れた。ワープをしてきたらしい。


「フルグラ様、大丈夫ですか! これは、一体、何ごとですか」


 ブランは、白目しかない目を白黒させて俺を見ている。


「魔王城の内部構造を確認しようと思ったのだが、なかなかどうして、通路が狭くてな。このまま進むのは無理だと判断し、今、じりじりと玉座の間に戻っているところだ」


 白目を泳がせながら、口を開いたり閉じたりしていたブランから、ようやく声が発せられた。


「あの、まず、玉座の間に戻られるのであれば、ワープで戻られるのがよろしいかと存じます」


 そうか。俺にはワープという手段があったのだ。狭い通路に入り込んだおかげで、視野まで狭くなってしまったようだ。以降、覚えておこう。

 ここで、俺はひとつの疑問に行き当たった。


「前回、ワープを使ったときは、座標がずれたとかで、超空間に行った際には、初めから空に浮いていたが、ああなった場合、どのように玉座の間に戻ったらよいのだ?」


「いくつか方法はあるのですが、まず、超空間においては、念じることで、大抵の物質は、すり抜けて移動することができます」


 また念か。本当に、念じることは万能だな。

 ここまで話していて、俺は、ようやく目の前の光景の違和感に気づいた。


「ブラン。お前、なぜ、そこに普通に立っていられるのだ」


 ブランの大きさは、俺と大して変わらなかったはずだ。それが、なぜ、この狭い通路に、普通の姿勢で入ることができるのか。


「私は、身体からだのサイズを変えられるといいますか、ある程度の変身が可能なのです。もちろん……その、フルグラ様も」


 謎は全て解けた。分かってみれば、単純明快だ。


「そういうことは、早く言っておいてほしいな」

「申し訳ございません。私も、フルグラ様が、何をご存知で、何をご存知でないのかが把握しきれず……」


 いかん。こういうときに、相手を責めてはいけないのだ。ブランはよくやってくれている。むしろ、俺が魔王として無知すぎるのを恥ずべきなのだろう。


「いや、聞かなかった私が悪いな。すまない」

「何をおっしゃるんですか。魔王たるフルグラ様が、謝罪の言葉を口にするなど」

「よいのだ。それより、小さくなるには念じればよいのか?」


 戸惑とまどったブランが、うなずくのを見て、俺は念じてみた。


 窮屈きゅうくつだった通路が、みるみる広くなり、目前に迫っていた壁が、手の届かない距離へと遠ざかっていく。


 横たえていた身体からだを起こすと、視界の右端に、巨大な白幕のようなものが見えた。

 この白幕は、なんだろうと、視線を上にずらしていくと、はるか頭上に、顔色の悪い、3つ目の老人が、こちらを見下ろしているのが見えた。

 言うまでもなく、ブランだ。

 どうやら、小さくなりすぎたらしい。

 それにしても、こうしてブランを見上げると、でかい。


「ブラン。私は、今、どのくらいのサイズなんだ?」

「おそらく、普通の人間くらいのサイズではないかと」


 なるほど。

 ということは、勇者が、通常時の俺を見たときには、もっとでかいということになる。そんなサイズの相手に戦いを挑むというのは、無謀としか思えない。

 しかし、それができる勇ましい者が、勇者というわけなのか。


 俺は念じて、身体からだのサイズを、ブランと同程度に調節した。


「では、ゆくとするか」


 立って普通に歩ける喜びを噛みしめながら、俺は、通路を歩き出した。


 最初の曲がり角を右に曲がると、デスデスが居た。デスデスは、俺の存在に気づくと、下顎したあごの骨をカクカクと動かしながら、話しかけてきた。


「あ、フルグラ様! 通路に詰まるのは、やめたんデスか!」

「うむ。やはり、歩いて視察することにした。ところで、先ほど、また勇者が、こちらまで攻めてきたが」


 デスデスは、身体中からだじゅうの骨をカタカタ言わせながら、数回飛び跳ねて言う。


「そうなんデス! あいつら、すばしっこく逃げるのデス!」


 どうやら、憤慨ふんがいしているらしい。しかし、勇者を逃したことに対して、悪びれた様子は一切ない。

 デスデスは、こういうキャラなのだろう。そして、こんなことに、いちいち腹を立てないのもまた、魔王としての器というものだ。


「次は逃さないようにな」

「はい! お任せくださいデス!」


 デスデスは、自信満々といった様子で、右手のつるぎを胸に当てて、敬礼した。俺は、デスデスに、軽く手を上げて、その場を後にした。


 数回の曲がり角を経て、黒くて分厚い、両開きの扉を開けると、そこはもう外だった。

 俺は愕然とした。

 魔王城の内部は、非常に単純な、ほぼ一本道の構造で、しかも内部にはデスデス1体が居るのみだ。これでは、魔王城に着いた勇者は、全員、玉座の間まで来られるのではないか。いや、多少は、デスデスが殺してくれるかもしれないが。


 大掛かりな改築が必要だな。

 そう思いながら、俺は、外に出た。


 城の外では、改築に協力してくれる魔物達が、すでに、せっせと働いており、城の脇には、石材が山のように積まれていた。


 ブランの説明によると、巨大なハンマーで、近くの山で石材を切り出している巨人達がタイタン。タイタンは、サイクロプスとは違い、目が2つあり、肌は赤いまだらで、緑色の半袖シャツと、ハーフパンツのような服を着ている。


 山で切り出された石材を、城の近くまで運んでいるベルトコンベアーのようなものは、デスワームの群れだった。彼らは、巨大なミミズのような姿をしており、その背に載せた石材を、ぜん動運動で、器用に一方向へ送り出している。


 デスワームコンベアで送られてきた石を、整然と積み上げているのは、全身が真っ黒のブラックデーモン達だ。頭には、水牛のようなつのを持ち、顔と身体からだの造形は人間に近いが、背中には、翼竜よくりゅうのような翼が生えている。

 

 俺は、ブランに問うた。


「改築中に、勇者が来たらどうなるのだ?」

「やつらは、改築中だろうが、気にせずに、玉座の間を目指します。ですが、玉座の間への道が、壁や、石材、瓦礫がれきなどでふさがれてしまうと、一旦は帰るかもしれませんが――」


「壁を壊すような、新しい手段を見つけて、戻ってくる、と」

「そうなります」


 勇者達に、下手に、新しい手段を見つけられると面倒なので、極力、通路をふさがないように改築を進めよう。

 それに、周囲には、これだけ魔物が居るのだ。勇者が現れたら、一時的に改築をめ、勇者殲滅せんめつに回ってもらえば、なんとかなるだろう。


 俺は、周囲の魔物達に言った。


「協力に感謝する。早速、改築を開始しよう。私の指示に従ってくれ」


 魔王城の壁は、巨大な石材を積んで作った石壁であり、接着剤のようなものは使われていない。そのため、ブラックデーモン達が、積み木遊びのように、石材の再配置をすることで、改築が可能だった。ブラックデーモンは、空も飛べるので、高所の作業も楽々こなす、頼れる大工だ。


 俺は、上空から全体の進行を見ながら、ときどき、ブラックデーモンの作業を手伝い、ときどき、マサムネの様子を見に行きながら、改築を進めた。



 数日が経過し、改築は順調に進んでいた。勇者の襲撃が数回あったが、ブラックデーモン達の攻撃により、難なく撃退できた。


 上空から魔王城を見下ろしている俺の目に、膨大な数の魔物の群れが、地上を移動し、魔王城に近づいてくるのが見えた。


 思ったより早かったな。


 ブランに頼み、ある種の魔物達を、全員、魔王城へと引き上げさせたのだ。ここで言う、ある種の魔物とは、主に、弱い魔物のことである。こいつら、弱い魔物達が居るせいで、弱い勇者に、徐々に強くなる機会を与えてしまうのだ。


 俺の読みでは、この世界の勇者達は、まだ全員レベルが低い。なので、弱い魔物達を引き上げさせ、やつらに、レベルアップをさせない、というのが俺の狙いだ。

 もし、読みが外れていても、弱い魔物を引き上げさせることに、特にデメリットはないはずだ。


 俺は、地上近くへと下り、魔王城へと近づいてくる群れに対して言った。


「長旅、ご苦労だった! 玉座の間の隣に、お前らのための部屋を用意してある。そこで、ゆっくり休み、旅の疲れを取ってくれ」


 群れから、地響きのような歓声が湧き上がる。

 轟音ごうおんを引き連れながら、魔王城へと大移動する群れを、俺は、晴れやかな気持ちで見送った。


 再び、上空に戻り、改築の進行を確認していたところ、隣にブランが現れて言った。


「フルグラ様! 至急、玉座の間にお戻りください!」


 ただごとではない気配を察し、俺は、今度はしっかりワープを使って、玉座の間に戻った。

 玉座の前では、先ほど魔王城に移動してきた魔物達――小さいネコやら、ウサギやら、ゼリー状のボールやらが、元気に跳ね回って遊んでいた。


「あ、フルグラ様!」

「フルグラ様だ!」


 魔物達は、口々に、俺の名を呼び、謝意を表しているようだった。

 次の瞬間、俺の横にブランが現れた。


 俺はブランに問う。


「一体、何があったのだ。少々やかましいが、特に問題は起きてないではないか」

「フルグラ様、あちらを……」


 ブランが指差したほうを見ると、そこには、白いドレスをまとった少女が、ブロンドのポニーテールを揺らしながら、周囲の魔物と遊んでいる姿があった。


「静かに」


 俺が言うと、魔物達は、口を閉ざし、跳ね回るのをやめた。


「お前は、何者だ」


 俺の問いに、少女は立ち上がり、こちらを向いて、胸を張って答えた。


「わたし、アキナ!」


 アキナ。つい最近、どこかで聞いた気がする。

 誰だか分からない、という思いが顔に出ていたのか、アキナは胸に手を当てて、続けて言った。


「ストラリアの姫よ」


 げええ。

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