第2話 始動

 俺は、つとめて、魔王らしい口調で言った。


「ブランデンブルクよ。さっそく始めよう」

「はい」

「まず、勇者が生まれる場所、もしくは今居る場所は分かっているのか?」


 大抵のケースでは、勇者は、魔王復活と同時か、その直後に誕生したり、旅立ったりするものだ。もちろん、勇者が何かをした影響で、魔王が復活するケースもないわけではない。

 どちらにしても、まだ育っていない勇者を、強力な魔物で叩き潰してしまえば良いだけだ。

 しかし、ブランデンブルクの反応は、予想外のものだった。


「今までにも多くの魔王様が、まず、その質問をされたのですが……。勇者というのは、1人ではないのです」

「なに? どういうことだ」

「この世界には、自分こそが勇者だと思っている、イカれた人間が多数おり、その人間ども全員が、魔王様の首を狙っているのです。そして、最終的に魔王様を倒したものが、伝説の勇者として語り継がれるのです」


 勇者が多数いるだと。そんな馬鹿な。


「しかし、伝説の勇者というのは、最初から決まっているものではないのか? 血筋や、言い伝えといったもので、定められてはないのか?」

「血筋や言い伝えなど、それこそ、星の数ほどあるのです。人間どもは、どんな些細ささいなことにも意味付けをし、自身や血縁者を、勇者に仕立て上げるのです。なんの特徴も無い、とある村の子どもが、魔王様を倒した例もありますよ」


 確かに。そのような例を俺も知っている。黙っている俺に対して、ブランデンブルクが続ける。


「伝説の勇者が誰かというのは、結果論でしか語れないのです。ですので、先ほどのご質問にお答えするならば、『今、勇者は、世界中に居ます』というのが、私の返答です」

 

 なるほど。となると、よくあるタイプの RPG は、結果的に魔王を倒すことができた勇者の物語ということなのか。

 魔王業を甘く見ていた。状況は、思っていた以上に厄介だ。歴代の魔王達も、こんな苦悩を抱えていたのかと思うと、少し親しみが湧いてくる。しかし、気になることがある。


「その、世界中にいる勇者全てが、プレイヤーであるというわけではないんだろう?」

「プレイヤーとはなんですか?」

「……いや、いい。気にしないでくれ」


 そうか。ゲーム内のキャラクターには、ゲーム外のことは分からないんだな。当然だ。

 黙っている俺に気を利かせてか、ブランデンブルクが口を開く。


「過去の傾向をお話ししますと、勇者の脅威は世界中に存在しているため、自然と、魔王城の近くに強力な魔物を配置し、遠くなるにしたがって弱い魔物を配置することが多かったと記憶しております。しかしながら――」

「毎回、一番弱い魔物が配置された場所から旅立った勇者によって、魔王が倒される、か」


 ブランデンブルクの顔に驚き色が浮かんだ。


「さようです。よくお分かりになりましたね。フルグラ様には、ご誕生前のご記憶が、残っておられるのですか?」


 あるのは、数々の RPG をプレイしてきた記憶だが、それを言っても通じまい。ここは、適当に話を合わせておくのがよさそうだ。


「まあ、そんなところだ」


 ところで、先ほどのブランデンブルクの発言で、気になった点がある。


「魔物の配置は、自由に行えるのか?」

「はい。フルグラ様が指示をお出しになれば、お望みの場所へ移動させることができます」


 なるほど。これは有益な情報だ。もう少し、ブランデンブルクの知っていることを教えてもらったほうが良さそうだ。何ができて、何ができないのか。


「お前の知っている情報について、もっと聞かせて欲しい」

「もちろんです。私は、そのためにここにいるのです」






 魔王城から遠く離れた、ストラリア城の城下町にて。


 とある家の一室で、窓から差し込む朝日を受けながら、エプロン姿の女性が料理をしている。間もなく料理ができあがる、というタイミングを見計らい、女性は、ベッドで寝ている男性に声をかけた。


「起きなさい……。起きなさい……。私の、かわいいミキモト」

「うーん……」


 ミキモトは、目を覚まして、ベッドから下りた。

 眠そうにしているミキモトに、母親が語りかける。


「今日は、あなたの30歳の誕生日。今まで、定職にもつかず、日がな、家でだらだらしてたお前だけど、私は、あなたが勇者だと信じてるわ。ちょうど魔王も復活したみたいだし、王様にご挨拶に行って、さっさと旅立ってちょうだい」


 ミキモトは、自分が勇者である自覚はないのだが、いよいよ、これが母親からの最後通告と理解し、あっという間に料理を平らげると、不承不承ふしょうぶしょう、家を出ることにした。


 扉から出て、石畳の歩道の上に立ったミキモトは、清々しい朝日を浴びながら、大きく伸びをした。

 歩道の外側では、背の低い草が、みずみずしい緑を放ちながら、そよ風に揺れている。すぐそばに立つ、数本の木に、小鳥達がつどい、頻りに、幸せそうな鳴き声を発している。

 そんな、素晴らしい朝の町並みの中を、ミキモトは、重い足取りで城へと向かう。


 ストラリア城は、水を張った堀で囲まれている。ミキモトは、堀に沿って歩き、やがて左に向いて橋を渡る。橋を渡りきると、すぐに城門があった。

 ミキモトは、眩しそうに目を細めながら、石造りの、巨大な城を一度見上げた後、城門の両脇に立つ、番兵へと視線を落とした。

 番兵は、興味が無さそうな目を、ミキモトに向けて言った。


「お前も、勇者か?」

「はい。たぶん」

「通って良いぞ。王様は、勇者なら誰とでもお会いになる」


 あまりにあっさり許可が出たため、ミキモトは、逆に不安になってたずねた。


「そんなに簡単に通してしまって、大丈夫なんですか?」

「俺達も危険だとは思うが、王様のご意向なのだ」


 ミキモトが前に進むと、黒鉄くろがねかしの木でできた、重厚な城門がゆっくりと開いた。

 城内に足を踏み入れたミキモトに、衛兵が促した。


「王様は2階でお待ちだ」


 言われるまま、ミキモトは正面の通路を進み、赤絨毯の敷かれた階段を上った。

 2階に着くと、正面に扉があり、その両脇を4人の衛兵が固めている。その内の1人が、ミキモトを見て言った。


「勇者か? 入って良いぞ」


 この衛兵達は、果たして何のためにいるのだろうか、と疑問に思いながら、ミキモトは扉に手をかけた。

 扉を開けると、左右に2つ並んだ玉座が見えた。左の玉座に王様が座っており、そのかたわらには、初老の男性が立っている。


 ミキモトが、玉座に近付こうとしたその時、王様の目の前に、突然、男が現れた。本当に、何の前触れもなく、瞬きをしている間に現れたように、ミキモトには見えた。

 突如現れた謎の男に、王様が言う。


「おお、勇者ユキオよ。また死んだのか。だが、何度でも生き返らせてやるから、安心して魔王討伐にはげむがよい」


 ユキオと呼ばれた勇者は、ばつが悪そうに、ミキモトの脇をすり抜けて、玉座の間から出ていった。

 ユキオの後ろ姿を見送ってから、ミキモトは、改めて玉座に近づき、まずは初老の男性に声をかけた。


「私は、この国の大臣である。まずは、王様と話すがよい」


 ミキモトは、改めて王様に向き直り、自己紹介をした。


「ミキモトです」

「よくぞ来た、ミキモトよ。お主が来るのを待っておったぞ」


 王様が定型文の口上を述べる間、大臣は、その手に持った書物のページを繰り、何かを探しているようだった。

 目的のものが見つかったのか、あるページの一部を、数秒間、にらみつけたかと思うと、大臣は王様に耳打ちをした。


「このものは、城下町の3番地に住んでいます。今日で30歳。現在まで無職です」


 その他にも、大臣はミキモトの様々な情報を王様に伝え、その間、王様は顔をしかめたり、眉根を寄せたり、視線を鋭くしたり、あまり良くない表情を作るのに忙しそうだった。

 王様は、ひとつ、大きなため息をついてから、しかつめらしく言った。


「ミキモトよ。旅立つのじゃ。そなたが今日まで無職であったことも、今日、すぐにでも旅立てるようにという、神の思し召しじゃろう。今、おぬしには、なんのしがらみもない! 守るものもない! 無敵じゃ。おぬしこそ、伝説の勇者に違いない!」

「では、姫様を、私にください」


 王様は、たじろいだ様子で言った。


「な……。さすが無敵じゃな。しかし、残念ながら、わが娘アキナは、先日、魔王にさらわれてしまったのじゃ。魔王を倒し、アキナを救出してくれたなら、結婚も認めよう」


 ミキモトは、軽く頭をさげ、玉座の間を辞去した。

 扉が閉まるのを待って、王様は大臣に言った。


「しかし、王であるわしに挨拶をするよりも先に、お前に話しかけるとはのう」

「どのような神経をしているのか。まったく、嘆かわしい限りです」


 ミキモトが城門を出たところで、番兵が声をかけてきた。


「冒険に出る前には、酒場で仲間を集めろよ」

「ありがとう。行ってみるよ」


 ミキモトは、町の外れにある、ルージュの酒場へと向かった。

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