第3話 集結

「いらっしゃい。ルージュの酒場へようこそ」


 バーカウンターの向こうで、栗色のくせ毛を揺らしながら、ルージュが微笑ほほえんだ。

 ここは、冒険者のつどう場所。

 女主人であるルージュの、人柄と、人脈と、美貌びぼうが、多くの冒険者を引き寄せる。おかげで、酒場は絶えずにぎわっており、昼間だというのに、10卓以上もあるテーブル席は、ほぼ満席だった。


 テーブルを囲んで、様々な冒険者達が、それぞれの時間を過ごしている。次の冒険の計画を立てるもの達。ひと仕事終えて、打ち上げをするもの達。仲間を探しにきているのか、酒を飲まずに、しきりに店内を見回すもの。


 十人十色の感情が交錯する中、ミキモトはまっすぐにバーカウンターへと向かい、ルージュに話しかけた。


「俺とともに旅をしてくれる仲間を探している」

「どんな仲間をお望みかしら?」


「そうだな。あまり、ガツガツしてないのがいい。精力的なやつとか、努力一筋みたいなやつは苦手なんだ。ゆったり、マイペースに旅ができる仲間がほしい」

「あはは。変わった要望ね。それで、職業は?」


「無職だ」

「は? ……無職の仲間がほしいの?」


「あ、仲間の話か。俺の職業を聞かれたのかと思った。職業を聞かれると、条件反射で、つい、ね」

「あんた、無職なの? 勇者じゃないの?」


「勇者というのは、職業なのか?」

「まあ、それでゴールドを稼げるなら、職業なんじゃない? みんな、『職業は勇者』って言ってるし」


「じゃあ、俺も勇者ということで。先ほど、王様への挨拶も済ませてきた。まだ1ゴールドたりとも稼いではいないが、これから稼ぐ予定だ」

「おかしな人ね。じゃあ、希望する、仲間の職業を聞かせて」


「戦士、武闘家、僧侶で頼む。全員女性が良い」

「任せて」


 ルージュは、自信ありげに微笑むと、パンパン、と2回手を叩き、冒険者達でごった返すテーブル席へ、大声で呼びかけた。


「レイジィ、リージュ、アイドラ! お呼びがかかったよ!」


 ミキモトが後ろを振り返ると、それぞれ異なるテーブルに座っていたと思しき、3人の女性が、テーブルの間をすり抜けながら、バーカウンターのほうへと近づいてくるのが見えた。

 彼女達が、ミキモトのすぐそばまで来るのを待って、ルージュが言った。


「こちら、勇者ミキモトさん。あなたたちと、マイペースな冒険がしたいんだって。みんな、自己紹介して」


「わたくし、戦士のレイジィと申します」


 レイジィは、からす濡羽色ぬればいろのストレートヘアを、肩の下まで伸ばしていた。口調と、立ち居振る舞いから、しとやかで上品な印象を、ミキモトに与えた。


「ぼく、リージュ。武闘家……」


 語気弱く、うつむき加減で名乗ったリージュは、ショートの赤毛がぼさぼさなのを気にする様子もなく、少々、とっつきにくい空気を放っていた。


「あたいは、僧侶のアイドラだ。よろしくな」


 亜麻色のセミロングを、サイドでたばねたアイドラは、その明朗さと快活さは、まさに、男勝りと呼ぶに相応ふさわしい雰囲気であった。


 ミキモトは、彼女達のインパクトに気圧けおされながら言った。


「あの、みんな、職選び失敗してない? どう考えてもキャラクターと職業が、全然マッチしてない気がするんだけど」


 疑問を口にするミキモトに、ルージュがかぶせてきた。


「あら、それを言うなら、あなたも負けてないわよ」


 言われて、ミキモトは、それもそうかと納得した。そして、彼女達を見て、心に浮かんだ思いをそのまま言葉にした。


「あと、なんていうか、みんな、同じような見た目なんだね。例えば、戦士は、もっとゴツいよろいを着ていて、見ただけで戦士って分かるものかと思ってた」


 彼女達は3人とも、その辺に散歩にでも行くような、生地きじの薄い服を着ている。リージュ以外の2人は、その辺で拾ってきたような木の棒を、腰に差していた。


「あら、それは偏見というものですわ。戦士といえど、よろいを脱ぐこともありましょう。そして、よろいを脱げば、みな、同じ人間ですわ。もっとも、わたくしの場合は、昨日、戦士になったばかりでして、ゴールドもなく、よろいなどという高価なものは、欲しくても買えないのですけれど」


 ミキモトは、小柄なリージュを、少し見下ろしながら言った。


「君だけ、棒を差してないんだね」

「ぼくの武器は、こぶしだから」

「おお、格好いい。頼りになりそうだ」

「ぼくも、昨日、武闘家になったばかりだけど」


 ミキモトが、長身のアイドラを見上げて、何か言おうとしたが、それより先にアイドラが言葉を発した。


「奇遇だねえ。あたいも、昨日僧侶になったばかりなんだ」


 ミキモトの口から、素直な感想があふれる。


「いやー、不安だ。このメンバー、不安」

「お言葉ですが、そうおっしゃるミキモト様も、なかなかに不安をお与えになる風貌ふうぼうかと存じますわ」


 ミキモトはというと、無造作に乱れた髪には、30歳にして、早くも白いものが混ざり始めており、口とあごの周りは無精髭ぶしょうひげが生えるに任せていた。

 服は、今朝、起きて、家を出た時のままの格好であり、彼女達同様、普段着だ。もちろん、腰には、その辺で拾ってきたような木の棒を差している。


「まあ、そうか。俺も、ついさっき、王様にご挨拶をして勇者になったばかりなんだ。えらそうなことを言って、悪かったね」


 そのやりとりを眺めてみたルージュが、横から声をかけてきた。


「あはは。いいじゃない。お似合いよ、あなた達」

「なんだか、似たもの同士が集まっちゃって、不安なんだけど」

「あら、あなたの要望に最大限応えたつもりだけど、私の人選に文句があるの?」


 満面の作り笑いを浮かべたルージュに凄みを感じて、ミキモトは、抵抗をやめることにした。


「まあ、とりあえずこのパーティで行ってみようか」

「未熟者ですが、よろしくお願いいたします」

「ほどほどに、頑張る」

「よっしゃ。行こうぜ!」


 かくして、初心者を寄せ集めたパーティが誕生した。


 ミキモト達は、ルージュの酒場を後にし、町の大通りで、今後について話し合った。


「ミキモト様、これから、どういたしましょう」

「まずは、町の中を回ってみようか」

「賛成。外に出るの、面倒」

「情報収集は大事だからな!」


「まあ、のんびりやろうよ。焦っても、いいことないからね」


 その言葉に相応ふさわしい、ゆったりした口調でミキモトが言う。すると、突然、横から名前を呼ばれた。


「よお。ミキモトじゃねえか」


 声の主は、勇者モヘジだった。


「のんびりなんて言ってたら、誰かに先越されちまうぞ。ま、急いだところで、おめえに魔王を倒せるとも思えねえけどな。なんの取り柄もない、おめえによ。ふふん」


 それだけ言うと、満足したのか、モヘジは、彼のパーティを引き連れて、町中まちなかへと消えていった。


 リージュが、一層、陰にこもった声でつぶやく。


「何、あいつ。感じ悪い」

「ミキモト様の、お知り合いなのですか?」

「まあ、そんなところ。別に、仲はよくないけどね」


 相変わらずのんびり話すミキモトに、アイドラが苦言を呈する。


「おいおい。ちっとはなんか言い返してくれよ。あんたは、あたい達のリーダーなんだぜ」

「言いたいやつには、言わせておけばいいじゃないか。言い返したところで、なにが変わるわけじゃなし」

「ったく。覇気はきがねえ勇者様だな」

「他の勇者が先に魔王を倒してくれて、それで世界が平和になるなら、それはそれでいいと思ってるよ」


 アイドラは拍子抜けしてしまい、それ以上何も言わなかった。


「それじゃ、町で情報収集といこうかね」





 数日後。

 ミキモトのパーティは、まだ、町の中でのんびりしていた。


「もう、これ以上ないというほど、町を堪能たんのういたしましたわ」

「さすがに、飽きた。そろそろ、外、出たい」

「おう。いい加減、外で冒険しようぜ」


「じゃあ、そろそろ、外に出てみようか」


 と、ミキモトが言ったところで、また、あの声が聞こえてきた。


「おいおい。おめえら、この前と同じ格好じゃねえか。この数日間、何やってたんだよ」


 そこには、数日前より、少しだけいい装備を身に着けたモヘジが、嘲笑を浮かべて立っていた。


「いやあ、ちょっと情報収集と、店の確認をね」

「そんなことに何日かけてんだよ。おめえ、才能ねえから、今すぐ勇者やめたほうがいいぜ。パーティメンバーが気の毒だ」


 ついに、耐えきれなくなったアイドラが食ってかかった。


「おう! それ以上、うちの大将をバカにするのはよせや。気分が悪いぜ」

「なんだあ? ずいぶん気のつええ女だな。おめえ、戦士か?」

「僧侶だよ!」

「へっ。だっせえ服と、しょうもねえ棒しか持ってねえから、職業がなにかもわかんねえや。この駄目勇者にお似合いのメンバーだな」


 ミキモトが、今までに見せたことのない、真剣な顔で言った。


「仲間のことを悪く言うのはやめてくれないか」

「いっちょ前にリーダー気取りか。ま、せいぜいがんばんな」


 歩き去るモヘジの背中を見ながら、アイドラが吐き捨てるように言った。


「ちっ。本当にむかつくやつだぜ」


 それに、他の2人も続く。


「ぼく、あいつ、嫌い」

いささか、不愉快ですわね」


「みんな、ごめんな。俺のせいで嫌な思いをさせちゃって」


 そう言ったミキモトの顔は、気の抜けた、いつもの表情に戻っていた。さらに、ミキモトは、誰に問うわけでもなく言った。


「しかし、勇者の才能って、なんだろうね」


 パーティメンバーは、お互いに顔を見合わせ、肩をすくめた。


「じゃあ、今度こそ、町の外に行ってみようか。とりあえずは、町の周辺で弱い魔物を倒して――」


 そう言いながら、ミキモトが、町の出口に向かって歩き出したとき、遠くのほうから、ズン、ズン、と重低音が響いてきた。

 なんの音かと思っているに、音はどんどん大きくなり、地面が大きく揺れる。

 間もなく、ストラリア城の陰から、巨大な人影が現れた。


 それは、高さ10メートルはあろうかという巨大な体躯たいくを持つ、ひとつ目の魔物であった。ろうのように白い皮膚の下に、びっしりと張り巡らされた血管らしきものが透けて見え、青と白のまだら模様をなしている。

 その魔物は、町の出口をふさぐように立つと、真っ赤に裂けた口を大きく開けて、咆哮ほうこうした。


「サイクロプス……」


 町のどこかで、誰かが、声にならない声を漏らした。

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