第14話 水曜日の引越しと新たな隣人


 3月に入りそろそろ大学の準備や卒業式の用意など何となく忙しなくなってきた。


 今日は鈴羽が荷物を持ってくると言っていたので朝から部屋の掃除をしている。

 幸い一人暮らしにしては無駄に広い家なので部屋も余ってる──実際にはもう鈴羽が使っているけど──のでまだまだ余裕がある。


 あらかた掃除し終わってコーヒーを片手に思わず顔がにやけてしまう。

 これからの生活を想像すると自然と顔が緩むのは仕方ないことだろう。


 1年前はまさかこんなことになるとは微塵も予想していなかった。まぁ予想できるほうがおかしいのだが。


 ベランダからそんなことを考えつつ外を見ていると引越し業のトラックがこちらに向かってくるのが見えちょうどハイツの前で止まったように見えた。


「あれ?確か昼からだったと思ったんだけど」

 予定より早く荷物が整理出来たのかと思い、僕は階下へ降りていく。


「こちらでよろしかったですか?」

「おう、二階なんでよろしく頼むわ」

 ハイツの前では引越し屋さんと若い男性が話をしていた。


「二階の203号室ですね?」

「えーっとちょっと待ってな、うん。203やな、奥から3つ目や」


 ああ、そういえばひとつ隣に誰か入るってこないだ言ってたなぁ。

 ちなみに隣はずっと空部屋のままなのは母さんの仕業らしい。


 僕が眺めていると若い男性が僕に気づいたみたいで人なつこい笑いを浮かべて話しかけてきた。

「おっ兄さん、もしかしてここの人?」

「ええ、いっこ隣の205号です」

「おおっそらまたよろしゅうに、今日から世話になる那智 誠なち まこといいますねん。いやぁ隣近所が怖そうなおっさんやったらどないしよか思うとってん」

「あはは、あっ、僕は立花。立花皐月っていいます。よろしく」

 関西の人だろうか?僕の手を取ってニコニコと握手する。


「皐月くんいうんかぁ、可愛らしい名前やなぁ。あっ気い悪せんといてな、悪気はないんやで」

「ははは、よく言われますから大丈夫ですよ」

「おおきに、僕の事は好きに呼んでくれたらええから、那智でもええし、誠やまこっちゃんでもかまへんで」

「僕も皐月でいいですよ。みんなそう呼びますし」

「おっほな皐月っちて呼ぶわな。僕はまこっちゃんでええで」

「ははは、じゃあ僕もまこっちゃんって呼びますね」

 初対面とは思えないくらい話しやすい人で、関西の人はみんな話しやすいって聞いてたけどほんとなんだなぁ。


「皐月っちは今ヒマなん?よかったらちょっと手伝ってくれへん?」

「う〜ん、お昼までなら大丈夫ですよ」

「うわぁおおきにやで、引越しそば奢ったるからな〜」


 というわけで僕は鈴羽が来るまでまこっちゃんの引越しを手伝うこてになった。



「・・・大体片付いたやんな?」

「そうですね。でも・・・なんだか妙な荷物多くないですか?」

「え?なにが?」

「いや、だってこのカニとかよくわからない仏像とか?」

「いやいや、何言うてるん?このカニさんは大阪名物やん。こっちはビリケンさんやで?」


 まこっちゃんはいかにご利益があるかを説明してくれたけどイマイチよくわからなかった。



「お疲れさんやで〜」

「ご苦労様でした」

 ハイツの前で引越し屋さんを見送っていると聞き慣れた車の排気音が聴こえてきた。


「なぁ皐月っち、なんや偉そうな車が来よるで」

「うん、そうだね」


 ボボボボボっといつも通り車が好きな人が聞けば、おおっと思う音を立ててハイツの駐車場に鈴羽のアルファが止まる。


「皐月っち・・・あの車の中の人もここの人なん?」

「うん、正確にはきょ・・・」

「めっちゃ別嬪さんがおりてきよったで〜〜!!!」

 僕の話の途中でまこっちゃんが大声を出して鈴羽のほうに走っていく。


「あ、さつ・・・きゃあ!!」

「あ、あの!はじめまして!自分は今日からはこちらにお世話になる那智 誠いいます!二階の203号室です!」

「えっと?はぁ・・」

「お姉さんはどちらでしょうか?あっ!お荷物お持ちしますよってに!あ〜ほら!皐月っちも!はよ〜はよ〜」

「あの?えっと?何?」


 まこっちゃんが勢いよく鈴羽に迫っているのを見てなんだかおかしくて笑いながら僕もそっちに歩いていく。


「ええ!お姉さん205号室でっか!いやぁなんや運命的なもん感じますなぁ」

「あの・・さつ・・・」

「お姉さんいくつでっか?自分は今年でハタチになりますねん!浪人したさかいに今年から大学生ですねん」

「ちょ・・あのね・・・」

「ああっ!女性に年齢聞いたらあかんかったんや!しもたぁ〜やってもうたぁ〜!」


 鈴羽が困った顔で僕を見るけど僕は僕でまこっちゃんが面白くて笑いが止まらない。


「あはははは、涙出てきた・・」

「皐月っち笑いすぎやで?ほら別嬪さんも困ってはるやん」

「あははは、いや、それはまこっちゃんのせいだよ」

「皐月っち?まこっちゃん?」


 そんな僕とまこっちゃんを鈴羽が不思議そうに小首を傾げていた。






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