第11話 土曜日の茶室にて



翌朝は昨日と打って変わってのんびりとしたものだった。

かつての自室のベッドで僕は天井を見上げて今日はどうしようかと考えていた。

予定では今日は特に来客もないらしい。

父さんは相変わらず仕事だし、母さんは帰ってきたのか帰ってくるのかもわからない。

緋莉は朝から夏期講習に泣く泣く行ってるはず。


つまり、何もやることがない。

まぁお正月の実家に帰ってきてやることが沢山あればそれはそれでどうかと思うけど。


「う、う〜ん。ん・・・」

何げなしに隣で寝ていた鈴羽を撫でていると目を覚まし・・かけただけだった。


「ふふふ、鈴羽は可愛いなぁ」

僕の胸に頭を乗せてしがみつくように眠る寝顔を眺める。

初めて会った頃より長くなった髪を梳かしながら昨日の崇さんを思い出して笑いが出てしまう。


こうやって改めて見ると鈴羽は本当に美しいと思う。

切れ長の目に長い睫毛、スッとした鼻梁に濡れたような紅い唇。

肌なんてシミひとつなく白くて美しい。


僕の大切な彼女。

そしていつか僕の奥さんになる・・・


うわっ、恥ずかしっ!

そんな妄想をしてたまらずひとり悶えてしまう。


そういえば崇さんも鏡花さんっていう婚約者がいるんだよな。鏡花さんってのは分家のひとつ御津家の人で僕も何度かあったことがある。よく笑う笑顔が印象的な人だった。

確か美容師さんだったと記憶している。


「う〜ん・・・へへへ〜皐月く〜ん・・」


寝言だね。ちょっとだらしなく半笑いな寝顔の鈴羽も可愛いと思う僕。


黒岩の家と御津家が繋がるのはいいことだとは思う、なんとなく母さんの思惑が絡んでいるように思うのは気のせいだろうか。


そういえば昨日の茶会の後、来客の人たちから母さんについていくつか知らない事を聞いた。


なんでも母さんは大学在学中に株で何億っていうお金を稼いだらしい。大学在学中って20歳やそこらだよね?無茶苦茶にもほどがあるよ。

それを元手に何かを始めたらしいんだけど誰に聞いてもそれについてはよくわからないらしい。


それでもどこかの企業の人が言っていたけど大きなお金が動くようなプロジェクトには大抵母さんが関わっていることが多いらしい。


政治家さんも曰く、何か困ったら立花宗家へというのが暗黙の了解なんだそうだ。


聞けば聞くほどますますわからない。

一体何者なんだろう?母さんは・・・



昼前にようやく起きた鈴羽を伴ってリビングに降りていくと是蔵さんが朝食ならぬ昼食を用意してくれていた。


「いつもごめんね、是蔵さん」

「いえいえ、当然のことでございます」

是蔵さんは一礼するとリビングを出て行く。


「プロって感じの人よね?」

「そうだね、祖父や祖母が健在だった頃からうちに仕えてくれてるからね」

「皐月君のお祖父さんとお祖母さんって・・」

「うん、僕もあまり覚えてないんだけど四歳くらいのときに亡くなったんだ」

「あ、ごめんなさい」

「ううん、本当僕もはっきりは覚えてないしね」

祖母は優しい人だったような記憶があり逆に祖父は厳格な人だったと思う。

祖母は母さんの前の宗家で祖父は外務省かどこかの官僚をしていたと聞いたことがあるが詳しくはわからない。


昼食を食べ終わり僕と鈴羽は無駄に広い庭を散策することにした。

来たときに通った道とは逆の西側には竹林があり綺麗に小道が整備されている。


小道の先には小さな茶室がいくつかあり時折母さんがプライベートで使っていて僕も何度か使ったことがある。


「ねぇ鈴羽、ちょっと寄っていかない?」

「え?ここに?」

「うん、まぁ何にもないけどね」


僕と鈴羽はいくつかある茶室のひとつに入る。


「ここは父さんの茶室なんだ」

「お義父様の?それぞれ決まってるの?」

「うん、一応ね。隣が母さんで向こうの二つは祖父と祖母が使っていたんだ」

いずれは祖父のを僕が祖母のを緋莉が貰うことになるだろう。


「ちょっと待っててね」

茶室に鈴羽を通して僕は隣の部屋に入る。壁には棚があり茶道具が一式揃っている。


「お待たせ、鈴羽」

「あ、皐月君?それ・・・」


僕は隣室から茶道具を一式持ってきて鈴羽にお茶を立ててあげる。

「昨日の茶会で出してあげたかったんだけどね」

「ううん・・・今のほうがいい」


僕がお茶を立てる姿を鈴羽がじっと見つめている。

あまり見られるとさすがにちょっと照れくさい。


「はい、どうぞ」

「・・・・・」

「鈴羽?」

「え?あ!ごめんなさい」

鈴羽はボーっとしていたみたいで慌てて姿勢を正す。


「あはは、普通にしてていいよ。2人だけなんだし」

「う、うん」

お茶を飲み、ほぅっとひと息つく鈴羽。


「えっと、結構なお手前で?」

「ふふっお粗末様でした」

何となく顔を見合わせて笑う。


「やっぱり皐月君て・・・その格好が一番似合うと思うなぁ」

「そう?まぁ一番着慣れてるからかな」

「カッコいいよ・・・」

「はは、ありがとって?うわっ」

そう言って鈴羽は僕に勢いよく抱きついてきた。


狭い茶室で抱き合う僕と鈴羽。


「皐月君・・・大好き」

「うん、僕も大好きだよ」

冷んやりとした空気の中、鈴羽の体温がやけに暖かく感じる。重ねた唇も同じように。



しばらくそうしてから僕は鈴羽と隣室で茶道具を片付けていた。


「ねぇ皐月君」

「ん?どうかした?」

「これ・・・お義父様とお義母様?」

そう言って鈴羽が差し出したのは小さな額に入った一枚の写真だった。


写真には2人の人物が仲良く腕を組んで写っていた。

1人は若かりし頃の父さん、今と変わらない柔和な笑顔で写っている。

もう1人は母さん、母さんなんだけど・・・


「お義母様・・・ステキな笑顔ね」

「うん・・・僕も初めて見たよ、母さんがこんな顔で笑ってるとこ」

写真の中の母さんは和服ではなく白のワンピースを着て父さんと腕を組んで溢れんばかりの笑顔だった。

それは、本当に太陽のような。

息子の僕が見てもドキッとしてしまうような、そんなキレイでステキな笑顔だった。


「お義母様はお義父様のことをこんなにも愛してるのね」

「うん」

「私も・・・私も負けないくらい皐月君を愛してるからね」


僕にはそう言って僕を見て笑う鈴羽の笑顔が写真の中の母さんとダブって見えた。

願わくばこの笑顔がずっと僕の側で僕を照らしてくれますように・・・







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