第10話 金曜日の夜 その後


「その話を、俺も聞かせてもらっても構いませんか?」

父さんが続きを話し始めようとした時、ドアが開いて崇さんと緋莉が入ってきた。


「お姉ちゃ〜ん!」

緋莉は当然、鈴羽の膝の上をすばやく確保する。

う〜ん、ついこないだまでお兄ちゃ〜ん!だったのになぁ。

ちょっとお兄ちゃん寂しいぞ。


「おや、緋莉に崇くん。向こうはもう終わったのかい?」

「ええ、和先生が纏めてくれましたよ。な?緋莉ちゃん」

「うん!お母さんがこ〜んな顔でおじちゃんと話してたよ」

緋莉が両手で目を吊り上げる仕草をしてみせる。


「ははは、和さんはそんなだったかい?」

「くくくっ、緋莉ちゃん、後で和先生に怒られるぞ?」

「ええ〜っ!内緒にしといてね!」

そんな緋莉を微笑ましそうに見て崇さんは僕の隣に座って鈴羽に挨拶をする。


「はじめまして、九条さん。俺は黒岩崇。あのバカ親父の息子でクソ兄貴の弟になります」

「ふふふ、バカ親父とクソ兄貴って・・・崇さんのことは皐月君から少し聞いてます。九条鈴羽です、よろしくお願い致します」

僕を挟んで崇さんが鈴羽に挨拶をし、鈴羽はとびきりの笑顔を返す。


「あ、は、はい。こちらこそです」

さすがの崇さんも鈴羽の笑顔には勝てないようで若干顔が赤くなってる。


「崇さん、鈴羽は僕の彼女だからね」

「わ、わかってるよ!わかってるけど・・・間近で見ると、とんでもねー別嬪さんだな」

「でしょ?」

「けっ!惚気やがって!」

笑いながらそう言って崇さんは父さんに向き直ると今度はうって変わって真面目な表情で話し始めた。


「例の話は和先生が纏めてくれましたけど、まだ時間はある程度かかると思います。晃司兄さんは多分このまま中々帰ってこないでしょうから俺が大学を卒業してからになりそうです」

「・・・そうか。晃司くんがいてくれたら君にそこまで負担をかけずに済んだんだがね」

「兄さんはあの通りの人ですから、そのうちふらっと帰ってくるでしょう。それに兄さんは望まないでしょうしね」

「父さん、崇さん何の話?」

僕は薄々はわかっていながらも確認も兼ねて聞いてみた。


「ああ、黒岩の家を俺が継ぐって話だ。悪いが親父にはさっさと引退してもらって、クソ兄貴には出て行ってもらう」

「和さんが纏めたみたいだけど、よく了承したものだね」

「やっぱりそうなるんだね。何となくはわかってたけどね」

「そりゃそうだろ?親父はともかくあの兄貴になんて任せてみろよ?下手すりゃ家がなくなるぞ」

「ははは、崇くんはよほど久志くんが嫌いなんだね」

「当たり前ですよ。頭の中は金と女のことしかないようなヤツですから。長男だからって理由で家を継がれるなんてごめんですよ」


黒岩の家を崇さんが継ぐとなれば分家筋も纏めやすくなるだろうし母さんの思惑通りなんだろうな。


「ねぇ皐月君」

鈴羽が僕の袖を引っ張る。僕達が他の話をしていたので鈴羽をほったらかしにしちゃってた。


「ごめんごめん。つい夢中になっちゃったよ」

「あ、そうじゃなくて・・・緋莉ちゃんがね」

見てみると緋莉は鈴羽の膝の上で幸せそうな顔をして寝てしまっていた。


「おやおや、寝てしまったか。緋莉も今日は早起きだったからな」

父さんはそう言って鈴羽の膝の上の緋莉を抱き抱える。


「和さんとの話はまた今度にしよう。私は緋莉を部屋に連れて行ってくるよ」

「仕方ないね、父さんまた今度聞かせてくださいね」

「ああ、それじゃ。九条さんも今日はありがとう。崇くんもまたね」

「いえ、こちらこそ。おやすみなさいませ、お義父様」

「はい。今日はありがとうございました。近々また伺いますので」

「・・・お義父様か・・・いいねぇ」


父さんはあまり見たことのないような笑顔で緋莉を抱えて部屋を出て行った。


「さて、じゃあ俺もそろそろお暇するわ」

「あれ?泊まっていかないんですか?」

「ん〜まぁ今日は、ほら分家筋が集まってたろ?御津の家も来てたからさ」

「ああ、鏡花さんの・・・」

「そう言うこった、じゃあまたな。九条さんもこいつのことよろしくお願いします」

「ええ、任せてください。ずっと一緒にいますから」

「くぅ〜っ!俺も言われてみたいぜ!」


崇さんはひらひらと手を振りながら笑い声を残して帰っていった。


「ふふふ、楽しい人ね」

「でしょ?僕の兄さんみたいな人だからね」

「お家の方は大変そうだけど大丈夫なのかしら?」

「大丈夫なんじゃないかな、母さんが噛んでるみたいだし下手なことにはならないよ」

リビングの端にあるポットからお湯を入れてコーヒーを鈴羽に渡す。


「皐月君、今日はおつかれ様」

「鈴羽こそ疲れただろ?母さんの相手」

「ううん、すごく良くして頂いたわよ。始めは驚いたけど」

「だよね、母さんだから仕方ないといえばそれまでなんだけど」


二人きりになったリビングでソファに座りコーヒーを啜る。

この本宅はかなりの広さがあるにもかかわらず実際に住んでいるのは両親と緋莉の三人だけだ。

是蔵さんや小林さんといった人たちはそれぞれ家族があるので通いだし、祖父や祖母が健在だった頃はもう少し賑やかだったらしい。


「母さんは多分待っててもいつ帰るかわからないし僕らも寝ようか?」

「うん、でも・・・もう少しだけ」

鈴羽はそう言って僕にもたれて薄く笑い目を閉じた。


「どうかした?」

「ううん、なんでもないよ」

僕に頭をぐりぐりと押し付けて、えへへと甘える。


壁にかけられた時計の針がコチコチと微かな音を刻むのを聞きつつ穏やかな時間が流れていく。


僕はいつものようにこの家に居心地の悪さを感じていないことに少し驚きながら隣で幸せそうに目を閉じている鈴羽をたまらなく愛しく感じた。



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