第8話 金曜日の茶室にて その後



3作品とも同点か・・・

僕は控室でこの後の母さんの発言に耳をすましていたが次の発言は意外にも忠勝老からだった。


「和殿、ちょっと宜しいかな?」

「どうぞ、黒岩さん」

忠勝老は立ち上がり廊下に並べてある生け花に歩みよる。


そうして会場を見渡して徐ろに口を開いた。


「まずは来客の皆様に久志がつまらん生け花を出したことを謝罪する」

「なっ?父さん!何を言って・・・」

「お前は黙っていなさい!!」

「・・・・はい」


忠勝老は再度話を続ける。


「次に緋莉嬢の生け花じゃが、儂はこれはこれでいい出来じゃと思う」

その言葉に来客たちからも賛同の声があがる。


「それでじゃ、問題は残りの3作なのじゃが・・・これは儂じゃ」


忠勝老が指したのは完璧に計算されたような生け花だった。


「そしてこいつは、和殿じゃな?」

「ええ、そうですわ」

次は侘び寂びの境地と言える母さんの作品。


「そして最後のこれじゃが・・・」

忠勝老はそこで話を区切り母さんの方をじっと見つめる。

いや・・・正確には鈴羽をだ。


「こいつはそこのお嬢さんに縁のある人物の作品じゃな?和殿」

「その通りですわ、黒岩さん」

茶室が俄かにざわつく。

それはそうだろう、母さんの隣に控える正体不明の美人に縁のある人物なぞそうそう思い浮かばないだろうし。


「次に3作が同点ということじゃが、正確にはそうではないのじゃ」

忠勝老はそう言って僕の生け花の前から白菊の花を一本抜いた。


「何故なら儂がいい出来じゃと思うたのは、この生け花じゃったからの」


「え?」

忠勝老が僕の生け花に?

どういうことだ?


「この中でこの生け花の意味・・・ではないのぅ。何というか・・・そうじゃのう」

忠勝老は少しだけ考えると言った。


「この生け花があのお嬢さんだけのために活けられておることに気づいた者はおるか?」


茶室の中を見渡す忠勝老。

来客の中でちらほらと挙手が見受けられる。


「ふむ、それ程までにこの花には想いが込められておるわけじゃ。故に儂はこれがこの中で最高の出来じゃと断言してもよいと思う」

「 その通りですわ、黒岩さん」

「ふん、和殿も人が悪くなったわ。じゃがええもんを見させてもろうたことには感謝せんとな」


くくくっ笑い忠勝老は少しだけ不思議そうに母さんを見て続ける。


「それで呼びはせんのか?次期宗家殿は?」

「黒岩さん・・・?」

「儂とて耄碌はしとらんわ」

「父さん!僕の・・・」

「お前は黙っとけと言ったじゃろう!!」

茶室内はザワザワと事の成り行きを見守っている。


「和殿よ、先日の話はなかったことにしてくれんか?」

「宜しいので?」

「当然じゃ」

先日の話っていうのは緋莉と久志さんのことだよな。


「さてと・・・」

忠勝老は茶室をぐるりと見渡してから僕がいる控室の襖で目を止めた。


「皐月の坊主!おるんじゃろ?隠れとらんで出てこい!」

大声でそう一喝する忠勝老を母さんは相変わらずの冷笑を浮かべ見ている。

「出ていかないとマズイよね?」

「そうだな。まぁ俺も付き合ってやるさ」

崇さんは僕の背中を押すと、パスンと襖を開けた。


「よう、親父殿にクソ兄貴」

こんな場でもいつも通りの崇さんはある意味すごいと思う。

僕も苦笑しつつも崇さんに続いて茶室に入る。


「ご無沙汰しております、皆様。それとはじめましてでしょうか?立花皐月です」

「ふん、最初から見ておったのじゃろうが?」

「まぁそうなりますね」

忠勝老が僕の前にまで来てニヤリと笑い小さな声でこう言った。


「全て和殿の掌の上じゃな?」

僕は母さんをちらっと見て頷く。

「ええ」


「崇!お前はちとこっちに来い。話がある」

「俺は話なんざないぜ、親父殿」

「いいからこい!お前にとっても悪い話じゃない」

崇さんは僕を見返り肩をすくめると忠勝老と共に席に戻っていった。


「さて、皆様お騒がせ致しましたが余興はこれにて終了させて頂きます。結果はご覧になったとおりでございます」

母さんが来客の方々にそう告げるとポツポツと疑問の声が聞こえてきた。


「・・・つまり御子息の力量は宗家より上だと?」

「いやいや、宗家よりとは考えられないが黒岩氏よりは・・・」

「あの女性と御子息の関係は・・?」


母さんはそんな声を殊更無視して話をする。


「長らく立花は私も含めて女性宗家を伝統としておりました。ですが時代と共にそうも言っておれなくなりつつあるのは皆様も、分家の皆様も御承知かと思います」

皆、母さんの次の言葉を固唾を飲んでまつ。


「この辺りで、そうですね・・・私の世代で大きく舵取りをする必要があると考えております」

いつか母さんに聞いた話だ。

「故に次期立花の宗家は長女の緋莉ではなく・・・長男の皐月に譲りたく思います」


母さんのこの話を大凡は予想していたのだろうか、茶室内は特にざわつくこともなかった。


「異論のある方がおられましたら直接私の元にお越しください、私からは以上です」


母さんの話が終わるとポツポツと拍手が送られはじめやがて大きな拍手に変わった。

驚いたことに反対するのではないかと思っていた忠勝老もムスッとした顔で拍手をしていた。


拍手が鳴り止むと後は各個人の自由時間になったのだがその前に母さんが一つ爆弾を落としてくれた。


「ああ、言い忘れておりましたが、こちらのお嬢さんは皐月の妻になる方ですので悪しからずご了承を」


このあとの茶室は軽くパニックになったのは言うまでもない。






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