第7話 金曜日の控室から


並べられた五つの生け花を順に来客たちが見ていく。


僕も控室から見てはいるけど人が多くて良く見えない。

「気になるなぁ・・・」

自分の評価ももちろん気になるのだが母さんや忠勝老のが気になる。


僕が何とか見えないかと考えていると急に目の前に写真が差し出された。


「ほら、こいつがご所望だろ?」

「えっ?」

驚いて振り向いた僕にして悪戯が成功したといった顔をして笑う男性が立っていた。


「崇さん?」

「久しぶりだな?皐月、ちょっと男っぽくなったか?」

「え?どうして崇さんがここに?」

「ははは、それはまた後でいいだろ?ほらよ」

僕のとなりにどかっ胡座をかいて座る崇さん。

冬場なのに真っ黒に日焼けし短髪に精悍な顔立ちの黒岩家の三男。


「気になるんだろ?」

「うん、そりゃあね」

ここに崇さんがいる理由は後で聞くとして僕は座敷に並べられた五枚の写真を見る。


「これは緋莉ちゃんだな」

崇さんが指すのはお正月だというのに何故か向日葵が大輪の花を咲かせた生け花だった。


「俺的にはこのセンスはサイコーなんだがなぁ」

崇さんは写真を指でトントンと突いて笑った。

「ははは、確かにそうだね」

僕も緋莉の生け花を見てそう答える。

セオリーや伝統などまるで無視、緋莉の笑顔のような見るものを楽しくさせるような一枚だ。


「こいつはクソ兄貴だな。話にならねぇ、通販かってんだ」

次の写真は綺麗に活けられた花が写っている。

ただ、それだけ。

崇さんがいうようにネットショッピングや通販でよくある見本のような生け花だ。


例えば町内の生け花教室で講師が見本として「このように活けてみましょう」と出すような。

つまりは綺麗なだけ・・・・・の生け花。


「しっかしよく親父はあのクソ兄貴に家を継がせようなんて思ったよな。晃司兄が家をでちまったから仕方ないのはわかるんだが」

「崇さん、晃司さんはまだ見つからないの?」

「ああ、日本を出てからイタリアに入ったのはわかってるんだけどそっから先はサッパリだな。まぁ兄さんの事だから元気にしてるだろうけど」

晃司さんというのは黒岩家の次男で次期当主と目されていた人なんだけど、芸術家的な人で忠勝老と喧嘩して家を出てしまった。


「そういやクソ兄貴と緋莉ちゃんを結婚させようとか考えてんだろ?アホ親父は」

「らしいね、母さんは断ったって言ってたけどね」

「そらそうだわな、和先生が認めるわけないもんな。それにお前のこともあるしな」

「僕のこと?」

そう言って崇さんは茶室の中に目を向ける。


「あの別嬪さんがお前の彼女なんだろ?」

「まぁそうだけど・・・それが?」

「和先生はお前に宗家を継がせるつもりなんだろ?そいでこの茶番だ。クソ兄貴は論外として親父よりお前が票を集めてみろ?この場でお前とあの別嬪さんを紹介して万々歳だろうが」


「・・・崇さんはどこまで知ってるんですか?」

「さぁな、少なくとも俺はお前の味方だよ」

崇さんは、くっくっくと何か含んだ笑いをして残り三枚の写真を広げた。


「問題はこの三枚だ、正直なところ俺にはどれが誰だかはっきりとはわからん。和先生からお前のことは聞いてたがここまでとは予想してなかった」


座敷に広げられた三枚の写真。


一枚は・・・なんと表現したらいいか、華やかさと佗びしさが両立したような作品だった。

去りゆく旧年と新たな新年をイメージしたのだろうか、幾度見ても新たな一面が顔を覗かせる。


もう一枚は・・・こちらは一目見て視線を外せなくなるような作品だ。取り立ててどこがどうということはない。

ないのだが全てが完璧に計算されつくしたかのように上下左右どこから見ても美しい。そう表現するしかない。


最後の一枚は僕なので割愛しておいて・・・


「おっ、どうやら投票が終わったみたいだな」

崇さんと僕は控室の隙間から覗きながらじっと耳をすます。


「皆様、ありがとうございました。それでは順番に発表してまいります」

母さんの声が聞こえてくる。


「まずは一番目で御座います。白菊の花の数は6本。活けたのは・・・立花緋莉です」

母さんがそう言うと襖から緋莉が父さんと一緒に入ってくる。

珍しくキチンと着物を着てお淑やかに会釈なんかしている。


「ワシはやはり緋莉嬢ちゃんのこういうのが好ましいのぅ」

「そうじゃの、何というか元気を貰えるのぅ」

緋莉の生け花を評価した方々からそう賛辞が送られる。

緋莉は照れくさそうにはにかんで笑顔を振りまいている。


「緋莉ちゃんらしいよな」

「うん、そうだね」

僕と崇さんは顔を見合わせてクスリと笑った。


「次の作品で御座います。白菊の花の数は1本。活けましたのは・・・黒岩久志」


茶室内はしんと静かになり誰からも何も言葉はなかった。

僕のいる控室からは久志さんの姿は見えないのでどんな顔をしてるかはわからないが、隣で崇さんが笑いを噛み殺している。


「残念ですが、評価には値しません作品でした。・・・次の作品ですが」


母さんはバッサリと久志さんを切り捨てて次に移る。


「残りの3作は、白菊の花の数は3作とも16本で御座います」


おおっ、と茶室が僅かにどよめいた。






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