第6話 金曜日のお茶会



母さんと話した後、僕は離れにある小部屋で剣山と向かいあっていた。

この部屋に入るのも随分て久しぶりだ。


3年前、まだ僕がこの家にいたころは自分の部屋よりもここにいる時間の方が長かったというのに。


さて・・・僕は改めて座り直し他の参加者のことを考える。

母さんと緋莉は大体予想はつく。

黒岩の久志さんもしかりだ。

僕がもっとも気にかかるのは忠勝老だ、正直なところ好きなタイプの人物ではない。


それとは別にこと生け花に関しては抜きん出た実力を持っていた記憶がある。

黒岩家はどちらかといえば政財界などに人材を多く輩出する名家でまともに華道を続けている人物は少ない。


幼少の頃に初めて忠勝老の活けた花を見たときのある種の感動は今も覚えている。

あの気難しい感じの老人がこれを活けたのかと幼いながらに驚いたと同時に母さんに抱くような尊敬の念を持った。


「あれから随分経つけど・・・」

僕は忠勝老の花を思い出しつつ自分がどうしたいのかを一人考えていく。


そんな僕が小部屋で剣山と向かいあっているころ、本家では・・・



「・・・ということですので宜しいですか?」

「は、はい」

本家のリビングで私は皐月君のお母さんと向かいあって話をしていた。


「貴女はただ私の横に控えているだけで結構です。そうですね・・・なるべくなら笑顔で」

「は、はい。あの・・・皐月君は?」

「皐月さんにはちょっとした用事を託けてあります。後程お話しさせて頂きます」


ああ〜、皐月く〜ん!なんだかわからないけど大変なことになってる気がするぅ〜。

皐月君は朝から見当たらないし、お義母様は相変わらずちょっと怖いし〜。


「九条さん、そんなに深く考えなくてもよいのですよ。門崎の秘書が情けない顔をするものではありませんよ」

「は、はい」

だって〜お義母様って門崎会長を呼び捨てなんだよ〜ムリ〜絶対ムリ〜!


た〜す〜け〜て〜皐月く〜ん!



「ん?気のせいかな?」

一瞬、鈴羽が呼んだような気がしたんだけど。



こうして正午過ぎから茶会が始まったのだが・・・


僕は今回は基本的には不参加ということになっている。まぁそうだよね、花を生けるのは父さんってことになってるわけだし僕が帰ってるってのも母さんは周りには言ってないみたいだ。


という訳で僕は隣の控室で様子を見ていた。

かなりの広さのある和室には来客が左右に分かれてそれぞれ雑談しながら母さんの到着を待っているんだけど。

門崎会長や喜多嶋社長はもちろんのこと、分家筋のお歴々、テレビでよく見る顔もあったりするし政治家も結構な数いる。


「しかし、母さんって本当に何者なんだろ?」

一介の華道の宗家にしてはどう考えても集まっている面々が豪華すぎる。


僕がそんなことを考えていると、上座の襖が開いて母さんと何故か鈴羽が入ってきた。


「鈴羽?何で?」


今まで雑談していた皆が一斉に静かになり姿勢を正して母さんを注目する。

正確には母さんと鈴羽をだ。

静かにはなったが小声で話す声はいくらか聞こえてくる。


「おい、宗家の隣の女性はどなたか知っているか?」

「わからん、わからんがとんでもない美人だぞ」

「宗家の娘さんはまだ小さかったはず、分家筋の方か?」

「いや、見た事ないお顔だ。あれだけの美貌、会っていれば覚えている」


「まさか・・・次期宗家に?」

「そんなことあるか?どこの誰かもわからんのだぞ」

会場はちょっとしたパニックになっている。

企業の関係者は気がついた人もいるみたいだけどビシッと着物を着ているせいかパッと見ただけでは鈴羽とわからないみたいだ。


僕から見える席に座っている門崎会長と喜多嶋社長が口をパクパクさせているのが少しおかしかった。


「皆様、本日はようこそお越しくださいました」

そこから母さんの新年の挨拶が始まり来客がそれぞれに答辞を述べていく。


鈴羽はというとそんな母さんの隣で、ただただ微笑んでいるだけだった。

ちょっと引きつって見えるのは多分気のせいだろう。



「さて、皆様にここでひとつ余興を楽しんで頂きたく思います」

中庭側の襖が開かれて廊下には五つの生け花が並べられてあった。


「毎年の新年の花を活けさせて頂いておりますが本年はちょっと趣向を凝らしまして・・・」


母さんが来客の方々に趣旨を説明する。


来客の方々にはそれぞれに一本づつ白菊の花が渡され自分が気に入った生け花の前の剣山に刺していくというものだ。


当然どれが誰かは知らされていない。

もちろん僕も自分の以外はわからない。


「それでは、宜しいでしょうか?」


母さんの合図と共に端から順番に生け花を真剣な表情で見ていく来客者たち。


こうして余興という名の戦いが始まった。






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