6-6

「ええと……」


 今日は色々とあった。

 学校帰りに優花に憑依され、優花の自宅へ行ったこと。そこで優花が野神沙耶香と親友だったことを知ったこと。野神沙耶香が二股をかけていたかもしれなかったこと。小嶋尊への疑いが強まったこと、周が尊を庇っているかもしれないこと。

 それに、理恩が自分の命の恩人であったこと。


 どれもこれも周には言えそうもなかった。


「クラスメイトとカラオケに」

『そうなんだ。今度俺とも行こうよ』

「もちろんです!」


 5分程度の通話を終えると、どっと疲れが襲ってきた。言えないということはとても精神を消耗する。

 早く事件を解決して平穏を取り戻したかった。


***


 翌日、いつも通りに昼休みのチャイムが鳴ると、梢は2年の教室へ周を迎えに行った。

 これまでも好奇の視線を向けられることはあったが、今日はそれ以上であった。

 その理由はすぐに周の言葉によってわかった。


「梢ちゃんと付き合ってること言ったんだ」


 ああ、だから鋭い視線を感じたのだ。と梢は理解した。

 周は誰も本気で好きじゃないと言っていたが、特定の彼女を作らないと有名な周だから、今まで一線を超えようとする人間がいなかっただけだろう。


「私……恨まれますね」


 今日はいつもの中庭には行かず、隣接された大学の敷地内にある学食へ来ていた。ここの学食は付属大学とのカフェテリアと共有されていて規模が大きい。


 梢はA定食の焼肉定食、周はB定食のオムライスをトレイに乗せて空いている窓際の丸テーブルへと置いた。


「そんなことないとは思うけど、何か言われたら教えてね。釘さしとくから」

「釘って……。ところで周先輩は大学はここへ?」

「うん、多分。外部は受けないかな。梢ちゃんは?」

「私も多分」

「じゃあ一緒に大学生活も送れるね」


 梢の脳裏にお花畑が出現した。

 イケメンで優しい彼氏とのキャンパスライフ。いい、すごくいい。


「この高校に頑張って入ってよかったです」

「俺もだよ。こんなに幸せな日が来るなんて想像もしなかったからね」


 そう言って周はスプーンに乗せたオムライスを口に頬張った。


「お兄さんはあれからどうですか?」

「どうって?」


 周はオムライスを咀嚼しながら、梢を見た。


「怒ってませんでした? ほら、宝生くんが失礼なこと言ったから」

「ああ、そうだね。沙耶香さんの霊が取り憑いてるなんて嘘だったんだろ? あれから一層兄ちゃんは怯えちゃって以前にも増して部屋から出てこなくなったよ」

「え……」


 梢は箸を口に咥えながら右上に視線を動かした。


「もしよかったら、私が霊視しましょうか」

「梢ちゃんまでそんなこと言うの」

「いえ。沙耶香さんの霊とは一概に言えないから……精神的に弱ってる人には変なのが寄って来やすいんですよ。もしかしたらそういうのが悪さしてるのかも」


 今の梢には僅かばかりの自信があった。

 もし何かに憑依されても意識を保てるかもしれないという自信が。


「もしそうだったとしても、彼女にそんな危険なことさせられないよ」

「大丈夫ですよ。放っておいても勝手に憑依される人なんで」


 それに梢はなんとかして尊とふたりきりで話

したかった。

 あの家に理恩はもう入ることは出来ないだろうし、梢がやるしかないのだ。


「そういう問題じゃ……」

「やっぱり周先輩のお兄さんには元通り学校生活送ってもらいたいですし。周先輩だってそう思ってますよね」

「……そうだね」


 視線をトレイに置かれたタンブラーへ落とす周に梢は僅かな違和感を感じた。

 周は尊が学校に戻ることをよく思っていないのだろうか。

 梢の脳裏に周の両親の姿が思い浮かんだ。

 周に対して厳しく当たる母親。反対に優しそうな父親。リビングに飾られた小嶋尊名義の数々の表彰状とトロフィー。

 浮かんだひとつの可能性を梢は首を振って掻き消した。

 だって、周は尊のことを誰よりも尊敬しているはずだ。

 それに、周だってこの学校へ上位の成績で合格するほどに優秀なのだから、劣等感を持つなんて――。


「わかった。梢ちゃんがそこまで言うなら、また兄ちゃんに会ってもらおうかな」


 顔を上げた周はいつもの柔らかな笑顔を見せた。そのことに梢は自分の考えが杞憂であったと反省をした。


***


「野神さんの交友関係か。それとなく当たってみよう」


 放課後、いつもの面々が顔を付き合わせる部室で、大森が呟いた。

 昨日得た情報を理恩から聞いた神楽坂がホワイトボードへ書き足していく。


「なんだか野神先輩のイメージが崩壊した」

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