6-5
「まあ上がりなさいな」
そう言って車椅子を反転させ、再び玄関の奥へ入っていった祖母の後を梢と理恩はついていった。
何故自宅へ理恩を迎え入れなければならないのか、と梢は若干不満気だったが、祖母が上がれというのなら逆らえない。
それに、タイミングよく玄関に現れたのは単なる偶然ではなく、祖母が梢たちがこの家に来ることを知っていたことも理解出来るだけに何か大切な話があるのだと思った。
「大きくなって。なん年ぶりだろうね」
梢の父はまだ仕事から帰宅しておらず、母の方に帰りが遅くなったことを詫びると祖母に呼ばれていることを伝えた。
祖母は理恩が来ることを知っていたが、母の方は突然娘が連れてきた男の子に少し驚いたようだった。後できちんと説明をしなければなるまい。
「あなたはもしかして――あの女の子のばあちゃん? どうして俺があの時の子だってわかったんだ?」
「覚えててくれたんだね。あの時はちゃんとお礼も出来なかったからずっと心残りだったんだよ。ずっと探してた。理恩くんのオーラは特殊だからね。梢の近くにいればすぐにわかったよ。でも運命というのもはあるものね」
「どこかで梢を見たことがあると思ったら……ばあちゃん似なのか」
梢にはふたりの会話が全く見えてこない。
「どういうことなの?」
しびれを切らしたように梢がふたりへ問いかけると、祖母は「あんたは命の恩人のことも忘れてしまったのかい」と苦笑した。
「どういうこと?」
もう一度同じ言葉を発すると、祖母は昔を思い出すようにして目を細めた。
「まああの時の記憶はないだろうけどね。小さい頃、悪霊に取り憑かれて意識不明になったことがあるのは覚えてるかい?」
その時の事は断片的に記憶にあった。
幼い頃……確か幼稚園に上がったばかりの頃、青森の祖母の家へ家族で遊びに行った時のことだ。
梢が頷くと、祖母は続けた。
「少し目を離した隙に梢がいなくなってね。丁度運悪く私に仕事が入っていて、気づかなかったんだ。仕事を終えて騒ぎを聞いて見つけた時にはすでに取り憑かれていてね。私には手の施しようがなかった」
初めて聞く話しだった。
それに祖母ほどの力の持ち主が太刀打ち出来なかった悪霊に祟られたことを知り、梢は身体を震わせた。
「どうにもならないと知りながら、意識のない梢を病院に連れていった……入院してから確か3日目だったか……この子と会ったんだよ」
「宝生くんが青森に?」
「ああ、俺も親戚の家が青森にあって、その時は叔父さんのお見舞いに行ったんだったかな」
祖母は頷くと懐かしそうに微笑んだ。
「“おばちゃん、この子に怖いオバケくっついてるよ”って突然言ってきたんだよ。しかも“そのまんまじゃ死んじゃうよ”ってね」
梢の脳裏に生意気そうなメガネの幼稚園児が再生された。
「この子が霊感が強いのはわかっていた。けど、幼い子どもに助けを求めることは私には出来なかったんだよ。下手をすれば今度はこの子が祟られてしまうと思うと何も言えなかった」
「そ、それで……?」
「“おばちゃん、僕にはオバケは見えるけど、声が聞こえないんだ。なんて言ってるか教えて”って言ってきた。私にはずっと悪霊の声が聞こえていた。“見えない”とね」
「ああ、思い出した。ま、そういうことだ。俺が除霊してやったんだよ。感謝しろ」
話を切り上げるように理恩が口を挟んできた。
「待って……。宝生くんの目が悪いのってまさか……」
「関係ねえよ。遅いし帰るわ」
腰を上げた理恩に、祖母はベッドの上で姿勢を正した。
「あの時もそうやってなんでもないからって姿を消してしまった。本当はあの時、悪霊に視力を奪われたのだろう? 梢から離れることを条件に」
理恩はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「別に命取られるよりマシだろ。それに全く見えないわけじゃない。このメガネがあれば見えるしな」
「なんていうか……私……」
「ああ、そういうの求めてねえから。久しぶりに会えてよかったよ、ばあちゃん」
「これだけの恩を受けておいて、さらにお願いするのは忍びないけど……梢を頼むよ」
理恩が帰った後、梢は自室のベッドに座り、暫くの間天井を見上げていた。
まさか、あの理恩が自分の命の恩人だったとは。あのクソダサい瓶底メガネに敬意を払わなければなるまい。
奪われた視力を取り戻す為にはどうしたらよいのだろうか。今、その悪霊はどこにいるのだろう。呪いを解く方法はあるのだろうか。
気づけば理恩のことばかりを考えていて、ずっと放ってあったスマホを見て目を見開いた。
周からの未読メッセージが5件と、不在着信が2件あったからだ。
彼氏だというのにすっかり存在を忘れていたことを反省し、梢はすぐに電話をかけた。
「も、もしもし! すみません、今気付いちゃって」
『忙しかった? ごめんね、何度もかけちゃって。メッセージは見た?』
「あ、見ました! ええと、木曜ですよね、空いてます! っていうか連休全部空いてます!」
『そう、よかった。今日はどこか行ってたの?』
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