5-3
「お待たせ。アイスティーでよかった?」
「大好きです」
「よかった。お菓子も食べちゃおうか」
梢が持ってきたのは横浜銘菓として人気のチョコ菓子だった。梢の大好物だ。
休日の穏やかな天気、美味しいお菓子に美味しい紅茶。たわいのない会話を周としていることがなんだか夢のようで、本来の目的を忘れてしまいそうになった時、キッチンの方で物音がした。
「にゃあ!」
至福の時間終了のお知らせが黒猫の鳴き声で告げられた。
「ちょ、何入ってきてんの」
「小嶋先輩、勝手口にもちゃんと鍵かけないと不用心ですよ。おじゃまします」
当然のように不法侵入をしてきた理恩に流石の周も眉間にしわを寄せた。
「今すぐ猫連れて帰ってよ」
「先輩、この家には良くないものが取り憑いています」
「は?」
まるで「奥さん、大変です! このお宅にはシロアリがいますよ! 今すぐ駆除しましょう!」と虚偽の情報を伝えて金を騙し取る詐欺師のようだと梢は思った。
「この猫はそういうものを感じる猫なんです。おっと2階にいるみたいです。失礼します」
「はあ!? ちょっと勝手に……」
黒猫は2階へ続く階段を軽やかに駆け上っていく。その後ろを理恩、そして周が追いかけ、さらに梢もついていった。
「ここは?」
2階の廊下の一番奥にある扉の前で黒猫は立ち止まり、理恩を見上げている。
部屋の前にはラップがかけられた食事が手のつけられていないままトレイに乗せられ置かれていた。
「……そこは兄ちゃんの部屋だけど」
「除霊をします。少しお兄さんと話をしたい」
「除霊って……」
周はすぐ後ろにいる梢を見た。
やり方はかなり強引だが、小嶋尊と話すにはこれしか方法がないのだろう。梢は理恩の画策に乗ることにした。
「小嶋先輩。宝生くんは無礼なヤツですけど、オカルトミステリー研究部きっての霊能力者なんです。嘘はないと思います」
「兄ちゃんが何かに取り憑かれてるって?」
「お兄さんが引きこもっているのはそれが原因かもしれないです」
梢の言葉に暫しの間、人差し指の第一関節を口元に当て考えていた周が静かに口を開いた。
「俺も立ち会うなら」
そう言って周は理恩の前に立ち、部屋をノックした。
「兄ちゃん、ちょっといいかな」
「……食事ならちゃんと食べるから置いておいてくれ」
扉の向こうから聞こえた声は覇気のないものだった。そして、本当に何かがいるかもしれないと思わせる黒い空気を感じる。
「開けて」
「でも……ってちょ!」
扉を開けるのを躊躇する周を押しのけるようにして理恩が扉を押し開いた。
理恩の視界に映ったのは、カーテンの閉じられた薄暗い部屋。それに乱雑に置かれた衣類、ノートや筆記用具が散乱していた。小嶋尊はそこにあるベッドの上に壁を背にして小さく丸まり座っていた。
急に知らない人間、それに猫が部屋に入ってきたことに驚いたのか、痩せた瞳を大きく開いて絶句している。
「初めまして、小嶋尊先輩。俺は1年の宝生理恩といいます」
「初めまして! 私は1年、小比類巻梢です!」
落ち着き払った態度の理恩とは反対に、梢は腰を90度に曲げて挨拶をした。
「な……何? 君たち……それに猫……?」
黒猫は「みゃあ」と鳴いて勉強机の上にトンと飛び乗った。
「ごめん、兄ちゃん……。宝生くんが兄ちゃんに悪いものが憑いてるから除霊したいって言うんだ」
「じょ……除霊?」
「少し話をさせてもらいたい」
尊は、理恩と周を見てから身体を震わせ、自身を両腕で強く抱きしめた。
「か、帰ってくれ……! 何も話すことなんてない。俺は何も知らない! もう許してくれ!」
掠れた声でそう叫ぶと、今度は涙を流し始めた。
「許す? 小嶋先輩は何か謝罪することがあるんですか?」
「……俺のせいで……沙耶香は……」
「兄ちゃん」
周の声に尊はびくりと肩を震わせた。
「もうやめようって言っただろ。兄ちゃんは何も悪くない。……誰も悪くないんだよ」
優しい声で諭すように言う周に尊は声を押し殺すようにして泣き続けた。
「ところで“鍵”のことは知ってますか?」
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