5-4


 唐突に投げつけられた理恩からの質問に、尊は一瞬息を飲んだ。

 それは、言葉にせずとも“知っている”と答えたようなものだった。


「し、知らない」

「そうですか。じゃあ、小嶋先輩と野神沙耶香先輩が言い争っていた理由は?」


 恐ろしいものでも見るかのように尊は理恩を凝視した。


「これって尋問?」


 堪り兼ねたように周が口を開いた。


「いや。ただ知ってることは話してもらいたい。お兄さんに憑いているのは野神沙耶香さんの霊だから」


 確かに尊から負のオーラは感じられるものの、取り憑かれているか、と聞かれれば答えはノーだった。これは理恩のカマかけなのだろう、梢はそう思った。


「そんな馬鹿な。兄ちゃんに沙耶香さんの霊が憑くはずないだろ」

「何故言い切れる」

「兄ちゃんは彼女のことを大事にしてた。感謝されることはあっても怨まれることなんてない」


 はっきりと言い切った周に梢は感動さえ覚えてしまっていたが、言われた当人の尊は耳を塞いで頭を左右に振っていた。


「もういいだろ。帰ってくれ」

「尊先輩、また来ます」

「もう二度と会わせないから。あ、猫も逃すなよ? 梢ちゃん、リビングで待ってて」

「あ、はい……」


 てっきり、梢も理恩と一緒に追い出されるものだと思っていたので面食らってしまった。


 程なくして周がリビングに戻ってきた。


「最悪だな」

「す、すみません。うちの部員が……」

「梢ちゃんは悪くないよ。悪いのは宝生だ」


 すっかり氷の溶けきったアイスティーを飲み干すと、周は真っ直ぐに梢を見た。


「ちゃんと付き合おうか、梢ちゃん」


 飲み込もうとしたアイスティーが気管に入り、梢は盛大にむせた。


「大丈夫?」

「……っ! だ、大丈夫です!」

「よかった。梢ちゃんの気持ちは変わってない?」


 寧ろ、最初の気持ちから今の気持ちの方が変わっているのだが、梢は何度も頷いた。


「はは。嬉しいもんだね。特定の彼女がいるって」

「わ、私もちゃんとお付き合いするのは初めてかもしれません」


 中学の頃は付き合ったと言っても形だけのものだったし、妙な噂が立ったことであっという間に振られてきた。

 しかし、きちんと交際するならば、やはり自分の体質は話しておいた方がいいのかもしれない。

 幸い、周はオカルトなことに関して寛容に思える。きっと受け入れてもらえる、梢はそう思った。


「そうなの? 意外だな」

「そうなんです。私、霊感があるって言いましたよね?」

「ああ、うん」

「実は……イタコの孫でして」

「え! イタコって死者の魂を呼び寄せて口寄せするやつだよね? 梢ちゃんってイタコなの!?」

「いや、まだそんな力はなくて……。憑依され体質というかなんというか」

「それって……危険なんじゃないの?」

「慣れてますし、小さい頃にちょっと厄介なヤツに取り憑かれて1週間寝込んだことがあるみたいですけど、こうして生きてるんで大丈夫かと。でも憑依されちゃうと私の人格は眠ってしまうらしくて、その間のことを覚えていないんです。それで色々と失敗をしてきたというか」

「……なるほど。わかった。今は梢ちゃんなんだよね?」


 梢はうんうんと首を縦に振った。


「きっと取り憑かれてたらすぐにわかるから大丈夫だよ」

「小嶋先輩……」


 瞳を潤ませて梢が周を見つめた時、周は部屋にかけられている時計に視線をやった。


「そろそろ外に出ようか。両親が帰ってくる」

「え、でもご挨拶を……」

「いいよいいよ。気を使うでしょ」


 そう言って周が席を立ったので、梢もそれに倣って席を立った。


「どこに行こうか。駅ビルにでも行ってみる?」

「あ、いいですね。ちょっと文房具も見たいし」


 そんな会話をしながら玄関を出たところで一台の車がカーポートへ入ってきた。


「あ」


 車の助手席から降りてきた中年の女性と梢の視線がぶつかった。


「初めまして、小比類巻梢と言います。おじゃましました」


 頭を下げる梢を一瞥した女性――周の母親は梢を無視して周を見た。どちらかといえば尊に似ている。


「周さん。親がいないうちに女の子を家にあげるのはどうなのかしら」

「……すみませんでした。ちょっと出かけてきます」

「ああ、小比類巻さん、お構いも出来なくて申し訳なかったね。ふたりとも気をつけて。あまり遅くならないようにね」

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