5-2
「すまん、飼い猫が逃げた」
梢が駅に到着した時にはすでに制服姿の理恩が改札に立っていた。傍らにはあの黒猫が寄り添っている。待ち合わせの時間まではまだ15分ある。梢が慌てて周囲を見渡すと、幸いまだ周の姿はなかった。
「……何言ってんの。いるじゃない。ピッタリくっついてるじゃない」
「っていう理由で小嶋周が現れたら優花には逃げてもらう。小嶋の家までな」
「まさかとは思うけど、猫をだしにして家に入るつもりじゃ……」
「その通りだ」
理恩に答えるようにして「みゃおん」と黒猫が鳴いた。
「そんな簡単にいくはずが――」
「梢ちゃん?」
知った声に梢が振り向くと、そこに私服姿の周が立っていた。Tシャツにカーディガン、それにジーンズ姿がよく似合っている。
「わ! お、おはようございます!」
「おはよう。彼は……もしかして、宝生くん?」
瓶底メガネを指差してから周は理恩の姿を上から下まで視線を動かし見た。バスケ部の周よりも理恩の方が僅かに身長が高いようだ。
「光栄ですね。小嶋先輩に知ってもらえているなんて」
「この間、梢ちゃんの彼氏じゃないかって噂されてるのを聞いたからね。で、なんで宝生くんがここにいるの?」
「ああ、猫の散歩です」
「猫? 猫って散歩するんだっけ?」
そう言って周は腰を屈めて黒猫を正面から見た。黒猫はじっと周を見てから、ハッとしたように突然走り出した。
「あ! 待て! すみません、追いかけます。また!」
「あ、うん。また」
黒猫を追いかけてこの場を去った理恩に呆気にとられていた周は気を取り直して梢に向き直った。
「よかった。一緒にいるからやっぱり振られるのかと思った」
「そ、そんなわけないじゃないですか。行きましょう」
果たして上手く小嶋尊と話すことが出来るのだろうか。
梢は不安を悟られないように笑顔を浮かべたが、引きつっていたかもしれない。
駅から10分ほど歩いたところで住宅街に入った。
「この角を曲がったところが家だよ」
角を曲がった時に視界に入ったのは、予想通り理恩と黒猫だった。
「……なんでいるんだ」
「ほ、ほんとですね」
門の前に立ち尽くしている理恩と黒猫に近づくと、周は「ここ俺んちなんだけど」とひと言言ってから門へ手をかけ解錠した。
「ああ、そうなんですね。コイツがここから動かなくて」
「…………」
周が無言で門を開くと、その隙間から黒猫がサッと中へ入っていった。
「え」
「ああ、すみません。また逃げました。失礼します」
「は?」
黒猫に続いて理恩までもが我が物顔で小嶋家の敷地内へ入っていった。
「なんなんだ、彼は」
「私にもわかりません」
理恩は玄関から裏手に回ろうとしているところだった。
「猫は?」
「どうやら裏に回ったみたいですね。探しにいっても?」
周は盛大なため息を吐くと諦めたように「勝手にしてくれ。見つけたら帰ってね」と答えた。
「梢ちゃんはこっち」
裏手に回った理恩を見送ってから周は梢の肩に手を置いて玄関の扉を開けた。
「あの、これ皆さんで」
先日、神楽坂から学んだことを梢は実践して持ってきた菓子折りを周へと手渡した。
「気を使わなくてもよかったのに。それに両親は買い物に出かけてるから昼まで戻らないよ」
「あ、そうなんですか……」
「おじゃまします」と挨拶をしてから家に上がると最初に通されたのはリビングだった。
飾り棚には所狭しとトロフィーや賞状が並べられている。
「すごいですね」
「でしょ。これ全部兄ちゃんのなんだ」
言われてみるとその全てに“小嶋尊”と書かれていた。
「適当に座ってよ。飲み物取ってくるから」
「あ、すみません」
「くつろいでて」
リビングには4人掛けのダイニングテーブルとL字型のソファが置いてあった。
ふかふかのソファに座ってみたかったが、なんとなくダイニングテーブルの方へ腰をおろした。
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