5-1『小嶋家』

 来週からゴールデンウィークへ突入する為、クラス内の休み時間の話題はどこに遊びに行くとかそんな話題が飛び交っていた。

 梢にゴールデンウィークに遊びに行く予定はなかった。何故なら理恩に野神沙耶香の怨霊を成仏させるまでは私用を入れるなと釘を刺されたからだ。


「小比類巻さんは彼氏とどこかへ旅行とか?」


 昼食に行く準備をしていると、挨拶を交わす程度のクラスメイトの女子が話しかけてきた。のでニッコリと微笑む。

 せめて、ここでの自分のイメージは死守せねばと梢は気合を入れた。


「まだ予定は決めてないの。それに彼氏はまだ……」

「え! 2組の宝生くんと付き合ってるんじゃないの?」


 なのに。

 このひと言で梢の薄っぺらい仮面がバリン! と音を立てて砕け散った。


「はあ!? なんで私があんな性悪瓶底ダサメガネと!?」

「……性悪瓶底ダサメガネ?」

「あ」


 しまったと思った時には時すでに遅しであった。

 各々で会話をしていた生徒たちが一斉に梢に注目した。


「え……えっと、その、違うの!」

「え? やっぱり付き合ってるの?」

「そ、そうじゃなくて……」


 あたふたと自分を必死に取り繕うとしている梢の背後から「梢ちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。


「小嶋先輩!」


 振り向くと周が教室の後ろの扉から顔を出していた。梢はその場から逃げるようにして周の元へ駆け寄った。


「ど、どうしたんですか!」

「いっつも迎えに来てもらっちゃってるから来てみたんだけど……。なんか面白そうな話してたね」

「き、聞いてたんですか!?」

「聞こえちゃったというか。で、誰? そのメガネくん」


 ニコニコと笑顔を浮かべてはいる彼に恐怖を感じるのは気の所為だろうか。


「ただ部活が同じだけですよ! それよりお昼食べに行きましょう!」


 クラスメイトからの好奇の視線から逃げるようにして梢は周の背中を押して教室を後にした。


「土曜日はすみませんでした。急遽部活が入ってしまって」


 最近少し暖かくなったからなのか、中庭で昼食をとる生徒の姿が増えてきた。

 いつも座っているベンチには既に他の生徒が座っていたので、梢たちは陽の当たらない端っこのベンチに腰を落ち着けた。


「ああ、そういうこと。姿が見えないから振られたのかと思ってた。迎えに行けばあんな話してるし」

「いや、ほんとすみません! でも宝生くんとはなんでもないですから!」

「宝生っていうんだ。どんなヤツ?」

「言った通りですよ。瓶底メガネかけた、いけ好かないヤツです」

「ふうん。でもなんか妬けちゃうよね。梢ちゃんが別の男と噂されてると」


 パックのお茶を飲みながら、周は梢に微笑みかけた。梢の白い陶器のような肌が一瞬で赤く染まる。


「梢ちゃんの連絡先教えて貰ってもいい?」


 そう言って周は制服のズボンからスマホを取り出したので、梢も慌ててスマホを取り出し、それから画面に表示されているボイスレコーダーのアプリをメッセージアプリを起動して隠した。


「……はい。これからは昼休みだけじゃなくて休みの日も会えるようになるかな」


 メッセージアプリにお互いのアカウントが追加されたのを確認すると、周はそう言って微笑んだ。


「よ、喜んで……!」


 そこで梢は自分に課せられたミッションを思い出した。

 何とかして小嶋家に訪問する機会を作らねばならない。


「嬉しいな。じゃあ早速次の土曜日とか何処か遊びに行く?」

「ええと……小嶋先輩のお家見てみたいです!」

「……え? うち?」


 しまった。いきなり過ぎただろうか。


「その……お兄さん……まだ学校に来れてないんですよね?」

「そうだけど……。何? 兄ちゃんと話したいの?」


 先程まで浮かんでいた微笑みは消え、探るような瞳で周は梢を見つめた。


「お兄さんがまた学校に来られるようになれば小嶋先輩もちゃんと自由になれるんじゃないかと思って」

「俺の為にってこと?」

「勿論です。ふたりでお兄さんが元の生活に戻れるように説得しましょう」

「……梢ちゃんの気持ちは嬉しいけど……兄ちゃんは誰とも話さないと思うよ。家族でさえシャットアウトしてるんだから」

「それでも、やれるだけやってみたいんです」

「ほんと……珍しい子だよね、梢ちゃん。わかった。じゃあ土曜日10時に蒲田の駅の改札でいい?」


 蒲田はこの学校の最寄り駅から3駅だ。


「わかりました。楽しみにしてますね」


 これで梢の任務は成功したのだが、理恩はどうやって小嶋尊に会うのだろう。そう疑問に思っていたのだが、彼は予想外の方法で土曜日蒲田に現れた。

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