3-6

 ここまで来ると、理恩のストーカーにさえ思えてくる。

 この黒猫――優花のことも梢は不可解に思っていた。


 理恩にまとわりついているようだが、取り憑いているわけでもない。そして、何故か毎度梢に憑依するのは一体何故なのだろう。

 はっきり言って迷惑だ。


「あ」


 黒猫を睨んでいると、何かに気づいたように顔を上げたので理恩が来たのだと悟った。


「ちょっと! 何スルーしようとしてんのよ!」


 梢の真横を何事も無かったかのように通り過ぎた理恩へ彼女は叫んだ。が、周りの驚いた視線に身を縮ませ、理恩の腕を掴むと小走りで校舎の外へ出た。


「あ、悪い。そういや話があるんだっけ?」


 頭がいいくせに鳥頭なのか、と梢は心の中で毒づいた。


「……ちょっと学校から離れたいんだけど」

「わかった。じゃあ駅前のカラオケにするか」

「ちょっと待って、その猫に着いてこないでって言って」

「ああ、はいはい。だってさ。ちゃんと約束は守るから」


 理恩がそう言うと、黒猫は名残惜しそうにしてこの場を去っていった。


「約束?」

「こっちの話。行くぞ」


 駅前のカラオケ店の一室へ入ると、理恩はドリンクの他にメニューにあるスイーツの類を全て注文した。おかげでふたりにしては広いと感じていたテーブルはパフェやらケーキやらで埋め尽くされた。


「げ。これ全部食べるつもり?」

「梢と違って脳みそ使ってるからな。糖分摂取しないと」


 いちいち癇に障る男だ。糖尿病にでもなるがいい、と梢は心の中で呪った。


 とっかかりとして、今日の昼休みに録音した周との会話を理恩へ聞かせると彼は「そろそろ会うか。兄貴の方に」とスプーンを咥えながら言った。


「え!」

「何驚いてんだ。最初からその為に弟の方に近づいたの忘れたのか? 鳥頭か?」

「人を殴りたいと思ったのは、室生くんが初めてだわ」


 そう言ってクールダウンする為に梢はアイスティーを口にした。


「私だって野神さんが無念の死を遂げたのなら真実を白日の元に晒したい。ちゃんと成仏させてあげたい。でも、小嶋先輩はいい人だと思う。今も苦しんでるのに私がお兄さんを疑うようなことをしたら傷つける……」

「なんだ。なんだかんだ言って惚れたのか」

「な、な、な、何言ってんのよ! ひ……人として、よ。それに小嶋尊が犯人だなんてやっぱり思えない……」

「やっぱり惚れたんじゃねえか」


 梢は真っ赤な顔で唇を噛み締めた。


「じゃあおまえは降りろ。俺ひとりでやる」

「何でそうなるのよ。他の可能性も考えたいって言ってるの」

「例えば?」

「全くの赤の他人かも。通り魔的な」

「学校でか? それに事件があった日は休校だった。誰もいないかもしれない場所に赤の他人が屋上まで野神沙耶香を連れていって落としたって?」


 そう言われると現実味がないのかもしれない。

 通り魔ではないとすると――


「そ、そうよ! 先生とか!」

「先生?」


 梢は半ば思いつきで言ったのだが、理恩は口を閉じて考え始めた。もしやいい線をいっているのかもしれないと梢は続けた。


「先生なら何かしらの用事を作って彼女を学校に呼び出せたかもしれないでしょ」

「先生ね……そういや」


 先日の学校七不思議ツアーの時に突如として現れた生霊らしきものが理恩の脳裏に浮かんだ。


「スーツ姿か。……あの時あいつは一体何を探してたんだ……?」

「なんの話し?」


 梢が首を傾げると理恩は「言ったろ。1年1組の教室に生霊らしいのがいたって」と答えた。


「ああ! リーマンのオッサン!」

「先生と言われてみればそう見えないこともないな」

「じゃあその本体探そうよ! 顔見たんでしょ?」

「見たことない顔だったけど……。うちの学校、非常勤講師も含めるとかなり人数いるからな。見たことない先生もいることは確かだ」

「よし、その線で調べよう!」

「可能性として加えるだけだ。小嶋尊を外すとは言ってない」


 それでも、他の可能性が増えるということは梢にとって喜ぶべきことだった。


 だが、翌日、先日配られた学校誌に載せられた職員紹介から全職員を調べた結果、該当する人物は見当たらなかった。


「何してるの?」


 学校誌を穴が悪ほどに見ている理恩へ部室にやってきた神楽坂が声をかけてきた。

 今日は1年生だけが5時限目までで、2年生と3年生は6時限目までだったので、1時間ほどこの部室には梢と理恩のふたりしかいなかったのだが、神楽坂を筆頭に続々と部員がやって来た。


「あ、こんにちは。あの、去年とかそれ以前の職員の紹介が載ってる学校誌ってありますか?」

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