3-5

 確かに人間の脳は特定の磁気の刺激によって幻覚を覚えることがあるという。

 つまり、刺激を受けた脳が、過去の記憶から実際にはないものを、あたかもそこにあるかのように見せてしまったりするというものだ。


 だが、祖母の千里眼のような能力は過去の記憶ではない。本人が見ていないものを見ているのだから、やはり科学では説明出来ないこともあると梢は思う。それに、梢自身、しょっちゅう憑依される身なのだ。自分には記憶はないが、周りから散々多重人格扱いされたのがその証拠だと思っている。


「小嶋先輩、やっぱり頭いいんですね」

「この学校にいる生徒はそれなりに皆偏差値は高いでしょ。もちろん梢ちゃんも」

「私は倍率が下がってたから入れただけで――」


 梢はそこで口を噤んだ。

 この学校の倍率が下がった理由を周が知らないはずはない。


「俺も同じだよ。皮肉だけど、あんな事があったから競争率が減って上位成績で合格出来たようなもんだし」

「……あの、他を受けようとは思わなかったんですか? いくら尊敬しているお兄さんと同じ学校だっていっても、何となく嫌じゃないですか。周りから有りもしないこと言われたりしそうだし」


 交際相手である小嶋尊が直接手を下していないとしても、何らかの形で彼女の自殺の理由に関与している可能性が高いと当時の警察は睨んだはずだ。当然、弟である周も事情聴取は受けただろう。

 入学試験直前の1月に起きた有名進学校での飛び降り自殺。

 梢は連日のようにテレビのニュースでこの学校が報道されていたことを思い出した。


「他を受けることは全く考えてなかったよ。兄ちゃんがこの学校を目指した頃から俺の目標もこの学校だったし。それに確かに入試の時は警察が張り付いてたりして落ち着かなかったけど、入学する頃には自殺の原因が兄ちゃんじゃないって世間に公表された後だったから、誰に何を言われることもなかったしね」

「……そうですか。あの、小嶋先輩は野神沙耶香さんと面識はあったんですか?」


 梢の質問に、周はパックのジュースを飲んでから答えた。


「あるよ。よく家に遊びに来てたから。でもあんまり話したことは無かったかな」


 その程度の関わりなら警察からもあまり深くは言及されなかったのだろう。


「もういい?」


 そう聞かれて、梢は事件のことを深く聞きすぎたと焦った。これでは何かを探っているように思われてしまう。実際、探っているのだが。


「すみません。それより私、小嶋先輩の女友達から恨まれてませんか?」

「そんなことはないと思うけど、確かに付き合ってるのかどうかは聞かれるね」


 そう聞かれるのも無理はない。

 こうして、昼休みは毎日ふたりで一緒にいるのだから。


「なんて答えてるんですか?」

「まだだけど、時間の問題かなって答えてる」

「え!?」


 梢の方から告白をしたのだから、ここは喜ぶべき場面だ。だが――


「そんな驚く?」

「だって、小嶋先輩はお兄さんの為に……」

「今まではね。でもそろそろ俺も自由になっていいのかなって思って。梢ちゃんは俺に一目惚れしてくれたって言ってくれたけど、実は俺もそうなのかもしんない」


 そう言って悪戯っ子のような表情で周は笑った。


 彼のようなタイプは好きにならないと決めている。


 決めているのに、なんだろう、この胸のときめきは。


 梢は思わず自分の胸へ手を当てた。ありえない程動悸が激しい。


「土曜にこの学校でバスケの練習試合があるんだ。よかったら見に来てよ」


 柔らかな周の笑顔に、梢は頷いていた。


***


「あ、いた! 室生くん!」


 あと5分で昼休みが終わるという頃、梢は1年2組の教室に来ていた。理恩のクラスだ。ちなみに梢は5組だ。


 梢が現れたことで、周囲がざわめいた。

 だが、梢は別段気にすることも無く、ズカズカと教室内へ入っていった。


 理恩は窓際の一番前の席で机に突っ伏して寝ていた。


「室生くん!」

「……なんだ、梢か」


 理恩が絶世の美少女である梢を呼び捨てにしたことで、さらに周囲はざわついた。


「ちょっと話したいことがあるの。今日は部活休みだから帰り少し付き合ってくれない?」


 部活の活動日は部長の大森が決めている。

 ここへ来る前に部室に貼られた活動予定表を確認したら今日は休みと書いてあった。


「話したいこと? なんか進展でもあった?」

「進展というか、考え方を少し変えたいというか……あ、時間だから戻る。じゃあ帰りに下駄箱で待っててよ?」


 昼休みが終わることを知らせるチャイムと共に梢は教室から足早に出ていった。



「…………」


 放課後。約束通り下駄箱で梢が待っているとあの黒猫が校舎の外で待ち構えるようにしているのが視界に入った。

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