おかんへ書く手紙

手紙

目を覚まし窓を開ける、空一面真っ白で境目が無い曇り空。

曇りの日はどうしたって気分が上がらない。落ち込まないまでも晴れやかな気分には誰しもならないだろう。

「なんかどんよりしてるなぁ…」

少し寂しげに呟く永遠とわ


こんな日は無性に実家の家族を思い出す。

「おかん元気してるかなぁ…」窓越しに真っ白な曇り空を見上げる。

去年60歳で還暦を迎えたおかん。

永遠は北海道に住んでいたためその瞬間を一緒に祝ってやる事ができなかった。その事をとても後悔していた。


その事を思い出すと、不意におかんに手紙を書こうと思いたった。

「天気もこんなんやしのんびり手紙でも書くか」

曇り空のせいでどんよりとしていた永遠の気分は、おかんへの手紙を書くという事で少し和らいだ。

永遠はこの世で一番おかんを大事な存在だと思っている。

照れくさい気持ちもあるのだろうが少し喜んでいるようにも見えた。


永遠はこの時代にデジタルでは無く、あえてアナログな紙とペンを選んだ。

手紙は貰った時の嬉しさや、気持ちの伝わり方がデジタルとアナログとでは全く別物になるという考えでの事だった。

永遠は早速ペンを走らせて行く。


拝見おかん


元気してますか?

俺は相も変わらず元気です。


還暦のお祝い一緒にしてやれんでごめんやで。一生にいっぺんしかない大切な日やのに…今度帰ったらお祝いしよな。


永遠はまずその事を一番に伝えたかったようだ。

永遠は黙々とペンを走らせていく、昔を思い出しながら黙々と。



昔から家によう近所のおばちゃん達来てたよなぁ。

おかんはみんなの人気もんなんやって子供ながらに思ってたわ。

おばちゃん達来る時お菓子やらようさん持って来てくれてたから俺は嬉しかったけどな。


みんなが寄って来るおかん見てそれも嬉しかった。

俺はあんまり人が寄ってくるタイプちゃうから余計そう感じてたんかもしらんな。別に望んでもなかったんやけど。

おかんは歳の割にかわいいからみんなの憧れやったんかもしらんな。

息子が言うたら変やけど。


友達もみんなよう言うてたで

「永遠のおかんかわいいよなぁ」て。

「当たり前やろ、誰のおかんや思てんねん」ていつもネタみたいに言うてたの思い出すわ。


永遠は、ばぁばの家にあった昔のおかんの写真を思い出した。

おかんがポメラニアンのサリーを抱いて写っている写真だ。

聖子ちゃんカットの若いおかんが写っているのだが、今の時代でもアイドルになれるぐらい可愛いかった。この頃から評判だったらしい。


自分のおかんをここまで褒めるのはマザコンの域かもしれないが、永遠はそんな事なんとも思っていない。

自分の子供や犬等を過剰に可愛いと思う感情と似たような物、それ以上かもしれないがそんな所だ。


その写真は実家へ持って帰り家に飾っている。

我が家では評判の写真で教祖様と崇めていた。勿論ネタであるが。


そんな教祖様も還暦なのかと少し手を止めておかんの顔をぼぉっと思い浮かべていた。



昔からよう怪我する子供やったよなぁ。

中学卒業するまでで骨折11回…まぁまぁ折ったな。

おかんは怪我して帰ったら決まり文句みたいに

「とりあえず湿布貼っとき!そのうち治るわ!色変わってなかったら大丈夫!」どこでそんな雑な治療方針習ったん?雑過ぎるやろ。

ほんで何日か経って色変わり出したら病院行くやん、先生見て

「これいつやった?」聞かれるから

「いついつです…」ほな先生

「遅いわ!なんで、こんなんなるまでほっといたんや!」

いつも怒られるん俺やった。まぁ今となっては良い思い出やけどな。

折れたまんま川で泳いだり、足折れたままサッカーしてたり。

そんなおかんの豪快な所も嫌いじゃない。

お陰で痛みにはえらい強なったわ。ほんまに。


専門学校行って柔道整復師の勉強始めた時はおかんの治療方針がどんだけ危険なもんやったかわかった時は…

あちこち靭帯あかんなってるし、説明し出したらきりないわ。

そのお陰で学校では良い例やってよう使われたわ。

自分の身体に答えようさんあったからそれはそれで良かったんかな。

後遺症の宝庫やで…

怪我の話やったらなんぼでもできるわ。


実際にしっかり治療していれば残らなかった後遺症があちこちにあったのだ。手首は両方2回ずつ折れており靭帯が切れて時計がまともな位置につけられない程に…

永遠はそこまで気にしていない様子だが、医者からは

「将来苦労するで」と脅かされていた。

専門学校まで行っているのだから本人が一番理解はしている。ただ、過ぎた事は仕方がないし元には戻らない。それよりも、身体に残った後遺症も将来苦労するかもしれない事も永遠にとってはおかんとの思い出の証なのだった。



雪の季節になったらおかんのあの名言思い出すねんなぁ。


永遠は外の雪景色を見て文字を走らせる。


まぁまぁネタにさしてもらったけど。

おかんがテレビで北海道のニュースで写ってたダイヤモンドダスト見て

「めっちゃ綺麗なぁ。なんやっけこれ?ハウスダスト?」

爆笑したわ。それもはやゴミやから。

そういう天然な必殺技は凶器やで、まぁめちゃくちゃ楽しませてもらってるけどな。


おかんの手にかかれば美しいダイヤモンドダストの光景すら埃に変えてしまう。魔法のような笑いを巻き起こすおかんはそこらの芸人よりもおもしろいのではないだろうか。

これも言葉や文字のおもしろさだと思う。

それをおかんが本気で言うというシチュエーションも相まっているのだろう。


永遠は手を止めコーヒーを淹れに行く。

「あれっ、砂糖ないやん…まぁえぇか」

一旦ストックが無かったか探して見るが無さそうなのですぐに諦めた。

永遠は何かを探す時面倒になりすぐ探すのを諦める所がある。


ミルクだけを足し熱いお湯をカップへ注ぐ。

立ち上る温かそうな湯気を見てある事を思いだし再びペンを取る。


そういや俺がなんか探すのすぐ諦めるの知ってるから俺が

「あかんわ無いわぁ」って言うたらいつも

「手使って探したん?なんのための手ぇや!」っていつも言うてたよな。

結局おかんがいつも見つける。

「あるやんか!手使い!」

なんや言うて怒ってるみたいやけど笑いかけてくれる一連の流れ結構好きやで。後

「おかんお茶」って言うた時

「お茶がなんや?お茶言うたらお茶が歩いて来んのんか」言われた時、怒られてるはずやのに笑ってもうたん覚えてるわ。

なんかおかんと日常の会話思い出した事手紙にしたらちょっとした漫才みたいやでな。

北海道出身のおかんやのに完全に関西人になってもうてるな。


永遠は書きながらおかんを思い出し微笑していた。


こっからはちょっと切ない事書くけど書きたいから許してな。


永遠はその時の事を思い出し怒りと悲しみと後悔の念を織り混ぜたなんとも複雑な気持ちでペンを走らせた。



俺が専門学校通ってた時終わってからバイトで帰ってくるんは夜中3時か4時やったよな。

いつもおかんはご飯作ってくれてラップしておぼんに置いてくれてた、今思い出してもほんまに感謝しかない、ありがとう。

睡眠時間帯ほとんど無くてあの頃はきつかったなぁ…


それは良いとして、おとんが酔っておかんに罵声浴びせてる時にチラッと聞こえた来た時の事やけど、今思い出しても心臓えぐられるみたいな胸の痛み感じるわ。

おとんが

「わざわざお前がしんどい思いしてまであいつの飯の用意なんかせんでえぇやろ!」

俺は耳を疑ったわ。俺が言われてる事にも多少なりショックはあったけどそんな事はどうでも良くて。

俺のためにおかんが優しさでやってくれてる事をそんな言い方されたおかんの気持ちよ…たまらんかった。

それ以来俺は

「ごめんおかん、ご飯めちゃ嬉しいし感謝してる。でも、もう作って用意せんといて。おかんが俺の事であんなん言われてるの俺耐えられへん」

俺おかんにこの事言うた時ほんまに悲しくて泣きそうやった…

おかんも泣きそうな顔するし余計に。


永遠はおかんがどういう気持ちでご飯の用意をしてくれているかわかっていたのだ。

以前おかんと話をしていた時の事。

喧嘩ばかりでそのおかんを見る方が永遠は辛いとおかんに話をした事があった。

「ばぁちゃんも居るし北海道帰ってもええんやで?俺らも子供ちゃうんやし」するとおかんは

「あんたらが居らへん所で生きてたって意味ないもん。それやったら家借りるわ」

永遠は泣いた。こんな事を言わせてしまっているおとんへの怒り、おかんの気持ちの嬉しさ、そして切ない気持ちが一気に永遠に押し寄せたのだ。


この事を永遠は聞かされていたので、おかんの愛情である行為を踏みにじられた気持ち、それを自ら断らなければいけない気持ちとでとても辛い気持ちになっていたのだ。



それからちょっと経った頃やったかな。

完全に俺の中で線が切れたのは。


俺はバイトから夜中3時頃に帰った時やったな。

開くはずのない玄関のドアが開いておかんが帰ってきた。

俺何が起こったんか最初わからんかったわ。

おかんもばれちゃったみたいな顔して笑ってたし。


永遠は部屋におかんを呼び込んで事情を聞いた。なんとなくだが察しはついていたのだが、確信を得るためだった。

「どこいってたん?ってかどういう事?」

永遠は怒りで声を震わせながらおかんに問う。この怒りの矛先はおとんに対する物であったが、夜中に女一人で出ていったおかんに対する物も無かったわけではない。

「カラオケで一人で時間潰してた…」

おかんは何故か笑っていた。

「お父さん止まらんくなってお母さんも腹立ったからマンダイ行ってくるわ!って出ていってん」

永遠は怒りに震えていたがその答えに思わず笑ってしまった。

「いやいや、何時や思てんねん、マンダイ開いてへんやろ」

と少し雰囲気が和らぎ永遠は落ち着きを取り戻した。

こんな時まで関西人出すなよと永遠は思った。


後日抑えきれなくなった永遠は家族で話をする場を儲ける事にした。


永遠は静かに話を切り出した。

「おとん、もう酒やめ。酒乱とか格好悪すぎるしおかんに何したかわかってる?」

おとんは静かに

「うん」とだけ頷く。

日頃から晩酌はするのだが。この所どうも飲み過ぎている。飲まなければやってられない。そういった所だろうか。

永遠は酒を飲み酔っぱらう事については特に悪いとも思っていないし、飲みたければ飲めばいい、酔いたければ酔えばいいと思っている。

しかし、その延長におかんが居る事に我慢ならないのだ。


「おかん何してたかしってる?一人で夜中にカラオケで時間潰してたんやで?女が一人で!」永遠の勢いは止まらない。

「あり得へんやろ!嫁がそんな事してる最中酔っぱらって平気で放置して!たった一人の愛した女やろが!!酔っぱらっておかんに滅茶苦茶言うて何がしたいねん!」この時永遠は涙が止まらなくなっていた。

自分の父親が一生愛すると決めた女に対する許しがたい仕打ち、自分の父親がこんな情けない姿を子供に晒している事実に。


「おかんが夜中に帰ってきたの見た時の俺の気持ちわかるか!?生まれて初めておとんを殺してやりたいって本気で思ったんやで!思ってもうたんやで!息子にこんな事思わしてどう思うねん!考えられへんわ!」

「おかんこんな思いせなあかん理由どこにあるん?本間に死んだらいいねん!」

永遠は勢いに任せて遂言ってはいけない言葉を口にしてしまった。

だがその時の永遠は心の底からそう思っていた。


永遠は冷静さを失っていたが、落ち着けるために

「ちょっと席はずすし二人ではっきりさせ…ちょっと出るわ」

永遠は家を出て外の風に辺りながらようやく後悔する。

「さすがに言いすぎたな…」

だが永遠は謝る事はしなかった、そしてこれからも…


一旦は二人は和解したようで気持ちを切り替えていくと誓った。

永遠はそれに対して釘を刺す。

「もう次はないで、次はおかん連れて出ていくからな」

そう言って部屋へ戻り、興奮し高まった気持ちを必死に抑え無理やりに目を閉じた。



あの時はさすがにもう終わりやなぁって思ったわ。それでえぇ思ってたし。まぁ何はともあれって感じやな。


永遠は今おかんの実家である北海道の登別に住んでいる。

じぃちゃん、ばぁちゃん共に居なくなって家を引き継いで住むためにこっちへ引っ越したのだった。


この家は永遠にとって思いでのたくさん詰まった家でそのまま無くなるのは嫌だとなかば強引に引き継いだ。

おかんも無くなるのは寂しいと言っていたし、おかんの姉もできれば残したいという思いもあったのでそれも後押しした。

しかし、永遠が強引にでもここを残さなければと思う一番の理由はおかんのためだった。


俺がこっちに住むって言うた時おかんはきっと理由わかってたんやろ?

おかんの帰れる場所を確保するためやって。

俺がこっちおったらこっち来ても1人ちゃうしいつでも来れると思って決めたんや。

まぁ今となってはちょっと状況ちゃうけどな。


永遠はあたまを抱えながら手紙を書く。


隣の家とのいざこざの話、ほんま厄介やでな。

いきなりこの道車で通るなって50年経ってから言うか?笑てわろてまうよなほんま。

年末実家帰った時にその話した時、おかん俺に

「もうえぇよあの家守らんで。あんな嫌な人住んでるしこんな厄介な話聞いてもう住みたいと思わへん。あそこ帰るぐらいやったら家借りて出ていくわ」って言うてたな。

正直まぁまぁ面倒くさい相手やからその言葉聞いてちょっと肩の荷が降りたんよ。頑張らんでもいいんかなぁって。

「もういいから近くに帰ってきて欲しい」泣かす気か。

「まぁひとまずどうなるかわからんしばぁばの三回忌までとりあえず様子見よか」俺が言っても

「まぁなぁ、でももうえぇからな」って。

本間に戻る気ないんやなぁって思った。


それからこっち帰ってきてしょっちゅう思うけど、ここにいる意味、守る意味ってあるんかなぁ?俺ここに住んどきたいって本間に思ってるんか、じぃじとばぁばはどう思ってるんかなぁって。


せやけど、ふとじぃじとばぁばが死んだ時の事思い出したんやんか。

じぃじの時は倒れて手術して、もう意識戻らんかもっていう状態で俺がすぐ北海道行くか迷ってた時に

「急がんでもえぇよ、じぃちゃん待ってくれてるはずやから」

それで俺一週間後に飛行機取ったら間に合わんかった。

あん時死ぬ程後悔したんやんか…意識無いかもしらんけど、すぐ行ったら生きてるじぃじと最後に会えた、生きてるじぃじに顔見せてやれたって。


ばぁばの時はそれがあったから絶対にって思ってたけど、ばぁば急性心筋梗塞でまた会えずやったし。


その事思い出した時に悩んでた事がなんかパッと晴れた気分になったんやんか。思い出の場所は確かに残したいその気持ちは変わらん。

そんな事よりもおかんの側でおかんが俺に逢いに来れるぐらい近い所に居て、なんかあったらおかんの所に直ぐに行ける。その事の方がこの家を守る事よりも2億倍大事ちゃうかって。


せやから落ち着いたらここはどないするかわからんけど、近くに戻ろかなって考えてるんやわ。

なるべく近いうちにな。相続やらしてもうた後やからややこしいかもしらん。おとんがまたその事で絡んで来るかもしらん。

それでもおかんの側に居てやれればいつでも俺の所来れるし、俺がややこしい事受け止めたらえぇだけやし。


まぁ今のところそんな感じ。


おかんもそない若くない歳やから体調管理気をつけて。



たった一人の世界で一番大事な愛すべきおかんへ。

おかんが愛する永遠より。


永遠の目は少し涙で滲んでいた。 (完)

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おかんへ書く手紙 @homarex

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