オーガスレイヤー

「舞台は樹海に飲み込まれた村です。樹海は昔から幻獣の縄張りであり、村が樹海に飲み込まれることで、人間は縄張りを荒らしてしまったのです」


「完全に言いがかりじゃない」

「樹海に飲み込まれないように木を伐ってもダメなパターンだよな。我らの縄張りの木を切るとは何事だ」

「そうですね。村を捨てるしかありません。そして村を捨てられるぐらいなら誰も苦労しない」

 完全に詰んでいる。

「幻獣は縄張りを荒らした人間を食べ、人間の肉の味を覚えてしまいました。このままでは村は滅ぼされてしまいます」

「どうすればいいの?」


「システムは1ページTRPGです。以前プレイした人狼狩りと基本は同じですね。狩りで遠距離から攻撃したり、動物や幻獣からHPの半分だけ肉を取って売ることもできます。タイムリミットは10日。ただ今回は3日ごとに『レベル2dの幻獣』が攻めてきます」


「レベル2d!?」

 つまり平均7レベル。

 殺意しかない。

 一応、逃げることはできるものの、それだと半日経過してしまう。

 人狼狩りより時間制限やレベルが厳しい。

「サンプルキャラのレベル2でしょ。勝ち目なくない?」


「敵から入手した素材を『料理人(コック)』の一般技能で調理してください。目標値は『モンスターのレベル+9』。料理判定に成功したら幻獣は人肉よりも美味しい料理に心を奪われ、人を襲わなくなります」


「なにその料理漫画」

「異世界転生系のファンタジーでありそうな展開だな。料理は動物には効かないんですか?」

「効きません」

 ソードワールドにおける動物と幻獣の違いは知性。

 幻獣は言語を理解し、コミュニケーションが可能だ。

 魔法を使う生物さえ存在する。

 動物モンスターはコミュニケーションが取れないので料理が効かないらしい。

「これが料理人技能の詳細です」



【料理人(コック)】技能

 動物と幻獣と蛮族の魔物知識判定が可能。

 料理判定(目標値はモンスターレベル+9、料理技能レベル+器用さボーナス+2d)が可能。

 相手が幻獣や蛮族なら、料理を与えることで戦闘を回避できる。

 戦闘ではフェンサー技能として使用可能(ただし回避はできない)。



「コック強い」

「初期状態でレベル5のフェンサーになれるのがやばいな。……まあ、回避はできないんだが」

 料理人の本能で、体のどの部位がさばきやすいのかわかるのだろう。

 ただ戦闘に活かせるのは包丁さばきだけで、敵の攻撃を避わすことはできない。

「料理は『メイン食材』『サブ食材』『ダシ・ソース・スープ』で構成されています。モンスターレベルが奇数になるごとに、メイン食材のレベルが1つ上がります」



モンスターレベル1(食材レベル1) → 3(2) → 5(3) → 7(4) → 9(5) → 11(6)


※モンスターレベルが奇数になるごとに、食材レベルが1つ上がる



「サブ食材は何でも構いません。たとえばメインがウルフの肉でも、サブをドラゴンの肉にしても構いません。この場合、『ウルフとドラゴンの合いびき肉』になります。サブ食材のレベルがメイン食材以上なら、メインの食材レベルが1つ上がります」

「メインが1でサブが6でも、メインは1しか上がらないんですか?」

「1しか上がりません。これはダシでも同じです。ダシは特定のモンスターを倒すと手に入ります。代表的なのは鳥系モンスターの鶏ガラ、魚介系モンスターの海鮮スープですね。ポイズントードのアラやスケルトンの骨からもダシは取れますよ?」

「……まずそう」


「ただ1ページTRPGだと、どうしても料理のバリエーションが少なくなってしまいます。モンスターの戦利品には、料理に使えるアイテムがそんなにありませんから」


「A4用紙1枚に書ける食材の数も限りがあるしな」

「はい。というわけで、今回はセッション方式です。倒したモンスターからプレイヤーは好きな素材を入手できます。ただしデータ上はただの肉なので、高値では売れません」

「GMに申告すれば、肉を1つ消費して内臓や卵が手に入るってことですか?」

「そういうことです。手に入れた素材で面白い料理を考えることができたら、GMの判断で食材レベルを1上げます」

「やった!」

「そういえばクリア条件は?」


「樹海の王である『オーガバーサーカー』を倒すか、料理で手なずけてください」


「心臓を捧げよ!」

「オーガバーサーカーは変身能力ないぞ」

 オーガは心臓を食った人間に変身できる蛮族だ。

 ソードワールドには穢れが低く、守りの剣のバリアの中でも活動でき、なおかつ人に変身できるモンスターが何種類かいる。

 PCのレベルによってボスがレッサーオーガ、魔神ダブラブルグ、オーガ、ワーウルフのいずれかだと推測することも可能だ。


「レベル11だから料理判定の目標値20か……。料理技能レベル5で、能力値ボーナスが2、2dの期待値が7だとすると初期状態でも14。レベル5のモンスターの食材レベルが3だから、サブ食材とソースで味付けすれば19。……1足りない」


「50Gと名誉点5で『使いやすい調理道具セット』を買えば調理時の達成値が+1されますよ?」

「それでもギリギリだな」

「……レベル7をメイン食材にしたほうがよさそうね」

 命中を上げる技や魔法はあっても、器用度を上げるものはほとんどない。


 装備品の『巧みの指輪』で能力値ボーナスを+2できるのが救いか。


 ただ指輪は消耗品だ。

 これは魔法のアイテムであり、装備しても能力値が1上がるだけ(能力値が6上がるごとに、能力値ボーナスが+1される)。

 能力値ボーナス+2の魔法効果を得たいのなら、指輪を割らなければならない。

 毎回500Gを払うわけにはいかないので、使うとしたらオーガ戦だろう。


「ちなみに敵へ料理を食べさせる場合は接近しないといけませんから、料理判定をしたら逃げられません」


「ぐ、失敗したらオーガと戦わないといけないのか! 思ってたより厳しいぞ」

「モンスターの肉ってお店で買えないの?」

「一度倒したモンスターなら、お店でも食材を買うことはできます。1HPあたりの値段はモンスターレベル×50G、調理には10HP必要です」

「ん? そういえば生肉と精肉も食材レベルは同じなんですか?」


「精肉するとモンスターレベルが1つ上がります。たとえばモンスターレベルが偶数の肉をベーコンに加工すると、モンスターレベルが奇数になり、食材レベルが1上がります」


「お、じゃあレベル6のモンスターを精肉すれば食材レベルが上がるな」

「当たり前の話ですが、精肉でモンスターレベルが上がるのはお肉だけです」

「魚は?」

「すり身や魚肉ソーセージになるので上がります」

 ようするにダシを取る場合は奇数レベルのモンスターを倒さないといけないということ(ダシは精肉できないのでレベルが上がらない)。

 それとハムや魚肉ソーセージにしてしまうと、調理方法が限定されてしまう。

 創作料理を作る場合は気を付けたほうがいい。

「では1dで戦う種族を決めてください」

「あれ? 蛮族がいる」



○種族の出目


1動物 2動物 3幻獣 4植物 5アンデッド 6蛮族



「マーマンやケンタウロス、リザードマン、アンドロスコーピオンなど、半人半獣のモンスターがいますから。最大HPの4分の1だけ食肉が取れます」

「蛮族料理がないのが惜しいな」

 ラクシア三大料理は『ドワーフ料理』『コボルド料理』『リルドラケン料理』。


 わかりやすくたとえるとドワーフは火力を活かした中華、コボルドは香辛料をたくさん使うフレンチやインド料理(コボルドは最弱種族なのでまともな食材が手に入らず、香辛料でごまかして調理する方法が発達した)、リルドラケンは素材の味を活かす和食のイメージだ。


 蛮族は土葬するとアンデッド化する確率が高いので、人肉食(カニバリズム)の風習がある。

 だが蛮族料理というのは聞いたことがない。

「ん? コボルドは蛮族領でも料理させられてるはずだから、蛮族の死体を料理してる可能性があるな」

「オーガニックなオーガ肉ね!」


 オーガニックはともかく、うまい肉を食うために人族や蛮族を家畜として飼っている可能性すらある。


 狭いオリに閉じ込めて肉を柔らかくしたり(運動できないから筋肉で硬くならない)、フォアグラのごとく肥え太らせたりするわけだ。

 オーガバーサーカーは変身能力がないとはいえ、オーガなので人肉が好みなことは変わらないはず。

 蛮族の肉も喜んで食うだろう。


「蛮族料理がいけるならソードワールド名物『リャナンシーの吊るし切り』もできるな」


「なにそれ」

「リャナンシーは血を吸った相手を操ることができます。魅了を解くにはリャナンシーの血を飲ませないといけません。だいたいリャナンシーシナリオでは軍人や王侯貴族などの要人が操られているので、リャナンシーを倒したら逆さまに吊るして頸動脈を切り、血を皿に溜めるのがセオリーなんですよ?」

「うげ……」

 ただ具体的なリャナンシーの調理方法が思い浮かばないのがネックだ。

 姿形はほぼ人間と同じなので食べられそうな部位がない。

 しかも不死者(ノスフェラトゥ)はアンデッドになる一歩前まで魂を穢れさせて不死になった種族。

 リャナンシーを食べたら高確率で穢れが溜まるだろう。


「人魚伝説はジュゴンをモデルにして生まれたっていう説があるから、マーマンの肉はジュゴンの味がするっていう解釈もできるな」


「え、ジュゴンって食べられるの?」

「美味しいから乱獲されたんですよ?」

 ダイナマイトでジュゴンを気絶させてから、ジュゴンに抱き着いて鼻の穴に栓をして殺すという。

 マーメイドならキスして殺すのもありかもしれない。

 アニメのようなシチュエーションだ。

 ジュゴンは牛肉に似た味で柔らかく、皮までうまいらしい。

 わずかに母乳の匂いがするそうだ。

 こういうところまで人魚っぽい。


「リルドラケン料理はイヌイットが参考になるかもしれん」


「カナダの先住民だっけ?」

「ああ。イヌイットは基本的に生で肉を食うから、生食文化のあるリルドラケン料理とは相性がいいはず」

「それは難しいですね。何でも生で食べるということは、料理をしていないということですから」

「あ」

 ……盲点だった。

 イヌイットは獲物をバラしながら生で食う。


 壊血病予防のためにビタミンCを補給する必要があるからだ(加熱するとビタミンCが壊れてしまうので生肉を食うしかない)。


 味付けもしないで肉も内蔵もそのまま食べる。

 刺身でさえ醤油やワサビがあるのに、塩で味付けすることもないのだ。

 ……たしかにこれは料理ではない。

 例外があるとしたらセイウチの脂肪ぐらいだろう。

 セイウチの脂肪は生臭いものの、甘みがあって生肉と一緒に食べると美味いらしい。

 幻獣は普段から生肉を食っているので、美味い脂肪さえあればそれと一緒に食わせることができそうだ。


「今日はビーフジャーキーだな」


「なんで?」

「イヌイットは食べ方も変わっててな。肉を口でくわえてからナイフで切るんだよ」

「一口サイズに切ってから口に入れるんですね」

「なにそれ、かっこいい!」

 さすがに生肉をくわえるわけにはいかないし、ナイフでも切れる手頃な大きさの加工肉はジャーキーぐらいしかなかった。


「う、ちょっと怖い」


「刃は顔に向けるなよ」

「わかってるわよ」

 顔の目の前でナイフを使うのは怖いものの、一度はやってみたい食べ方だろう。

 いかにも冒険者らしいスタイルである。

 お茶はラプサンスーチョン。

 燻製ならこれしかない。

 スモーキーなジャーキーには、クセの強いラプサンスーチョンがよく合う。

 こうしてジャーキーを口にくわえつつ、


ころころ


「ちっ、植物モンスターか」

「あ、私も植物だわ」

「お肉としては売れませんが、サブ食材にはなります」

「……野菜みたいなもんね」

 イギリス料理のようにグズグズになるまで煮込まないと、かたくて食べられそうもない。

 せいぜいダシを取るぐらいだ。


「面白い料理を考えたら判定がプラスされるっていっても、こういう植物をどう調理すればいいのかわからん」


「お腹の中に詰めればいいんじゃないの?」

「は?」

「肉食動物って草食動物の内臓を食べて、間接的に草を食べてるんでしょ? なら草食モンスターのお腹の中に植物モンスターを入れて、丸焼きにすればいいじゃない」

「なるほど」

「悪くない発想ですね。+1しましょう」

「やった!」

「……普通の発想じゃダメだな」

 面白い料理を創作するには、頭を切り替える必要がある。

 参考になるのは中華だ。


 『四本足で食えないのはイスだけだ』というジョークがあるぐらい、中国人はなんでも食う。


 ソードワールドの世界にも応用が利くだろう。

「『龍虎闘』作れるな」

「なにそれ」

「蛇と猫で作る料理だ」

「うえ……」

「この世界ならドラゴンとタイガーがいるから、文字通りの龍虎闘が作れるぞ」

 猫肉はそのままだとパンチが足りないので、鶏と一緒に煮込むらしい。

 ちなみに猫肉は独特の酸っぱさがあるそうだ。

「クラーケンのイカスミパスタ、ポイズントードの卵とココナッツミルクのスイーツはいけそうだな」


「ジャイアントクラブのカニみそ、カトブレパスの邪眼、ジャック・オー・ランタンのカボチャ、ユニコーンの角、ドラゴンの心臓とかも珍味になりそ」


 モンスターデータが大量に収録されている『バルバロステイルズ』をめくりながら新メニューを考える。

 これだけでも面白い。

 だがそれではゲームが進まないので、適当に切り上げて1dを振る。


ころころ


「ん、動物のレベル3か」

 牛型モンスターのオックスが妥当だが、ブルーキラーも捨てがたい。

 肉食魚なので『魚咬羊』ができる。

 魚咬羊は魚の腹に羊肉を詰めて煮たもの。

 伝説によると、商人が船で川を渡ろうとした際、羊が落ちてしまったらしい。

 その羊の肉を食った魚を煮てみたところ、とてつもなくうまかったという。


 魚と羊で『鮮(新鮮、風味がいい)』という漢字になるだけあって、魚と羊の肉は相性がいい。


 毛をむしって内臓を抜いた羊をブルーキラーの生息している川へ投げ込み、腹いっぱいで動きが鈍ったところを捕獲して煮込めばうまい鍋ができるだろう。

 中国では淡水魚の脳みそや鱗(鱗の周囲に脂肪がある)を食べることもあるので、それを料理しても面白いかもしれない。

 内臓を出さずにそのまま塩漬けにするのもアリだ。

 塩漬けにしても内蔵は腐る。

 すると魚肉もタンパク質が分解され、きつい発酵臭を放つようになるのだ。

 臭いはきついが、クセになる味で慣れたら美味い。

 あくまで慣れたらの話だが。


ころころ


「動物のレベル2ですね」

「……どうすればいいの、これ」

 ハチ、蛇、ムカデ、ヒル、トカゲ、イルカ、カエルとバラエティ豊か。

 料理人でさえ二の足を踏むレベルだ。


「ジャイアントリーチはヒルのモンスターか。それなら牛型モンスターのオックスかナンディンを生け捕りにしてみろ。アマゾンの開拓村ではヒルに牛の血を吸わせてブラッドソーセージ作ってるぞ」


「それならステーキ作ったほうがマシでしょ!」

「幻獣は知性があるんだからステーキぐらい作れるはずだぞ。……均一に火は通せないだろうけどな」

 このブラッドソーセージの調理法なら腸に血を詰める手間もないし、血を限界まで吸ったら重みでヒルは勝手に落ちる。

 合理的だ。

「キラービーは人の血を吸うからハチミツは取れないけど、ハチの子とかサナギって食べれるのよね?」

「虫料理の定番ですね」

「虫といえばアリのジュースっていうのもあるらしいぞ。断末魔のアリはギ酸を大量に放出するから、それを水に溶かして飲むらしい」

「ジャイアントアントのギ酸飲料!?」

「ええと……」


 なぜか先生が頭を抱えているが、それは見なかったことにする。


 1ページTRPGとしてソロプレイするよりも、セッションのほうが面白いシナリオだ。

 どんどん面白い料理が浮かんでくる。

「牛肉ゲット! ただのステーキじゃつまんないからトルネードね」

 トルネードはヒレ肉をベーコンや背脂で巻く料理だ。

 ヒレ肉は最高級の部位ではあるが、脂肪がない。

 それを補うためにベーコンなどで巻いて焼くのだ。


 ただ脂肪がないからこそ、その肉本来の味を堪能できるため一部の食通はいい顔をしない。


 牛型モンスターなら極上のトルネードができるだろう。

 幻獣も脂肪があまりなさそうなのでトルネード向きのような気がする。

 ドラゴン・トルネードは別の意味で凄そうな料理だ。

「あれ? 豚モンスターいないの?」

「いませんね」


「豚小屋が焼けないじゃない」


「焼くな!」

 豚小屋が火事になったのが豚の丸焼きの起源という伝説だ。

 ある日、豚小屋が火事になり豚を助けようとしたらしい。


 しかしすでに丸焼きになっていたので表面はかなり熱く、指を火傷してしまい、反射的に指を冷やそうと口にくわえたそうだ。


 すると口の中に豚の旨味が広がり、豚の丸焼きの美味さに気づいてしまったという。

 やがて豚が食べ頃になるたびに小屋へ火を着け、丸焼きを作るようになったとさ。

 さすがにこれはネタとしてもやりすぎだろう。


「そういえばローストビーフでも同じ話を聞いたことありますね」


「定番のジョークなのかしら」

 ローストビーフでも同じ逸話があるのなら、樹海に火を着けて牛モンスターのローストビーフを作ってもいいかもしれない。

 ……確実に幻獣が怒って襲撃してくるだろうが。

「クロコダイルや恐竜系のモンスターの胃の中に石ありますか?」

「『胃石』ですか? 体の構造は現実の恐竜と変わらないはずなので、あると思います」

「よし!」

 胃石は歯のない動物や、食べ物を噛み潰せない動物の体内にある石や砂だ。


 鋭い牙で『噛みちぎる』ことはできても、口がでかすぎたりすると『何度も噛んですり潰す』ことができないので、胃石をすり合わせて食べ物を細かくすり潰すのである。


 ワニの場合、体が浮かないように(水中でバランスを取るために)石を飲んでいるという説もあるらしい。

「体内の胃石で『ボートク』にしよう」

「冒涜?」

「モンゴルのヤギ料理だ。解体したヤギの皮の中に肉や岩塩、ニンニク、酒、水を詰めて、焼いた石を入れて針金で結ぶ。すると焼いた石で水が沸騰して皮がパンパンに膨らむ」

「破裂しないの?」


「だからオナラさせる」


「オナラ!?」

「7回ぐらい肛門から蒸気を噴出させたら食べごろだ」

「……見てみたいけど自分で食べるんなら見たくない」

「お酒やニンニクを使ってますから、きっといい匂いがしますよ?」

「そういう問題じゃないから!」

 クロコダイルや恐竜系モンスターで、ヤギのように調理できるのか疑問だが。

 体内にあった胃石を利用して調理するのは、いかにも冒険者らしくていい。


 たぶんドラゴンでやったら、オナラをファイアブレスと呼んだりするのだろう。


 幻獣の中には『バルーンシードショット(投擲武器を口から飛ばす練技)』で胃石を飛ばしてくるモンスターもいそうだ。

 ちなみにモンゴル人は動物の解体の仕方も変わっている。

 大地を血で汚すのは縁起が悪いということで、動物をバラバラに解体しても血が地面に流れない。

 動物がうめき声を上げるのも不吉なので、手で口を抑えながら解体する(つまり生きたまま解体している)。

 生食文化のあるリルドラケンなら、モンゴル人のように音もなく、地面に血が流れないように解体しそうだ。

「お、ちゃんとグリズリーの戦利品に熊の手がある」

「手にハチミツがしみ込んでいて美味しいそうですね」

「ハチミツくまさん!」


 クマはハチミツを食べるときに右手しか使わないので、左手にはあまり価値がないらしい。


 あくまで都市伝説である。

 実際にはどちらの手でも味は変わらなかったはずだ。

 なお『満漢全席(満州族と漢民族の料理で満漢全席らしい)』には『熊の手とフナの唇の煮物』というメニューがある。

 他にも『ラクダのコブの煮物』など、ゲテモノ一歩手前の珍味がたくさんあるので非常に参考になるのだが……


ころころ


「アンデッドのレベル3ですね」

「うえ……」

 ……問題はどれだけうまそうな料理を考えても、戦えるモンスターはサイコロ次第だということだ。

「グールは死体だからうじ虫が取れるな」

「……バカじゃないの」

「うじ虫も虫料理の定番なんだぞ。酒に漬けて、ぶよぶよになったうじ虫を肴(さかな)に一杯やると最高らしい」

「ぎゃー!?」

「うじ虫チーズもいいな。……あ、でも死体にたかるのはチーズバエじゃないから、うじ虫チーズは無理か?」

「そもそも死体にたかるうじ虫は衛生的に問題がありますね。悪臭もしますし」

「たしかに。……仕方ない、グールはやめてブラッドリングと戦おう」

「なんで?」


「ブラッドリングはブラッドサッカーの劣等種だから、戦利品で『穢れた灰』が手に入るだろ? アヒルの卵を灰で包んで熟成すれば、アルカリ性に反応してピータンになる」


「吸血鬼の灰でピータン!?」

「ヴァンパイアローズやリリィなら、花の香りが卵に移ってもっとうまくなるぞ」

「そういえば日本では灰をお酒に入れて飲んでいた記録がありますね。灰持酒(あくもちざけ)というそうです」

「へー」

 たぶんこの酒もアルカリ性によって化学反応が起きているのだろう。

 普通の酒にはない味わいがあるはずだ。

「ジャイアントバットやコウモリ化した吸血鬼なら、フンから蚊の目玉が取れるぞ。上質なスープになる」

「蚊の目玉!?」

「蚊はコウモリの好物らしい。まあ、蚊の目玉っていうのも都市伝説で、実際は小エビの目玉なんだが……」

「それでもグロいでしょ!」

 ブラッドリングを軽く一ひねりし、穢れた灰を入手するものの、ラスボスを攻略するには食材レベルが足りない。


ころころ


「動物のレベル6です」

「来た! グリズリーもいいが、ここはアイアンタートルだろ。精肉してモンスターレベルを7にすれば食材レベルが上がる。腹を切って逆さまにすれば、アイアンタートルの甲羅でウミガメのスープの肉だんご鍋だ!」

「甲羅を鍋に使うのがいいですね。+1しましょう」

「よし!」

「でもここからさらに食材レベルを上げなきゃいけないんでしょ? レベルを上げるにはモンスターレベル7以上の敵を倒さないといけないわよ」

「ぐ、2dでモンスターレベルを決めるしかないのか!?」

 1dだとレベル6までの敵としか戦えない。

 2dだとレベル7前後の敵が出やすいといっても、最悪10~12レベルのモンスターが出てくる。


ころころ


「幻獣のレベル9です」

「……カトブレパス、キマイラ、ボーラーか。勝てんな」

 料理判定で敵を追い払っても経験点は入る。

 2dレベルのモンスターなので経験点は倍の2000だが、金も食材も手に入らないのが痛い。

 だが死ぬよりはマシだ。

「さっき捕獲したサンダーバードを使おう。ツバメの巣ならぬサンダーバードの巣だ」

「雷の鳥の巣ですか?」

「そんなのどうやって食べるの?」


「サンダーバードが巣を作ると周りが感電するだろ。間違いなく環境に悪影響だ。巣は絶縁体で作られてる可能性が高い」


「食べられる絶縁体ってなによ」

「デンキウナギは放電すると自分も感電してしまうから、それを防ぐために脂肪を絶縁体にしてるらしい。たぶんサンダーバードの巣は脂肪でできてる」

「あ、なんか美味しそう」

「だろ?」

「ツバメの巣の主成分は唾液ですし、巣を作るのなら自分の脂肪を使う必要はないわけですから、脂肪の巣というのもあり得ない話ではありませんね。ユニークな珍味なので+1しましょう」

「よっしゃ!」

 こうして無事に料理判定に成功し、イヌイットのごとく生肉にサンダーバードの脂肪を重ねて食わせ、カトブレパスを手なずける。

 これで経験点2000ゲット。

 レベルアップだ。

 しかし、


ころころ


「動物のレベル9です」

「お、マウンドヘッジホッグがいるな。ハリネズミは泥で固めて料理すれば、泥と一緒に針が綺麗に抜けるらしいぞ」

「勝てないでしょ」

 ハリネズミではないが、泥で固めて焼く鶏料理は宴会料理として人気だったようだ。

 食べる前にコンコンっと金槌で黄色い泥を割り、中からハスの葉に包まれた鶏が出てくるのが絵になるからだろう。

 なおマウンドヘッジホッグを近接攻撃すると、PCは針が刺さって2d+4の物理ダメージを食らう。

 おまけに針玉転がしという2d×2の範囲攻撃もある。

 しかも3部位のモンスターだ。

 ……どうやっても勝てないので逃げる。


ころころ


「蛮族のレベル10です」

「最終日の朝なのにこれか!」

 逃げるしかない。

 そして無情にもタイムリミット。

 不安を残したまま、オーガバーサーカーと料理判定をすることになった。

「8来い! 8!」


ころころ



「あああ!?」

「オーガバーサーカーが石のテーブルをひっくり返しました。この料理を作ったのは誰だー!?」

「ちょ、ちょっと待ってください。そうだ、食後のデザートを作ろう! ウミガメはゼラチンが豊富だからゼリーも作れるはず!」

「すでに鍋で食材を使っているので、ゼリーは作れません。料理判定の前に宣言するべきでしたね」


「……料理で手なずけたカトブレパスが助けに来てくれたりしませんか?」


「サンダーバードの巣が食べたい」

「ねえよ!」

 カトブレパスへのSOSは失敗し、あえなくオーガバーサーカーと戦闘に突入した。


 レベル11の化物に勝てるはずもなく、PCが食後のデザートとして美味しくいただかれることになったとさ。

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