シャークスレイヤー

「都市が半魚人に占領されてしまいました。何とかして取り戻したいのです」


「どんな都市?」

「人族と蛮族が共存する理想都市です」

「へえ」

 ラミアやリザードマン、ライカンスロープ、コボルドなど、比較的魂の穢れの少ない蛮族と平和的に暮らしていたらしい。

 公式でもレンドリフト帝国という国があるが、あちらは実力主義だ。

 力(知力含む)こそ正義であり、蛮族も人族も関係ない。

「毎日プラカードを掲げてお祭り騒ぎをしている、とてもいい都市ですよ?」

「プラカード?」


「蛮族(バルバロス)にも人権を! と皆さんとても熱心で」


「……うわ、面倒くさいやつだ」

「ラミアやワーウルフは人間に変身できますが、蛮族(バルバロス)の文化保護活動のためラミアは下半身を蛇に、人狼(ワーウルフ)は獣化した状態で生活しています。あるがままの姿で自然と調和する、なんと美しいことでしょう!」

「見世物じゃない」

「衣食住は保障されてますし、血も吸えますよ?」

「くれいじー」

 絶滅危惧種の動物みたいな扱いだ。


「でもサハギンやギルマンには話が通じないみたいで……。悲しいことです」


「……まあ、人族の都市なら救わないわけにもいかんな。一応、共存はできてるみたいだし」

「マップをぷりーず」

「どうぞ」

 都市の地図を受け取る。

「なんか真ん中に行くほど建物が密集してない?」


「守りの剣の効果範囲の問題ですね。守備範囲内は家が密集しており、外は普通の住宅地です」


「あー、ギリギリまでバリアの中に詰め込んでるのね」

「スシ詰め!」

 魂の穢れている存在は、守りの剣の結界に侵入すると行動不能になる。

 できるだけ多くの市民を守るために、利便性を捨てて結界の中に押し込んだ結果、住宅が密集することになったらしい。

「守りの剣があるのに、なんで占領されたんだ?」


「剣のかけらを補給しているところを狙われてしまいました」


「守りの剣は破壊されたの?」

「いえ、持ち出すことには成功したのですが……。かけらがないので作動させることはできません」

 守りの剣は定期的に剣のかけらを補給しなければならない。

 ただ補給中は結界が消えてしまうので、都市は無防備になってしまう。

 そこを狙ったのだろう。


 魂の穢れている存在は、文字通り皮膚感覚で守りの剣が作動しているかどうかわかる。


 結界内に入れば頭痛がし、出ればなくなるからだ。

 都市を隅々まで歩き、どこからどこまでが守りの剣の守備範囲なのか調べるのは、都市攻略における蛮族のセオリーである。

 頭痛がなくなったらかけらを補給している最中だとわかるのだから、これほど信用のできるセンサーはない。

「最弱種族のコボルドはともかく、ラミアやワーウルフ、リザードマンは戦力になるな」

「でも数が足りません。明らかな戦力不足です」

「ピースは分けてもらえないのデスか?」


「どこの都市も気軽には分けてくれません。守りの剣を渡せば難民を受け入れようという都市もありますが、ラミアやワーウルフといった蛮族(バルバロス)は受け入れてもらえませんし」


「蛮族と共存していくには元の都市を取り戻すしかない、と」

「はい」

「このまま蛮族を野放しにしたらどうなるかわからないしね」

 PCが協力しても、戦力差はいかんともしがたい。

 少人数で大軍を倒すには工夫が必要だ。

「チノ=リをいかしまショー」

「地の利?」


「オペレーション・ダックスフント!」


 不安はあったが、他に妙案が思い浮かばなかったのでアリスの作戦に乗るしかない。

 この都市は建物が密集しており、壁と壁の隙間が多い。

 通気口や、魔動機へマナを供給するための装置も都市全体に張り巡らされている。

 まるでアリの巣だ。

「ラミアは下半身が蛇だから、こういう隙間を縫うのは得意なのよね」

「ワーウルフとリザードマンも四足歩行で動けるはずだから、狭い場所でも戦えるな」

 狭くて天井が低くて入り組んだ場所に逃げ込んだり、敵を誘い込めばなんとかなるはず。

 隠密判定で隠れやすく、奇襲もしやすい。


「狭い場所だと武器を振り回せないので命中がマイナス修正、四足歩行系の爪や牙で攻撃できるキャラはプラスでしょうか」


「やった!」

 敵側のギルマンやサハギンは半魚人。

 ベースになっている魚はサメらしく、通常の半魚人よりレベルが高い。

 それでも陸上生活に適してない蛮族だ。

 土地勘もない。

 こちらの独壇場である。


 これぞダックスフント作戦。


 細長い体や四足歩行を活かして獲物を狩る、狩猟犬のような戦術だ。

 数では負けているものの、重要なのは相手をかく乱すること。

 俺たちは相手が混乱している隙に都市の中央へ突っ込み、ボスの首を取る。


「ボスはシャーク・ギルマンロード、レベル12です。ギョギョギョ!」


「……ギルマン語はわからん」

「ギョー!」

 サメなので噛みつき攻撃はシャレにならないが、基本的に物理攻撃中心。

 正面からの殴り合いなら負ける要素がない。

「シャーク・サハギンロードが現れました」

 2ラウンドごとに援軍のサハギンが現れるものの、それもなしのつぶて。

「ブリザード!」

「ギョー!?」

 サメ人間は冷凍保存され、都市は無事に解放された。


「シナリオの前半パートは終わったので、キャラの成長をしつつ、おやつにしましょう」


「はーい」

 作るのは面倒なので、その辺にあるものを適当にみつくろう。

「ポテトチップスぐらいしかないな。……というか、なんだこれ。ショートケーキ味とか冷やし中華味とか、こんなの買った覚えないぞ」

「あ、それ私。新商品安売りしてるから、つい買っちゃうのよね」


「……新商品だから安売りしてるんじゃなくて、売れないから安売りしてるんですよ?」


「安く買えるんだからいいじゃない」

「リーズナブル!」

 ショートケーキや冷やし中華はあれそうなので、無難に東南アジアシリーズなるものをあさる。

 タイやインドネシア、マレーシアなど、国ごとに一種類ずつ発売されているらしい。

 どれもスパイシーな味付けだ。

「ジャスミンティーをぷりーず」

「あいよ」

 こういうエスニックなものや、辛いポテトチップスにはジャスミンティーが合う。

 刺激的なエスニックを、ジャスミンの花の香りが包み込む感じだ。

 キャラクターシートが汚れないようにハシでポテトチップスをつまみつつ、キャラを成長させること30分ばかし。


「都市を奪還してから数日後。剣のかけらの調達にも成功し、守りの剣の発動が間近に迫る夕暮れ。都市は濁流とサメに飲み込まれました」


「は?」

「サメです」

「シャーク?」

「サメです」

「……ちょっと待って、意味が分からないんだけど」

「どうやら海の水が逆流して川をさかのぼる、いわゆる『ポロロッカ』現象が発生したようです。氾濫(はんらん)した濁流を泳いで、サメが都市に流れ込んできました」

 それでも意味が分からない。

「……なんですか、このシナリオ?」

「至極まっとうなサメシナリオですよ?」

「どこがまともなのよ!」


「砂浜を泳いだり、雪原を泳いだり、竜巻に巻き上げられたサメが空を飛んで人間を襲う。それがサメ映画です!」


「いや、そんな映画あるわけ……」

 念のために探してみる。

「あった!?」

「ええ!?」

「くれいじー!」


「ちなみに主なサメは頭が2つあるダブルヘッド、頭が3つあるトリプルヘッド、体の大きなメガシャーク、下半身がタコになっているシャーク・オクトパスです」


「……やばいな、このシナリオ」

 ダブルヘッドもトリプルヘッドもメガシャークもシャーク・オクトパスも映画に出てくるのがさらにやばい。

 水のある場所ならどこにでも現れる『サメ幽霊』はいないものの、濁流に乗って陸上を泳ぐだけでもうカオス。

 やはり意味が分からない。

「ぐっ、サメに惑わされるな! ポイントは濁流だ。ポロロッカはありうるとしても、そこからがおかしい。どう考えても自然の水の流れじゃない」


「おそらく妖精魔法(フェアリーマジック)デス」


「半魚人の逆襲ね」

「ああ。たぶんレベル12の水の妖精魔法カレントだな」

 川や湖、海などの連続する水の流れを操ることができる。

 しかも恐ろしいことに、


「メガシャークが時速50キロで突っ込んできました」


「ぎゃー!?」

 カレントは水の流れを最大時速50キロまで加速できる。

 ただ射程は30mだ。

 戦闘技能で魔法距離を拡大しても60mから90mのはず。

 サメは妖精魔法を使えない。

 この近くにフェアリーテイマーがいる。

 水の量からして1人ではないだろう。

 だがなかなか見つからない。

 サメの泳ぎ回る時速50キロの濁流からフェアリーテイマーを見つけるのは至難の業だ。

 こうしてボスを見つけられないままに、


「背後にシャーク・マーマンジェネラルが現れました」


「奇襲!?」

 唐突に出現したマーマンに襲われて噛まれた。

 一匹だけなら特に問題はないものの、

「背後にシャーク・マーマンジェネラルが現れました」

「また!?」

「ちっ、『バブルフォーム』だ!」

 マーマンの種族特性バブルフォームで泡になられると、接近されても気づけない。

 おそらくカレントを唱えているのはこいつらだろう。

「トルネードを使います」

「ん、効果範囲内にシャークもいますよ?」


「巻き込み覚悟です。シャークもダメージを負いますが、シャークはトルネードで空を飛んで突撃!」


「シャーク・トルネード!?」

 とうとう伝説の空飛ぶサメまで出てきた。

 やってることはただのチャージ(移動距離5mごとに追加ダメージ+1)なので大したことはないものの、これ以上サメに好き勝手に暴れられるとやばい。

「そういえば守りの剣の発動はどうなったの?」

「サメパニックで中断してます」


「儀式を優先させよう。闇雲にマーマンを探すより剣を発動させたほうが確実だ。高レベルのマーマンなら穢れも4点あるはず」


「ハードロック!」

 守りの剣のある部屋に魔法で鍵をかけ、なんとか結界を発動させようとするものの、

「その扉は完全に密閉されているわけではありません」

「え」

「経年劣化もあって、どうしても隙間ができます。水が扉の隙間から室内へ流れ込みました」

「げ、またバブルフォーム!?」

「無数のマーマンがバブルフォームを解いて元の姿に戻ります」

「くそ!」

 バブルフォームは水の流れる小さな穴さえあれば、どんな場所でも通り抜けられる。

 神出鬼没だ。


「ゴーストシャーク!」


「あ、これマーマンでサメ幽霊やってるのか!?」

「あはは!」

 サメ幽霊をサメマーマンで再現するネタの凝りよう。

 サメシナリオ恐るべし。

 『水のある場所ならどこにでも現れる』という設定だけならジャパニーズホラーを髣髴とさせる怖さがあるのに、現れるのはサメなので笑うしかない。


ころころ


「メガ・トリプルヘッド・シャーク・オクトパス・マーマンロードです」


「……なんですか、そのサメ映画欲張りセット」

「ちなみに弱点は魔動ノコギリです」

「チェーンソーなんて持ってないわよ!」

 突っ込みが追い付かない。


 たぶんチェーンソーでサメをぶった切るのがお約束なのだろう。


 トリプルヘッドなので頭部だけで3部位ある。

 さすがに足は8本でまとめて1部位だが。

 ……もはやマーマンの要素が残っていない気がするものの、指摘する気にもなれない。

 さいわい猛威を振るってきたサメ映画ネタもこれで打ち止め。

 予測不能な攻撃もなくなり、あとは正面から迎え撃つだけだ。

 名前のインパクトはあるものの、しょせんはネタボス。

 オクトパスとダブルヘッドを落としてしまえば、あとはメガシャークマーマンロードだけ。


「ぐ、これで勝ったと思うなよ! マーマンロードは泡になって逃げていきました」


「バブルフォームは3ラウンドかかるのデハ?」

「レベル11以上になると1ラウンドで発動できます」

「ちっ、逃がすか!」

「ロードはカレントで移動しているので追うのは難しいですよ?」


「でも水の流れは今までと逆ですよね? 今までは水ごとサメが襲いかかってきた、だが今度はこっちが襲う側だ! 逃げる方向と追う方向が同じなら水の中を泳いで戦える。リザードマンは全員、濁流へ突っ込め!」


「リザードマンは水中でも問題なく活動できるので、追いかけることはできます。ただしロードは泡になってるので目では見えません」

「狙うのはロードじゃなくてカレントを使ってるマーマンよ!」

「デスロール!」

「……リザードマンの群れがマーマンに襲い掛かりました。レベル差はありますが、数が多いので対処は不可能。カレントを使っているフェアリーテイマーをやられたら、もう逃げられませんね」

「よし!」

 水の流れが止まり、陸(おか)の上には無数のサメが打ち上げられた。

 ジ・エンド。


「たとえ我らが倒れても、第2第3のサメが現れる!」


「サメはもういいから!」

「マーマンロードはリザードマンのエサになりました。ちなみにサメは死んだ瞬間から、急速にアンモニア臭くなるそうです」

 ……死んだ後まで迷惑な生き物だ。

 このアンモニア臭のせいで、サメは食用に向かないらしい。

 食べるのなら新鮮なものだろう。


「こうして未曾有のサメパニックも幕を閉じ、都市には平和が訪れたのです」


 めでたしめでたし。

 ……なんてことになるわけもなく、


「サメ人間にも人権を!」


「誰かチェーンソー持ってきて」

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