ゴッドスレイヤー
「今回のサンプルキャラはレベル15です」
「15(フィフティーン)!?」
「……とうとうカンストしたわね」
「絶対やばいシナリオだな」
基本ルールブックにおけるPCのレベル上限は15だ。
神に片足を突っ込んでいるレベルである。
レベル10も15も大して違いがないように思うかもしれない。
だがソードワールドの冒険者レベルとは『習得している技能レベルで一番高いもの』。
1つの技能だけを集中的に育てるプレイヤーはいない。
マギテックならシューターも上げるし、ソーサラーとセージで『ソーセージ』の組み合わせも定番だ。
戦士系技能はMPを使う機会が少ないので、補助動作で能力値上昇(バフ)・能力値下降(デバフ)ができるエンハンサー技能やアルケミスト技能は欠かせない。
先手が圧倒的に有利なゲームなのでスカウト技能も必須だし、ポーション類の回復効果が高くなるレンジャー技能もあったほうがいい。
そもそもレベルが上がるほどたくさんの経験点が必要になるので、一点集中型だと途中で経験点が足りなくなってしまう。
シナリオをクリアしてもまったくレベルを上げられないのでは意味がない。
技能レベルは平均的に上げていくのが無難だ。
「このレベルになるとキャラを1人作るのに数時間かかるので『フォルトナコード』のサンプルキャラです」
拡張版(サプリメント)の中からPCを選ぶ。
「じゃあ俺は無難に人間の戦士で」
ファイター15、レンジャー13、エンハンサー12、アルケミスト6。
戦闘特技や練技の欄がすごいことになっている。
エンハンサーとアルケミストは1レベル上げるごとに1つ技を覚えられるので、能力を把握するだけで大変だ。
「ん、スカウトがない。このレベルで敵に先制取られるのはやばいな」
「なら私がルーンフォークでスカウト取る。経験点調節してマギテック15、シューター13ね」
「ではアリスがハイマンのプリーストでセージを取りまショー」
「信仰する神さまは?」
「キル・ヒアー!」
「……やっぱりキルヒアですか」
「レベル13の『コンプレーション』がやばいな。1ラウンドの間10レベルまでの真語、操霊、妖精魔法を使える」
「え、使える魔法が30個増えるってこと?」
「いや、1レベルでだいたい3個か4個の魔法を覚えられるから、100個ぐらい増えるぞ」
「100!?」
「その代りコンプレーションは消費MPが10で効果も1ラウンドで切れますから、消費MP5のエネルギーボルトも15になります」
「燃費わるっ」
「ハイマンとポーションマスターがあるのでノープロブレム」
経験点を調節してレンジャー技能レベルを上げたらしい。
ハイマンは種族特徴により魔法行使判定で6ゾロを出せばMPの消費が0になるし、ポーションマスターは補助動作でポーション類を飲めるのでMPを回復しやすい。
「冒険者の宿には高レベル帯の依頼が2つ。1つは海岸防備。最近、海の向こうの大陸から蛮族が攻めてきているそうです。もう1つは山。街の人をさらって怪しげな儀式をしている邪教徒がいるようです」
「海と山、正反対の方向だな」
「マギテック15にしたから、マギスフィア大が5個あれば飛行船(スカイシップ)作れるわよ」
「神殿(テンプル)があれば『エスケープ』でショートカットもできマス」
「……高レベル帯やばいな」
神聖魔法レベル12のエスケープは、最寄りの神殿(ただし術者の信仰している神に限る)へワープできる魔法だ。
キルヒアは古代神なのでどこの都市にも神殿がある。
海へ行こうと山へ行こうと、すぐに都市へ戻ってこれるだろう。
スカイシップで空を飛んで現場へ向かい、エスケープで都市に戻り、そしてまたマギスフィアをスカイシップに変化させて次の現場へ急行。
やろうと思えば1日で海と山を制覇できる。
……なにか違うゲームをプレイしているような感じだ。
「よし、依頼は両方とも受けよう。生贄で邪神を召還しようとしてるっぽいからまずは山だ」
「……でもスカイシップって消費MP40なのよね。MPもったいない」
「キルヒアの神殿(テンプル)にレベルファイブのプリーストはいマスか?」
「いますよ?」
「ではトランスファーしまショー」
「……さすがにコールゴッドが使える大神官(ハイプリースト)の頼みは断れませんね。どうぞ、マナを補給していってください」
「くるしゅうない」
神聖魔法レベル5のトランスファー・マナポイントはMPを対象に与える魔法だ。
スカイシップを作ってから神官にMPをもらい、探索開始。
「テレスコープで望遠鏡を作って山を捜索」
「何のヒントもないとさすがに見つかりませんね」
「エクスプローラーエイドとマナサーチとライフセンサー」
「インスピレーション!」
「……山の中腹に祭壇が築かれ、なにやら怪しい儀式が行われています」
「蛮族ですか?」
「判定を」
ころころ
「儀式の中心にいるのはレベル15の『邪教の大神官』です」
「……大神官の護衛もうざいわね。これもレベル高くて数が多い」
「ブレス2、フィールドプロテクション2、ホーリーブレッシングをかけマス」
「そうだな。どれも効果時間18ラウンドあるから、限界までスカイシップ内で強化しとこう」
「あとはグライダーマントとフライトで空飛んで奇襲ね」
これだけ準備しておけば勝てるだろう。
スカイシップから飛び降り、祭壇に着地する。
「念のためにイニシアティブブーストのSカードだ。これで先制判定+4、先制は絶対取る」
ころころ
「先制ゲッツ!」
「よし。まずは補助動作でデクスタリティポーション飲んで、キャッツアイ、デーモンフィンガー、マッスルベアー、ジャイアントアーム、アンチボディ、ガゼルフット、ストロングブラッド(中略)で全力攻撃3からの薙ぎ払い2、そしてフェンリルバイト!」
「……なに言ってるのか分かんない」
「安心しろ、俺もわからん」
エンハンサーをほぼ全部使って自己強化し、全力攻撃3で追加ダメージを+20してから薙ぎ払いで範囲攻撃(ただし全力攻撃の+20が乗るのは任意の1体だけ)。
フェンリルバイトは補助動作で敵に噛みつける技だ。
「えーと、私もターゲットサイト、キャッツアイ、デーモンフィンガー(中略)、ジェノサイドバレットで範囲攻撃、ファストアクションでさらにもう1発、リピートアクションでさらにもう1発!」
半径20メートル以内の範囲攻撃ジェノサイドバレットを、先制判定に成功すると最初の1ラウンドだけ主動作を2回できるファストアクション(スカウト技能レベル7で自動習得できる戦闘技能)で連発、さらにリピートアクションでジェノサイドバレットをリピートして3連発。
「一発あたり40ぐらいの魔法ダメージだから全部で120? 私つえー!」
俺の薙ぎ払いでだいぶ削ったので、これでかなり倒せるだろう。
ころころ
「まず一人死にましたね。では『邪神の復讐契約』が発動します」
「なにそれ」
「邪教の信者たちは邪神と契約を結んでおり、殺したら復讐されます。というわけで『ゴッドブロー』!」
「ぎゃー!?」
ジェノサイドバレット→ゴッドブロー→ジェノサイドバレット→ゴッドブロー→ジェノサイドバレット→ゴッドブローの悪夢のループ。
生死判定には成功したものの、いきなり一人気絶させられた。
アリスが回復に専念し、敵のラウンドへ。
「レストレーションでHPを回復、パーフェクトキャンセレーションでPCのすべての補助効果魔法を打消し、クイックリザレクションで死んだ護衛を生き返らせ、あいさつ代わりのメテオストライク!」
「全然あいさつじゃねえ!?」
「ついでにコールゴッド!」
「のー!?」
最強の範囲攻撃魔法メテオストライクをかましてきたかと思えば、範囲内にいる『レベル15以下のキャラは抵抗の余地なく死ぬ』コールゴッドまで使ってきた。
「でもコールゴッドって準備に6ラウンド、行使に1ラウンドかかる魔法でしょ。さすがに発動させないわよ」
「なので『イモータル』を使います」
「いもーたる?」
「2.5のルールブックから削除されたレベル15の操霊魔法です。6ラウンドの間、HPが0になっても死にません」
「はあ!?」
「まあ、呪い属性なのでリムーブカースで解除されてしまうんですが」
「……一応対処法はあるのか」
「ただしリムーブカースは対象に接触しないと発動できません」
「しっと!」
回避0で防護点もHPも低いアリスが前線に出ると殴り殺される。
仕方ないのでコールゴッド発動までに周りの敵を始末していく。
「薙ぎ払い2!」
「ゴッドブロー!」
「クイックリザレクションうぜえ!」
クイックリザレクションはHP1でキャラを生き返らせる呪文。
ワンパンで殺せるものの、もう一度殺してもゴッドブローが来る。
人間爆弾だ。
「クイックリザレクション!」
「あれ? 生き返るたびに穢れ+1以上だから、もう穢れ5点になってない?」
「はい。穢れ表で穢れが+2になってしまったので、護衛はレブナント化してHPが全回復します」
「ええ!?」
「しっと!」
「ただアンデッド化させられた恨みで、レブナントは最初に術者へ襲い掛かりますし、術者を殺したら無差別に暴れまわります。あ、神官が死にましたね。レブナントにゴッドブロー。死んだ神官をクイックリザレクション」
「……もう意味が分からん」
軽い頭痛を覚えながら敵を潰していく。
6ラウンドも猶予があれば、敵を一掃するには充分。
「リカバリィとヒールスプレーSとポーションでHPを回復しつつ、キャッツアイ、デーモンフィンガー、マッスルベアー、ジャイアントアーム、全力攻撃3からの薙ぎ払い2とフェンリルバイトでイモータル以外全員死ね!」
「ゴッドブロー! ゴッドブロー! ゴッドブロー!」
「うおお!?」
驚異のゴッドブローラッシュ。
だが俺のHPは128。
仮にHPが0になっても、生死判定に成功すればレンジャー技能の『不屈』で気絶しない。
「補助動作(マイナーアクション)で魔香水(マナポーション)をぐびぐび」
「……魔香水は振りかけるものです」
「もーまんたい。MPを回復してリムーブカース、ダブルキャスト、リムーブカース!」
ころころ
「イモータルが解除され、すでにHPが-100を超えている大神官は即死しました」
「びくとりー!」
「ゴッドブロー!」
「がっでむ!?」
最後まで気の抜けない敵だった。
「信者の死と復讐契約を媒介に、一時的に邪神のゴッドブローが地上に具現化しているわけですが……。ゴッドブローの飛び出している次元の狭間から、この世のものとは思えないほど禍々しい目がこちらを覗いています。……その姿、覚えたぞ」
「ペネトレイトで魔物知識判定(マモチキ)!」
「ここで判定ですか? ……一応振ってみてください」
ころころ
「それでは弱点はおろか正体さえわかりませんね」
「ふぁっ!?」
「……こいつ、レベル25超えてるんじゃないか?」
「ぎゃー!?」
15レベルの冒険者ともなると、数を用意して復讐契約のような範囲攻撃対策をするか、とてつもなく高レベルの敵を出すしかない。
それこそマイナーゴッドレベルでなければ戦いにもならないだろう。
恐ろしい化物に目をつけられてしまった。
「……皆殺しにしたから邪神の情報は得られそうにないな」
「ポゼッション!」
コンプレーション経由で死者の霊を呼ぶ。
「エルファリアに栄光あれ! それ以上の情報は得られません」
「えるふぁりあ?」
「この地方の国教ですね。ちなみに小神(マイナーゴッド)です」
「? この国の神さまを呼ぶのに、なんで隠れて生贄集めてるの? コールゴッド使えるんだから素直に呼べばいいじゃない」
「いや、さっきの見ただろ。こいつら邪神呼ぼうとしてたぞ」
「でもこの国で信仰されてるエルファリアは邪神じゃないんでしょ?」
「邪神ではありませんね。エルファリアは蛮族から国を救った英雄です。ところが王である兄と対立し、反逆者として追われました。エルファリアの神話は2種類あります。1つはエルファリアが裏切り者として死んだことに心を痛めた古代神が、彼女の魂を魔剣へ導いて神になったという説。神殿ではこの説ですね。そして民間に伝わる伝説では、反逆者として追われたエルファリアが海を渡って、蛮族を平定して王になり、自力で神になったとされています」
「ヨシツネ!」
「……まんま義経=チンギス・ハーン説だな」
源義経が大陸に渡ってチンギス・ハーンになったというトンデモ説だ。
信ぴょう性はないものの、ネタとしては面白い。
「邪神になる要素はあるのね」
ソードワールドの神の力は信者の数に比例する。
推定レベル25だとすると『邪神エルファリア』を崇拝しているのは一人や二人ではない。
数万人規模だ。
伝説を信じるのなら、海を渡って蛮族を平定したエルファリアが、蛮族たちに神として崇められているのかもしれない。
「……とりあえず生贄にされてた一般人担いで街に戻るか」
「えすけーぷ!」
どうせならこのシナリオからもエスケープしたいものの、まだ海岸のクエストが残っているのでそうもいかない。
HPとMPを回復し、消耗品を買い揃え、再びスカイシップを作って海辺へ飛ぶ。
忙しい。
ころころ
「船に乗って海岸へ押し寄せているのはケンタウロスロードの集団ですね。指揮官らしきヴァンパイアローズはドラゴンゾンビに守られています」
「レベル18、19、20!?」
殺意しかない。
「……ヴァンパイアローズがやばいな。毎ラウンドの最初に『バラの芳香』を使ってくるから、精神抵抗に失敗すると同士討ちさせられる」
「ブレイブハートでシャットアウトできマス」
「お、精神効果属性を無効化できるのか。バラの芳香と復讐契約さえなければ怖くない。ブレイブハートをかけてから敵の船に乗り込みます」
「八艘(ハッソー)ビート!」
「生命抵抗力判定をお願いします」
「生命抵抗力判定?」
「判定に失敗すると船酔いになります」
「ええ!?」
ころころ
無事に成功。
というか、このレベルで船酔いになるほうが難しい。
「イニシアティブブーストSで先手を取って、キャッツアイ(中略)で、全力攻撃3からの薙ぎ払い2とフェンリルバイト!」
「ブリザード、ダブルキャスト、ゴッドフィスト!」
「ファストアクション、リピートアクションでジェノサイドバレット3連発!」
ころころ
「……全員ミンチになりました」
「いえー!」
復讐契約のような範囲攻撃対策がなければレベル20でさえ瞬殺。
15レベルの冒険者おそるべし。
「ゴッドブロー!」
「はあ!?」
「ヴァンパイアローズは神聖魔法を使えるので聖印を持ってます。それがエルファリアの聖印でした」
「……エルファリアは海を渡ってた説が有力だな」
するとケンタウロスのモデルはモンゴルだろう。
義経(チンギス・ハーン)の子孫フビライが、復讐のために元寇を起こしたようなシチュエーションだ。
マニアックすぎる。
「2つのクエストをクリアしたので報酬は2件分。さらにエルファリア神殿からの口止め料も含まれています。邪教徒と蛮族がエルファリアの聖印を持っていたことは黙っていてほしい」
「……神殿を調査しよう。裏でなんかやばい事件が進んでる」
「その前に買い物と成長をしてください。今回の経験点で『超越者』になれます」
「ちょうえつしゃ?」
「レベル16以上になった冒険者のことです。どんな種族でも超越者になると『剣の託宣/運命凌駕』の種族特徴を獲得し、1回だけなら死んでも自動的に生き返ります」
「……ちょっと何いってるのかわからないんだけど」
「ゲーム内時間で一日に一回までなら死んでも自動的に生き返ります」
「不死身(いもーたる)!」
「……俺とアリスは不屈があるから、HPが0になっても生死判定に成功すれば気絶しない上に、死んでも自動的に生き返る。頭のおかしい能力だな」
「さらに『超越判定』が可能になります。行為判定時に2dで10以上を出すと、2dを振り足すことができます」
「ようするに行為判定のクリティカル?」
「はい。10以上が出続ければ達成値は無限に伸びていきます。達成値が41を超えると『超成功』で、判定に必要な時間が短縮されます」
「1時間かかる調べ物も、超成功すれば10秒でできるってことですか?」
「そういうことです」
あらゆる意味で規格外だ。
さすが超越者。
レベル16以上専用の戦闘特技などもあるし、残りの経験点で何を成長させるかで悩むことになりそうだ。
一服しながら成長させることにする。
「そういえばMP回復する魔香水ってなんなの? みんな飲んでるけど」
「……飲み物ではありません。リプレイでもよく飲まれてますが」
「香水にも飲み物にもなるソードワールドっぽいハーブならセージじゃないか?」
「スキルのセージもハーブのセージも同じSageデスね」
「じゃあソーセージとセージのハーブティーね」
「あいよ」
ソーセージの語源は牝豚とセージという説もあるので、セージとの相性は抜群。
焼いて皮をパリッとさせるのもよし、ボイルしてプリッとさせるのもよし。
個人的には焼いて脂でテカテカさせたい。
フライパンでボイルするという調理法もある。
炭火焼や燻製でもいい。
塩コショウ、ケチャップ、マスタード、焼き肉のタレ……。
そのまま食っても、パンに挟んでも、おかずにしてもうまい。
まさに賢者(セージ)の食い物だ。
「じゃあ超越者パワーでエルファリアについて調べてみましょ」
「セージロール!」
ソーセージをつまみながらサイコロを振る。
ころころ
……さすがに都合よく超越はしなかった。
「エルファリアの神官が大慌てて駆けつけてきました。……国家レベルで有名な冒険者に調査されると、あらぬ噂が広まってしまいます。どうぞ神殿へお越しください」
「……そうか。口外しなくても、俺たちレベルの有名人が調査をすれば、神殿は裏で何かしてるのかもって噂が広まってしまうんだな」
「はい。あんまり派手に調査をされると口止め料を没収されます」
もっと慎重に動くべきだったようだ。
「じゃあ話を聞きに行きましょ」
「テンプルへGO!」
「すると地下へ案内されますね。そこには護衛らしき高位の神官と、エルファリア神像にそっくりな女性がいました。神官が聖印を掲げてPCを一喝します。頭が高い、こちらにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くも軍神(ゴッド・オブ・ウォー)エルファリアさまに有らせられるぞ!」
「え、神さま本人!?」
「おーまいごっど!」
「お前キルヒア信者だろ」
まるで水戸黄門のような登場の仕方だ。
ネタが細かい。
「……たぶん本物だと思うが、一応知識判定しとくか?」
「チキチキ!」
ころころ
「エルファリアの分体『エル』です」
「ぶんたい?」
「神さまの一部です。ソードワールドの世界ではわりと神さまが歩いたりしてるんですよ? 有名なのはルーフェリア、ユリスカロア、ウィスタリアなどですね」
「へー」
「あくまで化身の1つなので戦闘力はそれほど高くありません。まあ、MPはほぼ無限なんですけど」
「無限(いんふぃにてぃ)!?」
トランスファー・マナポイントだと一度にMP20までしか補給できないが、それでも毎ラウンドMPを20回復できるのは大きい。
便利なMP補給機だ。
「どうやら海の向こうで、もう一人の分体が暴れておるらしい。お主らにそれを退治してほしいのじゃ」
「同じ神さまの化身なら自分でどうにかできるんじゃないの?」
「できぬから頼んでおる。われらの力は信者の数に左右されるでの。こればかりはどうにもならんのじゃ」
神には神の事情があるらしい。
そもそもソードワールドの設定では神が人間を作ったのではなく、人間が神になる世界なので、神さまとて万能ではないのだ。
「エルファリアはどーやって神(ゴッド)になったのデスか?」
「神殿に伝わる話がすべてじゃ」
「じゃあ海を渡ってないの?」
「渡っておらぬ。おそらく同時期に人族の英雄が海を渡って蛮族を平定し、王になったのじゃろう。じゃがそれ以上の情報が伝わってないことを考えると、その王国は短命に終わったと見える。だからこそ、わらわと結び付けられたのじゃ」
「国を追われて消息不明になったエルファリアと、名前もわからない謎の人族の王の伝説が結び付けられて、エルファリアの英雄伝説が生まれたってことか」
「そういうことじゃ。そしてその民間伝承(フォークロア)のわらわに信仰が集まり、もう一人の分体が産まれ、蛮族の王になったのじゃろう」
ほぼ義経=チンギス・ハーン説と同じである。
国を追われた源義経という英雄がいて、同時期に出自がよくわからないチンギス・ハーンという英雄がさっそうと現れたので、もしかして義経は海を渡ったのではないかと考えられるようになったのだ。
源為朝(みなもとのためとも)が琉球王朝の始祖になったという説もあるし、この手の英雄生存説は洋の東西を問わずに存在する。
異世界転生並みの大人気ジャンルだ。
「それと距離の問題もあります。キリスト教が日本でキリシタンになったように、エルファリアから離れるほど教義はねじ曲がっていきます」
「『新米女神の勇者たち』に似たパターンだな」
全11巻(+外伝4巻)の大作リプレイ新米女神シリーズでも、ルーフェリア信仰の中心地から遠く離れた年輪国家アイヤールでルーフェリアの教義が曲解されていた。
エルファリア信仰も、神殿に伝わる神話より民間に伝わる『エルファリア英雄伝説』のほうが劇的で面白いため、外国ではエルファリアが蛮族の神だと思われているのだろう。
「守護神として崇められるエルファリアと、邪神として崇められるエルファリアの力は現在拮抗しています。邪神の信者が増加してパワーバランスが崩れた場合、エルは蛮族の王になった分体に飲み込まれ、エルファリアは邪神化します」
「堕落(ふぉーりんだうん)!」
これも新米女神シリーズと同じだ。
水の女神ルーフェリアにもルーとリアという2人の分体がおり、人々の信仰によってルーフェリアという神の天秤が傾いてしまう。
存在が不安定なマイナーゴッドを奉じる国では共通の悩みなのだろう。
「元寇と同じパターンだとまたケンタウロスを中心にした蛮族が攻めてくるな」
「カミカゼの出番デスね」
「……個人が天候を操作できる世界なので、一瞬で船団を吹き飛ばさない限り台風を起こしても消されます」
「分体はこっちに攻めてこないの?」
「神の力を借りて発動する神聖魔法は土地によって消費MPが変わります。メジャーな神ならどの地方でも消費MPは変わりませんが、格の低い神になると信者が少ない地方ではMPが+1、もっとマイナーな神になると+2になります」
「あー、ここは『邪神エルファリア』の信者が少ないから弱体化するのか」
「だから生贄(サクリファイス)を使って、レベル25のエルファリアをコールしようとしたんデスね」
「なら私たちが邪神をコールゴッドすればいいじゃない。弱ってるところを叩く!」
「呼んでも来てくれないだろ。そもそもコールゴッドの使えるエルファリアのプリーストがこの国にいるのか?」
「あ、信仰してる神しか呼べないんだっけ」
「呼べません」
やはりこちらから出向くしかないようなので、さっそく海を渡る。
超越者なので隠密行動をすれば並みの蛮族には見つからない。
アリスがキルヒアのコンプレーションを使えば、隠密行動に必要な魔法はほとんど使えた。
幻覚、変身、透明化、消音、壁や天井を歩き、トンネルも掘れる。
高レベルのレンジャー技能とスカウト技能もあるのでトラップにもまずかからない。
危なくなったらエスケープですぐ逃げられる。
エスケープは戦闘中でも使えるので、アリスが死ななければ全滅はないだろう。
インスピレーションで神殿の構造を解析し、低レベルな見張りは音もなく無力化、あっけなく神殿の奥へ到達。
「マナサーチ」
「扉の向こうに生体反応。数は1つ」
「……よし。ありったけの補助魔法で強化してから奇襲をかけよう」
今回はレベル16の神聖魔法ホーリーブレッシング2でHPが100増えるし、1回だけなら死んでも生き返る。
たぶん勝てるだろう。
「突入!」
「神殿にはエルファリア像によく似た人間がいました」
「ビンゴ!」
「エンサイクロペディアSS! これで魔物知識判定+8だ」
「サンクス。さらにペネトレイトで魔物知識判定(マモチキ)!」
ころころ
「弱点まで抜けましたね。レベル25、エルファリアの分体リアです」
「やっぱり25!」
「……本家エルファリアからの刺客か」
「うるさい。イニシアティブブーストSSで先制取って、補助魔法の効果が切れる前にボコる!」
「……あ、イベント中なのでどれだけ会話しても補助魔法の効果は切れません」
「ご都合主義空間ね」
「お約束と言ってください。……お前たちがエルの切り札だな」
「消滅させられたくなかったら、大人しくエルに吸収されろ」
「断る。それが信者たちの望みだ」
「邪教の信者でしょ」
「邪教? ……ふざけるな。これはもともとお前たちが望んだことではないか」
「ほわい?」
「私は兄を怨んではいない。私が死んだのは自らの愚かさのためだ。悔いはない。だが民はそれを許さなかった。彼らは望んだのだ、私が蛮族の王になることを」
「……海を渡って王になったっていう民間伝承、つまり民衆の願望を実現するために、分体は蛮族を平定して王になった? いや、王になるように行動させられた?」
「そうです。エルファリアが神になる前に『蛮族の王になったエルファリアが復讐しにくる』という伝説がありました。その後間もなくエルファリアは神になったので、現在では笑い話になっていますが、蛮族にとってはそうではありません。蛮族にとってエルファリアとは人間に裏切られて蛮族の王になり、神にまで上り詰めた存在。人間へ復讐して当然なんです」
要約すると、
1エルファリアが反逆者として追われて消息不明になる
2謎の人族の英雄が蛮族を平定して王になる(そしてすぐに国が滅びる)
3エルファリアが海を渡って王になったという伝説が生まれる(英雄が生きていてほしいという民衆の願望)
4エルファリアが復讐しにくるという伝説が生まれる(実際に蛮族の王になった人間がいると知り、復讐されるのではないかという恐怖から生まれた伝説)
5エルファリアが死んで神になる
6エルファリアの英雄伝説をもとにした分体が生まれ、海を渡って蛮族の王になる
こういう時系列になる。
「兄の子孫へ復讐するため、また私は海を渡らねばならない。やりたくもない復讐をお前たちに強いられているのだ!」
「……生粋の邪神じゃなかったのか」
「いずれ完全な邪神になるだろう。神は信者の心に左右される。自我などあってないようなもの。それでも私は信者を守らねばならない。信者が私に力を与え、私が信者の願いを叶える。願いを叶えるほど信者の数は増し、私の力も巨大化する。やがて邪心が世界を滅ぼすだろう」
「ええ、なにその悪循環……」
「べりーはーど!」
「私は私を産んだすべてを恨む。だからこれは、攻撃でもなく宣戦布告でもなく、私を産み出したお前たちへの……逆襲だ!」
長々と会話したものの、ゲーム的には1ラウンド(10秒)も経たずに戦闘が始まった。
どれだけ早口で会話していたのだろう。
「イニシアティブブーストSS!」
「先制取ってジェノサイドバレット!」
「切り払いで撃ち落とします」
「切り払い?」
「レベル16以上で覚えられる、超越者の戦闘特技です。回避ではなく命中で回避判定を行い、射撃攻撃を撃ち落とします」
「え、銃撃できないじゃない!」
「いや、リープレンジショットがある。射撃攻撃だが起点指定だから切り払えないはず!」
「じゃあリープレンジショット2連発!」
レベル16のリープレンジショットがさっそく役に立った。
「キャッツアイ(中略)、そして全力攻撃3からの薙ぎ払い2とフェンリルバイト!」
「ゴッドストンプ、ダブルキャスト、ゴッドフィスト!」
「まだまだですね」
「ぐぬぬ!」
最大火力をぶち込むものの、精神抵抗も回避も防護点も高すぎてHPをなかなか削れない。
「レストレーションでHP全回復、そしてエクスカリバー! 純エネルギー属性で2d+35の魔法ダメージです。しかも生命抵抗に失敗した時、1dで1か2を出すとHPが0になります」
「3分の1でHP0!?」
「連続したラウンドでは使えないので安心してください」
「2ラウンドに1回使ってくるんでしょ!」
「……これが神の力か」
「ブリンクしマス!」
ブリンクで分身を作れば、回避判定のできる攻撃を1回だけ自動回避できる。
これならエクスカリバーも防げるわけだが……
「ゴッドブローでブリンクを消してエクスカリバー!」
「ぎゃー!?」
リアは2回行動なので、最初の一発でブリンクを消されたらどうしようもない。
だがHPが大幅にマイナスにならないかぎり、まず生死判定に失敗することはない。
それに俺とアリスは不屈があるのでHP0になっても気絶しない。
「全力攻撃3と痛撃!」
痛撃はファイター技能レベル16以上で覚えられる戦闘特技。
適用ダメージの5分の1だけHPとMPの最大値を下げる痛撃を積み重ね、ちまちまリアの最大HPを削る。
痛撃の効果時間は18ラウンド。
レストレーションでHPをほとんど回復されてしまうので、限界までHPの最大値を下げて1ラウンドキルを狙う。
我慢比べだ。
「エクスカリバーからのゴッドブロー!」
「運命凌駕!」
1回だけ死んでも生き返るのはありがたい。
しかもHPとMPは全回復。
長期戦でアイテムを温存しなければ、こちらに分がある。
「キャッツアイ(中略)で、全力攻撃3からの痛撃とフェンリルバイト!」
「……これで……やっと……眠れ……る……」
レベル25とかいう頭のおかしい敵ではあったが、単体なので何とか倒すことができた。
分体でこの強さなのだから、本体はいったいどれだけ強いのか。
想像もつかない。
「リア退治の経験点でレベル17になれます」
「もう私たち神になれるんじゃないの?」
「なれますね。マイナーゴッドとして特殊神聖魔法を設定すれば、他のセッションで使えますよ?」
「やった! じゃあイモータルと復讐契約ね!」
「おいやめろ」
殺戮の女神として蛮族に崇められるか、信者を失って消滅する未来が目に浮かぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます