ゾンビスレイヤー
「これが今回のサンプルキャラです」
テーブルに何枚かのキャラクターシートが並べられた。
この中から好きなPCを選べということらしい。
「ん?」
シートの様子がいつもと違う。
技能欄には見慣れぬスキルが羅列されていた。
「……防具職人(アーマラー)、武器職人(ウェポンスミス)、木工職人(ウッドクラフトマン)。なにこれ?」
「一般技能だな。たしか経験点関係なしに10レベル分習得できるやつだ」
「ぬ。10レベルのウェポンスミスになって、セルフでウェポンをクリエイトしてもいいのデスか?」
「いえ。冒険者は専門家ではないので習得できるのは最大5レベルまでです。レベル5でもプロとして最低限の仕事ができるぐらいなので、ゲームバランスに影響するような使い方はできません。探索時の判定に少し役立つぐらいです。『アルケミストワークス』にも『キャラクターに個性を与え、ロールプレイの幅を広げるものだと割り切ってください。特に戦闘のような局面で役立てることを目的とするものではありません』と書かれてますし」
「へー」
戦闘の役には立たないようなので、一般技能はスルーしたほうがよさそうだ。
それぞれ格闘家(グラップラー)系、神官戦士系、操霊術師(コンジャラー)系のキャラを選択してパーティを組む。
最近では珍しい低レベル(冒険者レベル2)だ。
やれることが少ないので一般技能でカバーするシナリオなのだろう。
「最近、村の周りにアンデッドが出て困ってる」
シナリオはどこかの地方の辺鄙な村から始まった。
「どんなアンデッド?」
「知識判定を」
ころころ
「宿屋の主人の話を聞く限りではゾンビっぽいですね」
レベル2のザコだ。
ボスがいるのか、それともゾンビ映画のごとくワラワラ出てくるのか。
どちらかだろう。
「報酬は1人700G。前金は200Gだ。ついでにうちのスイートルームも貸すぜ。もちろんディナー付きだ」
スイートルームの相場は一泊100G。
プレイヤーには何の利益もないが、待遇は悪くない。
「じゃあディナーを食ってからゾンビ退治に行くか」
「そうね」
「ディナーはなんデスか?」
「岩石ミートローフにスタウトだ。力(りき)が出るぜ!」
「スタウト?」
「黒ビールです」
「えー。ビールだと飲みながらプレイできないじゃない」
「大丈夫です。飲めませんから」
「は?」
「ディナーを食べてからという発言を採用し、時間を夜に進めます。PCはスイートルームでディナーが出来上がるのを待ちましたが、いつまで立っても声がかかりません」
「……いやな予感がするぞ」
「パニック映画(ムービー)デスね。たぶん外はゾンビでいっぱいデス」
「窓からゾンビ見える?」
「夜なのでハッキリとは見えませんが、ゾンビらしき人影がたくさん見えます」
「……なんで今まで気づかなかったのよ」
「スイートルームなので防音は完璧です」
「そのためのスイートルームか!」
「がっでむ!」
まんまとGMの罠にハマってしまった。
「灯りをつけて、ちゃんと敵を確認します」
「では知識判定を」
ころころ
「ゾンビですが、いくつか相違点が見られますね」
プリントアウトされた魔物データを渡された。
本来ならレベル2のゾンビが、レベル1になっている。
特殊能力の『全力攻撃』の代わりに『噛みつき』を持っていた。
威力は全力攻撃より低い。
ただ厄介な能力を持っている。
『呪い2/抵抗不可』
「ワイトの能力(スキル)デスね」
「……最悪だ」
ワイトというアンデッドに倒された場合(HPを0以下にされて気絶した場合)、呪いによって3日(72時間)ごとに魂が穢れていき、穢れが5点溜まるとワイトになってしまう。
リムーブ・カースなどによって呪いを解かない限り、気絶した人間を目覚めさせることはできない。
これは呪い『2』とあるだけあって、ワイトの呪いより強力だ。
気絶・死亡したら数分でゾンビになって動き出す。
おまけに呪いは噛みつき攻撃を食らったときにも発生。
生命抵抗力判定に失敗すると呪われる。
これは呪い1と効果が似ていた。
ただし1よりも強力だ。
気絶していなくても6時間ごとに魂が穢れていく。
穢れが5点になると生きたままゾンビ化するようだ。
「……これ、戦っちゃいけないやつじゃない?」
「ああ。レベル1でも数が多いし、攻撃力が低くても噛みつかれると呪われる。村から脱出するのを最優先にしよう」
「サバイバルホラー!」
……村の外も安全である保障はないが、今はそこまで考えたくない。
「ん? 知覚が五感になってますけど、誤字ですか?」
「いえ。このゾンビは五感で周囲の状況を把握しています」
「……強すぎるから新しい弱点を設定したわけか」
「これ弱点なの?」
「アンデッドはだいたい知覚が魔法だ。マナの流れで周囲の状況を認識してるからごまかしが効かない。でも目で見て、音に反応し、臭いをかぐのならいくらでもごまかしようがある。知能も低いしな」
「なるほど」
わずかながら希望が見えてきた。
「ホテルのマップをプリーズ」
「どうぞ」
宿屋は2階建てで、スイートルームは2階の奥に位置していた。
「ロープで窓から脱出できる?」
「ゾンビに囲まれそうです」
「というか宿屋の主人はどうなったんだ? まだ生きてるのか?」
「……防音だから聞き耳判定してもわからないのよね」
「ドアを開けると戦闘になりそうだから嫌なんだが……。見捨てるわけにもいかんしな」
「では隠密(ニンジャ)ロールでドアをオープン!」
「お前スカウト技能持ってないだろ」
ころころ
「静かに扉を開けられました。1階にはゾンビが10体います。宿屋の主人の部屋から助けてくれーと悲鳴が聞こえました」
「……助けてと言われても、まともに戦ったら死ぬしな」
「2階にはゾンビいないの?」
「いませんね。階段から足を踏み外したのか、床でジタバタもがいているゾンビならいますが」
「状況からするとゾンビは階段を登るのが苦手なのか?」
「死後硬直で肘や膝、首がうまく曲がらないように見えますね。足元が見えていないのか、それとも足が上がらないのか、ちょっとした段差や障害物ですぐにつまづきますし、受け身が取れずに落下ダメージを受けます。しかも一度倒れるとなかなか起き上がれません」
「ぬ、弱点(ウィークポイント)だらけデス」
「でもグラップラーの投げ技だと1ラウンドで1体しか転倒させられないわよ。『スネア』があればいいんだけど、妖精魔法使えないし」
「ロープで罠(トラップ)を仕掛けまショー」
「そうだな。足元が見えてないならロープに引っかかるはず」
「……罠設置判定は10分かかるんですが、ロープを張るだけなのでOKにしましょう」
「やった! じゃあ冒険者セットは全員が持ってるから10mのロープが3本ね。うち1本は敵が登ってきた時のために2階の廊下に仕掛けておきましょ。私は神聖魔法が使えるからバニッシュの用意」
バニッシュは2dで2~4だと敵が狂暴化してしまうが、5~9なら蛮族とアンデッドの行為判定に-1、10~12なら敵は恐怖で逃げ出す。
しかも範囲魔法なので複数の敵に効果がある(最大で5体)。
「アリスはバードソングの『レクイエム』! ゾンビを引き付けマスよー」
レクイエムはアンデッドの行為判定を-2できる。
呪歌の効果範囲は技能レベル×10メートル。
ゾンビが音に反応して近づいてくれれば全員効果範囲に入るはず。
「よし、俺はロープでラウンジへ降りてトラップ設置だ!」
ころころ
レクイエムで2階へ意識が集中しているゾンビの後ろで、宿屋の入り口を閉め(レクイエムがあるので開閉の音はあまり気にしなくていい)、ロープの罠を仕掛ける。
ゾンビは2階へ上がろうとするものの、膝が曲がらないのでうまくいかない。
這いずりながら階段を上る。
そうこうしている内にトラップの設置が完了。
「こっちだ、化け物!」
アリスはレクイエムを歌うのを辞め、俺がゾンビの注意を引き付ける。
あとは簡単。
「うーあー」
ゾンビがこっちへ殺到する。
階段のゾンビも2階へ上るのは諦めたようだ。
ゾンビはまとめてロープに引っかかり、雪崩を打って倒れる。
……かと思いきや、
ころころ
「さすがにロープ1本でゾンビ10体は転倒させられませんね。3体がロープを突破しました」
「げ!? グラップラーは紙装甲だから、3体の噛みつき攻撃なんて食らったら呪われる暇もなく死ぬぞ!?」
「なら私がバニッシュ!」
ころころ
範囲内にいる10体の中から、ランダムで5体が選ばれる。
こっちへ殺到している3体の内、1体は狂暴化、もう1体は恐怖で逃亡した(入口は閉まっているが)。
「転べ!」
なんとか1体を転がし、恐怖の噛みつき攻撃もギリギリで回避。
「よっしゃ!」
「噛み付けませんでしたか」
……GMのリアクションから察するに、ここで俺を一噛みしておきたかったのだろうが、そう簡単に呪われてたまるか。
「今のうちにマスターを助けまショー」
「ジタバタもがくゾンビの間を抜けて助けに行きます。助けに来たぞ、早く出てこい!」
「おお、あんたたちか。助かったよ、ありがとう! 店主が部屋から出てきました」
「店主を連れて階段を登ります」
「階段壊しとく?」
「構造物破壊か。……階段は日常的に利用するものだから防護点が高そうだな」
「階段のデータはありませんね。だいたい木の壁と同じぐらいの耐久度でしょうか」
……防護点もHPも高いので破壊するのは難しい。
「大工(カーペンター)の一般技能(スキル)を使いまショー」
「木工職人と樵(ランバージャック)もあるわよ」
「一般技能と2階にある家具を使えば、階段を壊せないまでも、通行不能にはできますよね?」
「では判定を」
ころころ
「一般技能レベル1ではありますが、3人寄らば文殊の知恵。イスや棚などの家具を積んでバリケードを作りました」
「よし。……で、これからどうすればいいんだ?」
「マップをぷりーず」
「村の地図ですか?」
「いえす」
「すまないが地図はない。それにPCは村を探索してないので村の地形が頭に入っていません」
「ええ!?」
「ただし地図作成判定で作ることはできます。村人がいるので1ゾロでもない限り成功ですね」
「だいすろーる!」
ころころ
無事に成功。
「これが村の地図です」
「ん、狭い村だから家が密集してるな」
「屋根に上れば隣の家に飛び移って村から脱出できるんじゃない?」
「それだ」
「屋根裏部屋から屋根に上ろう。店主に案内されて屋根へ上りました」
「生存者(サバイバー)はいマスか?」
「いません」
村人は全員ゾンビ化しているようだ。
「屋根から屋根へ移動する場合は跳躍判定です。店主は能力値が低いので落ちないように気を付けてください」
「ぬふふ、高所作業員(タワーマン)がいマス!」
「……どんだけ一般技能あるんだ」
跳躍力のある俺たちが屋根から屋根を移動し、聞き耳で隣家にゾンビがいないのを確認すると、鍵屋(キースミス)の一般技能で鍵の解除判定の目標値を下げた。
そして順調に開錠し、村人の家を捜索。
戦闘や探索に役立ちそうなアイテムを調達した。
高所作業員としてのスキルを活かし、板やロープで屋根の上を安全に移動する(1ゾロで1回下に落ちたが、すぐにロープで引っ張り上げた)。
「当然ですが、こちらが移動すれば地上のゾンビも移動します」
「……ですよね」
「どうすんの?」
「ゾンビを誘い出して、その隙に逃げるしかないな」
「コマンドドールの出番デスね」
人形に単純な命令を実行させる魔法だ。
効果は1日、もしくは命令を達成するまで。
ゾンビは知能が低い上に五感で知覚している。
とにかく動くものを追いかけるはずだ。
「ねんのために音の立つものを身につけさせて、血の臭いでもこすりつければ立派な囮(おとり)になるぞ」
「ゾンビに捕まらなければね」
「コマンドドールは人間の子供と同じぐらいの運動能力です。2.0のルールブックでは『ファミリア・猫』と同じデータとありますし、このゾンビは死後硬直で全力移動ができないので追いつかれることはありません。効果時間は1日ですからスタミナが切れることもないでしょう」
「完璧だな。人形を上から落として、コマンドドールでゾンビを村の入り口とは逆方向に引き付けよう」
「ドールがゾンビを運んドール!」
ころころ
コマンドドールは問題なく発動し、ゾンビは人形を追いかけた。
その隙に屋根から降り、村を脱出する。
もちろん入口は封鎖した。
だがまだ安心はできない。
周辺の地図を持っていないので、地図作成判定で地図を作成。
どこか安全な土地に避難したい。
「……近くに村があるけど」
「ゾンビ化してそうだな」
「いえ、大丈夫なようです。隣り村は倒木で作った防柵で囲まれており、見張りがやぐらの上から矢を射かけてきました。今すぐ立ち去れ、さもなくば射殺する!」
「ええ!?」
「ヒキコモリですネ」
「ゾンビ化を防ぐために門を閉ざして引きこもってるのか」
「疫病の多発するアフリカでは、疫病が起こるとこうして村を逆隔離して予防していたそうです」
「へー」
村の中は安全なようだが、中に入る方法がない。
たとえ入れたとしても、見つかったらタダでは済まないだろう。
諦めて先へ進むしかないようだ。
「あ、せめて買い物はさせてくれ!」
「……それだけならいいだろう。欲しいものを言え。ではシナリオの前半が終わったので、店主から救助代をもらい、経験点1500点を獲得。能力値の成長もできます」
「いえー!」
これで少しは生存率が上がるだろう。
希望が見えてきた。
仮眠を取ってHPとMPを回復させつつ、レベルを上げ、能力値の成長をし、買い物をする。
「人型(ヒューマンタイプ)のドールをぷりーず!」
「俺は盾とロープでも買っとくか。それと油」
ランタン用の油は20Gで安い。
いざとなったら油を撒き、松明で火をつけてゾンビをまとめて燃やす。
「私は妖精魔法取ったから発動体の宝石ほしい。属性は風と土ね」
「風と土?」
「『ウインドボイス』は野外でしか使えないけど、術者の視界内なら射程100mで、半径5mに音と声を届けることができるのよ」
「おお! ゾンビを引き付けられるな!」
「土は『スネア』。射程30mで、対象を転ばせる魔法ね」
バニッシュ、レクイエム、コマンドドール、ウインドボイス、スネア、グラップラーの投げ技。
対ゾンビ用の技がそろってきた。
「……岩石ミートローフを食べられなかったのが心残りね」
「カリーヴルストで我慢しろ」
「なにそれ」
「岩石ミートローフと同じく、ソードワールド2.5のリプレイ『トレイントラベラーズ』の2巻に登場した料理ですね。硬く焼いたパンを皿のようにして、一口サイズのソーセージを乗せ、トマトケチャップとカレー粉をかけた屋台飯です」
「ちなみにコボルド料理だ」
「コボルドすごい」
個人的にはケチャップで真っ赤に染め上げ、さらにその上からカレー粉をこれでもかと振りかける。
カレー粉で炒めた千切りキャベツを乗せたり、フライドポテトを添えてもうまい。
「パカマラをお願いします」
「あいよ」
コーヒーならパカマラかエチオピアがいいだろう。
スパイシーなカレー粉はスパイシーなコーヒーとの相性が抜群だ。
カレー粉を増やしたくなる。
「さて……」
フライドポテトを黄色いケチャップに浸しながら、改めて地図を見直す。
「……城塞都市があるな」
「城壁でぐるっと囲まれてる都市よね?」
「はい」
「あー、これダメなやつだわ」
「パンデミック!」
「ご期待の通り、都市はゾンビであふれています。ゾンビだー、助けてくれー!」
「都市って守りの剣で守られてるんじゃないの? バリアの中じゃ穢れ5点のアンデッドは動けないはずじゃない」
「守りの剣も効果範囲がありますし、定期的に剣のかけらを補給しないと効力がなくなります。どうも都市にある守りの剣が一本、機能していないようですね」
「盗まれたか、あるいは破壊されたな」
「都市へ入りますか?」
「市民が襲われてるんでしょ。入りたくないけど入るしかないじゃない」
「では都市へ入りました。ギー」
「……何の音ですか?」
「城門が閉じられました。これ以上被害を広げないため、一時的に都市を隔離する! 脱出を試みる者は国家に仇なす逆賊とみなし、その場で射殺する!」
「ぎゃー!?」
怪しい館に入ったら、ひとりでに扉がしまって閉じ込められるホラー展開の王道。
さっきは中に入れてもらいたかったのに、今度は外に出たいという皮肉。
嫌なシナリオだ。
「PCと市民の間にはゾンビと死体。位置関係はこうです」
市民×3
ゾンビ×3
死体×3
PC×3
「バックアタックされマスね」
「そうだな。この配置だと死体が確実にゾンビ化するはず。市民を助けようとすると後ろから襲われる」
「どうすればいいのよ?」
「……死体の頭を踏み潰しながら走る」
「うえ……」
「グラップラー技能の『踏みつけ』が欲しいところですが、動かない死体が対象なのでOKにしましょう」
さいわい死体の頭を踏み潰すのは補助動作と判定され、すぐにゾンビと接敵することができた。
ころころ
先手を取ってゾンビの数を減らし、噛みつき攻撃を紙一重で避わして、ゾンビの殲滅に成功。
「ああ、子供がゾンビに! 市民を助けることはできましたが、噛みつかれてしまったようですね。呪われています」
「祈祷師(ウィッチドクター)と聖職者(クレリック)でどうにかならない?」
「6ゾロなら奇跡的に呪いが解けるかもしれません」
「てい!」
ころころ
……まあ、成功するわけがないのだが。
「ちなみに医療系一般技能も無意味です」
「この辺に呪いを解けそうな神殿は?」
「ザイアの神殿が近くにあります」
「神殿(テンプル)へGO!」
「あー、神殿へ行きますか。そうですよね、行きますよね」
「……なにその反応」
「あ、噛まれた市民はみんな神殿に行くのか!」
「そういうことです。とうぜん大量のゾンビがいます」
「のー!?」
どんなジャンルでも、負傷者はだいたい病院や医療設備のある施設に担ぎ込まれる。
初期段階ではゾンビに感染能力があることはわからないし、場合によっては死者が生き返るという情報すらない(狂人に襲われたと報告するだけ)。
しかも医療施設には満足に動けない患者が多い。
逃げることもできずにゾンビに噛まれ、ゾンビはあっという間に増殖する。
「子供がゾンビ化してお母さんが噛まれました」
「ぎゃー!?」
「えすけーぷ!」
こうなると市民の避難場所は逆に危険だ。
ゾンビは五感で反応するのだから、人が多い場所ほどゾンビが群がる。
そして人が多い場所ほどゾンビも増殖する。
「……くそ、うかつに人と合流できん。人ごみは避けよう。むしろ人ごみを囮にして逃げるべきだ」
「OK」
「合流するなら少人数の冒険者ね」
「冒険者と合流した場合、彼らはフェローですか? それともNPCですか?」
「フェローです」
「よっしゃ!」
冒険者がフェローとして仲間になるのなら、ゾンビに攻撃されることはなく、したがってゾンビ化もしない。
貴重な戦力だ。
「大量のゾンビに囲まれた冒険者らしき一団がいます」
「助けに行きます!」
「ある程度接近するとわかりますが、もうゾンビ化した後のようですね」
「げ!?」
「魔物知識判定を」
ころころ
「ハイレブナントっぽいゾンビです」
「いやー!?」
最低でもレベル8だ。
完全にPCを殺しにかかっている。
「不用意に接近してしまったのでハイレブナントゾンビはPCに気づきました。全力移動でこっちに向かってきます」
「ランニングデッド!?」
「死後硬直で走れないんじゃなかったの!?」
「死にたてで体が硬直してません。時間経過によって徐々に体が硬直していき、最終的にレベル1のゾンビになります」
「……そういう仕組みか」
「これは冒険者のゾンビなのでハイレブナントクラスの力がありますが、一般人のゾンビは死にたてでもレベルはそんなに高くありません。それに死体は自然治癒能力がないので、傷ついた筋肉も元に戻りません。激しい運動をするほど筋力は低下します」
「おーばーわーく!」
人間は運動をすると筋肉が傷つき、より太い筋肉になって再生する。
これが筋力トレーニングの原理である。
このゾンビは自然治癒能力がないので、トレーニングをすればするほど弱くなるわけだ。
「知能は低いんですよね?」
「能力値が高いだけで、基本的に知能・知覚・特殊能力はゾンビと同じです。生前の能力も使ってはきません」
「……助かった」
「コマンドドール!」
「ウィンドボイス!」
五感で敵の注意を引き付け、その隙に逃げる。
「エンハンサー技能の『ラビットイヤー』で聞き耳と危険感知判定が+2になるから、注意して進もう」
「進むってどこに?」
「……どこだろうな」
そういえばヒントがなにもない。
「ボスを探しまショー」
「ボスなんているの?」
「これがクリエイト・アンデッドならコンジャラーがいるはずデス」
「ゾンビを作った死霊術師(ネクロマンサー)か。そいつが守りの剣を盗んだと仮定するとして、逃げる時間があったのかどうかだな。逃げる前に都市が封鎖されたのなら、まだここにいる」
「守りの剣を取り戻せばゾンビも無力化できるわね」
「推測があっていればの話だけどな。とりあえず墓守(グレイブキーパー)の一般技能で墓地を探索します」
「お墓が荒らされていますね」
「ゾンビにデスか?」
「いえ、スコップで掘り返されています」
「コンジャラーがいるわね」
残りの死体はゾンビ化しないように燃やした。
「占師(フォーチュンテラー)の技能で次に行く場所を占(うらな)いたいんだけど」
「占い道具を持っていますか?」
「木の棒で占うから大丈夫」
ころころ
「棒は北東の方角に倒れました」
「……これで大丈夫なのか?」
「ヒントがないんだからこうするしかないじゃない」
「うーん、さすがにこれだけじゃあれだな」
こういうシチュエーションでのボスの行動パターンを予想してみる。
「どれだけ都市に被害を与えたのか自分の目で確認したいはず。それに自分で作ったゾンビならともかく、感染して生まれたゾンビを操る力はないはずだ。するとゾンビが移動しにくい建物の上にいる確率が高い」
「高い建物の上から、ほくそ笑みながら下界を見下ろしてるパターンね」
「ヒトがゴミのようだ!」
典型的なB級の悪役なので、ありありとその光景が目に浮かぶ。
北東の高い建物にボスがいると仮定して先へ進むことにした。
「無数のゾンビの死体が仰向けに転がっていますね。体はPCの進行方向とは逆を向いています。頭部を破壊されたゾンビが多いですね」
「? すべてのゾンビが同じ方向を向いて倒れてるんですか? それも同じ殺害方法で?」
「はい」
「スナイプ!」
「……つまり進行方向にスナイパーがいるってことね」
「死体に矢は刺さってますか?」
「ありません」
「マギテック・シューターだな。人間ってことをアピールしないとヘッドショット食らうぞ」
「相手が動くものは全部撃つってタイプだったらどうするのよ。即死したやつはいいゾンビ、死なないやつは悪いゾンビだからもう一発だ!」
「……この状況だと弾を補充するのも難しいし、この世界の銃はMPを消費しないと撃てないからその心配はない。白旗でも振れば大丈夫だろ」
「ドールに旗(フラグ)を持たせてうぉーきんぐ!」
「ばきゅーん」
撃たれた。
「ほら、近づくものみんな傷つけるタイプじゃない」
「……迂回しよう」
スナイパーのいる位置は予測できるので、安全なルートから近づいて接触する。
「なんだ、人間だったのか。命拾いしたな。スナイパーは銃をおさめて仲間になってくれます。マギテック技能レベル7のフェローですね」
「おお、レベル7!」
「ちなみに主な行動はマナサーチ、テレスコープ、ライフセンサー、魔物知識判定です」
「……なんで攻撃がないのよ」
「弾がありません」
「見境なしに動くものを撃つからだ」
マナサーチは射程30m、半径50mで魔法のアイテムの位置を探ることができる。
テレスコープは望遠鏡。
最大で1キロ先まで見通せる。
ライフセンサーは生体探知だ。
術者の半径100mの生命を探知する。
「守りの剣はマナサーチに反応するはずだから、ライフセンサーと併用すれば見つけられるな」
「ボスがいればね」
フェローの力を借りて敵を捜索。
「ライフセンサーをぷりーず」
「生体反応はこんな感じだ」
エリアの地図にコマを置く。
「生体反応のあった場所をマナサーチ」
「ここに魔法のアイテムがある。種類はわからん」
「その場所をテレスコープと魔物知識判定」
「油断しきってて姿が丸見えだ。あいつはレベル8ぐらいのコンジャラーだな。いかにもネクロマンサーって感じの根暗そうなやつだ」
「……勝てまセンね」
「フェローの弾を補給するしかないのか?」
「戦闘時のフェローの行動パターンは固定です。キャラクターシートに書かれていることしかできないので、弾を補給できても攻撃はできません。ガンがいかれちまった」
「どうしようもないじゃない!」
「……いや、まだ可能性はある。塔に放火しよう」
「炎と落下ダメージで死ぬとは思えないんだけど」
「うーん、やっぱり無理か……」
「ゾンビを呼びまショー」
「ゾンビを呼ぶ? あ、ハイレブナントをボスに突撃させて倒そうって作戦か!」
「ざっつらいと!」
ウィンドボイスやコマンドドールなどを駆使してまずはゾンビを集めた。
それからハイレブナントを集める。
ハイレブナントは足が速いので、ゾンビを壁にしないとコマンドドールでも追いつかれるからだ。
「周りからどんどんゾンビが集まってきます。炎上する塔から脱出したネクロマンサーは、ゾンビの津波に飲み込まれて死にました」
「あれ、本当に死んだ」
「あっけなさすぎる」
「ばっどふぃーりんぐ」
「数が多くなるほど周りのゾンビの注意を引くことになるため、ゾンビの数は加速度的に増えていきます。気づけば1000を超えていました」
「1000!?」
「……もうコマンドドールとかウィンドボイスの通用する規模じゃないな」
「ゾンビはネクロマンサーのいた方向へ一方通行気味に進んでいましたが、ゾンビが増えすぎて渋滞を起こしました。PCから100mほど離れた地点を中心に、ゾンビたちが拡散していきます。硬直してないゾンビたちは続々と周囲の建物に上りはじめました」
「こっちに来る!?」
「隠密判定。いや、こうなったら守りの剣を発動するしか助かる道はない。外で活動できる手段を見つけないと詰むぞ」
「芸人(パフォーマー)はどうでショー? なぜか4レベルもありマス」
「私もレベル4なのよね」
「……それは俺も気になってた技能だが。これでどうすんだ?」
「ゾンビのパントマイムをしマス」
「は?」
「……なるほど、モノマネか。バカみたいな発想だが、いけるかもしれん。知覚が魔法だとマナの流れで生きてるのか死んでるのかわかる。でも五感なら見た目で判断してるはずだ。モノマネが通用する可能性はある。レベル4なら新米とはいえ本職レベルだしな」
「音と臭いもあったほうがよくない?」
「ゾンビっぽくうめきながら歩こう。臭いは腐敗臭だな」
「調香師(パヒューマー)にオマカセ! ダストボックスはありマスか?」
「異臭を放つものなら周囲にたくさんあります」
「……どういう調香師だよ」
生ごみを利用して調香し、腐敗臭を身にまとった。
少なくとも臭いでバレることはないだろう。
「マナサーチで守りの剣のある場所はわかるかもしれないけど、剣の使い方わかるの?」
「ルールブックによると、特定の手順を行わないと守りの剣は効力を発揮しないようですね」
「ぐ、起動方法がわからないのか!?」
「フェローのアナライズは使えマスか?」
「ゾンビの群れに飛び込んでアナライズしてくれるほどお人よしではありません。ゾンビのモノマネなんてできねえからな。やばくなったら俺は逃げるぜ」
「しっと!」
アナライズは魔動文明時代の物品の能力や効果、使用方法などを知ることができる魔法だ。
守りの剣は魔動文明の遺産だからアナライズはかかるだろう。
「復元師(リペアラー)の一般技能は?」
「魔動文明時代の遺品を再生する職業ですから、基本的な操作方法はわかると思います」
「じゃあマナサーチで場所を探ってからモノマネ判定」
ころころ
「守りの剣はあそこだ。気を付けて行けよ。モノマネも全員成功ですね」
「うーあー。ゾンビのマネをしながら慎重に守りの剣を拾って復元(リペア)!」
ころころ
「守りの剣の基本構造を解析しました。剣のかけらを消費すればすぐに発動できそうです」
「……ぬ、ピースがないのデハ?」
「あ」
「大丈夫だ、ネクロマンサーの死体がそばにある。ボスだから剣のかけらが入ってるはず!」
「戦利品判定には10分かかります」
「ぎゃー!?」
「……と言いたいところですが、剣のかけらの入っている生物が死ぬと、額や胸の表面にかけらが浮き上がってくるという設定なのですぐ見つかることにしましょう。冒険者の基礎教養ですし」
「よし。えーと、ルールブックによると、剣のかけらを細かく砕いて丹念に振りかける、と。……儀式に最低でも1時間かかるって書いてあるんですけど」
「問題ありません」
「じゃあ守りの剣にマナを送り込む」
「守りの剣、発動!」
「範囲内のゾンビは無力化されました」
「やった!」
「びくとりー!」
「ただし守りの剣はすぐに効力を失います」
「え」
「かけらが少なすぎますね。儀式に最低でも1時間かかるはずなのに、すぐに効力を発揮したのは、穢れ度の高い敵を一時的に無力化するための緊急措置です」
「ゾンビを全員、転倒状態にするために力を使ったってこと?」
「はい。まだ死後硬直してないレブナントはすぐに起き上がります」
「逃げろ!」
数千のゾンビの間を走り抜け、剣のかけらを求めて東奔西走。
ある時は聞き耳、ある時は隠密行動、ある時はゾンビのモノマネ。
ある時はひたすら籠城して時間を稼ぎ、ハイレブナントを死後硬直とオーバーワークでレベル1にしてから危機を脱する。
「私が市長です」
そして苦難の末に守りの剣を市長のもとへ送り届けることに成功し、正式な手順を踏んで守りの剣を発動。
無事ゾンビ騒動は終息した。
「レベル3の駆け出し冒険者によって事件が解決されたことは大いに話題となり、すぐに舞台化されたそうです。公演はどこでも大盛況。特にゾンビの振りをして窮地を脱するシーンは大好評です」
「……複雑な心境だな」
「あんにゅい」
「芸人の技能あるんだから私たちも舞台に出演できるのよね?」
「大歓迎です」
「へー、出ていいんだ。ちなみに出演料はいくらなのかしら」
「あ」
こうしてひたすら逃げ回り、ボスすら敵に倒してもらったら駆け出し冒険者たちは、法外な出演料をもらって豪遊したという。
一般技能おそるべし。
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