キマイラスレイヤー
「ドレイクやりたい」
「蛮族プレイですか」
ドレイクは蛮族の代表格である。
蛮族の軍隊が出てきた場合、だいたい指揮官はドレイクだ。
ドレイクは魔剣を持って産まれ、その剣の力でドラゴンに変身することができる。
敵として出てきた場合、竜化するとHPが全回復するので厄介なこと極まりない。
「ナイトとブロークン、どちらにしますか?」
「何が違うの?」
「ブロークンは魔剣を持たずに産まれてきた、もしくは戦いで魔剣を折られたドレイクです。飛行能力がなく、ドラゴンにも変身できません。ただし剣のかけらを加工した『剣の結晶』を消費すれば竜化できます。……名誉点は減少しますが」
「オススメは?」
「ブロークンなら専用シナリオがありますよ?」
「じゃあブロークン」
「ではしばらくお待ちください」
「え」
「専用シナリオなのでブロークンは特殊な状況に置かれています。他のPCと合流するのに長ければ30分ぐらいかかるかもしれません」
「ええ!?」
「なう・ろーでぃんぐ!」
「これでも食ってろ」
「はーい。……って、なにこれ!?」
「楊桃湯(ヤンタオタン)だ」
「台湾のスイーツですネ」
「へー」
ソードワールド2.0のリプレイ『千竜と刃の革命』に登場したスイーツである。
スターフルーツを砂糖、レモン汁、甘草で漬け込んだものだ。
漬け汁を薄めればジュースにもなる。
ほんのり塩気を効かせた甘酸っぱい果実とジュースは、日本ではなかなか味わえない。
千竜と刃の革命を執筆しているGMは無駄に料理描写が細かいので、これからも作中で登場したものを食べる機会があるだろう。
「最近発見された魔動文明時代の遺跡から、モンスターが現れて困っている。ディアボロがそれらを操っているようだ。どうにかしてほしい」
「OK」
いつもならもっと情報収取をしているものの、合流するのに時間がかかりそうなので遺跡へ直行する。
遺跡にはヒポグリフ(レベル4)、レッサーマンティコア(レベル6)、グリフォン(レベル7)、コカトリス(レベル10)がウロウロしていた。
2人ではきついのでなるべくスルーしたい。
「忍び足でグリフォンの後ろを通り抜けます」
「金属鎧を装備しているので隠密判定はマイナス修正されます」
「げ!?」
ころころ
「鎧の関節部分がこすれてガチャガチャ鳴りました」
「しっと!」
グリフォンに見つかり、戦闘音でさらに他のモンスターにも見つかって傷を負う。
これ以上のザコ戦は避けたい。
ボスのディアボロさえ倒せば残りのモンスターもおとなしくなるはずだ。
ディアボロはドレイクのライバル的な存在であり、魔神と融合して生まれた蛮族なので竜化ならぬ魔人化できる。
奥で待ち受けているのはおそらくディアボロ遊撃隊長(ルテナント)。
レベル10の蛮族であり、魔人化するとレベル11になる。
お供のモンスターも1匹か2匹いるだろう。
これも2人ではきつい。
たぶん遺跡のどこかにドレイクブロークンがいるはずなので、合流するのが最優先だ。
「奥の扉から冷気が漏れ出しています」
「冷凍庫(フリーザー)?」
「……モンスターが冷凍睡眠(コールドスリープ)してそうだな」
慎重に扉を開ける。
「室内には大量の氷の棺(ひつぎ)が並んでいます。おそらく氷の妖精魔法アイスコフィンですね」
「棺(コフィン)の中は見えマスか?」
「見えます。大半が人造人間(ルーンフォーク)。残りはモンスターとディアボロです」
「ルーンフォークを起こせば協力してもらえるかもしれんが、松明やたき火だと氷溶かすのに12時間から24時間かかるんだよな」
ディスペルマジックならすぐに氷を溶かせるものの、使えないのでどうしようもない。
「アイスコフィンは魔動機械で一括管理されているようですね。スイッチを入れれば解凍できそうな気がします」
「ん? ルールブックだと、アイスコフィンの氷を溶かしても1時間は気絶状態で行動不能ってなってるな。これ、解凍すれば敵を皆殺しにして戦利品剥げるんじゃないか?」
「のん。判定(ロール)に10分(ミニッツ)かかりマス」
「……まあ、そこまで甘くないよな」
敵の死体から戦利品を剥ぐ『戦利品判定』は1回10分かかるので時間が足りない。
敵を皆殺しにするのもそれなりの時間がかかるだろうし、ルーンフォークがこちらの味方になる保証もない。
スルーしたほうがよさそうだ。
「部屋の奥には特別製らしきアイスコフィンがあります。中に安置されているのはドレイクブロークンです」
「やっと私の出番ね!」
「ちなみにルーンフォークやディアボロのコフィンは数字で管理されているのに、このコフィンだけ『真珠(パール)』と表示されています」
「ドレイクの名前?」
「ドレイクの名前かもしれませんし、なにかの計画の名前かもしれません。なお他のコフィンとは連動していないので、おそらくスイッチを入れたらこのコフィンだけ解凍されます」
「解凍しよう。貴重な戦力だからな」
「1時間気絶してるけどね」
「チーン!」
解凍&覚醒待ちの間に部屋を探索する。
もちろん1時間もモンスターがこちらを放置してくれるはずがなく、コカトリスが部屋へ突入してきた。
3人ならまだしも、2人だとやはり辛い。
「おはよー」
「……ドレイクのくせにフレンドリーだな」
「蛮族社会ではブロークンもウィークリングに近い扱いをされているので、冒険者として人間と一緒に旅をしているドレイクもいます。それとコールドスリープの影響なのか、記憶もありませんね」
「ここはどこ、私はだれ?」
お約束。
「記憶がないのは困るな。探索で何かわかりませんでしたか?」
「生体実験が行われていたことはわかりますが、専門用語が多すぎて具体的な内容は何もわかりません」
「ボスのディアボロを締め上げて聞き出すしかないか」
「このドレイクブロークンは協力してくれるのデスか?」
「ディアボロ、ドレイクの敵! 殺す!」
「交易共通語でしゃべれ」
汎用蛮族語は語彙が少ないらしい。
頭の悪いプレイヤーにはオススメだ。
「なんかよくわかんないけど、ディアボロに実験されてたのがむかつくから協力する」
滅茶苦茶な理由ではあるが、ある意味蛮族っぽい行動原理ではある。
3人そろったのでディアボロのもとへ直行。
「貴様ら、パールの封印を解いたのか! なんてことをしてくれたんだ!」
「ここでなんの実験をしてたの?」
「ドレイクに冥土の土産を渡すわけがなかろう」
「ちっ」
「死ねい!」
どうやらドレイクがいると『冥土の土産に教えてやろう』イベントが発生しないらしい。
ドレイクとディアボロはライバル関係ではあっても、同じ蛮族なので敵対はしてないはずなのだが、なぜここまで仲が悪いのか。
ころころ
「ボスはディアボロルテナントです。お供のモンスターはキマイラ。通常種よりレベルが低いですね」
プリントアウトされたモンスターデータを受け取る。
キマイラはレベル9で、獅子・ヤギ・ドラゴンの頭に、蛇の胴体、翼がある5部位モンスター。
だがこのキマイラにはドラゴンの頭がない。
通常種だと強すぎるから頭を削ってバランス調整しているのだろう。
「限定竜化(ビカム・ドラゴン)!」
剣の結晶を使ってドレイクブロークンが『限定竜化(剣の結晶で竜化)』する。
なおビカム・ドラゴンとはドラゴンの子供『ドラゴネット』に変身するレベル12の真語魔法だ。
ビカム・ドラゴンと竜化はメカニズムが違うと思うのだが、竜化と叫ぶよりもビカム・ドラゴンと叫ぶほうが格好いいのはわかる。
こうなると当然、
「ビカム・デーモン!」
ディアボロルテナントも負けじと魔人化する。
もちろんビカム・デーモンなる魔法はない。
「魔人の眼光!」
「のー!?」
限定2回行動で1ラウンドに2回攻撃してくる上に、魔人の眼光は与えたダメージ分だけHPを回復する。
限定2回行動の限定は同じ攻撃を2回してはいけないということ。
ルテナントの頭部が出来る行動は近接攻撃と魔人の眼光と邪気の憤霧の3種類だけ。
つまりほぼ毎ラウンドHPを回復されてしまう。
悪夢だ。
「ルテナントの頭部に魔力撃!」
「ぐ、小賢しいドレイクどもめ! このままで済むと思うなよ! ルテナントはキマイラの背中に乗り、遺跡の壁を破壊して逃げていきます」
「私なら追いつくでしょ?」
「竜化しているので追いつきますね。その場合、1人で戦うことになりますが」
「Uターン!」
深追いするのは避け、街に戻って報酬を受け取る。
あとはマギテック協会への報告だ。
「50体のルーンフォークか。今はどこの街でも人手不足だ。いくらでも引き取り手が見つかるだろう」
めでたしめでたし。
……なんてことになるわけもなく。
「逃げたディアボロを探そう」
だがディアボロやキマイラの痕跡は煙のように消えており、あっという間に数週間が経過した。
「冒険者の宿に2つの依頼が舞い込んできました。1つはルーンフォークの捜索依頼。もう1つは蛮族の討伐依頼です」
「捜索?」
「遺跡で発見されたルーンフォークは、各地へメイドや執事、冒険者として派遣されているわけですが、その多くが失踪しているようですね」
「原因がさっぱりわからん。蛮族のほうは?」
「各地で蛮族が暴れているそうです。現在確認されているのはマーマン、ケンタウロス、ラミア、ワーウルフ、リザードマン、ミノタウロスですね。ただ奇妙なことに、暴れているのはほんの数体です。各地で蛮族が一斉に蜂起したわけでも、徒党を組んで人々を襲っているわけでもありません」
「変な事件」
危険度を優先して蛮族の討伐依頼を受け、現地へ向かう。
「ルーンフォーク捜索依頼のポスターが貼られていますね」
「ここで失踪したのか」
「討伐してから探しましょ」
ミノタウロスをサクッと倒し、ルーンフォークの情報を集めるものの行方はわからなかった。
やむなく次の場所へ向かう。
「ルーンフォーク捜索依頼のポスターが貼られています。以前のものとは違うルーンフォークですね」
「またか」
山狩りをしてワーウルフを倒し、再びルーンフォーク捜索。
……またしても見つからない。
次の場所へ進む。
「ルーンフォーク捜索依頼のポスターが貼られています。もちろん前のポスターとは別人です」
「……ルーンフォークが蛮族(バルバロス)に関わっている気がスルのデスが」
「気がするというか、確実に関わってるよな。これ」
「まずはリザードマンよ」
湿地帯でリザードマンを討伐し、マギテック協会でルーンフォークの情報を集める。
「これがあの遺跡から発見されたルーンフォークの派遣先だ」
「……ルーンフォークの失踪場所と蛮族の出現場所が見事に一致してるな」
「でもルーンフォークと蛮族の関連がわからないわね」
「あの遺跡(ルインズ)では何が行われていたのデスか?」
「融合実験が行われていたそうだ。魔法文明時代の融合実験により、キマイラやディアボロが誕生したのは知っているだろう?」
「あ、キマイラもそうだった! だからディアボロと一緒にいたのか!」
ルールブックにも魔法文明時代に実験で生まれたと書いてある。
……魔物知識判定の時にデータは確認したのだが、戦闘前なので解説(フレーバーテキスト)を読む暇がなく、ディアボロとの共通点に気づかなかった。
遺跡に出現したヒポグリフやマンティコア、グリフォン、コカトリスといったモンスターは融合されて生まれたわけではないが、いずれも複数の動物やモンスターを融合した合成獣(キメラ)のような姿をしている。
実験材料にされていたのだろう。
わかりにくいものの、ちゃんとヒントはあったのだ。
ちなみに魔法文明は魔動文明の前に栄えた文明である。
魔法文明の研究結果を引き継ぎ、魔動技術によってさらなる化物を生み出そうとしたということだろう。
「蛮族は魔神と融合して物理的に世界を、そして魔神は精神的に世界を支配しようとしているらしい」
「どういうこと?」
「融合することで蛮族や人の心を理解しようとしているそうだ」
調査して人の心を知るのではなく、融合することで直接心を理解しようとするのが魔神っぽい。
知らない間に人間と同じようにものを考えるようになっているパターンだ。
もっとも大半は蛮族と融合しているみたいなので、人間に味方してくれるのは少数派だろうが。
「ともかく、あの遺跡(ルインズ)のルーンフォークには融合(フュージョン)のスキルがあるのデスね」
「はい。ソードワールド2.5のリプレイ『水の都の夢みる勇者』でも『他の生物と融合して進化する機能を持ったルーンフォークの亜種』という情報が出ています。『ほかの生物に同調しすぎて、ルーンフォークとしての人に従うという精神を薄め、自由を願ってしまったため、最終的には製造中止になった』そうですが」
アイスコフィンにいたのは、その製造中止になったルーンフォークのようだ。
ルーンフォークとウルフが融合してワーウルフが、ジャイアントリザードと融合してリザードマンが、アナコンダと融合してラミアになった。
暴れているのは動物の体を持つ人型蛮族なので間違いない。
ケンタウロスやラミア、マーマンなら上半身がルーンフォークのままなので、ポスターの人相書きを参照すればルーンフォークとの関連に気づけただろう。
だがあの遺跡から近い場所で暴れていたのはリザードマンやワーウルフ、ミノタウロスといった上半身や顔がモンスターの蛮族。
ルーンフォークだった時の面影がない。
それでルーンフォークと蛮族の関連に気付くのが遅れてしまったのだ(というかプレイヤーが気づきにくいようにGMが蛮族を配置していたのだろう)。
そもそも遺跡を攻略した時点で、遺跡で何の実験が行われていたのか詳しく調べていれば事件は防げたのかもしれない。
調査不足だった。
「もしかして私もドラゴンとの融合体?」
「ドラゴンをフュージョンしたらリルドラケンになりそうデスが……」
「直接混ぜたらそうなるよな。まあ、人為的にドレイクを作ろうとした可能性もなくはない」
リルドラケンはドラゴンから生まれた人族だ。
正確には伝説でそう語られているだけであり、実際にドラゴンがリルドラケンになったという確証はない。
ドラゴンを人型にしたような姿なので、融合すればドレイクよりもリルドラケンになるはずだ。
「……今まで殺した蛮族が罪のないルーンフォークだったと考えると憂鬱になるな」
「捕獲(キャッチ)しまショー」
「捕獲しても戻せないんじゃないの?」
「融合実験してたんなら分離実験だってしてるだろ」
「なるほど」
むしろそれがメインということもありえる。
融合して生まれた高位モンスターを無力化するのなら、分離技術の確立は欠かせないからだ。
……1ランク下のディアボロと魔神に分離して、総合力では逆に強くなるという可能性もあるが。
キマイラからヤギの首を分離すれば、胴体から首だけが分離してそのまま死ぬ可能性が高い。
研究する価値はある。
「蛮族、いや、ルーンフォークの捕獲と分離は他の冒険者に任せよう。俺たちは近場の『奈落(アビス)』に向かったほうがいい」
「なんで?」
「あの遺跡のルーンフォークには融合能力があって、モンスターと融合して蛮族になった。なら遺跡にいたディアボロにも融合能力があるかもしれん。だとしたらディアボロルテナントは次に何をしようとする?」
「えーと……」
「高位魔神(グレーターデーモン)とのフュージョンですネ」
「それだ」
奈落(アビス)はソードワールド2.5の舞台であるアルフレイム大陸北部にある大穴。
魔神召喚の儀式に失敗して空いた穴らしく、この穴からおびただしい数の魔神が現れようとしている。
奈落(アビス)の穴は封印され、周りには壁が築かれており、常にガーディアンが監視しているので魔神が現世に現れることは少ない。
だが『シャロウアビス』という小さな奈落はアルフレイム大陸各地で定期的に発生しており、放置していると魔神が召喚されてしまう。
逃げたディアボロがどこかへ向かうとしたらシャロウアビスしかない。
そこで魔神と融合し、ディアボロルテナントの上位種である隊長(キャプテン)、大隊長(メジャー)、旅団長(カーネル)、将軍(ジェネラル)へ進化しようとするはず。
キャプテンでさえレベル15(魔人化したら16)だ。
レベル10のパーティでは厳しい。
これだけレベル差があると攻撃がまともに当らず、確実に命中する魔法を当てても精神抵抗されてダメージは半減。
さらに魔人化されるとHPが全回復し、魔人の眼光で毎ラウンドHPを回復される。
……圧倒的に火力が足りない。
「冒険者ギルドでシャロウアビスの情報を収集します」
「北東の村でシャロウアビスが発生しているそうだ。ディアボロルテナントがいるから並みの冒険者じゃ手が出せない。早いとこ何とかしてくれ」
「らじゃー」
さっそく現地へ向かい、シャロウアビスへ突入。
「内部には遺跡がありました」
シャロウアビスは、内部にいる生物の心を反映して形を変える。
アビス内部は魔動文明の遺跡と同じ構造をしていた。
ディアボロルテナントの心を反映しているのだろう。
迷わずに奥へ進める。
「来たか、ドレイク。ブロークンの分際でよくも俺の手をわずらわせてくれたな。褒美にキャプテンの手で殺してやろう!」
「げ、融合済み!?」
「いえ、まだ融合している最中です。融合相手は2体」
「2体!?」
ころころ
「知識判定成功。スポーン、ヴァルプレバーズです」
「……聞いたことのないモンスターだな」
「あれ、意外に弱くない?」
「ベリーイージー」
「高位の魔神が出現しなかったようですね」
データによるとスポーンはレベル4、ヴァルプレバーズはレベル6。
魔神によって作られた生物だが、分類上は魔法生物ではなく魔神だ。
「ちなみにディアボロの背後にあるシャロウアビスの核(コア)からは、未知の魔神の気配がします。それも複数」
「まだいるのか!?」
「というわけでもう1体出てきました」
「……バカじゃないの」
ころころ
「ラグナカングですね」
レベル9の魔神だ。
魔法文明の遺跡の番人をしていることが多いらしい。
もちろん全ての魔神に剣のかけらが入っている。
「魔神と融合するとディアボロの部位が増え、一定数を超えるとレベルが上がって進化します。なお融合できる数に制限はありません。魔神がいる限りディアボロは無限に成長します。元帥(マーシャル)までのデータしかありませんが」
「ディアボロマーシャルなんてルールブックにも出てこないじゃない!」
「このイベントのために用意したオリジナルモンスターです」
「くれいじー!」
殺意しかない。
合成獣(キメラ)の恐ろしさを嫌というほど思い知らされるシナリオだ。
「……ルテナントと下位の魔神が3体か。これならまだいける!」
「それはどうかな? バサッと天井からキマイラが落ちてきました」
「げ!?」
「以前戦ったキマイラですが、前回とは違いドラゴンの首が生えています。もう一度知識判定を」
ころころ
「ドラゴネットの首ですね」
「キマイラ本体よりレベル高いじゃない!」
「……規定ラウンド以内にドラゴネット・キマイラを倒せなかったらディアボロキャプテンとの戦いになる。融合前に倒せたとしても、休む間もなくルテナントや魔神集団と戦うことになる」
「悪夢(ナイトメア)!」
「どうするの?」
「分離させるしかないだろ。このアビスが魔動文明の遺跡と同じ構造をしているのなら分離装置があるかもしれん」
「あったとしてもマシンの場所がわかりまセン」
「それにキマイラを装置に誘導して分離させられても、ディアボロはキャプテンになるわよ」
「ぐ……!」
知能の高いディアボロを分離装置に誘導するのは難しそうだ。
正攻法で倒すしかないのかもしれない。
どうやったらキマイラを最速で倒して、ルテナントと魔神集団を倒せるか。
データを参照しながら戦略を練る。
「ん? キマイラにはもともとドラゴンの首が生えてるんだよな? でも前回はその首がなくて、今は明らかに別のドラゴンの首が生えてる。最初の首はどこ行った?」
「それがドレイクブロークンなのデハ?」
「え、私!?」
「なんでキマイラからドラゴンの首が分離してドレイクになるんだ?」
「わかりまセン」
「真珠がヒントになってるんじゃないの?」
「……真珠についての知識なんてないぞ」
「では知識判定を」
「え」
ころころ
GMの指示通り2dを振る。
「判定成功。体内に砂や石のような異物が入ると、アコヤ貝はその異物を丸くコーティングします。そうして生まれるのが真珠です」
「異物で体が傷つかないように真珠にして、体外に排出してるってこと?」
「そういうことです」
「キマイラは分離したあと自分が攻撃されないように、ドラゴンをコーティングして体外へ排出したのか?」
「ドラゴンをドレイクにしても攻撃されるでしょ」
「真珠みたいに小さく圧縮されたドラゴンがコーティングを剥ごうとしたんだろ。コーティングは剥げなかったものの、じたばたしている内に生物として行動できるような形になった。それがドレイクブロークンだ。たぶん」
「ドレイクがもともとキマイラだったのなら、竜化(ビカム・ドラゴン)すればキマイラとフュージョンできるかもしれまセン」
「でも体外に排出されたんなら免疫系が働いてるんじゃないの? 拒絶反応が出るわよ」
「……問題はそれだ」
免疫系は自分とそうでないものを区別し、異物(細菌やウイルスなど)を排除しようとする。
たとえそれが自分の体を生かすために移植された臓器であっても、この臓器は自分のものではないと判断したら拒絶反応を起こす。
ドラゴンの首はキマイラの生存に不可欠なものではないので、拒絶反応が起きても死にそうにない。
ただ融合できないだけだ。
「免疫系が働いた理由が重要だな」
種として定着しているということは、キマイラには繁殖能力があり、生まれた時からドラゴンの首が生えている。
なのに免疫系が働いてドラゴンの首を異物とみなし、体外へ排出した。
自分で自分の体を傷つけている。
いわば自己免疫疾患だ。
「ルールブックによると、キマイラの頭は別々に思考してるらしい。全ての首に自我がある。ひょっとしたら精神的な疾患かもな」
「アイデンティティ・クライシス?」
「自分で自分を否定したのね。たとえば野生のドラゴンを見かけて、自分の姿に疑問を抱いたのかも。自分の首はおかしい。あのドラゴンの姿こそ正しい姿だ、みたいな」
性同一性障害に似ているのかもしれない。
体は女だが心は男。
あるいはその逆。
体と心が食い違うように、体はキマイラだが心はドラゴン。
人が性転換するような感覚で、ドラゴンの首はキマイラの肉体から抜け出して本物のドラゴンになろうとした。
もともと複数のモンスターにドラゴンを融合させてキマイラが誕生したわけで、ドラゴンの本能が目覚めてもおかしくはない。
「……だいたいプレイヤーの想像通りなのでドレイクの記憶が戻ったことにしましょう」
「やった! じゃあ、やることは1つね。限定竜化(ビカム・ドラゴン)!」
主動作でドレイクが竜化する。
「体当たりをしてキマイラと融合! ドラゴンとして生きようとしたのが間違っていた。私はキマイラとしての自分を受け入れる!」
「ドラゴネットとの達成値の比べあいになりますね。精神抵抗力判定です」
「OK」
ころころ
「失敗です」
「ぎゃー!?」
同じレベル10なので精神抵抗力が拮抗している。
ドラゴネットの抵抗を下げつつ、ドレイクの抵抗を上げ、
「キマイラよ、私は戻ってきた!」
なんとかキマイラと融合する。
「ドラゴネットは異物と認識され、ブロークンとして無力化されてから体外に排出されました。キマイラは完全にドレイクの支配下にあります」
「よし、最小限のダメージで前哨戦を切り抜けたぞ!」
「ディアボロは?」
「ドレイクとキマイラが融合したわけですから、こちらの融合も完了しています。ドレイクカウントならぬドレイクキマイラか。面白い。ディアボロキャプテンの初陣を飾るにふさわしい相手だ!」
「あ、融合したからドレイクもパワーアップしてるのね」
伯爵(カウント)はディアボロキャプテンを上回るレベル17(変身後は18)。
このドレイクブロークンはキマイラよりもレベルが高い。
レベル10はドレイクの階級でいうとドレイク男爵(バロン)に相当する。
バロン級のドレイクとキマイラが融合したことで、ブロークンはカウントに近いレベルにまで進化していた。
「ディアボロ、嫌い。ぶっ殺す!」
「だから交易共通語でしゃべれ」
「ドレイク、生意気。ぶっ飛ばす!」
「お前もか!」
知能は低いがレベルだけは高い。
ディアボロキャプテンとドレイクキマイラの戦闘力はほぼ互角。
あくまでディアボロとドレイクの話だ。
「ヤギと獅子の首で味方をかばう!」
……ドレイクキマイラが『かばう』を宣言してキャプテンの攻撃から味方を守ってくれなければ、俺たちはすぐに死んでいただろう。
「融合直後に激しい戦闘を繰り広げたため、ドレイクもディアボロも肉体が耐え切れずに分離してしまいました。キマイラは気絶。3体の魔神たちは自分からディアボロと分離したので健在です。馬鹿な、俺の体が!? 許さんぞ、貴様ら!」
「ルテナントと下位魔神なら楽勝よ!」
少なくとも即死レベルの攻撃は飛んでこないし、こちらの攻撃も普通に当たる。
キマイラとの戦闘もキャプテンとの戦闘も短時間で終わったので、MPも回復アイテムもまだ余裕があった。
持てるリソースは全てつぎ込み、最大火力で敵を攻撃する。
「キャッツアイ、パラライズミストからの魔力撃! よっぽどのことがない限り当たるわよ」
ころころ
1ゾロ
「ありえない!」
「自分を受け入れろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます