ヴァンパイアスレイヤー

「なんか仕事ない?」


「ローマニアのほうでブラッドサッカーが大量発生しているそうだ。腕に自信があるのなら仲介するが、やれるか?」


「レベル6の吸血鬼でしょ。楽勝じゃない」

「のん」

「……少しは考えろ。レッサーヴァンパイアに血を吸われて死んだ人間がブラッドサッカーになるんだぞ。それが大量発生したってことは、ボスのレッサーヴァンパイアも1体じゃない」

「あ、そっか」


「ヴァンパイアローズと遭遇(エンカウント)するかもしれまセン」


「だな。レッサーからはブラッドサッカーが、ローズからはレッサーヴァンパイアが産まれる。高レベル吸血鬼は吸血衝動を自分でコントロールできるはずなのに、ブラッドサッカーが大量発生してるってことは、レッサー以上の吸血鬼が計画的に行動してるのかもしれない」

 ブラッドサッカーと違い、レッサーヴァンパイアを産むには『血の接吻』という自分の血を与える儀式が必要だ。

 血の接吻の儀式は7夜かかるので大量生産はできない。

 これがローズの計画的な犯行なら、あらかじめ大量のレッサーヴァンパイアを作っているはずだ。

 レベル10のパーティなので、レベル11のレッサー軍団でも苦戦は必至。


 レベル19のローズと遭遇したら死ぬ。


 ブラッドサッカー退治というクエスト名にダマされてはいけない。

 高難易度クエストだ。

「街道を南へ進めばローマニア地方。ヴァンパイアとの熾烈な戦いがあったという設定です。一時はヴァンパイアハンターの聖地とも呼ばれていましたが、ヴァンパイアの待機戦術によってハンターは激減しました」

「待機戦術?」


「強いハンターが何人いようと寿命がありますから、100年待てば勝手に死んでくれます。200年ならドワーフやグラスランナーも死ぬので完璧ですね」


「……気が長すぎでしょ」

「シンプルイズベスト!」

 寿命のない種族ならではの発想だ。

「じゃあ南に向かうか」

 地図を買い、馬車に乗って街道を南へ進む。

 閑散としている町を通過し、さらに南へ。


「道に服が落ちています」


「服?」

「人がうつぶせに倒れ、そのまま死体だけが消えて服が残った感じですね」

「なにこれ、どういう状況?」

「たぶんブラッドサッカーですネ」

「日陰に逃げそびれて、太陽の光で灰になったんだろうな。灰の跡はありますか?」

「服の中に灰が残ってますね。季節風に乗って東へ吹き流されていきました」


ころころ


 ここでなぜか先生がサイコロを振った。

 マスタースクリーン(プレイヤーにシナリオなどが見えないようにする仕切り)の向こうでサイコロを振ったので、こちらからは数字が見えない。

「では次の行動を」

「……今の判定はなに?」

「秘密です」

 嫌な予感しかしない。

「……何もなさそうならローマニアへ進みます」

「村へたどり着く頃には日が沈み、ぞろぞろとモンスターたちが現れていました。大半はブラッドサッカーですね」


ころころ


「魔物知識判定成功。ウルフと鳥ですね」

「鳥?」

「データ上は魔法生物の『ファミリア・鳥』とほぼ同じです。HPは6」

 ザコだ。

「まだこっちには気づいてないのよね?」

「はい」

「デイブレイク!」

 レベル10の特殊神聖魔法だ。

 半径30mは『太陽の下にいる』ものと判定される。


 つまり範囲内にいるブラッドサッカーは『吸血鬼の体』の能力により、手番終了時に6点の魔法ダメージを受ける。


 さらに命中・回避判定が-2され、毎ラウンドHPが3回復する『再生』能力も失う。

 HP39なので、残り33。

 レベルも低いのでこちらの敵ではない。

「デイブレイクで鳥が落ちました」

「は? アンデッドだったのか、こいつら」

 幸先がいい。

 そのまま先手を取って範囲魔法をかまし、デイブレイクで追加ダメージ。

 1ラウンドでは仕留めきれず、カプッと一噛みされたものの、


「ブラッドサッカーたちは灰になりました」


 問題なく敵を始末する。


ころころ


 また先生がマスタースクリーンの向こうで2dを振った。

「では次の行動を」

 何事もなかったかのように先をうながしてくる。

 ……この謎の判定が気になってしょうがない。

「モンスターはもういまセンか?」

「少なくとも建物の外にはいませんね」

「油断して宿へ入ったところに襲ってきたりするんでしょ」


「よし、村人を脅すか。全員外に出ろ。出ない奴は吸血鬼とみなして殺す」


「ほとんどの家から村人が出てきました。村長が手を挙げながら叫びます。わしらは吸血鬼じゃねえだ! 命だけはお助け!」

「じゃあ住人が出てない家から順番に探索」

「ヴァンパイアがいたらデイブレイクでアタックしマス」

 デイブレイクを敵に投げれば、相手がアンデッドなら威力40+魔力点の魔法ダメージを与えられる。


「ブラッドサッカーはいませんね。室内には街道で見たのと同じような感じで服が落ちてます」


「日光を完全に遮断できずに灰になったのか」

 他の村人の家も探索。

 どこにも敵はいなかった。

「吸血鬼の灰は川に流してくだせえ」

「ブラッドサッカーは生き返らないだろ」

「灰も積もれば吸血鬼になる。それがローマニアの風習ですだ」

「OK」


 ブラッドサッカーが復活しないように灰を川に流す。


 安全は確保できたので、村人を家に帰して村を監視した。

 寝るのは夜が明けてからになるだろう。

「ブラッドサッカーが出現しました」

「来たか!」

「出現地点は村長の家です」

「ほわい?」

「隠し部屋があったのかしら」


「いえ、このブラッドサッカーが村長です」


「ええ!?」

「他の家からもブラッドサッカーが出てきました。どれも見覚えのある顔ですね」

「ブラッドサッカーには人を吸血鬼にする力はないから、レッサーヴァンパイアがどこかに潜んでるのか?」

「スニーキング!」

 だが潜んでいるとするとこちらの監視を潜り抜けて村中を歩き回り、ブラッドサッカーを量産したことになる。

 あまりにも不自然だ。

 事態を理解できないながらも、ブラッドサッカーたちを倒す。


ころころ


 そして三度(みたび)、先生が謎の判定をする。

 これが何かのヒントになっているはずなのだが、真相がさっぱりわからない。

 そのまま監視を続けて朝を迎える。

「朝になると周囲から悲鳴が聞こえてきました」

「今度はなに?」

「何人かの村人が灰になっていたようですね」

「……どういうことなんだ?」

「村では吸血鬼の話題で持ちきり。旅人によると街道上の町でもブラッドサッカーが大量発生して、慌てて逃げ出してきたそうです」

「マジか」


 すぐに町へ向かい、ブラッドサッカーを退治するものの、吸血鬼騒動は沈静化どころか拡大していった。


「レッサーやローズの目撃例は?」

「ローズはないな。レッサーは何匹か現れたようだが、少し様子がおかしかったらしい」

「どういう風に?」

「まるでブラッドサッカーのように、知能がなかったそうだ」

 謎は深まるばかりだ。

 吸血鬼の出現範囲を地図で調べると、高位ヴァンパイア集団が血を吸いながら東へ移動していると想像できる。

 街道を北上すれば人口密集地なのだが『守りの剣』の守護が強い。

 守りの剣のバリアの中では、魂が穢れているほど肉体的・精神的なダメージを受けるため、穢れの塊であるアンデッドには致命的だ(アンデッドは穢れ度5、穢れ度4以上だと守りの剣の影響下では身動きが取れなくなる)。

 なので都市を避けたのは不思議ではない。


 ただし都市部への被害は皆無ではないのが気になった。


 吸血鬼が大発生している場所に比べて被害が少ないというだけで、何匹かは無謀にも都市へ侵入して人を襲っている。

 通り過ぎたはずの場所でも定期的に吸血鬼が現れていた。

 わかりやすく東へ移動しすぎているのも妙だ。

 これでは『今から東を攻めますよ』と宣言しているようなもの。

 東は囮(おとり)で都市部を狙っている可能性もある。


 ……だが東進しているのが主力にしても囮にしても、やはり移動経路がわかりやすすぎるのはいただけない。


 東部も都市部も吸血鬼を警戒して守りを固めてしまう。

 そもそも太陽が弱点なのだから大軍を侵攻させるのはおかしい。

 俺が吸血鬼ならゆっくり進軍などしない。

 大群で一気に都市を攻め落とすか、各地で一斉に吸血鬼を大量発生させるだろう。

 肝心のレッサーに知能がなかったというのも引っかかる。


 いや、知能がないからこそ無計画に侵攻しながらブラッドサッカーを産みだしているのか?


「ヴァンパイアローズってコウモリに変身できるんでしょ。それで見つからないんじゃないの?」

「ジャイアントバットは観測されているが、ローズらしきものは見つかっていない。それにローズの特徴であるバラの香りも観測されていないそうだ」

「うーん……」

 推理できる材料が足りない。

 どこかに高位の吸血鬼が潜んでそうな場所はないだろうかと地図を眺めていると、

「ぬ」

 何かに気付いたのか、アリスが地図を指でなぞった。

「……エピデミックロールをぷりーず」

「病気知識判定ですか?」

「いえす」


ころころ


「判定成功。ブラッドサッカーとともに現れた狼や鳥の死体がありません。彼らも灰になったと考えられます。ヴァンパイアが人族以外の血を吸うとは考えにくい。疫病の可能性がありますね」

「疫病!?」

「やはりウルフもバードもヴァンパイアの従者(サーバント)ではありまセンでしたか」

「鳥も吸血鬼化してたってこと?」

「ざっつらいと」

 ブラッドサッカーと一緒に現れたので、つい使い魔的な存在だと思っていた。

 鳥がアンデッドであることはわかっていたのだから、そこを掘り下げていればもっと早く吸血鬼化していたことに気づけたものを。

「今まで倒してきたブラッドサッカーの首筋に吸血痕あった?」

「死体は例外なく灰になっているので確認はできませんが、記憶ではなかったような気がします」


「……俺たちも何度か吸血攻撃を食らってるのに、誰も感染してない。つまり感染源は別にある」


「あのダイスロールがポイントですネ」

「ヴァンパイアと遭遇した時の謎の判定だな」

 要所要所で先生は謎の2dを振っていた。

 そういえばどれもヴァンパイアが死んだ後に判定していた気がする。

「……もしかして灰か? ヴァンパイアローズなら灰になっても復活できる」

「『ワーリングアッシュ』みたいな感じ?」

 レベル7のアンデッドだ。


 火災で焼死した人間や、死体を適当に野焼した場合、灰に怨念が残ってアンデッドになるらしい。


「ワーリングアッシュの変種っぽいな」

「ホワイトアッシュと呼びまショー」

「いいネーミングですね」

 吸血鬼の弱点である白木(ホワイトアッシュ)にかけた名前だ。

「復活能力のある高位ヴァンパイアの灰が、ウイルスみたいに体内へ入り込んで生物を吸血鬼化させてるんだろうな」

「空気感染ってこと?」

「いえす。おそらく季節風(モンスーン)デスね」

 高位吸血鬼が東へ移動しながら血を吸っていたのではなく、死んだ吸血鬼の灰が季節風に乗って東へ移動していたようだ。


 ブラッドサッカーと戦うたびに先生が判定していたのも、感染判定だろう。


 殺した吸血鬼の数だけ灰を吸い、判定に失敗すれば発病、最悪の場合には吸血鬼化する。

「マスクと手うがさせましょ」

「てうが?」

「手洗いとうがい」

 灰を吸って感染するのなら、マスクをさせ、手洗いとうがいを徹底すれば感染率は低くなるだろう。

 ただ市販されてるマスク(2G)は口の周辺しか覆えない。

 この世界の技術力を考えると、口と鼻を覆いつつ、呼吸ができるだけの通気性のあるマスクを量産するのは難しそうだ。

 通気性をよくするとウイルスも通過してしまう。

 まあ、正確にはウイルスではなく、目に見える灰なのである程度は大丈夫だろうが。

 風に乗って空気感染するのは脅威だが、灰を一定以上吸わないと発病しないのは助かる。


「感染源を断つには灰を集めて川に流すしかないな。もしかしたらローマニアのこの伝統も、疫病を防ぐためかもしれん」


「魚が感染したらどうすんの」

「魚まで感染されると対処のしようがないぞ。一定量の灰があると復活する可能性があるから、灰を小分けにして保存しないといけなくなる」

 たぶん魚や虫には感染しないだろう。

 現実の疫病も人や鳥に感染するからといって、すべての生物に感染するわけではない。

 ……そもそもこれが病気なのかも判然としないが。

 とりあえずマスクや手うがを徹底させ、退治したヴァンパイアの灰を水に流していく。


「吸血鬼化した鳥やネズミから感染してしまう! どうすればいいんだ!?」


「ぐ、小さい上に数が多いぞ!」

「どうすんの?」

「バードソングがありマス」

「バードソングって呪歌(じゅか)だっけ? あんまり使ったことないから、よくわかんないけど」

 バード技能は吟遊詩人のスキル。

 歌や演奏でステータスを上昇・下降させたり、敵に状態異常(バッドステータス)を与える。


「お、サモン・スモールアニマルで小動物を呼べるのか。一網打尽にしよう」


 大型の動物は対処しやすいので、そこまで問題はないだろう。

 このパーティにバード技能持ちはいないものの、レベル1から習得できる曲なので、酒場の吟遊詩人に歌ってもらった。

 吟遊詩人に歌をリクエストし、チップを渡すのは初めてかもしれない。

「疫病は沈静化されたようだ」

「よっしゃ!」

「よくやってくれた。これは追加報酬だ」

 ブラッドサッカー退治&防疫で想像以上の報酬をもらう。

 これでしばらくは食うに困らないだろう。

「なんか吸血鬼っぽいもの食べたい」

「吸血鬼っぽいってなんだよ」


「赤ワインとか?」


「未成年は飲酒禁止です」

「……ぶどうジュースにすればいいんでしょ」

「ではホスチアをぷりーず」

「ほすちあ?」


「種なしパンですね。聖体拝領などで使われる、イースト菌を使ってないパンです。パンはキリストの肉を、赤ワインは血を意味します」


「へー」

「ただここでは聖別できないので、聖体とは呼べませんが」

 イースト菌を使っていないということは膨らんでいないということ。

 煎餅のように平たく丸い。

 食感はウエハースのような感じだ。

「……おいしくない」

「くれいじー」

「作り方がよくわからないんだから仕方ないだろ」

 キリストの肉、いや、聖別されてないので人間の肉だろうか?

 それをボソボソとむさぼり食いながら、血のように赤いぶどうジュースを飲む。

 あまりヴァンパイアっぽくはない。


「では一息吐いたのでセッションを再開しましょう。ローマニアで再びブラッドサッカーが大量発生しました」


「また!?」

「くそ、根絶しきれなかったか!」


「マスクと手洗い・うがいじゃ予防にはなっても治療にならない! 助けてくれ!」


「少しは自分たちで対処しなさいよ」

 ブラッドサッカー退治だけでなく、次から次へとトラブルが舞い込んでくる。

 もはや冒険者の仕事じゃない。

「ウイルスもヴァンパイアも紫外線(ウルトラヴァイオレット)でオールオッケーなのデス」

「死んでも知らんぞ」

 一応、紫外線照射は防疫施設でも行われる消毒方法だ。

 ウイルスは暗くて乾燥した場所を好むため、紫外線に弱い。

 ヴァンパイアウイルスならなおさらだ。


 肉体が吸血鬼化する前の患者と、感染が疑われる人間は太陽かデイブレイクで紫外線照射したほうがいいだろう。


 ウイルスを殺しきることはできなくても、病気の進行は遅くなるはずだ。

「予想よりも室内からブラッドサッカーの痕跡が見つかることが多いらしい」

「どういうこと?」


「ブラッドサッカーのいた痕跡のある服が、よく室内で発見されている。室内なら直射日光を浴びにくいはずなのに、どうして灰になるんだろうな」


「室内で死んでる理由か……」

 そういえばそんな謎もあった。

 見当もつかないので完全に放置していた。

「……原因がまったくわからん」

「おそらくスターヴェイシャンですネ」

「なにそれ」


「餓死デス」


「あ……。日が昇っている間は外に出れないから、血を吸いに行くこともできずに餓死するのか」

「いぐざくとりー」


 短期間で爆発的に増殖するため、宿主は急速に血を失って死んでアンデッド化、やがて食料がなくなってホワイトアッシュも餓死する。


「感染方法が特殊で、潜伏期間が短く、致死率が高いのが救いだな。吸血鬼が夜にしか活動できないのもプラスだ」

 一番恐ろしいのは潜伏期間が長くて感染しやすく、致死率がほどほどの疫病だ。


 たとえば潜伏期間1秒で致死率100%の疫病は収束しやすい。


 患者が動き回ってウイルスをばらまく前に死ぬからだ。

 潜伏期間が長く、患者が歩ける程度の症状なら爆発的に広がる。

 ソードワールドにはデイブレイクという便利な魔法があるので、大幅に感染者の動きを制限することができた。

 持続時間が3時間なのと、範囲が半径30mと狭く、高レベル魔法という欠点はあるが……。

 効果的に使えばこれほど便利な魔法もない。


「血を失って死ぬんなら輸血すればいいじゃない」


「コレラと同じ要領ですね」

 コレラの死因の1つは脱水症状。

 発病すると猛烈な下痢に襲われ、急速に体から水分が失われていく。


 逆にいえば失われた水分を素早く補給できれば死亡率は下がるということ。


 根本的な考え方は同じだ。

 ……この世界に輸血技術や設備があればの話だが。

 見よう見まねでも犠牲者はいくらか少なくなるはず。

 ただ注射針などを使いまわすと逆に感染が広がってしまうので注意(医療品を低コストで大量生産できないので使い捨てにすることができず、衛生観念も欠けているので消毒せずに使いまわして逆に感染者が増えてしまう)。

「血液製剤みたいなものも作れますか?」

「不可能ではないかもしれませんが……。手間がかかりますよ?」

「何もやらないよりはマシです」

 ウイルスに感染しても、奇跡的に助かる人間がいる。


 彼らはそのウイルスに対する特殊な免疫を持っているので、血を抜かせてもらい、遠心分離で余計なものを除去して患者に投与するのだ。


 特効薬ではないし、血を抜くのも限界があるので大量生産はできない。

 中世風の世界観にはそぐわない薬だが、謎の奇病を生き延びた人間の血を飲むと考えるとファンタジックだ。

「蚊(モスキート)もジェノサイドしておきまショー」

 蚊には感染しないといっても、感染した人間の血には灰が含まれているので、人から人へ血液感染する。

 あくまで血液中に大量の灰がいる場合だけだが。


 たとえば日本脳炎の場合、豚の血を吸った蚊に刺されると感染する。


 だが人から人へは血液感染しない。

 人間は豚ほど日本脳炎の耐性がないので、ウイルスが大増殖する前に死ぬ。

 なので血を吸われてもウイルス濃度が低いのだ。

 灰はウイルスよりもずっと大きいので蚊に吸える量は微々たるものとはいえ、衛生状態の悪い世界では夏になると蚊が増える。

 蚊の体内で灰が血を食って干からびても、蚊が別の人間の血を吸えば再び増殖を始め、逆流して人間の体内へ侵入する。

 何匹もの蚊に血を吸われれば、灰の増殖はやがて人間の免疫を超えるだろう。


 本格的な夏を迎える前に蚊の湧きそうな水たまりをなくし、やぶを刈り、殺虫効果のある香木を焚く。


 炊き出しを行ってもいいかもしれない。

 栄養状態の悪い孤児は少量のウイルスにも負けるからだ。

 こうして順調に疫病対策を進めていると、

「レッサーヴァンパイアが2体現れました」

「来たな!」


「ピュリフィケーションは効きマスか?」


「効きません」

「ぐぬぬ!」

「ピュリフィケーションって水を綺麗にする魔法よね?」


「はい。これはファンタジーものでたまに議論になるネタなんですが、血液を真水にして即死させようという戦術です」


「なんで効かないの?」

「昔発売されたソードワールド無印のQ&Aブックでは『相手の体内は生命の精霊力が強いから』という建前になってますね」

「建前?」

「レベル1の魔法で即死させられることになるので強すぎる、ということですね」

「そりゃそうだ」

 ちなみにソードワールド無印と現在遊んでいる2.0~2.5は世界観が違う。

 無印はフォーセリア、2.0系はラクシアという世界が舞台だ。

 無印でいう精霊は2.0系でいうと妖精になる。


「でもこいつらアンデッドでしょ。生命の妖精いなくない?」


「あ」

 ルールブックの盲点だ。

「こいつらは血を失うとすぐに死ぬウイルス的な存在ですよね? ピュリフィケーション効きませんか?」

「……では従来のヴァンパイアは飢えても即死しない、という前提でOKにしましょう。この世界のヴァンパイアはアンデッドではありませんし」

「ほわい?」

「ルールブックでもレッサーヴァンパイアは蛮族、ブラッドサッカーはアンデッドに分類されています」

「あ、本当だ」

 この世界では魂が穢れているほど戦闘力が高い傾向にある。


 ヴァンパイアを始めとする『不死者(ノスフェラトゥ)』は限界まで魂を穢れさせて力を手に入れた、限りなくアンデッドに近い種族らしい。


「知識判定に成功してるのでわかることですが、このシナリオでのレッサーヴァンパイアは例外的にアンデッドです。このセッションでのみヴァンパイアはピュリフィケーションで即死します」

「いえー!」

「ただしピュリフィケーションは接触の魔法です。しかも素手で相手の体をえぐるか、切り傷からの出血に接触しないと発動できません。特定の場所に接触しないといけないので、グラップラー技能がない場合マイナス修正になります」

「レッサーヴァンパイアを即死させられるんなら安いリスクでしょ」

 俺の攻撃で適当に切り傷をつけ、防御を固めてピュリフィケーション。


ころころ


「……即死しました」

「よわ」

 簡単に倒しすぎて罪悪感すら覚える。

 残るは一匹。

「ピュリフィケーション!」

「残念ですが効きません」

「ふぁっ!?」

「このレッサーヴァンパイアの循環器系にはほとんど血が流れていません。ウイルスに飲み込まれました」

「じゃあ、なんで生きてるのよ」


「人間から吸った血が胃の中にあるからです」


「……そう来たか」

 こうなったら腹をぶちぬいて、胃の中にある血液に接触しないと魔法は発動できない。

 このわずかな時間でよくピュリフィケーション対策を考えたものだ。

 さすが歴戦のGM。

「では吸血鬼の牙で攻撃。適用ダメージと同じだけHPを回復させてもらいます」

「わざと血を吸われてもいい?」

「は?」


「吸血鬼が一番無防備なのって血を吸う時でしょ。わざと血を吸わせるから、次のラウンドの回避下がらない?」


「2d+10のMAXダメージを受けるのなら、回避を-2してもいいですよ」

「こっちはストロングブラッドあるから大丈夫」

「え?」

「こんなこともあろうかと使っておいたのよ。これで血の流れをコントロール!」

 錬体士(エンハンサー)技能のストロングブラッドは、血の流れを操ることで体温を一定に保ち、炎や氷属性のダメージを-5する錬技だ。


「……適用ダメージを-5します」


「やった!」

「よし、3人でボコろう」

「らじゃー」

「2体ならともかく1体じゃね」

「……灰になりました」

 回避の下がったレッサーはこちらの攻撃をまともに避わせず真っ白な灰になり、川に流された。

 ルールブックにはない処理の連続で面白い。

 弱点多いヴァンパイアならではの展開だ。


「蛮族のはずのレッサーヴァンパイアが、このシナリオではアンデッドになってる。もしかして吸い込んだ灰の量が多いやつがレッサーヴァンパイアになるのか?」


「人の血をたくさん吸って、体内で異常に灰が増殖した個体って可能性もあるわよ」

「そーデスね」

「いずれにしろ灰が多いほど強くなる。ただ基本はブラッドサッカーのままだから、種族はアンデッドで知能が低い」

「なるほど」

「つまりこの事件にレッサー以上のヴァンパイアは関与していない、のかもしれない。たぶん自然発生したヴァンパイアウイルスの仕業だ」

「自然発生? そんなのどうやって防げばいいの?」

「衛生状態が悪いから蚊が増殖するように、自然発生といっても必ず原因がある。その謎を解くのがこのシナリオのキモなんだろうな。……さっぱりわからんが」

「……ダメじゃない」

「スペシャリストに聞きまショー」

「それしかないか」

 疫病の専門家を探し回り、対策を話し合う。


「根絶したと思ったのに、また発生した。自然宿主(しぜんしゅくしゅ)がいるのだろう」


「しぜんしゅくしゅ?」

「宿主と書いてしゅくしゅと読みます。あの灰も生存本能に従って動いているのだから、宿主に死なれると困る。疫病と共存する動物群。それが自然宿主だ」

 安定した環境の中だと灰は少量の血を吸うだけで大人しくしており、自然宿主は子孫を残して繁殖できるようだ。

 なにかの拍子に自然宿主から別の動物に移ると、安定した環境を失った灰は生存本能により増殖して感染爆発が起こる。

「自然宿主が繁殖すれば灰も増える。だから何度疫病の流行を防いでも、自然宿主がいる限り灰はまた流出する。致死率の高い疫病も、感染を繰り返すうちに致死率が下がる傾向にあるようだ。人に定着すればいくらでも増殖できるからな。そうなったら最後だ」

「宿主はどこにいるんだ?」


「地図を見ろ。風に乗って広がっていったのだから、逆にたどれば感染源に行きつく。2回起こった疫病騒ぎ、2回とも始点は同じ。ローマニア南西部だ」


「やっぱりローマニアか」

 このどこかに宿主がいる。

 いるとしたらどこだろう。

 目を細めてローマニア南西部を地図で確かめていると、


「カワナカジマ!」


 不意にアリスが叫んだ。

 ローマニアを縦に貫く川、その間に浮かぶ小さな島を指さしている。

 川を流れる土砂が堆積し、小さな陸地になった場所。

「中州?」

 いわゆる中州や川中島と呼ばれる地形だ。

 山のふもとでは扇状地、海では三角州と呼ばれる。

「……ん、ちょっと待て。もしかしてここに溜まった土砂って」


「リリースされたヴァンパイアの灰(アッシュ)ですネ」


「ええ!?」

 吸血鬼と闘い続けたローマニア地方では、ローズのように吸血鬼が復活しないため、すべての吸血鬼の灰を川に流していた。

 数百年をかけて灰と土砂が堆積して中州が生まれる。


 そこでは復活能力を持つローズの灰が、何百何千何万というレッサーやブラッドサッカーの灰を吸収し続けており、やがてホワイトアッシュとして復活を遂げた。


「でも灰になって風に流されてるんなら、もうここには何もいないんじゃないの?」

「その灰を初期に吸って、自然宿主になった動物が近くにいるはずだ。実際に現地に行かねば確かなことは言えないが、予想はできる。疫病は暗くて乾燥した場所を好む。たとえば洞窟だ。太陽の光を浴びると死ぬのだから、夜行性である可能性が高い。そして定期的に疫病を発生させるだけの行動範囲を持つ生物。空を飛べると考えたほうがいいだろう。導き出される答えは……?」


「コウモリ!?」


「正解だ。まあ、もともと1つの生命体ではない灰の集まりだ。1匹の人型の吸血鬼として復活できなかったから、無数のコウモリとして復活し、群れを築いたとも考えられる」

「なるほど」

「ちなみに現実世界でも、凶悪ウイルスの自然宿主はコウモリであることが多いそうです」

「へー」

 吸血鬼だからコウモリなのではなく、ちゃんとした根拠がある設定らしい。

「ジャイアントバットをジェノサイドすればいいのデスね?」

「そういうことだ。もっともジャイアントバットとは限らんがな」

 レベル3のジャイアントバットがボスである可能性はまずない。


 ヴァンパイアローズにはコウモリ化能力があるので、最悪コウモリ化したローズの群れと戦うことになる。


 ローズの灰を核に、レッサーやブラッドサッカーの灰で構成されているわけだから、ローズよりレベルは低いだろうが……。

 強敵だ。

「洞窟へ行く前に中州を破壊して灰を海に流しておこう」

「そうね」

「ですとらくしょん!」


「PCが中州を破壊していると、騒ぎを聞きつけてコウモリの群れがやってきました」


「しまった!? せめて日中に作業するべきだった!」

 デイブレイクでダメージは与えられても、洞窟から中州までの移動を防ぐことはできない。

 もっと考えて行動するべきだった。

「周りは川なので半径5m以上移動すると、行為判定にマイナス修正が入ります。もちろんコウモリは飛行しているので影響は受けません」

「しっと!」

「……コウモリは何匹いるの?」

「群れで一匹扱いなので正確な数はわかりません。20匹1組ぐらいでしょうか? ちなみに他の群れが近づいてくるのも見えます」

「ぎゃー!?」


 こうして第一次川中島合戦が始まった。


 ……なお第二次川中島合戦が行われたという記録は残っていない。

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