トロールスレイヤー
「1ページTRPGをしましょう!」
「1ページ?」
「システムとシナリオを1ページにまとめたTRPGです。まあ、ルールブックを使用するので厳密には1ページではありませんが……」
「……長くなりそうだから先になんか用意しとくか」
「ではチーズサンドをお願いします」
「チーズサンド?」
「グレイシア島の冒険者ギルド『妖精の暖炉』の名物です。あぶったゴーダチーズをはさんだものですね」
「へえ」
香草をパンに練りこんだバージョンもあるそうだ。
その香草はソードワールド世界のオリジナルの草らしく、実物を再現することはできない。
無念。
「お茶はバジルにしよう」
日本ではハーブのことをバジルと呼ぶ人が一定数いるぐらい王道のハーブ。
チーズに合うし、パンに練りこんでもいける。
まずいはずがない。
「ではこれを」
バジルティーを片手にチーズサンド(ガーリック風味)をかじっていると、記入済みのキャラクターシートを渡された。
キャラクターはサンプルらしい。
一通り目を通すものの、未プレイだとよく意味がわからない。
サンプルキャラに名前はないらしく、自分で決める必要がある。
自分の名前をとって大城(アユタヤ)か普吉(プーケット)にしよう。
ここは無難にアユタヤと記入しておく。
「まず2dを振ってください」
「d?」
「ダイスのことです。1dはサイコロ1つ、2dは2つです」
「サイコロ2つか」
ころころ
7
「30歳です」
「歳になんの意味が?」
「勝利条件はトロールを倒すこと。トロールの寿命は300歳前後です。トロールの初期年齢は100歳。それに年齢を足して130歳。このゲームシステムでは、トロールの最大寿命は316歳です。トロールが寿命で死ぬまでに倒してください」
「その前にこっちが死ぬんじゃ?」
「死んだらレベル14の神聖魔法『リーンカーネーション』で転生し、達成値で前世の記憶が戻る年齢が決まります」
達成値 記憶が戻る年齢
5以下 記憶は戻らない
6~7 30歳
8~9 20歳
10~11 10歳
12 5歳
「記憶が戻らなかった場合はどうなるんですか?」
「MAX年齢の30歳に追加していってください。たとえば1度目の判定で失敗して、2度目の判定が6~7の30歳で記憶を取り戻すと……。30+30で60歳になります。2度目の判定にも失敗したらまた2dの振り足し。失敗の最大値は選択した種族の平均寿命まで。人間でプレイする場合、運が悪いと一気に100年経過します」
「ん? 最大で種族の平均寿命しか時間が経過しないってことは、寿命の短い種族を選べば……」
「ルーンフォークやタビットなら寿命は50歳ですね。ただルーンフォークは人造人間なので、設定的に輪廻転生しない可能性があります」
「設定に準じるならタビット一択か?」
「そうかもしれませんね。このゲームでは転生すると、前世の記憶と一緒に技能レベルを思い出すことができます」
「死ぬたびに年齢判定して、トロールが寿命で死ぬ前に倒す? ……シナリオがよくわからないんですけど。寿命で死ぬんなら放置しておけばいいんじゃ」
「このシナリオの舞台になっている国では、生まれ変わりが認定されると財産を相続することができます」
「ダライ・ラマみたいなもんですか?」
「ニュアンス的にはそれに近いですね」
ダライ・ラマはチベット仏教の指導者。
ダライ・ラマが死ぬと国中からダライ・ラマの転生と思われる子供を探し出し、ダライ・ラマの名前と地位を受け継ぐのだ
「それともう一つ重要な設定がありまして……。親を殺されたら仇討(あだうち)しないと家督(かとく)を継げない武士のように、前世の自分を殺したトロールを倒さないと爵位を継げないんです」
「自分の仇討!? だから寿命で死なれるとゲームオーバーなのか。レベルはどうやって上げればいいんですか?」
「1dを振ってください。出目が蛮族のレベルになります。1dなので1から6レベルまでの蛮族ですね。1戦ごとに経験点1000と能力値の成長ができます」
「……6が出たら死ぬな」
「死にゲーですから。ちなみに冒険者レベルが4以上になると2dでエンカウントします。つまりレベル2から12までの蛮族と戦うわけですね。1戦ごとに経験点が2000入ります」
「……トロールはレベル6なのに、レベル12の化物?」
「トロールも年齢によってレベルが上がりますよ?」
100歳 トロール
150歳 (剣)トロール
200歳 ダークトロール
250歳 (剣)ダークトロール
「この(剣)っていうのは?」
「パワーアップアイテムの『剣(つるぎ)のかけら』が入っている敵のことです。基本的にレベルの分だけかけらが体内に入っています。かけら1つにつきHPが+5、MPが+1、生命抵抗力と精神抵抗力が+1されます」
「つまりHP+30か……」
ルールブックによるとトロールの肉体的ピークは200歳前後なのに、250歳で最強になるという理不尽。
まあ、ゲームシステム上、弱くするわけにはいかないので仕方ないことではあるが……。
「とりあえずやってみよう」
「サンプルキャラのままだと武器がないので、買い物しておいたほうがいいですよ?」
「げ、素手!?」
危ないところだった。
まずは所持金150Gで買い物。
110Gでレイピアを買って装備。
これで準備完了。
ころころ
5
「レベル5の蛮族ギルマンが現れました」
冒険者レベル2には荷が重い。
「戦闘では最初に『魔物知識判定』と『先制判定』をします。サイコロで戦う相手を決めたのでプレイヤーはギルマンだと知っていますが、アユタヤはそうではないので、2dを振ってギルマンを知っているかどうか判定しましょう」
魔物知識判定は『賢者(セージ)技能レベル+知力ボーナス』+2d。
アユタヤはセージ技能を持っているのでボーナス込みで知識判定できる。
もしセージ技能を持っていない場合、平目で判定(セージ技能レベルも知力ボーナスもなし。2dだけで判定)しないといけない。
ころころ
「13です」
「知名度は抜けましたね。ギルマンの存在は知っています。ただし弱点までは知りません」
知識判定の目標値には『知名度』と『弱点値』があり、達成値が知名度以上ならルールブックで敵のパラメータや行動パターンを読むことができる。
ただし達成値が弱点値以下だと、ギルマンの弱点『炎属性ダメージ+3』は適用されない(炎で攻撃しても+3されない)。
なお先生のようにゲームを進行してくれる『GM(ゲームマスター)』なしでプレイする場合、知名度判定は自動的に成功する。
ルールブックを読まないと敵のHPや攻撃パターンがわからず、プレイできないからだ。
「次は先制判定。ソードワールドでは将棋のように先手と後手に分かれており、魔物の先制値を目標値として先制判定を行います」
ギルマンの先制値は13。
対するこちらは『斥候(スカウト)技能+敏捷度ボーナス』+2dで判定するのだが……。
「……スカウト技能ないんですけど」
「平目ですね」
当然のように後手になった。
「ではギルマンの先手で『牽制攻撃』。回避してください」
「……戦士系技能がない」
また平目だ。
「回避判定には自動成功があります」
「自動成功?」
「ソードワールドだと1ゾロは自動失敗、6ゾロは自動成功です。基本能力値が2dなしで目標値を上回っていても1ゾロを出したら失敗しますし、目標値に10届かなくても6ゾロを出せば自動的に成功します。油断や奇跡がシステムで再現されているわけですね」
「可能性は0じゃないってことか」
ちなみに先制判定に自動成功はないらしい。
シビアだ。
なお他のTRPGでは6ゾロをクリティカルと呼ぶことが多いらしい。
ただソードワールドでは別のところでクリティカルという言葉が使われているので、自動成功としか呼ばないそうだ。
1のゾロ目の自動失敗もクリティカルと同じで、ソードワールドではファンブルとは呼ばない。
「……自動成功があるとしても、奇跡を期待してサイコロを振るわけにもいかんな」
自力でどうにかならないものかと、ルールブックを読み返すことしばし。
「命中力7(14)ってなってますけど、この7はなんですか?」
「7は基準値、14は固定値です。TRPGはサイコロを振って判定するわけですが、毎回振るのは面倒なのでザコ戦は固定値で計算します。サイコロを2つ振った時の期待値は7なので、基準値に7を足してるわけですね」
「手間を省くためってことは、ボス戦みたいに2d振ってもルール違反ではないんですよね?」
「ないですね」
「よしきた!」
2dを振れば固定値の14より低くなる可能性がある。
それに賭けるしかない。
ころころ
「……ん、無理だな」
当然のごとく回避に失敗して2d+7のダメージ。
こちら防護点は4あるので、ダメージを-4して1ラウンド目はギリギリ生き延びた。
「えーと、レイピアで攻撃」
「まずは命中判定です」
「……ぐ、技能がないから命中ボーナスがない」
ギルマンの回避は命中と同じ7(14)。
固定値で計算する場合、平目では6ゾロを出さないと絶対に当たらない。
ころころ
「おお!? 当たった!?」
「次はダメージ判定ですね。威力表を参照しながら2dを振ってください」
レイピアの威力は8。
1~6のダメージを与えられるようだ。
2dが4なら1ダメージ(2は1ゾロの自動失敗なのでダメージが発生しない、3は0ダメージ)、12なら6ダメージというように、出目が大きいほど威力も大きくなる。
「このC値っていうのは?」
「それがソードワールドのクリティカルです。レイピアのC値は10なので、2dで10以上出したらクリティカルになり、もう一回2dを振ってダメージを追加できます」
「もう1回10以上が出たらどうなるんですか?」
「クリティカルに上限はありません。10以上が出続ける限り、ダメージは蓄積されます」
「うまくいけば一撃必殺ってことか」
ころころ
「期待値だな。3ダメージか」
「ギルマンの防護点は3なのでノーダメージです」
……勝てる気がしない。
そして案の定、
「あなたはしにました」
「……思ってたよりきついな」
次のラウンドでギルマンに軽くひねり殺され、
ころころ
転生して10歳になる。
トロールは140歳。
あと1回死んだら(剣)トロールになる可能性がきわめて高い。
これはまずい。
ころころ
「コボルドですね」
「よし!」
コボルドは最弱の蛮族だ。
よっぽどのことがない限り負けることはない。
ころころ
「……ノーダメージは無理だったか」
最弱でも先制値10なのがきつい。
どうしても先手を取られてしまう。
スカウト技能のありがたみがよくわかる。
「2dで戦利品を獲得してください」
「この『自動』っていうのは?」
「倒したら自動的に手に入る戦利品ですね。なお戦利品はお金に変えられますが、基本的に装備したり使ったりすることはできません」
「へぇ」
コボルドだと自動で『粗末な武器(10G)』が手に入る。
2dで2~9だと何もなし。
10以上出すと銀貨袋(30G)が手に入る。
最大で40Gだ。
ころころ
……何も手に入らなかった。
「剣のかけら入りの敵を倒すと戦利品でかけらも入手できます。1つ200Gで売れるので、余裕がある時は入れてみてください」
「わかりました」
所持金を10G増やし、HPをアースヒールで回復。
「経験点が1000あるから戦士系技能かスカウトがほしいな」
獲得した経験点で技能レベルを上げられる。
『技能レベルの中でもっとも高いものが冒険者レベル』だ。
サンプルでは操霊魔法(コンジャラー)レベル2なので、冒険者レベル2である。
技能は攻撃系のAテーブルと補助系のBテーブルに分かれており、Aのレベルを上げるには経験点がたくさん必要だ。
Bよりだいたい500~1000点多い。
「フェンサーとスカウトだな」
1000点あるから両方取れる。
フェンサーは戦士系技能なので回避、命中、物理ダメージにボーナスが、スカウトは先制判定にボーナスがつくようになる。
そして能力値の成長だ。
本来のルールではセッション(シナリオ)をクリアするごとに1回成長させられるらしい(レベルアップしなくても成長させられる)。
サイコロの目に能力値が割り振られており、サイコロを振って出た目が成長する。
たとえば1が出たら器用度だ。
もちろんゾロ目が出たら選択権はない。
ころころ
生命力を成長させて次に進む。
「2なのでグレムリンかゴブリンです」
「じゃあゴブリンで」
取り立てのスカウト技能で先手を取り、
「遠距離から『スパーク』で攻撃」
「魔法行使と精神抵抗の判定ですね。基本的に魔法攻撃は必中。相手の精神抵抗力が魔法行使以上だとダメージが半減したり、最悪無力化されます」
「スパークは抵抗されると半減か」
ころころ
ゴブリンの抵抗を突破してスパークが炸裂。
1発でHPを10削り、フェンサー技能による回避でゴブリンの攻撃を避わす。
「楽勝だな。もう1発スパーク!」
「スパークは範囲内にいるすべてのキャラにダメージを与えるので、自分も巻き込まれましたね」
「ええ!?」
ゴブリンが接近して攻撃してきたので、自分もスパークの範囲内に入ってしまったのだ。
さいわいゴブリンは抵抗に失敗し、倒すことはできた。
3戦目も運よくコボルドで、2戦で経験点2000獲得。
1500点使ってコンジャラー技能をレベル3にする。
「冒険者レベルが3になりましたね。『冒険者レベルが奇数レベルになった』ので、戦闘特技を1つ習得できますよ?」
「……特技が多くてどれを選べばいいのかわからん。『魔法収束』が妥当か?」
範囲魔法を単体攻撃魔法に収束できる魔法収束があると便利そうだ。
そして、
「クリエイトゴーレム!」
ソロプレイなので睡眠・気絶している仲間を覚醒させる『アウェイクポーション』は使い道がないから売り(定価の半額で売却できる)、『魔化された粘土』を買って操霊魔法で『ロームパペット』を造る。
レベル3の魔法生物でHPは34。
物理攻撃に強く、相手が打撃攻撃をしてきたら防護点が+5される。
「いける」
ロームパペットを前衛に配置してレベル4の蛮族レッサーオーガと戦う。
「遠距離からレッサーオーガに魔法収束したスパーク!」
ロームパペットで殴り、前衛を巻き込まないように収束したスパークをレッサーオーガに当て、無事に経験点1000を獲得。
「未使用の経験点が500あるから、1500でコンジャラー技能を4にレベルアップだ!」
「冒険者レベルを4以上にすると、エンカウント判定が2dになりますよ?」
「しまった!?」
大事なことをすっかり忘れていた。
ころころ
「レベル10のヒルジャイアントが現れました」
「うああ!?」
ボスのトロールより強い敵に勝てるはずもなく、あっさり撲殺。
ころころ
転生して20歳になり、トロールは160歳になって(剣)トロールにパワーアップ。
これはきつい。
「前世の技能を思い出しますか?」
「……これ、プレイヤーは数値を決められないんですか? 前世ではコンジャラー技能4まで上げましたけど、4にすると2dでエンカウントしないといけないんで、コンジャラー技能は3に抑えたいんですけど」
「いいですよ」
「よし! じゃあ『アウェイクポーション』を売って50Gを調達してから、魔化された粘土を買ってクリエイトゴーレムでロームパペットを造ります」
レベル5になるには2000、6ならさらに2500点が必要になる。
レベル4にするとエンカウントで2dを振らないといけないので、レベル3のまま5回戦闘に勝ちたい。
仮に途中で死んでしまっても、次にトロールがパワーアップするのは40年後。
運が良ければ3回前後は死ねる。
なんとかダークトロールへパワーアップする前に、トロールと同じレベル6になっておきたい。
ころころ
「レベル6の蛮族ラミアが現れました」
「ぐ」
だがそう都合よくはいかない。
強敵と戦うことになり、ロームパペットが破壊される。
戦利品が手に入らなかったので金欠だ。
ロームパペットを作るのに必要な粘土が買えない。
やむなく前世を思い出してレベル4になり、経験点でさらにコンジャラー技能レベル5へアップ。
蛮族の死体を使ってレベル5の魔法クリエイトアンデッド発動。
レベル4のアンデッド『ワイト』を造る。
ロームパペットに比べたら弱いものの、ワイトとの2人パーティなら2dでエンカウントしても勝機がある。
ころころ
3と5
「レベル8の蛮族ゴーリーが現れました」
「ダークトロールと同じレベルかっ!?」
ワイトがいるとはいえ、クリエイトゴーレムとクリエイトアンデッドを使ったのでMPがほとんどない。
「あなたはしにました」
「くそ!」
ゴーリーにやられ、サイコロの目にも嫌われ、ろくにレベルも上げられないままダークトロールへ進化されてしまう。
……勝てる気がしない。
「これ、クリアできるんですか?」
「テストプレイでは何度かクリアしましたよ?」
「どうやったらクリアできるんですか?」
「トロールが進化する前にレベルを上げてクリエイトゴーレムしてください。それとレベルの低い蛮族に剣のかけらをつけて200G稼ぎ、回復アイテムを買いましょう」
「……ちなみにダークトロールに勝ったことは?」
先生がにっこりと微笑んだ。
「2人プレイでなら」
つまり俺は死ぬしかないということだ。
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