ご注文はソードワールドですか?

東方不敗

ゴブリンスレイヤー

※新しく追加した1話です。

後の話と重複している部分は後で改稿します。



「アルバイトがしたいです」


 ……おかしい。

 なぜうちの店は客よりも店員のほうが多いのだろう。

 頭の痛い事態ではあるものの、邪険にするわけにもいかない。

 とりあえずカウンターに座ってもらい、水を出しておく。

「ご丁寧にどうも。……あ、その制服は天童高校ですね」

 土日や祝日は袴で営業しているものの、平日は学校があるので学生服の上にエプロンを着ることが多い。

「天童の卒業生ですか?」


「いえ、もうすぐ教育実習でお世話になるので……」


「へえ。あ、履歴書はありますか?」

「どうぞ」

 一応、履歴書だけは受け取っておく。

 さて、どうやってお断りしようかと考えながら履歴書を一瞥(いちべつ)すると、

「え」

 予想外の事態に固まる。

 それは履歴書のようで、履歴書ではなかった。


「……えーと、チーメイさん?」


「は?」

 いぶかしげに小首を傾げ(かわいい)、すぐに事情を察したらしく表情がこわばった。

 そう、これは履歴書ではない。


 なにかのゲームのキャラクター表だ。


 チーメイ・ルーグー、221歳、種族はエルフ。

 年齢氏名性別の隣には証明写真を貼れそうな欄があり、とんがり帽子のエルフの絵が描いてある(劇画タッチで無駄にうまい)。

 事細かに技能やパラメータもまとめられていて、遠目には履歴書に見えるだろう。

 間違えるのも無理はない。


 レベルは職業ごとにわかれており、最大で15。


 複数の魔法使い系職業を15まで育てている。

 相当やりこんでいる印象だ。

 しかしそれはあくまでゲーム世界でのこと。

 断じて目の前にいる女性の経歴ではない。

 だがチーメイ先生(仮名)は動じなかった。


「特技はメテオストライクです」


 すごいなこの人、鋼の心臓か。

 その度胸に敬意を表する。

「……これは何のエントリーシートですか?」

「TRPGのキャラクターシートです」

「T?」


「Tは『テーブルトーク』。テーブルでトークをしながら、演劇のようにキャラになりきってロールプレイする、ペンとサイコロのアナログゲームです」


「お、アナログのゲーム? ゲーム喫茶ならこれも置いといたほうがいいのか?」

「もちろんです!」

「おおう!?」

 身を乗り出してきた。

 なにかのスイッチを入れてしまったらしい。

 チーメイ先生は嬉々として通学用バッグをあさり、文庫本を取り出してドサッとテーブルに積んだ。

「TRPGの世界へようこそ! これがルールブックです」

「……300ページ越えが3冊。ルールブックのレベルじゃない」

 読むだけで死ねる。

 長丁場になりそうだ

 チーメイ先生は俺の表情で何を考えているのか察したのか、


「干し肉とドライフルーツをお願いします。飲み物はお水で」


「なんですか、その組み合わせ」

「標準的な『保存食』です」

「ああ、これか」

 たしかにルールブックの保存食(1日分)に『干し肉、ドライフルーツなど』と書いてある。

 これもロールプレイの一環だろう。

 ビーフジャーキーとドライフルーツを皿に盛り、天然水をコップにつぐ。

 キャンプ用品の『食器セット(12G)』にコップ、皿、おわんと書いてあるので、一応コップと皿は木製にしてみた。

 これで松明(たいまつ)かランタンがあれば完璧だ。

 店の照明を消し、淡いランタンに照らされながらジャーキーを噛む。

 気分は完全に冒険者だ。

 悪くない。


「TRPGの醍醐味はもちろんトーク。『口にしたことはすべて実現する』。プレイヤーが宣言すればどんな物でも破壊することができますし、たとえ相手が重要人物でも殺すことができます」


「でもキャラクターシートやルールブックみたいなデータが存在する以上、できることには限界がありますよね?」

「あるともいえますし、ないともいえます。TRPGでは何かをする場合には判定をしないといけません。このゲームでは2d、いわゆるダイスを2つ振って判定します。これがどういうことかわかりますか?」

「? いえ」


「判定があるということは、逆にいえば『判定に成功すればなんでもできる』ということですよ?」


「あ」

「どんなことでも判定をする。判定のない場所でも判定を求める。アナログなので時間はかかりますが、やろうと思えば何でもできるようになるんです。しかもTRPGの多くは『6ゾロが出れば自動成功』ですし」

「自動成功?」

「2dで6ゾロが出た場合、行為判定は自動的に成功します。たとえば卵を地面に落としても、36分の1の確率で割れません」

「偶然や奇跡がシステム化されてるのか」

「そういうことです。とりあえず何か事件が起こったら、ダメもとで判定しておきましょう。判定の回数を増やせば成功する回数も増えますよ?」

「覚えておきます」


「ただし1ゾロだと自動失敗になりますが」


 猿も木から落ちる、弘法も筆の誤り。

 どれだけ高レベルの冒険者でも、36分の1で信じられないミスを犯すようだ。

「TRPGはGM(ゲームマスター)という司会進行役と、数人のプレイヤーによってセッションをします」

 今回のように1対1でやることはあまりないらしい。

「それではさっそくGMをやってみましょう」

「は?」

「シナリオを作ってみてください」

「ええ!? 俺がGMやるんですか!?」


「私はチーメイ・ルーグーなので」


 キャラクターシートを片手にニコッと微笑んだ。

 どうやらメテオストライカーを迎え撃たないといけないらしい。

 強敵だ。

 ……しかしいきなりGMを任されても、何をどうすればいいのかわからない。

 分厚いルールブックを前に途方に暮れる。


「何も難しいことはありませんよ? GMが『洞窟にゴブリンが1000匹います』と言えば、ここにゴブリンの洞窟が現れるんです」


「あ、『口にしたことはすべて実現する』?」

「それがTRPGの魅力です。さすがにシナリオを作ることはプレイヤーにもできません」

「……GMの特権ってことか。でも洞窟にゴブリンが1000匹いるだけじゃ話は成立しませんよね? さすがに高レベルの冒険者でも、1人でゴブリンを1000匹倒すのは現実的じゃない」


「そうですね。『クイズは正解されるために作られている。誰も解けない問題はクイズではない』。GMはプレイヤーがクリアできるシナリオを作る義務があります。でも出したいですよね、ゴブリン1000匹?」


「出したいです」

 そう、普通のゲームではありえないことをしたい。

 だがクリアできない問題はシナリオではない。

 でも出したいのだ。


 ゴブリン1000匹を。


「では出してみてください、ゴブリン1000匹」

「え」

「テストプレイしてみないと、本当にクリアできないのかわかりませんよ?」

「いいんですか?」

「GMがクリアできるシナリオを作る義務があるように、プレイヤーはGMを楽しませる義務があります。たとえクリアできなくても」

「じゃあ出しましょう。人里近い洞窟にゴブリンが1000匹います!」


 その瞬間、テーブルの上には確かにゴブリンが1000匹生まれた。


 そしてそれに立ち向かうは大魔法使いチーメイ・ルーグー。

「今回はサイコロを振らずに、純粋にトークだけでセッションを進めてみましょう」

「助かります」

 ルールがまだわかってないのでありがたい。

「通常なら冒険者ギルドから依頼を受けるところですが、規模が大きすぎますね。一地方のギルドでは対処できないでしょう。単独で乗り込みます」

「え、仲間を集めたりしないんですか?」

「しません」

 余裕の表情でルールブックをめくる。


「たとえばメテオストライクは準備に1時間かけて魔法を発動すると、半径500mに隕石が降りそそぐ大規模破壊魔法になります」


「ダンジョンアタック!?」

 ダンジョンに潜ることをダンジョンアタックと呼ぶのだが、まさかのダンジョンへの直接攻撃。

「地面に手をついて『アースクェイク』で10分地震を起こせば、範囲内にある建物は倒壊するので落盤させることもできますね。『ゲート』の魔法で『どこでも繋がるドア』を作れば、洞窟と海を繋げて水攻めもできますよ?」

「げ!?」


「逃げられないように出入り口は『ストーンウォール』で塞いでおきましょう。水と土砂で生き埋めです。これでどうですか?」


「……怒涛の連続攻撃でゴブリンの巣はほぼ壊滅。生き残りを集めたとしてもレベル15の冒険者には勝てませんし、バラバラに逃げ回るゴブリンならその辺の冒険者でも倒せます」

 所要時間わずか1分。

 まさかメテオストライカーがこれほどとは思わなかった。

 完敗だ。


「1000匹規模の洞窟なら、出入り口はいくつかあると思いますよ?」


「は?」

 一拍遅れてチーメイ先生の意図を悟った。

 第2戦だ。

「500匹のゴブリンが脱出に成功して別の洞窟へ移りました。その中では魔法も使えませんし、外からの魔法攻撃ではビクともしません!」

「それなら地味に煙で燻(いぶ)りだすか、もっと直接的に火攻め。白い粉を使うのもいいかもしれませんね」

「粉?」

「小麦粉でもアヘンでも構いません。狭い洞窟の中で空気中に粉をばら撒き、火を着ければ爆発が起こります」


 みんな大好き粉塵爆発。


 漫画やアニメでもお馴染みのネタだ。

「……500匹もいるのでそれぐらいじゃ落ちません。そもそも魔法使いが魔法の使えない洞窟に乗り込んで細工するのも無理がありますし」

「中で魔法が使えないのなら外で使いましょう。ゴーレムを作ってもいいですし、妖精を召喚することもできます。ドラゴンに変身してもいいですね。最も確実で安全性の高い戦術は魔法による幽体離脱でしょうか。霊体になれば『通常武器無効』になりますから、物理攻撃しかできないゴブリンが何匹いようと相手になりません」

「……もう何でもアリだな」

 頭を抱える。

 レベル15おそるべし。


「250匹のゴブリンが脱出しました!」


「あらあら」

 こうなったら意地だ。

 なんとか一矢報いてやる。

 しかし正攻法ではこの頭のおかしい魔法使いを止める方法がない。

 どうすればいいんだ。


 ゴブリンの巣食う洞窟なんて、ファンタジーでは王道のシチュエーションのはず。


 そのすべてで水攻めやら落盤やら粉塵爆発が通用したはずがない。

 歴戦のGMたちは何とかして冒険者の小細工を封じたはずだ。

 ゴブリンの知能レベルでできる簡単な冒険者対策はなにか?

 パッと思い浮かぶ答えは1つ。


「……洞窟の中にはゴブリンにさらわれた村人たちがいます」


「代表的なTRPGのシナリオの作り方ですね」

 うんうんとチーメイ先生がうなずいた。

 正解だったらしい。

 手段を選ばなければゴブリンを倒す方法は無限に存在する。

 ならばプレイヤーにペナルティが発生してしまうシチュエーションを作ればいい。


「魔法でゴブリンに変身するのがセオリーでしょうか。魔法で姿と音を消して忍び込むこともできますね。食事に毒を盛って眠らせるのもお約束。洞窟の周囲でゴブリンを捕まえて魔法で操り、ゴブリンに捕まった振りをして人質を助けに行くこともできますね」


 息をするようにゴブリン殺しの秘策が出てくる。

 一度語りだしたら止まらない。

「……参りました」

 正直、数で圧倒していてもレベル差がありすぎてどうしようもなかった。

 なにをやっても粉砕される。

 ただGMにしてもプレイヤーにしても、想像力さえあれば何でもできることはよくわかった。

 プレイヤー目線ではこれほどの自由度を感じることは難しかっただろう。

 実際にシナリオを進行するのは疲れるのだろうが、機会があれば本格的なGMをやってみたい。

「それで……」

「え?」


「アルバイトの件はどうなったんでしょう」


「えーと……」

 すっかり忘れていた。

 ここまできて断るのも体裁が悪い。

 やれることはやっておこう。

「じゃあ改めて……。うちで働く場合、なにかできることはありますか?」


「料理人技能があります」


 ……リアルの話なのかゲームの話なのかわからない。

「そうだ、本物の履歴書は? 持ってきてます?」

「探してみます」

 チーメイ先生がガサゴソとバッグの中を探すものの、やはりシートそのものを間違えて持ってきていたようで見つからない。

「仕方ありませんね」

 すると何を思ったのか、おもむろに例のキャラクターシートを修正し始めた。


「鹿谷七海(ルーグー・チーメイ)です」


 どうやら本名の中国語読みだったらしい。

 種族は人間、21歳、教員技能(習得予定)。


「ゲームマスター、いえ、ゲーム喫茶マスターには自信があります」


 ……さすがは歴戦のGM。


 面接官(プレイヤー)が採用(クリア)できない面接(シナリオ)は書かない。

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