純情はいらない2
昼時、食堂は混雑している。ガチャガチャと皿のぶつかる音と、むさくるしい男性たちの会話が飛び交っている。
アキミアは、独りで席につき、無心に昼食をとっていた。からあげ、魚のフライ、タンパク質の塊が、皿からあふれんばかりに盛られている。
彼に近寄る人影があった。駆除隊の同僚である。
「おい、アキミア。おまえ、これ興味あるか」
おぼんの横に、長方形の紙切れが置かれた。金文字で、30パーセントオフと印字されている。
アキミアは、紙を
「なんだこれ」
「イノリガオカ駅すぐに出来たんだと。オーナーが元駆除兵でな。もらったんだ……ほれ」
同僚の指の先に『姉的性活』と、小さくあった。あきらかに、その手の店である。
「俺は年上ダメだから。アンドロイド嬢も扱ってるらしいからよ。おまえ、よかったら使えや」
アキミアは、大口をあけて、白飯を口に放りこんだ。
「要らん」
「あ? どうして」
「婚約者がいるんだ」
同僚は、目をまるくした。
「はあ、アキミア、おまえそういうキャラだったか?」
「キャラもなにも、大人なら当然だ。貞操を守る」
「風俗は別だろ。ここ、サービス良いらしいぞ」
「だからなんだ」
取り付く島もない様子に、同僚は肩をすくめて、
「まあ、いいや」と、言った。
「とりあえずやるから、気がむいたら使うか、だれかにやってくれ」
そう言い残して、さっさと立ち去ってしまった。
「……要らないっつってんだろ」
舌打ちをして、クーポン券をうとましげに見る。
しかし、誰が通るか分からない食堂だ。このまま置いておくわけにもいかず、半分に折って、ポケットに詰めた。
「ホントに、やんなっちゃう」
ソウのむかいに座った女性が、落ちこんだ顔でつぶやいた。
長方形の机を、四人の衛生兵が囲んでいる。昼食を食べ終え、残りわずかな休憩時間を、給湯器の渋い茶を飲んですごしている。
「また、あれ? 風俗通いの彼氏のこと?」事情を知っているらしい一人が、苦笑いをうかべた。
「そう。やめてって言ったんだけどさ。昨日、上着のポケットにポイントカード見つけちゃって」
「へえ、ポイントカードなんてあるんだ」
「あるわよぉ。意外とちゃんとしてんのよ、ああいうところって」
「やっぱりね、男だから。ソレとコレは別って考えなんじゃないの」
もう一人が、悟ったような表情で言った。
「男なんて、性欲魔人なわけだから……」
ソウは、口をはさまなかったが、内心で強くうなずいていた。
「許してあげたら? ほかの女に、情を持たれるよかマシじゃない」
相談をもちかけた同僚が、顔をゆがめる。
「やだよ。アンドロイド嬢なら、まだしもね。もし害獣病なんか移されたらどうするの」
「まあ、たしかに」
ソウは、ずずず、と茶をすすった。
「ソウはどう思う?」と、水がむけられる。
「わたしは、うん。できれば行ってほしくないかな」
それだけ答えて、うっすらと笑う。
「だよねえ」
共感を得て満足した様子の同僚をしり目に、茶を一気飲みする。
――――ツキヒコさんも。
頭をよぎった考えを、打ち消す。昨晩、彼の様子は、すこしおかしかった。
心当たりはある。あの夜、高校生のときにキスをした話を聞かせた。
だがあんなことをする男が、キス程度を気に病むだろうか。
「ソウ? 行かないの?」
顔をあげる。三人は、すでに盆を手に立ちあがっている。あと五分で休憩が終わってしまう。
「ああ、うん」
気にしないようにしよう。そう思いながら、盆を手にとる。
それでも、低い声が耳元でささやいている気がした。
――――ファーストキスは、噛まなかったでしょう?
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