第108話 あるシャイボーイの話をしよう


 さて……、揃っているかな。よし。少し顔が赤い人もちらほらいるけど、眠くならないように。あと、窓を少し開けようか。お酒臭い教室は問題になりそうだし、どこからかするめの匂いが漂っていてね。お腹すいてくるんだよね。誰だ、するめなんか買ってきた奴は! 後で僕にも分けなさい。

 でも、皆歓迎するよ。それだけ話そうとしてくれてるんだからね。沈黙は金と言うけれど、ここでは鉛だ。貯めれば貯めるほど重く、動けなくなり、しまいには中毒になるから吐き出してすっきりしよう。


 休憩前に面白い質問をもらったから、まずそれに答えよう。

「照れ屋はシャイに入りますか?!」だってさ。そんな「バナナはおやつに入りますか?!」みたいなノリで聞かれたらね、ちょっと「入りません!」って答えたくなっちゃうよね。ならない? まぁ、いいや。

 僕は照れ屋はシャイに入ると思うよ。照れるとは気恥ずかしく感じること。はにかむこと。現にキミ達の何人かはするめを分け合いながら言葉少なにはにかんでいたしね。シャイらしいなぁ、と思って微笑ましかった。他にも、両想いなのにぶっきらぼうになってしまうとか、見つめ合うと素直にお喋り出来ないとか、怯えてる Hooとかね。あ、ぽかんとしてるね。ジェネレーションギャップを感じるなぁ……。ともかく、それらもシャイの一側面だと思うんだ。


 でも、照れ屋ってシャイの中でも範囲が狭まっている気がする。気恥ずかしさを感じるのは一緒としても少しポジティブにフォーカスしている感じ。だって「うんちを踏んでしまって恥ずかしい」とは言えるけれど、「うんちを踏んでしまって照れる」ってなんか変態みたいだよね。

 照れるという言葉は「褒められて」のような言葉と結びつくから、そこには肯定的評価が付随している。恥ずかしいは否定的な言葉にもくっつくけれど、マイナスな事象に照れるのは違和感を覚える。だから、シャイの一形態ではあるとは思うけれど、より限定的かな。これは僕の意見ね。バナナはおやつか問題と一緒で価値観によるから、みんなも考えてみて。


 よし、じゃあ本筋に戻ろう。一般的な特徴は先ほど見た通りだが、これが男女関係にもつれたらどうなるだろう。今回は駅前で捕まえた他大学の男子学生に協力してもらって色々と話を聞かせてもらった。すると、僕には考えられないような思考をしていてね、是非キミ達に共有したいと思った。プライバシーに関わる以外の質問や意見があれば話の途中でも発言して欲しい。

 休憩前に言ったように、今からはとあるシャイボーイAの思考回路を見ていく。ここにはシャイじゃない人もいると思うけれど、そんな人にはこれからの内容は興味深いかもしれない。それを知るだけで不可解な行動を理解できる可能性があるから。更にこれ以降、付き合い方を変えてくれたらこの談話の意義があったと思う。但し、今回話すのはあくまである個人の思考回路であって、類似の個体に通底するものではないことを頭に入れておくように。


 青年Aは極度のシャイだと小学生の時から自覚していた。その時の思考はこうだ。「自分は何の価値も魅力も無い人間だから声を掛けてくれるだけで奇跡だ。人より劣っているのだから飽くなき研鑽が必要不可欠で、それをしていない自分が人前に出るなんて堪らない」。

 いやはや、びっくりしたよ。何が彼をそう思わせたんだろうと思って聞いてみた。すると彼は「原因なんてない」と言うんだ。いつの間にかそう思っていた、家庭環境も普通だし、友人にも恵まれ、いじめられるどころか毎日遊びまわっていたと言う。

 しかし、自信の無さからくる自罰に近い羞恥は彼をがんじがらめにしていた。彼曰く「あの時どうしてそこまで卑下出来たのか分からないんです。根拠の無い自信なんて持てるはずもない、と根拠の無い羞恥に立脚していたんですね」と、彼は自嘲気味に笑っていたね。


 自尊心が低いからシャイなのか、シャイだから自尊心が低くなったのかは分からないけれど、ともかく彼は自分に向けられる行為、もとい好意さえ懐疑的だった。

 特に女の子に対しては一層懐疑的だったそうだ。異性は恥ずかしさを増長させる存在だったらしい。目が合った女の子が手を振っていても「人違いだったら……」という羞恥心が勝って、まずは後ろを確認していたという。からかいの対象になることを恐れて、自分からは話しかけないし、話しかけられても可能な限り近くにいる友人に話を投げる。「ある意味、超絶ナルシストだったんです」と笑いながら彼は当時を振り返っていた。「全てが自意識過剰だったんですよね。誰も気にしていないのに普通から外れる行動が怖かった。みんなの中にいても恥ずかしくないように埋没しようとしていた」と言う。

 これは曲がりなりにも性を意識し始める年齢の子供だから余計に顕著だったんだと考える。ほら、小さい子って異性で仲良いとからかうじゃない。だから、そんな恥ずかしさを経験したくない、槍玉に上がりたくないシャイボーイには一番厳しい時期だったんだろうと推測するよ。

 

 中学にもなるとカップルも普通になってくるし、高校なんて付き合っていない方が珍しくなる。環境が変わった時の彼の思考はどのようなものだっただろう。答えは簡単――あんまり変わらない、だ。


 いいかい、一度、一般的なシャイの特徴に戻ろう。シャイは何が恥ずかしいのだったっけ。そう、自分自身だ。小学生の時は冷やかされること、つまり、環境から外れることへの羞恥が後押ししていただけで、中学以降も自分が劣っているもの、恥ずかしいものという感覚は抜けない。自信の持ち方を知らないから余計に泥沼にハマるのかもしれない。


 その結果が「好き避け」だ。彼は好き避けしていることを顕著に自覚していた。その理由は「魅力のない自分を知られるのが怖いから」だ。彼は言う、「基本的に自分は男性として魅力のない人間だと、世間に出すには恥ずかしい人間だと思っていました。だから、女の子との会話は避けます。つまらない自分が露呈するのが嫌だから。好きな人だと猶更です。極力、話さない方が良いと思っていました。話せば話すだけ離れていくに違いないと」


 この話を聞いた時に僕は不思議に思ったんだ。じゃあ、仲良くなりたいときはどうするの? って。


「最善手は話さないことです。でも、知られないと話にならないのは分かる。だから、たまに挨拶して、男友達と話しているのを一緒に聞くのが一番良いと思っていました。話さなくても少しでも視野に入っていれば良いかなって。男友達が話しかけてくれたらラッキー。たまに相槌を打つだけでした。あとは運動することでしたね。身体を鍛えて、練習をいっぱいする。喋れないのならせめて……と思って頑張りました。それが余計に話し辛さを産んでいたのかもしれません」


 難儀だよねー。話さずに仲良くなるなんて、相当な難易度だと思うんだけど、他にも何人かと話すとみんな結構こんな考えをしていたりする。シャイボーイにある程度共通する思考回路のようだ。そうそう、彼はこんなことも話していたね。


「シャイな人は話しかけられただけで好きになるって言うじゃないですか。あれは本当ですよ。女の子から距離を置いて、自発的に話しかけない男子なんて扱いにくいに決まってますから。それでも話し掛けてくれる子って大体明るくていい子なんですよ。ですが、それで好意があると勘違いするなんて恥ずかしいことはしません。そうではなく、彼女にとって俺と喋ることが恥ずかしくないことだと分かるから好きになるんです。認められた気がして」


 僕はそう言って爽やかに笑う彼がとてもそんな考えをしているとは信じられなかった。でも、彼の昔の友人に聞くとやっぱり恋愛はからっきしだったと口を揃えて言うんだね。これも、思春期の男女の微妙な距離感に起因すると僕は思う。

 例えば、同世代とは話せないのに、年上の女性や男性に可愛がられるシャイって一定数いない? あれは、年上に対しては未熟であっても構わないという一種の甘えと、年上の包容力がそうさせているのではないのかな。恥ずかしい自分であっても年齢のせいに出来る。その自分におせっかいを焼いて、世話をしてくれている。その二つの感覚がシャイの羞恥心を緩和しているから、面目無さを感じず居心地が良い。

 うん、僕はあり得る話だと思うんだけど、どうかな? 推測に過ぎないけれど。


 彼の「好き避け」の論理をまとめるとこうだ。価値のない自分を恥じており、好きな人には決して知られたくない。だから、避ける。これがベースだね。そして、価値を見出せない原因は特にない。ここが不思議な所だ。これをもって生得的な性格と断定するのは早計だと思う。でも、僕らは理由を知れないし、事後的な対応をするしかない。彼のように自己否定の羞恥をベースとするシャイには、話しかけて存在を認めてあげれば良い。自己開示を嫌がるタイプであれば、コンタクトしつつも距離を詰め過ぎない。これらが大切なんだと思う。


 いいかい、大切なことだから改めて言うけれど、これはある個人から導かれた一つの見解であって、一般化してはダメだよ。逆に言うと、キミがシャイであって、その上で違うと思うのなら、どんどん発言するべきだ。考えを持っているのに黙ることは罪だ。黙ることでキミ自身がこの時間と自分を無価値にしていることに気付いて欲しい。


 これから少し話し合いの時間を取るから、シャイな異性に共通する特徴と好き避けの論理を自由に話してみて。


 よし、じゃあその前に協力してくれた彼の発言を紹介しておこう。彼は最後にこう言った。

「大学生になった今では、なんでそんな風に考えていたんだろうと自分でも不思議に思います。シャイであることには変わりはありませんが、自分に対する羞恥心は納まりましたね。多分、シャイ仲間がいて、彼らを外から見れたこと。どう思っているのか共有出来たことが大きかったのかもしれません。シャイだとそのような話をすることも珍しいですからね。良かったです。これで彼女持ちにぐっと近づきましたよ」ってね。


 彼に彼女が出来たかどうかはお楽しみにしておくとして、どうして僕がこの場を設けたか分かったかな? ここにいるのは程度の差はあれシャイに興味がある人のはずだ。彼のような変化がここで生まれることを願っているよ。


 じゃあ、近くの人と少し話してみようか。シャイな異性に共通する特徴と好き避けの論理についてね。名前と好きなものと、そうだね、自分を含めた周りのシャイ友達の特徴から入れば話しやすいかな? 僕と話したければ教壇のまわりに来てくれても良いよ。バレないようにお酒を飲んで、お菓子を食べて、移動も自由に、和やかに会話を楽しもう。


 良い機会となることを祈っているよ。


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