8月 ひねくれ蒔き直し

第101話 電脳メガネさえあれば世界は平和になる

 

 情報が氾濫している現代。森羅万象のことわりを人間一人の脳に詰め込むことは不可能ですが、僕は身近なことですら記憶に残らないのですよ。


 最も困るのが名前。見覚えがあっても、名前はぱっと出てきません。特に海外のお名前は抜けるのが早い。やんちゃ坊主のように目を離した隙にふらふらいなくなります。名前だけでなく、その人のエピソードなど一度話したことがあっても海馬からはさっぱり消え去っています。これはマズい。


 そこで考えたのです。記憶を補助するデバイスが生み出されれば、名前を間違えられる気まずさも、勘違いによる不協和も解消されるだろうと。つまり、AR眼鏡が普及すれば世界は平和になると。ARとは拡張現実(Augmented Reality)のこと。現実の風景に仮想の情報を重ねる技術です。「電脳コイル」(※1)の世界を思い浮かべて頂けると分かりますね。(分からないですね)


 AR眼鏡は一度会ったことのある人の顔を認識し、登録した内容を表示します。名前、会社、年齢、食やお酒の好み、趣味、雑談の内容、戦闘力など。一度聞いて記録すれば表示されますから、これさえあれば話題に困ることもありません。AR眼鏡は表情の変化から感情を読み取り、感情の強弱も数値化。微妙な機微ですら捉えやすくなります。


 このデバイスはあらゆる場面で威力を発揮します。理不尽な要求を押し付ける上司の横にはこう表示されています。「戦闘力5」。あなたは頭の中で『戦闘力…たったの5か…ゴミめ…』と呟き、にやりとさえ出来るでしょう。誰彼にでも怒り狂う課長の額には「ぷんぷんゲージ」が常に表示され、怒りのボルテージが上がるにつれ、ぷんぷんゲージも溜まっていきます。最終的に噴火すると頭からお花なり鳩なりが生まれ出てくるのです。「課長、今日も咲いてるね」。そんな隠語が浸透するでしょう。もちろんその機能は誰にでも使えるので、課長たちも好みに沿ったエフェクトを使用。結果として、誰もがニヤニヤとした生暖かい職場が完成。世界はストレスフリーな社会へと変貌を遂げていくのです。


 いつかは僕も理不尽に怒る人の頭に花を咲かせてみたい。世界平和のため、AR眼鏡の普及を切に願います。




※1 電脳コイル https://www.tokuma.jp/coil/

2007年にNHKで放送されたテレビアニメ。舞台は「電脳」と呼ばれる技術が普及している近未来。“電脳メガネ”は、街のどこからでもネットに接続し様々な情報を表示する機能を備えたアイテム。このメガネを通して子供たちは電脳空間で次々と巻き起こるフシギな出来事を体験していく。

――これがまた面白いんですよね。能天気で郷愁的で不気味で感動する。名作だと思います。電脳メガネがあれば電脳ビームが打てるので、街中どこでもサバゲフィールド。こんなものが普及したら子供のゲームによる運動不足とか解消されるに違いありません。

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