第87話 多自己解釈とその対立


 軸が無い。


 就活で痛感しましたが、僕はいつも自己矛盾を孕んでいます。筋の通った考えなんてとても望めません。面接では芯を持った人物を演じ切りましたが、なるほど中々考えの異なる人物になりきるというものは面白いものだ、と演劇に興味を持ったのは僕だけではないでしょう。話を戻しますが、矛盾を孕むのは仕方がないと考えています。だって僕にはLittle Askewがいますからね。


 さて、皆さんは自己をどのように捉えていますか? 確固たる自我があって、経験を通して微妙に形を変えていくのでしょうか? 天使と悪魔はその自我の中で生み出された葛藤を表しているだけであって、あくまで主体は単体の自己なのだと感じる方もいるでしょう。


 しかし、僕は異なる考えを持った多くの個が連立している感覚を持っています。それらは互いに他人ではありません。主観を次々に移し替えられる別個体という感じでしょうか。それらをLittle Askewと呼んでいる訳ですね。彼らの身体の大きさはまちまちで、大きいほど力を持っています。つまり、表に出て来易いということです。


 彼らは読書や出会いを契機に、または酷い経験や辛いことによって、すぽんっと生まれます。地面からにょきっと生えて、ぽんっと個になります。新しい個が生まれていずれかの個が小さくなったり、同時に生えてきて喧嘩しながら同様に成長したりすることもあります。彼らは相互に影響しながら、バタバタと頭の中を駆け回っています。


 それゆえ、意見対立が起こるなんて当たり前なのですよね。

「てめぇ、ブランドなんて虚像に拘ってるんじゃねぇ! その分高いだけで糞の役にも立たねぇよ」

「キミこそ、合理性を求めるくせに、それを持つ自分のイメージを想像しちゃっているじゃないか。それこそ所有による自己のブランド化に他ならないんじゃないの?」


「ねぇ、やっぱり全知全能の神様っていると思うよ。だって、こんなに綺麗な自然があって、僕がここにいて、こんなに好みの人がいるなんて信じられないもの」

「ロマンチストだね。でもほら、賢い人が言っていたように、全能なら存在しないことも出来るんだから『全知全能の神はいない』も成立するよね。結局、いるかいないかなんて僕らには分かりやしないんだよ」


「酒はやっぱりビールだよね。ウイスキーやラム酒もいいな。ポン酒やワインは美味しいけど後に残るしなぁ。梅酒も捨てがたい。結局なんでも飲めば美味しいんだよね」

「ばっきゃろー、酒らんてなぁ、のぇないなら、それでいーんだよ。からしいことや、ひくつなことばっきゃり浮かんできやる」


 おー、いつも通りですね。最後の子はいつも隅の方で小さく瓶を抱えています。常に楽しそうで良いのですが、いつかお医者さんに連れて行かないといけませんね。それはともかく、ほら皆さんも経験があるんじゃないですか? 筋の通らない考えに辟易へきえきすることが。もしかしたらいるかもしれませんね。今の視点と全く違う別のあなたが。


 最後に一つ確認して終わりましょうか。

「僕らに共通した軸なんてあるわけないよね?」


 全員がこちらを見て頷きます。

「当たり前だ!」


 ――やっぱりみんな同じ考えだなぁ。

 僕が不思議がった所で、別のAskewに主観が移りました。

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