第77回 どんな顔してガターを見つめれば良いの?


 日曜の朝。アルコールで眠りが浅くなったのか、目覚ましが鳴る前にふと目が覚めました。タングステンほど重い怠さがのしかかる身体はびくともせず、布団に沈み込んだまま、僕は憂鬱のブルーに漂います。


「あーあ、またやっちゃった……」

 ぼやけた頭で土曜日を思い返します。


 目を閉じて、目覚ましが鳴るまでぐずぐずと惰眠に耽ります。頭の中で「ほんと幼稚だな」と俯瞰した自分がため息をついていました。


 土曜日、職場のご夫婦のランチパーティーにお呼ばれしました。その日はパーティの前に、ご夫婦の趣味のボウリングも楽しむ予定だったのです。そりゃ、もちろん楽しかったですとも。ご夫婦と駐在員家族の大人数でワイワイするのはね。


 でもね、僕はボウリングが苦手なのです。


 プレイ後必ず爪が割れるからでもあり、単純に下手だからです。大学時代、周りの友達が上手すぎて、ピン差×100円を毟られるのは分かっていたので「カラオケとボウリングどっちがいい?」と聞かれたら「カラオケ!」と即答して避けていました。


 経験しないと上手くならないのは当然で、おかげでこの歳でも苦手なままです。下手なのは置いておいても、僕はボウリングをするとどうしても自分が嫌になってしまう。それはなぜか。――僕が勝手に気まずくなるからですね。


 ストライクやスペアはいいですよ!

 一緒に驚いてハイタッチして喜べますもの!!


 でもね、奥さん。ガターとか、数本しか倒れなかった時にどんな顔して良いか分からないの。


「笑えばいいと思うよ」

 

 頭の中で大先生の声がこだまします。僕は素直に先生の声に従いましたよ。でも、どうしても微妙な空気を覆せないんです。これは自分の時も、誰かの時もね。


 またやっちゃいましたー! わはは! みたいにおちゃらかせればいいのですが、負けず嫌いの悪い癖が出てしまって、笑いながらも少し悔しいのです。知り合いがミスした時も、薄笑いをしながら「ドンマイです!」としか言えません。


 ターン制なのもこたえますね。僕はメンタルがもやしなので時間があるとすぐに腐るんです。とても足が早い。あ、そういえば、昔から「足がはやそう」と言われていましたね。え? そっち? あの時キミらは「早い」ことを言っていたの? だったら正解。「速い」なら間違いだよ。僕は「速そうに走る」のは得意でしたけれど、「速く走る」ことは苦手でしたから。


 えーと、あ、ターン制の話でしたね。

 バスケとか、フットサルは良いです。ミスしても取り戻すために必死になれますから。その分走ればいい、守ればいい、上手いプレーをすればいい。すぐに自分からチャンスに絡んで行ける。


 でも、ボーリングは泣いても笑ってもみんな平等。最大21回しか投げられず、それを衆人環視の中でしないといけないのが嫌だ。やめてっ、見ないで! いっそ、一人1レーンで各自のタイミングで投げれれば良いのに。


 スペアが取れなかった時の微妙な空気が辛い。ガターを取って何て言えばいいのか分からない顔を見るのが辛い。ミスした人が気にならなくなるように盛り上げることが出来ないのが辛い。モリモリと積みあがるのはスコアじゃなくて、フラストレーションと失望。


 ボウリングをすると、ボールなんかじゃなくて、自分を投げたくなるんです。ミスをしたら、ヘッドスライディングしてピンを全部倒すとか出来たら良いのですが。機械の奥に消えて、ボールと一緒にすぽんと出て来てやりますとも!


 ……現実は、ダメでしたー。と言いながらストンと座るのがオチです。


 ボウリングの下手さよりも、自分の幼稚さが気になってしまいます。何もリアクションが出来なかったのは、大人気なかったな。と。大人ではない僕は矛盾に自嘲しながら、その後のランチパーティーで反省していました。肉を食べ、プールにぷかぷか浮いて、ビールを飲みながら省みていました。


 そんなに気にしているのは僕だけってことも分かっているんですけどね。本当に楽しかったですし、良い週末だったと胸を張って言えますから。でも、気になるのは気になる。後から振り返ってマズかったなと。


 そうしてベッドの上で答えのある問いをこねくり回していたら、目覚ましが鳴りました。僕はがばっと怠さを振り払うように起きて、出かける準備をします。日曜日、午前中はテニスで息が切れるほど駆け回って、午後は楽器美術館に行きました。スポーツと音楽は偉大です。憂鬱が嘘のように晴れました。


 僕はボウリングを批判したいのではありません。むしろ、叩いて美味しく調理したいと思っています。でもやっぱり僕は、球を投げるより、自分が追っかける方が性に合っています。

 

 そーれ、取ってこい!

 ってやつなら、迷わず追いかける方を選びますよ。


 何せゴールデンレトリバーになりたい系男子ですからね。しっぽを振って追いかけて行きます! そして、上手くキャッチしたら「次はお前の番だ」と言ってぶん投げます。



 その時の、微妙な顔は大好物です。


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