第75回 大人ってなんだ?
大人ってなんだ?
なんかね、僕は大人という言葉を見ると頭がくらくらするんです。常にゲシュタルト崩壊していると言えば良いのか、見る度にその輪郭が掴めず、バラバラになっていきます。
勿論僕は大人ですが、大人ではありません。大人の皆さんは意味が分かると思います、今年大人になった方は特に。「大人になれ」と大人が大人の僕に言いますが、大人になった今でも大人の都合は分かりません。僕は大人しい子供でしたし、今は大人しい大人です。ですが、僕は大人らしい子供でもなかったし、大人らしい大人でもありません。……「大人しい」の原義は「大人らしい」ですが、なんだかキツネにつままれたようです。
そう、大人はふわふわと雲のように形を変えるのです。大人は、制度的で、精神的で、理想的で、個人的なもの。制度的には20歳で大人、2022年からは18歳で大人。一方、精神的に成熟しなければ大人ではなく、大人の要件は個人的ってね。ぼんやりとした実体のない何かみたい。
だから大人になっても大人ではない、なんてことが言えてしまう。「年をとる」のと「大人になる」のは決定的に違うのにね。
僕にとっては立派な大人が「僕なんてガキのままですよ」と頭を下げてインタビューを受ける。それを見るにつけ唯一の大人像なんて存在しない、確定した大人なんて無いのではないのかなぁ、と感じます。
僕のイメージでは「大人になる」とは、能力を身につけるようなもの。
大人と思わせる能力。周りの理想に合わせる能力。
多くの人の中にある勝手な大人のイメージに符合すること。それが周囲から見て「大人になる」ことかなと。
ただ、僕はいくつになっても自分を大人と思えないだろう、という不確かな自信があります。僕にとっての大人は、そうあるべき理想の人物ですから。自分の理想にはいつまで経っても追いつくことは出来ない。自分が強欲なことは知っていますからね。仮に現在思い描く大人の要件を満たしても、すぐに足りない要件が見つかるはず。そう確信できるので、自分で自分のことを大人と思える日は来ないのです。
いくつになっても子供の自分。
それで良いと思います。大人ってハードルが高すぎるので。
だから、「大人になれ」って言われたら困ります。
だって、僕が思い描く大人になるには、まずイタリア空軍のエースになったあと、渋い声の豚になってアドリア海を飛び回らないといけないですからね。……ちょっとまだ僕には荷が重いかなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます