第38回 彼女の最期
エッセイは基本的に1話1,000文字以内を目標に書いているのですが、今日は長くなってしまいました。ここまで長くなったのは、合コンの時に女性に言われた言葉を分類した時以来ですね。くせが溢れすぎていて気持ち悪いかもしれません。それでも良ければお付き合いください。
さて、突然ですが、僕は圧倒的に犬派です。でも、猫が嫌いという訳ではありません。ただ、好きの度合いが犬に偏っているというだけです。猫も飼ってみたいです。散歩も必要ないですし、一人暮らしだったら犬より飼いやすいのかなぁ、と何となく感じています。もし、「甘い! たっぷりの甘々シロップにつけたドーナツをさらに、シュガーにディップするくらい甘い!」と思われたら、忌憚なく言ってください。
犬猫論争は楽しいですが、結論どっちも可愛いよ!
でも、どっちにしても猫は飼わないと思います。だって、猫アレルギー持っているもの。ちょっと触るくらいなら何ともないですが、昔、猫を多頭飼いしている友達の家に行ったら、目は真っ赤になり、首からお腹まで湿疹が出ました。あぁ、あんなにかわいいのになぁ……。
閑話休題。
僕は飼っていたゴールデンの可愛さにやられてしまいました。
初めて出会ったのは小学校の高学年。
家の扉を開くと、リビングから飛び出てきた金色の彼女がしっぽをふりふりして飛びついてきました。
僕の肩に両足を掛けて、くんくんと臭いを嗅いでいます。
立った時の身長はほぼ変わりません。
元々、犬が飼いたいと言っていたので、僕は大層喜び、すぐに友達になりました。
それから、家の中ではいつでも一緒でした。
手前味噌かもしれませんが、家族の中で一番懐いてくれたのです。本当にいつ見ても可愛くて、あの子はなにがあっても僕のことを嫌いになりませんでした。
おもちゃの拳銃をこわがるのを面白がって、なんどいたずらをしても。学校で嫌なことがあって、擦り寄ってくるあの子を全く構わずに無視しても。家族と喧嘩して、何の罪もない彼女に大きな声で怒鳴っても。
あの子はいつもしっぽを振って、そばにきてくれました。
僕がトイレに入ると、ドアをカリカリして、いつも開けろとせがみます。出かける時はリビングから一緒について来ようとするので、体でブロックしながらガラス小窓のついたドアを閉めます。すると、その小窓から寂しそうにくんくん鼻を鳴らして、こちらを見つめるのです。思わずなでに戻り、時間ぎりぎりになることも良くありました。
雷がとても苦手で、雷の音を聞くとリビングの奥で、しっぽをたたんでぶるぶる震えます。救急車の音にも反応してしまうみたいで、いつも遠吠えをしていました。そんな時はぎゅっと抱きしめてあげると、いくらか落ち着くのでいつもそうしていました。
布団の横で頭を撫でながら眠りにつき、朝は生暖かい息で起こされます。リビングの椅子に座ると、必ず左手側から太ももの上に顔をのせて、上目遣いで見てきます。椅子に座る僕の背中と、左手に寄り添うわんこ。そんな姿が可愛かったと、母は言っていました。
いくつもの春が過ぎ、あの子が飛びついてきても届くのは胸くらいになっていました。
元々、訓練されていた子を途中で貰って来たので、無駄吠えもせず、人が大好きなとても優しい子でした。
でも、そのころには、救急車が通っても遠吠えもせず、散歩も途中で疲れてしまうようになってきました。そして、十分な散歩に行けなくなり、布団の上で寝ていることが多くなりました。
ある日。勉強会といって、友達と一緒にファミレスでぐだぐだ過ごしていた時です。夜も更け、このまま友達の家に場所を移して勉強会をするか、と話がつきかけたころに、携帯が震えました。
「あんた、いつ帰ってくるん?」
電話の声は姉でした。
「もしかしたら、泊まるかも。なにかあったん?」
「今日はすぐ帰ってき。あの子もう立たれへんくなった」
そのあと、友達に断りをいれて自転車を飛ばして家に帰りました。
間に合ってくれ。それだけを考えてペダルを漕ぎます。
玄関を開けて家に飛び込みました。
昔だったら、玄関の音がすると、リビングに繋がるドアの小窓の前で待ちきれないようにこっちを見てうろうろしている姿が見えたのですが、今日は誰もいません。
リビングに入ってみると、いつもの布団の上で寝ていました。
彼女の横にひざをついて、一息つきます。
そして、いつもの言葉を投げかけます。
「ただいま」
彼女の頭を撫でながら、その温かさを感じていました。
彼女は横たわったまま顔を上げることすら出来ませんでしたが、
ぱた、ぱた、ぱた、ぱた
と、4回だけしっぽをぱたつかせました。
もう飛び掛かってきてはくれないけれど、僕が帰ってきたことを喜んでくれているのが分かって、言葉に出来ない気持ちになったのを覚えています。彼女をぎゅっと抱きしめて、「おやすみ」と告げました。
すると、そのまま目を閉じて、寝息を立て始めたので、僕もシャワーを浴びて、いつも通りリビングで一緒に寝ました。
次の日。
僕は姉に叩き起こされました。
姉は泣きながら、僕の顔を叩きます。
寝ぼけた頭がすぐに冴え、何があったかを理解しました。
薄情かもしれませんが、涙も出ませんでしたし、思ったのは「昨日帰って来て良かった」ということだけでした。
その土曜日の朝に、もう一度頭を撫でてやりましたが、昨日感じた温かさは無く、ただ硬い感触だけが手のひらに伝わってきました。
そうして、彼女は家から姿を消しました。
悲しいことですけれど、しょうがないのです。
人より寿命が短いことは、彼らの宿命です。
今でも、時々夢の中で一緒に遊びます。
その時に、いつもこんなことを思います。
「この子がいなくなったらどうしよう……」
夢の中でどうしようもなく不安になるのです。
朝、目が覚めると、それが夢だったことに気付きます。
そして、夢で感じた不安が嘘のように、落ち着いていることに気付きます。
悲しみも、後悔もありません。
ただ、可愛かったなぁ。と笑みがこぼれるだけです。
部屋の中で一人でお酒を飲みながら、夜にふと思い返します。
――あの時、途切れそうになる意識の中で、彼女は僕を待ってくれていたのだろうか。
テレビを消して、寝室に向かいます。
ベッドに横になりながら、彼女の最期を思い出していました。
ぱた、ぱた、ぱた、ぱた
寝室の電気を消す前に、どこに向かって言っているのか分からないまま、ぽつりとつぶやきます。
「おやすみ」
電気を消して、静かに眠りにつきます。
あの子が、今でも僕を救っている気がしました。
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