第28話 最終話 我が旗の元へ

戦は終わった。

一時は殲滅戦の様相となっていたが、フォグルの覚醒により辛くも迎撃に成功した。

しかし、この末路だ。

その犠牲は余りにも大きすぎたのである。


拠点は跡形もなく破壊し尽くされ、全てが瓦礫に埋まっている。

首領をはじめ、多くの指揮官を討たれてしまい、生き残りの大半は力も知識もない戦闘員ばかりだ。


打ちのめされた人たちが啜り泣き、地面に向かってひたすら悲嘆に暮れる。

それは唯一、怪人として生存を許されたケティも同様だ。

住み処を、信頼する仲間の全てを失ってしまったのである。

濁流のように押し寄せる悲しみ相手には、戦力値の高低など関係ないのだ。



「僕たちは何故生き残ってしまったんだ! いっその事死ぬべきだったんじゃないのか!」



ある戦闘員がマスクを投げ捨て、夕暮れの空に向かって叫び声をあげた。

その嘆きは集団に伝播し、方々で同じことが起こる。

これにはケティも同調した。

張り裂けそうな程に声をあげ、人目を憚る事無く泣き続けたのだ。


ーーなぜ、どうしてこんな事に。


皆が思うのはそれだった。

この無惨な現実を認められず、背負ったままではいられない程の喪失感が、その眼を涙で塞ぐのだ。

一帯を覆うのは哀しみばかり。

だが、その空気もひとつの怒号により、瞬時に霧散してしまう。



「無様に泣くな! それでも結社の一員か!」



全員が弾かれたようにそちらを見る。

するとそこに居たのは、メルを抱き抱える一人の男であった。

足元の瓦礫に大きな隙間が出来ていることから、地中より這い出た事がわかる。

しかし、突然現れた人物を知るものは居なかった。

その特異な容貌に見覚えが無いのである。


髪は一様に灰に染まっており、この世に失望したような色をしていた。

頬には目元から顎にかけて二筋の赤い線が走っている。

それは怒りから来る血涙を彷彿とさせた。

体は雄牛のように逞しく、筋肉がはち切れそうな程に膨らんでいる。

そして上半身を覆う美しき金毛。

それだけは全身の様子との調和を乱しており、威圧感を周囲に与えなかった。

むしろ眺めるものに、暖かく包み込むような錯覚を与える程である。


叫んだ男は周囲の困惑など気にも留めず、ケティの側へと歩み寄った。

そして、胸の中で眠る人を静かに託した。



「ケティ。メルを頼む。いずれ眼を覚ますだろう」


「はぇ? その声はもしかして……フォグル君!?」



男は質問に答えず、瓦礫の山で最も高い場所まで歩いた。

依然として困惑し続ける戦闘員の視線を、生まれ変わった体に浴びながら。


それからしばらく、瓦礫の中をまさぐって地表へと取り出した。

転がされたのは一本の鉄骨、そして一枚の布で、どちらも血と泥で酷く汚れている。

その布を鉄骨に括り付けると、瓦礫に深く突き刺した。

まるで国旗の掲揚である。



「お前たち、泣くんじゃない! 敵の撃退に成功して生き残った事を誇りに思え!」



厳しくも、どこか慈しみの込められた声であった。

その響きが悲しみ嘆く人々の心を瞬時に掴んでしまう。



「総統閣下も今は亡い。影で支配していた執行部もだ。よって今後は霧の魔人たるフォグルがお前たちを率いていく!」



フォグルは総統が死んだ事を知らない。

これは彼なりの方便であり、デキンとユダンによる統治の終焉を伝えるものであった。

少なからず動揺が波紋の様に広がるが、それは一時のものでしかなかった。

彼らの目に映る新しき指導者はどうか。

知性と荒々しさの両方を備えている立ち振る舞いは、そして惚れ惚れするほどの逞しさは、見る者を惹きつけて離さない。


フォグルは無言の承認を知ると、今度は顔を空へと向けた。

そちらの方向には山間の村、さらに遠くの麓には人間によって栄えた街が見える。



「聞け、世界に裏切られ、虐げられた者たちよ! オレはここに楽園を築いてみせる! それは傷つき、寄る辺を無くした者たちの為のものだ!」



フォグルの顔に向かって一陣の風が吹く。

それは彼の言葉に逆らう様にも、呼応して歓迎する様にも見えた。



「集え! この旗の元に! お前たちが主と認める限り、オレはたとえこの身が滅ぼされようとも、必ずや守り通してみせる!」



その言葉により、付近の者全てが頭(こうべ)を垂れた。

先ほどの様に地に顔を向けているが、咽び泣く声はひとつとしてない。

彼を崇めるべき真の王と認めたのである。


その新たな指導者はというと、今度は別の空を眺めている。

そこには急ごしらえの旗が見えた。

元は純白であったが、血と泥で汚れたものである。

それが西日に照らされる事で一層赤く染まる。

デキン総統の闘気に寄せた色の旗が、麓からの強風を受け、いつまでも力強くたなびいていた。


ー完ー




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最弱怪人でゴメンなさい! おもちさん @Omotty

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